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section 8 逢いたくてロンドン

 そうか、ロンドンか…… しかし、金はない。バイトの金はあっても到底足りない。周りから借りまくるか、それともサラ金ブースへ直行か? 何日も考えた末、父に手紙を書いた。

 息子から初めて手紙をもらった父は驚いた。呆気にとられて妻に見せると、妻はカラカラと笑った。

「何が何でもロンドンに行きたいから50万貸してくれって? 呆れたわ! 多分、恋人を追いかけるんだわ。いい女か悪い女かわからないけど行かせたら? だけど必ず返せ、利息は高いぞと脅かしてよ」

 翌日、金が振り込まれた。礼を言う息子に父は、

「はっきり訊くが女か? どんな女だ? 好きなのか?」

「仙台の青葉小の子だ。芸大のピアノ科に進学してロンドンに留学した。これ以上話せないが、父さんありがとう。恩にきる」

 恩にきるのセリフに父は苦笑いし、母は風邪薬と胃腸薬とホッカイロを息子に送った。


 11月に変わろうとする日、蒼真はロンドンに着いた。14時間のフライトなんて初めてだ。くたくたでヒースロー空港に到着した途端、首をすくめて寒さを実感した。ロンドンに行くと由紀には言ってない、俺が来たと知って喜んでくれるだろうか? 不安を抱えたまま予約していたホテルに向かった。年代物の建物だが、学生限定のホテルで宿泊料が安かった。由紀を脅かすのは明日にしよう、疲れ切ってとにかく横になりたかった。

 翌朝、不安な気持ちを抱えてケイタイした蒼真に、由紀はすぐ出た。

「えーっ、何だかすごく近い感じです、メチャ興奮してるみたい、声のトーンまで伝わって不思議です」

「不思議じゃないよ、会いたくてロンドンへ来た。今、君のすぐ近くだ。会えるか、会ってくれるか?」

 由紀は黙ってしまった。少し経って嗚咽が漏れて泣き出した。この子は辛い気持ちをいっぱい抱えているんだ、そう感じた。

「今どこだ? 教えてくれ、そこに行くよ」

 学院の正門前にぼんやり立っている由紀は少し痩せたようだ。走り寄って由紀を抱きしめると、腕の中で肩を震わせてずっと泣いていた。やっと泣き止んだねと笑ったら恥ずかしそうに微笑んだ。

「まさか、ロンドンで会えるなんて思ってなかったから本当に驚いて、嬉しくて泣きました」

「びっくりさせてごめん。元気かどうか心配で見に来たんだ。出られるか?」

「今日はレッスンの連続ですが、明日は2時間のレッスンの後はフリーです。11時には終ります。ウェストミンスター寺院に案内したいです。ガイドブックですぐわかるので、正面入り口で待ってくれますか」

「行く、行く、絶対に行く! 僕が着くまで待っていてくれるか、頼む! 僕はロンドンに素人なんだ」


 明日また会える! ガイドブックでルートを暗記した蒼真は、久し振りに安らかな眠りに就いた。

 翌日、地下鉄の駅を出るとビッグベンが目の前で、5分ほど歩くと寺院の正面だ。由紀は爪先立って手を振った。

「夢じゃなかったんだ、本当に会えた! 昨日の蒼真さんは夢? マボロシ? 信じられなかったの。本物だぁ! 嬉しい! さあ、入りましょう、ここ大好きでなんです。クローズは15時なので早く行きましょう」

 由紀の案内で寺院内や中庭を散策した。見事なゴシック建築で回廊の天井と床の装飾が素晴らしい! 由紀は大きなパイプオルガンに見とれていた。

「日曜日はミサで観光はノーですが、信者でなくてもミサは無料で入れるらしいです。オルガンと聖歌隊が素晴らしいと聞きました。戴冠式もここなんです」


 蒼真はガイドブックを見てカフェを予約していた。 

「ここは中世の食料貯蔵庫をカフェにしたらしい。何か食べよう、食べたほうがいい」

 得意げに寺院の地下のカフェに案内し、アフタヌーン・ティーを2セットを注文した。

「会いたくて我慢できなくて来たんだ。僕は心配でたまらなくて、君の部屋の前によく立っていた。そのとき吉田先生からウジウジしないでロンドンに行って、悩んでいる君を支えなさいと言われた。君が好きだけど、君はどうなんだと考えたが、君の気持ちがどうであろうと、会いたい気持ちを抑えられなかった。フラれるかも知れない不安と闘ったが、来てしまった」

 由紀は涙目で静かに聞いていたが、両頬を涙が溢れ落ちた。シクシクと泣く由紀に、「もう泣くな、辛いことや悲しいことを心の中に隠してないで話してごらん、聴くことぐらいは出来るよ」

 たくさん話しをして、女子寮へ送って、何度もキスして別れた。

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