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第3話 「少しツンデレな茨姫」

 駅前の広場での“事件”から数日が経った。


 「胸を揉ませてください!」と叫んだ俺は、幸いにも変質者として通報されることなく、なんとか日常を取り戻しつつあった。いや、ほんとに良かった。

 

 親や妹に伝わることもなかった……と信じたいところではある。妹は知っているけど俺を気遣って言ってないだけの可能性もゼロではないかもしれないが……まぁとりあえず妹のことは愛でておこう。

 少なくとも今のところは家族から何も言われたりはしてない。

 

 一方違うような広まり方を見せていた噂から来るクラスメイトからのイジりも次第に収まり、ようやく平穏が戻ってきた——はずだった。


「……なんでいるんだよ」


 俺は思わず足を止めて一人呟いた。


 放課後、買い物の帰りに寄ったショッピングモールの広場。そこに、見覚えのある黒髪の少女が立っていた。


 氷室透華——“茨姫”との異名を持つ、名門・御影学園の美少女。


(なんでこんなところに……!)


 向こうはこちらに気づいていない。今なら目を逸らして立ち去ることもできる——そう思った瞬間。


 ふと、彼女と目が合った。合ってしまった。


「……!」


 逃げるのは、もう遅かった。


 氷室透華は一瞬驚いたように目を見開くと、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


(え、こっち来るの? うそだろ)


 冷や汗が滲む。俺はこのまま何事もなかったようにやり過ごすべきか、それとも——。

 そんなこんな考えてるうちに動けなく内心アワアワしてる俺の前に既に氷室透華が立っていた。

 何を言われるのか、いまからショッピングモールの広場で変質者罵倒大会でも開かれるかと思ったが、彼女の口から発せられたのは――


「——この前は、ありがとう」


「えっ?」

 

 ――お礼だった。

 

 突然の予想外の言葉に、俺は呆気に取られた。


「……聞こえなかった?」


「い、いや、聞こえたけど……」


 まさか氷室透華本人の口から「ありがとう」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。


「別に……あれくらい、大したことじゃないし」


 つい謙遜してしまうがビシッと氷室透華に否定される。


「それは私が決めることよ」


 彼女はふっと視線を逸らしながら言う。その横顔はどこか気まずそうで、普段の冷淡な態度とは少し違っていた。


「……借りを返したいの」


「借り?」


「そう。私は借りを作るのが嫌いなの」


 透華は真剣な表情で俺を見つめる。


「だから、何か望むものがあれば言って」


「え、いや……」


 なんだ何だこの展開は。

 望むもの?お前とでも言えばいいのか?

 美少女に望むものがあれば……とか言われたりする今後もうないであろうシチュエーション。とりあえず噛み締めようと思って1回歯を合わせておいた。


「いや、そんなのは別に――」


「……なければ、私が勝手に決めるけど?」


「ちょ、待て待て待て!」


 勝手に決めるってなんだよ。もしかして俺、変なことをされるんじゃ……?

 警察に一緒に行ってもらうわ、とか言われたら全力でお断りする。そう思っていたがその心配は杞憂だったようで……。


「……じゃあ、連絡先を交換するわ」


「……え?」


「それくらいなら、別に問題ないでしょ?」


 透華は淡々と言いながらポケットからスマホを取り出す。


「おいおいちょっと待て」


「何?」


 ギロッと鋭い目で見られる。しかし俺はひるまない。

 俺は思ったことを彼女にはっきり伝えた。


「……お前、もしかしてツンデレか?」


「…………はぁ?」


 何言ってんのこいつマジでって顔で見られるがそんなこと気にしない、俺は続ける。


「いやいや、だってさっきからやたら『借りを返すだけ』って強調してるけど、普通にお礼言って終わりでいい話じゃね?」


「……っ!」


 透華の眉がピクリと動いた。


「ち、違う! そういうのじゃなくて……!」


 少し動揺したように、透華は心無しか頬を赤く染めながらスマホを差し出す。


「とにかく、早く登録して」


「はいはい……っと」


 俺は言われるがままにスマホを取り出し、お互いの連絡先を交換する。

 画面に表示された「氷室透華」の名前が、やけに現実感を伴っていた。


「これで、借りは返したわ」


「……いや、これだけで返したことになるのか?」


「なるの」


 透華はバツが悪そうに言い切る。

 さすが茨姫。こういうところは抜け目がないな。


「……まあ、俺としては別に得した気分だからいいけど」


「は?」


「だって、名門・御影学園の美少女の連絡先を手に入れたんだぜ? 俺、かなりの勝ち組じゃね?」


「……勘違いしないで。あくまでこれは借りを返すためだから」


「はいはい、ツンデレツンデレ」


「ちょっ……!」


 透華がムッとした顔をするが、俺は気にせずスマホをポケットにしまった。


「じゃあ、また何かあったら連絡するわ」


「……ああ」


 そう言って、透華は踵を返し、足早に去っていった。


「また何かあるのか……?」

 

 どうなるかはよく分からないがとりあえず今は美少女との運命の巡り合わせだ、そう思うことにした。

 

 俺はスマホの画面をもう一度開いて、登録された名前を見つめる。


 ——氷室透華。


「……なんか、面白くなってきたな」


 ふと、そんなことを思った。

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