領地銘菓
侯爵夫人はおっとりと微笑みマーゴットの話も機嫌よく聞いていた。
初老の半ば白くなった髪を結い上げ、上品の色味のドレスを着こなしていた。
先ほどの料理は何事もなく召し上がっていただけた。あとはお菓子を残すのみ。
「お待たせいたしました」
差し出されたされたお菓子を見てマーゴットは凍り付いた。
「これは一体」
宝石のように真っ赤なお菓子はそこになかった。
卵とミルク、素材を前にマギーはしばらく腕組みをして悩んでいた。
マギーは卵とミルクの入ったタルトを作ったことはなかった。
マギーの仕事場には何やら書付があったがあいにくマギーは読み書きができない。
「卵とミルク」
あれはどう扱えばいいのだろうか。
自分のそばにいる料理人に聞いてみた。
「あの、卵とミルクはどう扱えばいいのでしょうか」
「卵はあんまり高温で調理しちゃだめだよ。固くなっちゃうから」
料理人はそれだけ言ってまた忙しく動き始めた。
とにかくお嬢様の命令だから卵とミルクを使わなければならない。
そしてマギーは卵とミルクを使った生地の作り方は知らなかった。
生地をマギーはいつも通り作った。そして一度空焼きした生地に真っ赤なジャムを流し込み、そして卵を丹念に擦り交ぜ蜂蜜を入れた。
そして卵にミルクを注ぎきれいに混ざったらそれをジャムの上にかけた。
そして、オーブンの一番温度の低い場所にそのタルトを置いた。
タルトの表面は狐色に焼きあがっていた。
タルトを見て絶句しているマーゴットにマギーはにっこり笑って言った。
「ちゃんと卵とミルクを使いました」
マーゴットは喉に何か張り付いたように声が出せない。しかしここで崩れるわけにはいかないそこには侯爵夫人がいるのだ。
「おいしそうなお菓子ね」
侯爵夫人はにっこりと笑う。
マギーのそばにいるメイドがタルトを切り分けた。
黄色い断面に赤い模様が見える。
そしてタルトが侯爵夫人に差し出された。
「どうぞ召し上がってください」
背中にだらだらと冷や汗をかきながらマーゴットはそう促した。
そしてタルトを侯爵夫人がタルトを口に入れるとそのまましばらく咀嚼していた。
「おいしいわ、このお菓子どんな名前なの」
そう聞かれてマーゴットはやけくそで言った。
「これは今日のために作られたお菓子でございます、どうかこの日の記念の命名として侯爵夫人の名を使わせてください」
そして、この領地に侯爵夫人のプディングタルトが爆誕した。
接待は無事終了。そしてマーゴットはしばらく寝込んだ。
何故か西洋のお菓子はドジっ子エピソードが多いのはなぜだろう。有名なのはタルトタタンのパイ皿に生地を敷き忘れてさかさまに出したものとか。焼く時間を間違えたバスクチーズケーキとかクリームとクリームチーズを間違えたティラミスとか,折り込みパイはクッキーを作ろうとしてバターを入れ忘れた生地に後から入れたらパイ生地ができたとか、日本では和菓子にそんなことないのですが。