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第5話 「貸し借りは終わらない」

 昼休みの終わり。


 教室が少しずつ落ち着きを取り戻す中、俺は、机に突っ伏していた。


(……なんでこうなったんだっけ?)


 さっき、氷室透華から突然またまたやってきたメッセージ。

 その言葉がまだ頭の中に残っている。


『放課後、付き合いなさい』


 ……いや、違う意味はないよな?


 深い意味はなく、ただ何か用があるんだろう。

 とはいえ、わざわざ俺を指名してくるってことは、それなりの俺じゃないといけない理由があるはずだ。


 そんなことを考えながら午後の授業も何事もなく過ぎ放課後になった。

 俺は透華に指定された場所――校門を出た先の自販機の前へ向かった。


 そこにすでに彼女は待っていた。

 こうやって遠くから見るとやはり彼女は目立つ。

 凛々しくて美人で可愛らしくて……。さすが"茨姫"と言ったところか。

 近づくとあちらがこっちに気づいたようで話しかけてきた。


「来たわね」


「まぁな……で、用件は?」


「はい、これ」


 そう言うと氷室透華は、俺の目の前にペットボトルの紅茶を差し出した。


「……?」


「飲みなさい」


 命令口調で言われ、俺は戸惑う。


「いや、何これ?」


「お礼よ」


「お礼?」


「この前、ナンパしてたところを助けてもらったでしょ。借りを作るのは嫌だから、こうして返すの」


(……なるほど)


 透華は、たしかにそういう性格っぽい。


「いや、別に気にしなくていいけど?」


「ダメよ」


「そもそも俺気にして欲しくないし……だって俺あの時あんなこと言ったんだぜ?」


「……それはいいの」


 少し顔を赤らめる氷室透華。なんかそういうのに耐性は無いのか。少しだけ可愛いと不意に思ってしまう。


「……でもさ、それは置いておいて男が女の子に奢られるのって、ちょっと情けなくね?」


「情けないと思うなら、助けなければよかったのに」


「いやいや、それはそれで問題あるだろ」


 ――俺にあの時見殺しにしろとでも!?

 ――そんなこと出来るわけねぇだろ!

 

 ……とかヒーローっぽいことを思ってみる。


「じゃあ、おとなしく受け取るの」


 氷室透華は、じっと俺を見つめてくる。


(……こいつ、こういうところ本当に頑固だよな)


 ため息をつきつつも、俺はしぶしぶ紅茶を受け取った。


「はい、これで貸し借りなしね」


 透華は、満足そうに腕を組む。


「……じゃあ、今度は俺が奢るわ」


「……は?」


 透華の表情が一瞬で固まる。


「いや、ほら。お礼をもらったら、それに対してのお礼をしたくなるだろ?」


「それだと、また借りができるじゃない」


「……あ」


(これ、もしかして無限ループに入るやつじゃね?)


 俺は一瞬で嫌な予感がしたが、氷室透華は真面目な顔で続ける。


「私は、借りを作らないためにあなたにお礼をしたのよ。それなのに、あなたがまた何かを返したら、それは"お礼のためのお礼"になるでしょ?」


「……まぁ、そうなるな」


「だから、あなたが何かをするなら、私はまた"お礼"をしなきゃいけない」


「……」


(ダメだ、これは終わらねぇ)


 このままだと、延々と貸し借りの応酬が続いてしまう。

 この紅茶で終わりにすれば良いが、俺は俺で紅茶のためになにか返したい、とそう思ってしまった。

 

 ……そもそも貸し借りがどうこうとかが面倒くさいんだ。


「だったら、貸し借りとか考えずに、好きにすればいいんじゃね?」


「好きに?」


「そうそう。"お礼"とか関係なく、お前が奢りたいときに奢ればいいし、俺が奢りたいときに奢ればいい。それでよくね?」


「……」


 透華はしばらく黙って考え込み――

 


「ダメね」


「ダメかよ」


「だって、それだと"やりたいからやる"になって、"お礼"の概念が消えるじゃない」


「お礼の概念が消えると何か問題あるの?」


「あるわ」


 氷室透華は、きっぱりと言い切る。


「"お礼"をすることで、貸し借りがゼロに戻るのよ。それがなくなったら、どこかで"偏り"が出てしまう」


「……はぁ」


(こいつ、なんかすげぇめんどくさいこと言ってないか?)


「じゃあ、どうすればいいんだよ」

 

「簡単な話よ」

 

 透華は当然のように言った。


 

「あなたがまた借りを作ればいいのよ」

 

「…………は?」

 

 俺は思わず聞き返した。

 いやいや、待て待て。

 

 俺は今「借りをなくそう」としてるんだぞ?

 なのになんで「借りを作れ」って話になるんだ?

 

「今度は、あなたが私に何かをして。それに対して、また私がお礼をする」


「それって、また俺が何かしなきゃいけないってこと?」


「そうよ」


「えぇ……」


(完全にハメられた)


 つまり、氷室透華の理論でいくと――


 ① 俺が氷室透華を助ける

 ② 氷室透華がお礼をする

 ③ 俺がそれに対して"借り"を作る行動をする

 ④ 氷室透華がまたお礼をする


 この流れを永遠に続ける、ということになる。


「それ、結局ずっと続くよな?」


「そうね」


(こいつ、絶対わかっててやってるよな……)


「じゃあさ、そもそも俺が借りを作らなければいいんじゃね?」


「でも、それじゃあなたのほうが"貸してる"状態になるわよ?」


「……いや、俺は別にそれでもいいんだけど?」


「ダメよ」


「なんで?」


「対等じゃなくなるでしょ」


「……」


 あー、もうめんどくせぇ。


「じゃあさ、俺はこれからお前に何か借りを作るために行動しないといけないってこと?」


「そういうことね」


「……何やればいい?」


「それはあなたが考えなさい」


(こいつ、マジで言ってるのか……?)


 結局、俺たちは"貸し借りループ"に陥ることが確定してしまった。


「じゃあ……また今度なにか奢るわ」


「それはダメよ」


「えぇ!? なんで!?」


「だってそれ、お礼でしょ?」


「いや、違うって! ただ俺が奢りたいだけ!借りを作るだけだ!」


「……ほんと?」


「ほんとほんと!」


 透華はじっと俺の目を見てくる。


(……このプレッシャー、半端ねぇな)


「まぁ、いいわ。じゃあ、また何か考えておいて」


「……お、おう」


(……なんか、めっちゃ疲れた)


 こうして、俺は新たな"借り"を作る宿命を背負うことになった。


   今回のナンパを助けた借りを返してもらって俺と氷室透華の終わりだ、そう思っていたがそうでも無いらしい。


 ――俺はそのことに少しの喜びを覚えていた。

 だって、他校の美人さんがわざわざ俺に借りを作らせようとしている んだから。

 それに、ここまで「対等」にこだわるってことは……まぁ、少なくとも俺のことを無視するつもりはないらしい。

 理由はわからないけど、俺が損するわけがない。

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― 新着の感想 ―
続編ありがとうございます! ツンデレ好きとしては、かなり良かったです! 最後に、氷室さんたちに一言… もう付き合っちゃえよ!!! 次回も楽しみにしています!
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