第11話 「借りは言い訳」
透華の誕生日から、数日が経った。
あれからというもの、何回か放課後に透華とファミレスで会うようになった。
「別に、特別な理由があるわけじゃないけど……」
と言いつつ、透華は俺の誘いを断ることはなかったし、むしろ最近は向こうのほうから「今日は行かない?」と聞いてくることすらあった。
(……これ、結構な変化じゃね?)
最初はただの貸し借りの関係だったはずなのに、今はもうそれを口実にしなくても普通に会うようになっている。
まぁそれでも透華自身は「借りを返しているだけ」と言い張るだろうが、少なくとも俺はそうは思えなかった。
実際今は貸し借りの無い関係を目指しているらしいからな。彼女自身覚えてるんかな。
まぁそんなことは置いておいて、透華の俺に対する対応、そして気持ちの変化はメッセージのやり取りにも表れていた。
***
そんなある日のこと。俺と透華はメールで連絡を取りあっていた。どちらかから始まった、それは定かではないがいまこうやって関われていること自体に俺は結構喜びを持っている。
『透華さぁん』
『なんでそんなふざけた呼び方なの?』
『いいじゃん、むしろそれが最近の流行なんだ、○○さぁんって「さ」と「ん」のやり取りにちっちゃい「あ」を入れるってのが……』
『そ、そんなことしてるの……?』
『いや、すまん、うそ』
そんな事を送ればすかさず透華も『ムキィィィ』って感じのスタンプで返してきた。
やはり俺と彼女の距離は縮まってるな、と透華とのやり取りを通してそんなことを思うようになってきた。
『最近ちょっと素直になってきてるよな』
ふと思い立って、俺が思った事としてそんなメッセージを送ってみた。
『………………』
……あれ、、、?
既読はすぐに着いたがなかなか彼女からの返事が来ない。
俺はくびをほんのすこしだけ長くして待ち、返信が来たのは数分後であった。
『は? 別に変わってないけど』
(いやいや、変わってるから)
そう突っ込みたくなったが、透華はこういうのを絶対認めないタイプだ。まぁ今日はここら辺にしといたるかぁ。
(まぁいいや。気長に見守るか)
そう思ってスマホをベッドの上に寝転がって置きかけた、そのとき——
ピコンッ
通知が鳴った。
(ん?)
確認すると、透華からのメッセージだった。
『……明日、時間ある?』
(え?)
思わずスマホを持つ手が止まる。
向こうから誘ってくるなんて珍しい。というか、今までほとんどなかったはずだ。
俺はすぐに返信する。
『あるけど、どうした?』
すると、少し間を置いて——
「借りを返したいの」
(……またそれか)
透華は何かと「借りを返す」って言い訳をつけて俺に何かしようとする。でも、それってもう貸し借りの話じゃなくね?
もはや俺たちの関係に、そんなものは存在しない気がする。
だけど透華は頑なに「借りを返してるだけ」と言い張る。
まぁ、あえて否定するのも面倒だし——
「じゃあ、明日な』
そうとだけ言って俺はベッドにスマホをポイッとしてから寝転がった。
******
次の日の放課後。
いつものファミレスに着くと、透華はすでに席についていた。
「よく来たわね」
「いや、呼んだのお前だろ」
いつも通りのやり取りをしながら席につくと、透華が小さな袋を俺に差し出してきた。
「はい、これ」
「お、おう……」
受け取ると、中から出てきたのは——
「……ハンドタオル?」
「そうよ。前に言ってたじゃない、汗を拭くのにちょうどいいのがないって」
(あー……そんなこと言ったっけな)
正直、俺は自分の発言をそこまで気にしてなかったが、透華はなぜだか知らないがその事を覚えていたらしい。
「これで借りは一つ返したわね」
「……いや、もう借りとか関係なくね?」
そう言った瞬間、透華の肩がピクッと動いた。
「……そ、そんなわけないでしょ! まだ関係あるわ!」
明らかに動揺している。
(うわ、めっちゃ分かりやすい)
ここまで反応が露骨だと、もはや「借り」って言葉がただの言い訳だってバレバレだ。
でも、俺がそれを指摘したら、透華は意地でも認めないだろう。だから俺は——
「はいはい、ありがとな」
とだけ言って、ハンドタオルをポケットにしまった。
しかし、俺が嬉しそうなのを見た透華が、少しだけ満足そうに微笑んだのを、俺は見逃さなかった。