第10話 「プレゼント贈呈」
6月1日。
少し前までは特に何も代わり映えのない6月1日を迎えると思っていたが今は違う。
一人の女の子の一年に一度の大切な日を祝うために俺――風間悠斗は生きているんだ!!!
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……とかいうくさいことを思いつつも俺は、透華に渡すために用意したブレスレットを前に、深いため息をついた。
(……これ、やっぱ重くないか?)
昨日、妹の由美里と一緒に選んだ時は「これしかねえ!」と思ったのに、一晩経って冷静になったら急にビビってきた。
考えてみろ。
付き合ってもいない、というかまだ友達になったかどうかもあやしい相手に、いきなりブレスレットを渡すって……。
……え、これ普通に重いやつじゃね?
「いやいや、そもそも透華は友達すらいなかったんだぞ? 俺からのプレゼントが初めてって可能性もあるし……え、余計にヤバくね?」
無理やり自分の気持ちをしずめるためにそう言い聞かせてみる。しかし浮かんでくるのはマイナスな気持ちだけだ。
これは慎重に考えたほうがいいのでは?
いや、むしろ渡さないほうがいいのでは??
くっ……由美里に相談するか……。こんなへにょへにょ兄ちゃんでごめんよぉ……。
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「ねえ由美里、ちょっといいか?」
「ん? どしたの、お兄ちゃん」
俺がノックして部屋に入るなり、由美利はベッドに寝転がったまま俺を見上げる。
「その……プレゼントのことなんだけどさ……」
「ああ、ブレスレットね? 透華さんにちゃんと渡せそう?」
「いや……それが……重くないか? これ」
俺が不安げに言うと、由美里はポカンと口を開けた。
「……は?」
「いや、だから、その……俺たちってまだ友達かどうかもあやしい関係じゃん? そんな相手にいきなりブレスレットって、なんか重すぎないか……?」
俺が言うと、由美里は呆れたようにため息をつき、起き上がるとバシッとクッションを投げてきた。
「おお……?」
そして彼女は立ち上がり入口の前にいた俺の前に腰に手を当てて立った。その仁王立ちする様子は俺の何倍ものでかさを有してるようにさえ錯覚した。こええ。
「お兄ちゃん、何を今更ビビってんの!?」
「だ、だってよ……」
「いやいや、そもそもお兄ちゃん、自分で選んだんでしょ!? なんで今さら『これ重くない?』とか言い出すの!? 遅すぎない!?」
「……まぁ、そうなんだけど……」
「はぁ……実はね、お兄ちゃん。私も少し重いかなって思ってたんだよね」
……え、そーなん。
「思ってたなら言ってくれよ!!!」
俺はすかさずそう突っ込んだが由美里は半ば呆れたような表情を浮かべつつも頑張って俺を勇気づけようとしてくれる。
「でもさ、お兄ちゃんが真剣に選んでたし、透華さんに似合うって言ってたし……そこはもう行くしかないでしょ?」
由美里は軽く肩をすくめる。
「それに、もし透華さんが嫌だったら、その場で突っ返してくるでしょ?でも、お兄ちゃんとの話を聞く感じそんなような人には感じなかったけどね?」
その言葉を聞いて、俺は少し考える。
(確かに……透華なら、いらなきゃいらないってはっきり言うタイプだよな……)
それなら、あまり深く考えずに渡せばいいのかもしれない。
「……そうか。まぁ、渡すだけ渡してみるわ」
俺が少し観念したようにそう言うと由美里は顔をパァーっと輝かせた。
「そうそう! それでいいの! 頑張れ、お兄ちゃん!」
由美利はニヤリと笑いながら、俺の肩をポンポンと叩いた。
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そしてついに迎えた6月1日。
もう一度俺と透華はファミレスにやってきた。
「……なんでまたファミレスなのよ?」
「友達だったらこういうのの全品制覇に付き合ってくれるかなって」
「はぁ……」
そうため息を吐きつつも透華はなんだかんだで嬉しそうな顔をしている。
「まぁいいわ。今日はこのイカスミのパスタを食べたいわね」
その証拠に食べたいものまで提示してきた。
「……お歯黒になるから気をつけろよ?」
「言われなくても気をつけるわよっ!」
そんなたわいもないやり取りをしつつも俺は透華にプレゼントを渡すタイミングをうかがっていた。
あっちも渡すとは前回言ってあるので、こうやってファミレスに誘われた時点で今日誕生日プレゼントを渡されるのかな、とか祝ってくれるのかな、とか思ってはいると思うが……。
(ど、どうやって渡せばいいんだこれ……)
「誕生日おめでとう!」って言えばいいのか?
いや、それは当たり前すぎるか?
……かと言って、「これ、前から用意してた」とか言ったら、もっと重く感じるんじゃ……?
そうやって悩んでいるうちに、透華が少し落ち着きなく辺りを見回し始めた。
(……? なんか、そわそわしてる?)
透華は、ちらちらと俺のほうを見たり、何かを考えているような表情をしたりしている。
(まさか……)
俺がプレゼントを渡すのを、期待してる……?
なんかそんな様子の透華を見ると変に気張っている自分がアホらしく思えてくる。
「なぁ透華」
「……?な、なによ」
「お前誕生日何かしてくれるって前俺が言ったから期待してるんだろ?」
そう尋ねると透華はみるみると顔を赤く染めた。
「……べっ、別に、期待してるわけじゃないけど」
透華が、微かに頬を染めながら言った。
その言葉を聞いて、俺は思わず吹き出しそうになった。
(いや、めっちゃ期待してんじゃん!!)
こんなに分かりやすいツンデレ、現実に存在するのか……?
「……なんだよ、それ。もう少し上手く隠せよ」
「な、何がよ」
透華がムッとした顔をするが、俺はもう笑いをこらえきれなかった。
「ほらよ、誕生日プレゼント」
そう言って、俺はブレスレットを透華に差し出した。
透華は、一瞬目を見開いた後、そっとそれを受け取る。
そして——じっと、ブレスレットを見つめた。
(……あれ? 反応が薄い?)
もしかして、やっぱり重かったか?
(うわ、やばい、変な空気になった……)
そう思ったそのとき。
「……ちゃんと、ありがとう」
透華は、小さな声で言った。
その声は、いつものクールなものとは違っていて、どこか柔らかかった。
「……お、おう」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
(よかった……重すぎてドン引きされなくて……)
透華は、もう一度ブレスレットを見つめると、そっと腕につけてみる。
「……似合う?」
「おう、めっちゃ似合ってる」 素直にそう答えると、透華は少し視線をそらした。
「そ、そう……」
(お、なんか嬉しそう……?)
バレバレだが、透華は自分の手にはめたブレスレットをにんまりしながら、でもそれを俺に察されないようになるべくポーカーフェイスを保ちながら見つめていた。
……いや、わかり易すぎだろ。
そして——
「じゃあ……今度は、私があなたに何かしてあげる番ね」
透華が、少しだけ得意げな顔でそう言った。
「……は?」
「貸し借りのない関係を目指してるんでしょ? なら、今度は私が何かする番よ」
(おいおい、まだ貸し借り続けるのかよ……。てかそれは貸し借りな関係になってないか……?まぁいいや。)
俺は頭を抱えつつ、でもそんな関係をちょっとだけ楽しみかもと思った。