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 天井のステンドグラスが燦然と輝き、色とりどりの光が降り注ぐ聖堂に何人もの人間が座り、私を見下ろしている。古代エジプトの世界観で死んだ後に裁判をされる感じに似ているような気がしたが、世界史選択ではないのでそのイメージが正しいのか間違っているのかは全くわからなかった。

——————ああ、私は死んだのか。

散々迷惑をかけたであろう両親、もう一年一緒に頑張ろうねと互いに励まし(傷を舐め)あった友人の顔が脳裏に現れては消えていった。足に力は入っていないのに倒れる気力すら残っていない。なんというか無機質の気分。

「その顔だと多分もう察してると思うのじゃが、君は先ほど車に撥ねられて死んだ」

一番偉そうで一番年を食ってそうなじいさんが業務連絡をするように私の死を告げるが、自然と涙は溢れない。やり残したことは色々とあるし、死にたいと思っていたというわけでも多分ないがこの感情は多分、無関心。生きても死んでも正直どちらでもよかったのかもしれない。しかしまあ進んで死にたいとは思わないし目の前にいる聖職者もどきオールスターズみたいな人間が淡々と語りかけてくるのも正直腹が立った。

「で、私はなんでここにいるんですか」

口を突いて出た言葉は当たり前の質問のはずだが口調には不満さが溢れていたのか、先ほどまでは木を見ているような表情をしていたその爺さんがようやく人間を見る目つきをした。

「儂等はは一種の仲介業者みたいなもので、色々な問題に困ってる世界に才能のある若者を送り込んでいるのじゃ!」

爺さんの周りの人間がうんうんと頷く。

「これを君らの言葉でわかりやすくいうならば”異世界転生”というやつじゃよ!どうだね?やりたいだろう?」

お年玉を上げるような表情でこちらがそれを喜ぶことを前提として話してくる感じがやけに耳障りというか癪である。こっちは受験のストレスが抜けずに今でも気持ち悪いし睡眠障害だし永眠なら正直永眠でいいしもうめんどくさいことは一切したくない。

「やりたくないです。興味ないんで」

「え?!君みたいなヒキニートでも異世界転生すれば可愛い女の子たちに囲まれて酒池肉林エブリデイだよ!」

「私がヒキニート……?」

そういえば私はなんで車に轢かれたんだろうか。確か受験落ちて浪人確定して三月中は遊ぼうと思って学校に受験結果の紙出し忘れて電話がかかってきて…..


〜学校との電話編〜

「郵送じゃダメなんですか?」

「ダメですね、FAXで送ってくれないとちょっと」

「うちの電話FAXないんですけど……今どき全員が家電あるわけじゃないと思うんですけど……」

「あーじゃあコンビニでお願いします〜」


 とか言われてしょうがなく3/31にコンビニに行ってそしたら印刷機に紙を忘れてやばいと思って4/1の朝に取りにいって、で、轢かれたのか。不合格と浪人に丸つけられた受験結果報告用紙持って死亡とか普通に最悪なのだが。しかしなんでヒキニートなんだ…?


〜友人とのグループ通話編〜

「やべえ落ちた浪人確定演出きたわ」

「こっちも落ちたー運良かったらワンチャンいけると思ったけど運良くなかったああ」

「”なんで私が◯大に”の広告見るとめっちゃ腹たつ今日この頃」

「「わかる〜」」

「私宅浪するんですけどよくよく考えてみたら浪人ってニートやん?”Not in Education, Employment, or Training”に完全に当てはまるやんていうかまんまじゃん。てことは宅浪ってイコールヒキニーt」

「私は河◯大学だから実質大学生」


 ……あ、ヒキニートだわ私……うん?......

