第1話 『胸を揉ませてください!』
「うおおっ、今日の俺、ついてる!」
俺——風間悠斗は、コンビニの前で握りしめた缶コーヒーを見つめながら、ニヤついていた。
朝の占いで俺の星座・射手座が堂々の1位を獲得。
ラッキーカラーは赤。試しに赤い缶のコーヒーを買ったら、自販機の当たり機能が発動し、もう一本ゲット。こんなこと、滅多にない。
「今日は無敵だな……!」
些細な幸運が重なるだけで、人はここまで浮かれるものなのか。俺は胸を張って駅前を歩いていた。
——と、その時だった。
「ねえ、ちょっと遊びに行かない?」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃん」
聞き慣れたナンパの声。駅前の広場、電車を待つ人が行き交うその一角で、二人組のチャラそうな男が、一人の女子に声をかけていた。
黒髪のロング、整った顔立ち、どこか冷たげな雰囲気。圧倒的な美貌のせいで、逆に近寄りがたい空気を放っている。
——あれ、なんか見たことあるような?
「悪いけど、興味ないの」
彼女は男たちに背を向けようとするが、片方の男が一歩踏み出し、行く手を塞ぐ。
「そんな冷たくしないでさ、お茶一杯くらい——」
「しつこい」
ピシャリと切り捨てるが、男たちはまだ食い下がる気らしい。
(これは……助けに入るべきか?)
迷った。でも、ナンパはよくある光景だし、彼女も強気な態度だ。下手に首を突っ込んで「余計なお世話」とか言われたらダメージがデカい。
だが、その時、俺の脳裏に浮かんだのは——
「今日は無敵だな……!」
占い1位、自販機当たり。流れが来ているのなら、ここで俺がヒーローになるのも必然では?
そう思った瞬間、俺は動いていた。
「待てえええええ!!」
大きな声で割り込み、男たちの前に立つ。
「なんだ?」
「誰だこいつ」
そして——
「胸を揉ませてください!!」
俺の声が、駅前に響き渡った。
……え?
一瞬の静寂。男たちはポカンと口を開け、周囲の人々もチラチラとこちらを見始める。女子高生らしき集団が「え、キモ……」「ヤバすぎでしょ……」とヒソヒソ話しているのが聞こえた。
(やばい、間違えた!!)
「ナンパ男が嫌がってる女子に言い寄ってる! そんなときはどうすればいいか? そう! もっとヤバい奴を演じて追い払う! 名付けて『狂人ムーブ』!」
俺の脳内が高速で言い訳を生成するが、実際に口から出たのは意味不明な叫びだった。
「俺は今、どうしても揉みたい気分なんだ!! お前らどけえええ!!」
「うわ、やべぇやつだ!」
「逃げろ!」
男たちはドン引きしながら足早に去っていった。よし、作戦成功——と安心したのも束の間。
残されたのは俺と、助けた(?)彼女。
俺はゆっくりと彼女の顔を確認する。
黒髪ロング、整った顔立ち、冷たい瞳——その瞬間、俺は理解した。
「……氷室透華!?」
彼女は見た事がある。
御影学園の“茨姫”と呼ばれる、超絶美人にして、どんな告白も容赦なく断ることで有名な存在。
そんな彼女が、ジトッとした目でこちらを見ていた。
「……最低」
たった一言で、俺の心はズタボロになった。
こうして俺と茨姫の、付き合いが最悪な形で始まることとなった——。
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