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「胸を揉ませてください!」と叫んだら冷血美人な他校のツンデレ"茨姫"に気に入られた件。  作者: こうと


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第15話 「いばら姫とゲームセンター」

 放課後、いつものように一人でゆっくりと帰ろうかな、とした俺は、校門を出て少し歩いたところで不意に声をかけられた。


「……ちょっと、付き合いなさい」


 振り向くと、そこには――透華が腕を組んで立っていた。


「……は?」


「だから、付き合いなさいと言っているの」


「え――なんでお前がここに?」


 相変わらず命令口調だが、俺はもう慣れてしまっている。とはいえ、透華の方からわざわざ俺を誘うのは珍しい。いや、むしろ初めてじゃないか?

 

 しかし今回は特に連絡も何も無く俺のところにきた。まるで俺が学校が終わり帰るのを待ち伏せしてたかのようだ。

 なにか事情があるのだろうか。

 そう考えたおれは尋ねた。


「……まさか、また厄介ごとか?」


 しかしそれは杞憂だったようで透華は首を振って否定した。


「違うわ。そういうんじゃないの。ただ……まあ、たまにはこういうのも悪くないかと思って」


 そう言って、透華はすたすたと歩き出す。


「いや、説明しろって」


「いいからついてきなさい」


 強引な態度に溜息をつきながらも、俺は結局ついていくことにした。


 


 

 ******




 

 そして、電車代も私が払うからと言い出し、電車にのり、少し歩いてたどり着いた先は——まさかのゲームセンターだった。


「……いや、待て。お前がこんなとこ来るのか?」


「何か問題でも?」


「いや、なんか意外すぎて……」


 透華はいつものクールな表情のまま店内を見渡しているが、明らかに場違いだ。

 制服の上からでも分かる整った姿勢、気品を漂わせる立ち居振る舞い。それらはこの騒がしい空間とはあまりにもかけ離れていた。


「別に店側からダメって言われてるわけじゃないし、ゲームセンターに来るのも私の自由……違う?」


「ううん、そういう問題じゃねぇんだけどな……」


 ここは御影学園からも俺の高校からも少し離れている。透華のことを知るやつも少ないはずだ。

 ……これも、彼女なりの配慮か?

 

  しかし、店内には学生がちらほらいて、ちらっとこちらを見てくるやつもいる。

 そりゃそうだろう。こんなとこに透華みたいなやつがいたら、『御影学園の茨姫』って肩書きを知らなかったとしてもそりゃ驚く。

 明らかに周りと違うオーラを放っている人がいたら人ら無意識のうちに目線が吸い寄せられてしまうものだ。


 だが、そんな視線は慣れっこなのか本人は気にする様子もなく、クレーンゲームの前で立ち止まった。


「これ、やってみたいわ」


 指さしたのは、小さな動物のぬいぐるみが並んだクレーンゲームだった。

 

 こんな可愛い動物のクレーンゲームをご所望とは……意外だった。だからといって何が取れるクレーンゲームが透華にしっくりくるか、と言われてもしっくりは来ないが。


「お前、こういうのやったことあんの?」


「ないわ。でも、簡単でしょう?」


「いや、それが意外と難しいんだよ。コツがあるんだよ」


「ほう、なら教えなさい」


 透華は興味深そうに俺を見た。


「お前、意外と素直だな……」


「何か言った?」


「いや、なんでもねぇ」


 俺は小銭を入れ、レバーを動かしながらコツを説明した。


「景品の奥を狙うんじゃなくて、爪の端の部分を使って押し出すようにするんだよ。あとはアームの力を見て、強ければ持ち上げる、弱ければずらして落とすって感じ」


「ふむ……」


 透華は真剣な顔で聞いている。そして、試しにプレイしてみたが——


「……まったく動かないわね」


「最初はそんなもんだ。ほら、もう一回」


 何度か挑戦するうちに、透華は徐々にコツを掴んできたようで、クレーンの動かし方がスムーズになってきた。


 そして——


「……取れた?」


 カコン、と小さな音を立てて、ぬいぐるみが取り出し口に落ちる。透華がそれを拾い上げ、じっと見つめた。


「おお、やったじゃん」


「……まあ、これくらい当然よ」


 そう澄まし顔で言いながらも、透華の表情はどこか満足げだった。


 しかし、その後——


「……こういうのは、私には似合わないのかしらね」


 ふと、透華がさっき撮ったかわいい動物のぬいぐるみをむにゅむにゅしながら呟いた。


「なんだよ、急に」


 透華の視線を追うと、店内の他の客がこちらを見ているのが分かった。彼女もそれに気づいたのだろう。

 いや、気付いてはいたが無視していた、というのが正しいか。


「私は“氷室透華”なのよ。こんなところで遊んでいるのは……少し、らしくないかもしれないわ」


 冗談めかした口調ではあったが、どこかぎこちなさも混じっていた。


 俺は、缶コーヒーの蓋を軽く指で弾きながら言う。


「お前が楽しいなら、それでいいんじゃねぇの?」


「……え?」


「別に誰が何言おうが、お前がやりたきゃやりゃいいだろ?」


 透華は、一瞬驚いたような顔をした。


 そして、手元のぬいぐるみをじっと見つめ、ゆっくりと呟いた。


「……そうね」


 店を出ると、外はすっかり夕暮れになっていた。


 並んで歩く俺たち。


 透華は手元のぬいぐるみをいじりながら、ぽつりと呟いた。


「……今日は、悪くなかったわ」


「そうか」


 俺は特に深く考えずに返す。


 透華はそれ以上何も言わなかったが、歩くペースがほんの少しだけ俺と合っている気がした。

 透華は『楽しかった』とは言わない。けれどそれもまた彼女らしいな、と思えた。


「……またこういうことしても、別にいいのよ」


 少し控えめな言い方だったが、それが透華なりの精一杯なのだろう。


 俺は軽く肩をすくめる。


「まあ、気が向いたらな」


「……気が向いたら、ね」


 透華はそれを繰り返し、小さく笑った。


 それは、いつもの"氷室透華"らしい気取った笑みではなく——ほんの少し、素の彼女が覗いた瞬間だったのかもしれない。

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