表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/29

section 12 母のカンは鋭い!

 ヤバイ、しつこい女だ! ゾッとした。引っ越そうとすぐ決心した。直ちにアパートを引き払い、同じ市内だが羽衣町のワンルームに移転した。幸いなことに親父から借りた金がまだ残っていた。両親に転居理由をデッチあげて新住所を報告した。1週間ほどバタバタしたがやっと落ち着いた矢先、母が楽しそうにやって来た。


「お父さんが見て来いってうるさいから偵察に来たのよ。まあ、カーテンもないの! ひゃあ、臭~い、アンタはこんな不潔な毛布と布団なの! しょうがない、買ってあげるわ」

 さっさと母は駅前の大型スーパーで何やら抱えきれないほど買物して、タクシーで戻った。カーテンや新品の寝具が揃ったスウィートルームに変身した室内で、久しぶりに母と向き合った。

「この前ね、ソウイチって人を知らないかと言ったわね。それで思い出したけど、アンタが生まれて名前を付けるとき、お父さんはヨウイチにしようと言ったの。あの人は海が好きだから太平洋の洋よ。でも私は空が好きで、どこまでも広がる青空が大好きなの。それで大海原と天穹の青をイメージする“蒼”を提案して、“蒼一”に決まりかけたんだけど、イチをつけると長男だとわかるから、キラキラネームっぽく蒼真にしたのよ。もうお父さんはすっかり忘れているけど、そういうことよ」

 蒼真は予期せぬ展開に衝撃を受けた。俺は蒼一だったのか、あのおっさんなのか…… やっと謎の半分が解けた。


「母さん、ありがとう、よくわかった。今夜は泊まってくれよ、僕は床に寝るから」

「あらあら、まだ甘えたいの、しっかりしてよ。そうだ、ちょっと待って、寝る前に確かめたいわ。アンタがロンドンまで追いかけた相手は、仙台の石原医院の子でしょ?」

「えっ? いや、人違いだ」

「ダメ、ウソはなしよ。あの子はちっとも変わってなかった。メールの画像でわかったの。いつもピアノを弾いて、時々、窓を開けて空を見上げて泣いてたわ。とっても上手で、何度も聴きほれたことがあったのよ。とっても哀しいメロディだった…… あの子でしょ! アンタの顔にそうだって書いてあるわよ」

 母は愉快そうにケラケラ笑った。ふーっ、俺は観念するしかなかった。


「よく聞きなさい! 女を泣かしちゃダメよ! お父さんは転勤する度に女がいたわ。イエスとノーをはっきりしないからよ。そのうちややこしい仲になって大変だったの。ノーとはっきり言えば女は泣くかも知れないけど、女ってそんなヤワじゃない、次の男を見つけるわ。アンタにお父さんのような男になって欲しくない。グズグズ煮え切らない男はサイテーよ!」

 何を言い出すかと思ったら親父の浮気か。そう思えばよくケンカしてたなあ、あれは不倫で浮気か、初めて知った。

「今はどうなんだ? まだやってるのか?」

「5年前かな、終わったみたい。世間サマには息子の仕送りだと言ってるけど、手切金のローン返済でパートしてるのよ」

 はぁ?? 親父が手切金か。まさか俺に弟や妹はいないだろうな? 母に悪いが愉快に思った。


「アンタはあんなことがあって進路変更したけど、そろそろ気が緩みそうだから、お父さんの情けない姿をちゃんと教えたのよ。父親似で背があって頭と顔もマアマアのアンタが、女を不幸にするサイテー男にならないようにカツを入れに来たのよ。わかったか!」

 あーあ、返事のしようがなかった。しかし母のカンは鋭い! 親父に苦労させられてカンが研ぎ澄まされたのか、おかしくて仕方がなかった。

 母は喋るだけ喋って、部屋中をピカピカに掃除して帰った。母さん、ありがとう。走り去る新幹線に手を振った。


「明日、東京に戻ります。会ってくれますか?」

「ずっと待ってたんだ。どこへ行けばいい? 君の部屋か?」

「4時に国立のあのお店に来てくれますか?」

「わかった、待ってる」

 俺は嬉しくてどうしようもなかった。会えると想像しただけで全身が熱くなった。ダメだ、今夜は抑えよう、ガマンだ。そう自分を納得させたが、アレは勝手に顔を出して大暴れした。


 3カ月ぶりに会った由紀は見違えるように輝いて見えた。頰が少し丸くなって、耳には小さなピアスが光っていた。こんなキレイな子だったか? ロンドンの由紀は暗い眼をしたガリ勉中の受験生に見えたが、苦しみから這い上がって一皮剥けたのだろうか。しばらく見とれていた。

「どうしたんですか、怖い顔で。なかなか帰って来なかったから怒ってますか? はい、お土産です」

「急に君がキレイになったんでびっくりした」

「はあ、きっと眼が悪くなったんでしょ、ねえ、首を出して」

 蒼真の首にふんわりした濃紺のマフラーを巻いた。

「ありがとう、暖かいよ。でも最大の土産は君だよ、忘れたか?」

 由紀は真っ赤になって下を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