第6話 「貸し借りのない関係」
放課後の帰り道。
なんだかんだあの後二人で並んで歩くことになった。
俺は二人で並んで並んで歩きながら、考えていた。
(……これ、どうするんだ?)
紅茶を奢られたことから始まった"貸し借り"の話。
俺が「じゃあ次は俺が奢るわ」と言ったことで、氷室透華に「それだとまた借りができる」と拒否され、結果として「俺が借りを作るための行動をしなければならない」という謎の状況になった。
……めんどくさ!!!
(いや、もう貸し借りとか気にせず適当にやりたいんだけどな……)
そんなことを考えていると、氷室透華がふと立ち止まり、俺のほうを見た。
「早くこの貸し借りの関係を終わらせたそうね」
そんな俺の雰囲気を察しとったのか氷室透華からそうお声がかかった。
「ま、まぁ……わざわざ貸し借りを考えて何かしないと行けないって普通にめんどくさくないか?」
「……じゃあ、これで終わりにする方法があるわ」
「え?」
俺は思わず足を止める。
少しだけ気持ちキメ顔で彼女はこういった。
意外と"茨姫"もそういう顔もできるのだなと少し驚いたのは黙っておこう。
「貸し借りのない関係になればいいのよ」
(貸し借りのない関係?)
それってつまり――
「……友達ってことか?」
俺がそう言うと、透華は少し考え込むように視線を落とした。
「……そうなるのかしら?」
「いや、なるだろ。普通、友達同士でいちいち貸し借りとか気にしないし」
「……」
氷室透華は、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「私は……友達を作ったことがないから、よくわからないの」
「……は?」
思わず、俺は言葉を失った。
(友達を作ったことがない……?)
そんなやつ、今どき珍しいんじゃないか?
たしかに氷室透華は御影学園の方では"茨姫"なんて呼ばれていて、その美貌も相まってその噂は周りの高校にまで広まる程だ。
そんな噂が広まる当たり彼女も彼女で周りと一定の距離を取っている感じはする。
……けど、だからといって"友達が一人もいない"なんてことがあるのか?
「マジで、今まで一回も友達ができたことないのか?」
「……ええ」
「それは……なんで?」
「……なんでかしらね」
氷室透華は静かに目を伏せる。
その横顔が、どこか寂しげに見えた。
(……いや、これ思ったより重い話なんじゃね?)
気軽に「友達になろうぜ!」と言うのは、なんか違う気がする。
俺がどう言葉を続けようか考えていると、氷室透華がふと顔を上げた。
「……試しにどこかに行ってみる?」
「は?」
「"友達"がどういうものなのか、よくわからないから……実際に試してみればいいんじゃないかと思うの」
「試す……って?」
「あなたが思う"友達らしいこと"を、私に教えてくれる?」
(えぇ……)
思わず苦笑しそうになる。
(こいつ、なんかズレてるよな……)
でもまぁ、確かに氷室透華が"友達"を知らないなら、経験してみるのが一番早いのかもしれない。
「じゃあ、とりあえず普通に遊びに行くか?」
「遊ぶ……?」
その言葉はなんだかすんなり出てきた。
普通他校の有名人である"茨姫"を遊びに誘う、というのは大変勇気がいることだとは思う。普通のやつならテンパって誘うことすら出来ない。
陽キャ達が仮に誘えたとしても"茨姫"として氷室透華は断るだろう。
しかし今はそんなことよりも新しい友達として彼女に友達とは何かを教えてあげたい、という気持ちがその"茨姫"を誘う勇気に変わってくれたのである
「そう。放課後に適当にどっか寄るとか、休日にどっか出かけるとか、そういうやつ」
「……なるほど」
氷室透華は腕を組んで、少し考えるような仕草をする。
「それで……どこに行けばいいの?」
「んー……どこでもいいけど」
「"友達らしい場所"はどこなの?」
「いや、そんな決まってるもんじゃないだろ……」
俺は苦笑しながら、適当に思いついた場所を挙げてみる。
「ファミレスとか? カラオケとか? あと映画とか?」
「なるほど……」
氷室透華は真剣な顔で頷く。
「どれが一番"友達っぽい"の?」
「……知らん」
「あなたの経験から、一番"友達と行く"って感じの場所はどこ?」
「うーん……」
(いや、そもそも"友達と行く場所"ってなんだよ……)
普段あんまり意識したことがないから、逆に悩む。
「ファミレスとかが無難じゃね?」
「ファミレス……」
氷室透華は少し考えた後、こくりと頷いた。
「じゃあ、行きましょう」
「え、今から?」
「ええ、今から」
「……まぁ、別にいいけど」
こうして、俺たちはなぜか"友達らしいこと"をするために、ファミレスへ行くことになった。
普通のやつがあの"茨姫"と二人でファミレス。
周りの人達にバレたらどうにかなってしまいそうだがそんなことは今は考えなくていい。
とりあえず今は友達候補として氷室透華を楽しませることに全力を注ごう。