「いや人のことずっと引きこもってた人みたいに言わないでくれません?ヒキニート歴私6時間とかそこらですよ?たまたま4/1に死んだからヒキニートなんですよ!昨日死ねば華のJKのままだったのに!!」

「コピー機に紙忘れる自分が悪いとかは一切思わない感じ?」

「昨日轢かれてれば若いのにかわいそうな女子高生……ってなるじゃん!今日轢かれたら自称無職の女が死亡したって感じじゃん!」

「あのー、人の話聞いてます?」

爺さんの隣にいた若い(私と同じくらいの歳に見える)イケメンが呆れ顔で呟くのがわかった。地団駄を踏むと大理石の硬さが両足の痛さを通じて伝わってきた。今までの異世界転生者は喜んで異世界転生をしていったのだろう。彼らの表情から読み取れるのは困惑だった。こうすれば喜ぶでしょうと勝手に思って押し付けがましくして来られるのは大嫌いだ。

「そもそもなんで私が可愛い女の子に囲まれて酒池肉林エブリデイしたいってことになってるの?!」

「え、君についての調査資料に百合好きって書いてあったから可愛い女の子好きかなと思ったのじゃが」

「いやそれさ、腐男子=ゲイと同じくらい偏見だから!中にはそういう人もいると思うけど全員じゃないから!推しかぷの同棲先の寝室の天井になりたい人掃いて捨てるほどいるからな!」

儂若い子の好みよくわからないと爺さんがさっきのイケメンに耳打ちするのが丸聞こえだった。それに対しイケメンが「僕腐男子なんですけど同性に恋愛感情抱いたことないです少なくとも今のところは」と返すのがわかった。いやお前腐男子なのか。

「そ、そうかすまなかった。じゃあ顔のいい若い男を侍らせたくはないかね!なんなら悪役令嬢に転生させてやろう!今流行ってるのじゃろ?」

爺さんが仕事のためとはいえ年のわりに大分頑張って今の流行りについて行こうとしているのだけはわかって、共感というより憐憫の情が湧いた。

「私BLまあまあ好きなんですけどどちらかというと百合の方が好きなので、まだ美少女に囲まれて暮らす観葉植物になる方がいいですむしろ観葉植物になりたいです」

イケメンが指パッチンをすると何もないところから六法全書みたいなものが出現し、それを爺さんは受け取ると真剣な面持ちで何かを探し始めた。あたりを見渡すと、その他の評議員のような人たちが最初とは打って変わって久しぶりに面白いもんが見えると言わんばかりにるんるんでこっちをみていた。

「すまぬが転生できるモノに観葉植物は入っていないようじゃ。勇者、科学者、スライムしか選択肢はないのじゃよ」

「スライムはあるけど観葉植物はないのか。っていうかそのぶっとい本めくって結局三択なんですか?覚えましょうよそのくらい」

爺さんは私の発言を無視した。

「で、その三つの選択肢なのじゃが結局転生に相応しい才能ある人間のみをこちらも一応誘っておる。勇者は鋼のメンタル、科学者は学力、スライムは……うん、まあ色々と各それぞれ才能を必要とするのじゃ。君は」

「学力ですか?」

「……合格者の受験番号一覧に自分の番号がないのを確認してから22日しか経ってないのに自分の学力に自信を持ってる人ってまあ珍しいと思うぞ……そのこっちとしては……君のそのメンタルというか……その……いや別に賢い方だとは思うぞ?世の中を馬鹿と天才に二等分したら天才だと思うぞ?ただそのまあそれよりもメンタルが上回るかなあみたいな、そのまあ勇者おすすめだなあみたいな…..」

「科学者で」

「いやそのこの際はっきりしておいて方がいいと思うのじゃが、君がヒキニートになった理由は大学落ちたからじゃろ?」

「科学者で」

「頭良かったら、受かってるじゃろ?」

「科学者以外なら私やりませんよ?」

爺さんは言葉を詰まらせた。異世界転生適正をもつ若い人間が死ぬのは珍しいのだろう、少なくとも私が転生しないと上から怒られるのだ。彼の中間管理職感漂う佇まいが私にそう直感させた。

