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section 5 胸に十字の傷痕が

 女は部屋に入り、熱で顔が赤らんだ由紀を揺すって起こした。起こされてぼんやり目覚めた由紀は、天井を見上げて視線を戻し、

「吉田先生? どうして?」

「どうしたこうしたもないわ。この東月という人が心配で来たらしいけど、部屋に入れないで座り込んでたの。はっきり訊くけどこの男はどういう関係? 恋人なの?」

「違います。田舎の学校の先輩です」

「それで信用できるの? 私はゴタゴタに巻き込まれるのはごめんよ。でも、熱がありそうね、測りなさい」

 持参の体温計で有無を言わせず測った。

「あら、この程度じゃ死なないけど、薬を飲んで寝たほうがいいわよ。わかった? 私はこれから出かけるの、それじゃあ、お大事に」

 呆気にとられた蒼真と由紀を残して、吉田は消えた。


「びっくりさせて悪かった。メールを見て心配になって薬を持って来た。これを飲めばラクになれるはずだ。僕は朝まで君に付き添いたいが、何もしないから信じてくれるか? 心配なんだ」

 ぼんやり考えていた由紀は、蒼真が渡した薬を飲んで再び眠ってしまった。額に手を当てるとまだ熱がありそうだが、まるで幼児の寝顔だった。心配しないでお休み、額にそっとキスした。

 静かに眠っている由紀に安心した蒼真は、室内を見渡した。ピアノが置かれ、積み上げられた楽譜や譜面と書籍が目に付いた。何か飲物はないかと冷蔵庫を開けたら、普通の牛乳があった。アレルギーは治ったのだろうか? そういえばデザートのアイスを食べていた……


 窓に薄い朝日が映った。ここで俺は一体何してるんだ? この子は気になるが恋人ではない、まだ愛してはいない。なぜこんなに心配なんだ? ふーっと息を吐いて頭を抱えたら、猛烈な睡魔に襲われた。夢ではないが現実でもない、不思議な時空に漂っている俺がいた。この前のおっさんが現れた。

「ユキコ、熱は下がった、心配ない。早くおいで、大人のキスをしよう」

 由紀はおっさんに抱かれて、息が出来ないと喘いだ。それを見せつけられた俺は、脳天から足先へ突き抜ける欲情を堪えきれずに夢精した。驚いて正気に戻ったがこれは何だ? 考えられない! 昨日、本能に負けて恵子を抱いて根こそぎ搾り取られたばかりだ。夢精なんてあり得ない。あのおっさんの胸には俺と同じ十字の傷痕があった。この子はまだあるのか? 幼い胸の十字は見たが、今でもそうか? パジャマのボタンを外して胸を見た。熱のためか、十字の傷痕は少し充血していた。静かにボタンを掛けた。あー、これは何だ、どういうことだ? この子は誰だ? 誰なんだ? 


 そのとき隣の吉田が訪れた。

「真面目に看病したのね、昨日のパーティの残り物だけど、良かったら食べる? そろそろ起こしましょう。石原さん、さあ起きて、起きましょう。少しはラクになった?」 

 吉田が頬を叩いたら、由紀は怪訝な顔をしたが目覚めた。

「先生、お世話をかけてすみません」

「いいのよ、気にしないで。東月さんがあまりにも必死だったので、人助けしただけよ。早く元気になりなさい。ジャマしちゃ悪いから私は退散するわ」

 吉田はどっさり食べ物を置いて帰った。


「もう大丈夫か? 起きれるか、無理するな。ベッドで食べろ。それからアレルギーは治ったのか? 昔そんなことを聞いた」

 蒼真はレンジで熱々にしたポテトや唐揚げと牛乳を差し出した。

「ええ、卵や牛乳や小麦は平気になったけど、まだエビやカニはダメです。あの~ 私はお腹すいてないので食べてくれませんか」

「いいのか? 昨日は晩メシ抜きだから腹ペコなんだ。全部食べていいか?」

 大口開けて旨そうに食べる蒼真を由紀は笑って見ていた。

「吉田さんはピアニストか?」

「ええ、国立音大ピアノ科の先生です。隣の部屋はレッスン室で生徒さんも来るの」

「あっ、いけねえ、ホントにみんな食べてしまった」

 1本だけ残ったポテトを由紀の口に突っ込んだ。


「今から前期のラスト授業に行くがマジ大丈夫か。帰りにコンビニで何か買って寄ってもいいか?」 

 授業が終わった蒼真はコンビニ袋を抱えて、由紀の部屋を訪れて廊下で話した。

「ほら晩メシだ。無理して食べるなよ。それから田舎にいつ帰るんだ? こっちに居たっていいじゃないか」

「両親は私が帰って来るのを楽しみに待ってます」

「そうか、元気で戻って来いよ。それからさ、東月じゃなくて蒼真と呼んでくれないか。君は由紀ちゃんだ、わかったかい、じゃあな」

 隣の吉田は、外出しようと玄関に立つと人声が聞こえた。わずかにドアを開いて聴き耳立てた吉田は微笑んだ。

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