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第7話 「茨姫じゃなくて名前で呼んで」

氷室透華との"貸し借りのない関係"を目指すため、なぜか俺たちはファミレスにやってきた。


(……いや、俺、今何やってんだ?)


 普通に考えたら、"貸し借り"の話はもう終わったはずだった。

 なのに、透華の「じゃあ、これで終わりにする方法があるわ」という一言で、まさか"友達になるための練習"、そして"友達入学試験"が始まるとは思わなかった。


「……ここが、ファミレス」


 氷室透華は、ファミレスの店内を見回しながらポツリと呟いた。


 その様子は、まるで異世界に迷い込んだお姫様のようだった。


「お前、ファミレス来たことないのか?」


「ないわ」


 きっぱりと言い切られる。


「……マジかよ」


「そんなに驚くこと?」


「いや、まあ……普通の高校生って、だいたい一回くらいは来たことあるもんじゃないのか?」


「私は普通じゃないもの」


 確かに、透華は"茨姫"なんて呼ばれてるくらいだし、一般的な高校生の感覚とはちょっと違うのかもしれない。


「とりあえず座ろうぜ」


「ええ」


 俺たちは席に着き、氷室透華はメニューを手に取る。


 しかし――


「……」


 彼女は、じっとメニューを見つめたまま、何も言わない。


「どうした?」


「……こういうの、よく分からないの」


「ファミレスのメニューが?」


「ええ。どれが正解なのか分からない」


「いや、別に"正解"とかないだろ」


「でも、頼み方もよく分からないし……」


 彼女は、少し困ったようにメニューを睨んでいた。


(……マジか)


 世間知らずにも程がある。まぁでも俺が知らないような事も彼女は知っていたりするんだろうなぁ。


「じゃあ、適当に俺が選んでやるよ」


「いいの?」


「いいって。お前が食べられそうなやつ選んでやる」


「……ありがとう」


 氷室透華は、すんなりと俺の提案を受け入れた。


 こういうところ、意外と素直なんだよな。


(普段はツンケンしてるくせに、こういうときはあっさり頼るのか)


「よし、店員呼ぶぞ」


「え……っ」


 氷室透華が一瞬だけ緊張したような顔をした。

 何を驚いてるんだこの人は。なんだか反応の一つ一つが面白いな。


「いや、注文しないと料理来ないだろ、お前が行く店はテレパシーかなんかで店員さんに食べたいものを伝える場所なのか?」


「そ……そういうことじゃない……!」


 なんだかこうやって必死に抵抗する茨姫がなんだか可愛らしく見えてきてしまった。

 こういう彼女の仕草を見ると、周りが勝手に壁を作っているんだなと改めて思う。


 俺が注文をサクッと済ませると、彼女はほっとしたように息をつく。


「……私は、こういう関係が分からないの」


 ふと、氷室透華が小さな声で呟く。


「こういう関係?」


「"友達"って、こういうものなの?」


 彼女の目は真剣だった。


(……なんか、思ってたよりずっと不器用な奴なのかもな)


 俺は、なんとなく気まずくなって、軽く茶化すように口を開いた。


「まあ、茨姫様にとっちゃ、こういうのは新鮮な体験かもな」


「……」


 すると、彼女は少しだけ眉をひそめた。


 そして、俺をじっと見つめると――


「……貸し借りのない関係なら、名前で呼びなさいよ」


「え?」


「"茨姫"じゃなくて、名前で」


「……あー、そういうこと?」


 確かに、"貸し借りのない関係"ってことは、お互い対等なはずだ。

 友達だってまぁ、親しみやすいあだ名のようなものはあるかもしれないが、友達のことを姫なんて呼びはしないだろう。


「じゃあ……氷室さん?」


「……透華でいいわ」


「……お、おう」


 そんな簡単にいいのかよ。


 まあ、本人がそう言うなら、それに従うしかない。


「……透華」


「……っ!」


 俺がそう呼んだ瞬間、透華がピクリと肩を震わせた。


(あれ、もしかしてこいつ、照れてる?)


 透華は、わずかに頬を赤らめながら、視線を逸らす。


 そして、小さく咳払いをして――


「……あなたも、貸し借りのない関係なら、呼び捨てでいいのよね?」


「え?」


「だから……私が"悠斗"って呼んでもいいってことよね?」


 そう言うと、透華は少しの間、俺の目を見て――


 ……そして、一度目をぎゅっと閉じる。


 次の瞬間。


「……悠斗」


 ほんの少しだけ、震える声。


 ほんの少しだけ、ぎこちない口調。


 でも、それが余計に可愛く感じてしまう。


(……え、なんか、思ったより破壊力あるな)


 俺は、心臓がドキッとするのを感じた。


 ただ名前を呼ばれただけなのに。


 いや、たぶん、"透華が頑張って呼び捨てしようとしてる"っていうのが、俺の心に刺さったんだろう。


「……な、なんで黙ってるの?」


 透華が、少し不安そうに俺を見上げる。


「あ、いや……なんか新鮮だったから」


「新鮮?」


「透華に呼び捨てされるのって、なんか妙な感じするなって」


「……」


 透華は、少し口を引き結ぶと――


「なら、これからは慣れなさい」


「え?」


「"貸し借りのない関係"なら、これが普通なのよ」


「……」


 その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。


(なんだよ、それ)


 結局、俺たちは"貸し借りのない関係"とか言いつつ、今までとは違う距離感になっている。


(……まあ、悪くはないか)


 透華がメニューを開きながら、ポツリと呟く。


「……それにしても、"友達"って、こういうものなのね」


 何気なく呟いた彼女のその言葉が、なんとなく俺の胸の中に温かく響いた。

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