「だってこの中にいる美少女が私と一緒に転生してくれるんでしょう?」

「アニメの見過ぎじゃと思うぞ」

せっかく受け顔の美人なお姉さんに目をつけていたのに残念なお知らせである。

「もし勇者として魔王を倒してくれた暁には君を一浪で理三にしてあげてもいいのじゃぞ」

「命かけて魔王倒しても一浪はもう覆せないのか、うん。でも理三に興味ないっすね」

「それ入れるかせめて受けられるレベルの人が言うセリフじゃと思うぞ儂は。申し訳ないが君には才能がない。無論異世界転生する際に脳みそやら筋肉やらいじってある程度能力を底上げするが、元々の能力が高い人とそうでない人では底上げ後出来が雲泥の差になるのじゃ。君のレベルでは天才科学者にはなれない。しかし勇者としてなら君の飛ばされる世界に何百年と名を残すことができるし、魔王を征伐すれば元の世界に生き返ることもできるのじゃ。なのになぜそこまでして科学者にこだわる?」

ステンドグラスから差し込む光が前よりずっと強くなっていた。懐かしい質問だった。何度も何度も聞かれたことだった。また両親や先生や友人の顔が浮かんだ。

『イオリ、なぜそこまでして———にこだわる?』

それは自分でも途中から答えがわからなくなった問い。いわゆる臆病な自尊心と尊大な羞恥心で機能を停止した脳みそは頑張る理由を探していたがそんなものとおの昔になくなっていたか最初からなかったのかもしれない。それでもただ一つ言えるのは、個人的で馬鹿げたこと。それで誰もが羨むエリート人生を棒に振る価値があったのか、死んだ今となってはわからないこと。


 「響きがかっこいいから」


 「「「「……えっ(困惑)」」」」


 頭に何か実験道具みたいなものを被せられ、小さな画面に映し出された能力パラメーターが上がるのを無言で見つめる。まず顔面偏差値をあげられ、次に運動神経をよくされ、言語能力、計算処理能力等を色々といじられる。

「これで転生先では89個の言語を操れますよ」

いい仕事をしたと言わんばかりに嬉しそうに下っ端らしき若い女性が声をかけてくるが、私は89個言語喋れる様になるほど能力底上げされても天才科学者にはなれないらしい。理数系の成績を思い出して自然にため息が出た。

——————科学者になるなんてずっと前に諦めたことなのになあ。

パラメータを見て苦笑した。


 18歳になるまでの人生をざっくりとどんな感じか決めさせられ(向こうとこちらでは教育システムやら社会機構やらが全然違うらしくそこらへんの情報を直接脳みそに詰め込まれ)、ルーレットで転生後の髪と目の色を選ばされ(無難にどちらも黒にし)、そのあと魔法陣のようなものが書かれた場所に案内される。爺さんは何やら呪文を唱え、それに伴い床に書かれた字は色とりどりの光を帯びていった。白い光が最も大きい円一周すると、眩い光に包まれて周りの景色が変わっていく。しかし目の前の爺さんだけはまだ未練があるように視界にぼんやりと残っていた。

「若いのう、君は」

爺さんは説得に失敗してあとあとから上司に怒られる中間管理職にしては満足そうな笑みを漏らした。呆れているなんて言葉では形容できない複雑な笑みだった。


 ついに爺さんも消えると、あたりは白色の世界だった。目の前の存在感満載の金属らしき扉は固く閉ざされていて、右側にはうっすらとInterstellar Security Agencyという文字が浮かび上がっているパネルがあり、手をかざす様に指示された。

『指紋認証accept 顔認証accept 虹彩認証accept エージェントであることを確認。ドアのロックを解除します』

機械音声が抑揚なく業務を行うと、いかにも重そうな扉が音を立てずに開き始めた。はっきりとは見えないが男が一人と同じくらいの歳の女子が三人いることがわかった。

『ISAへようこそ、Dr.イオリ。我々は新しいエージェントを歓迎します』

中へ入ると同時に扉が音を立てずに閉まり始める。

 

 こうして私は転生後のエリート人生(?)も多分棒に振った。




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