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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第三章 養生
29/34

坂元栄 報告

「で、(かなめ)さんの所に行ってきたわけですが」

「そうですか」


―…何で、(なお)(にぃ)が、俺に敬語なんだろう…。


 再び縁側に通された栄は、困惑しながら、尚顕を見た。

 おどおどしている。


―ちょっとちょっと、しっかりして。


 栄は、一呼吸(ひとこきゅう)置いて、話を切り出した。


「…あの、(そもそも)、御家族は、何て?急に御仲人様(オチュウニンサァ)相談(ソダン)かけました、って報告したんでしょう?(さだ)(あき)さん達、驚かなかった?」


「…父上に、一発、拳骨(げんこつ)を御見舞いされた。珍しく、兄上にも小言を言われたし…」


「あら」


(まさ)(にぃ)、優しいのにねぇ。よっぽどじゃないの。


「十年ぶりくらいの拳骨(げんこつ)だったかな…。馬鹿たれが、あんな(あげな)時間に(なん)考えているんだ(かんげちょっとや)、って」


「あらら」


―またしても正論。まぁ、下手したら親が恥を掻くところだったわけだしね。御宅の息子さん、こんな時間に?って、親が(しつけ)を疑われても、(むべ)なるかな、というところだね。


喜久(きく)ちゃんとの縁談については?」

「誰も、何も。皆、()い御話じゃないか、って。年回りも合うし」

「其れは何よりで」

「アリガトウゴザイマス」


―何でまた、敬語なんだろう。


 しかも、少し、片言(かたこと)(よう)な発音である。


―あ、喜久(きく)ちゃんの様子を早く聞きたいのか…。


 尚顕が、恐る恐る、という感じで、栄の様子を(うかが)ってきているのが分かった。


「で、要さんの所に行ってきたわけですが」

「はい」


 尚顕は、栄に返事をしながら、小刻みに震えていた。


―あ、もう、今日、完全に駄目だわ、(なお)(にぃ)


「結論から言うと、喜久(きく)ちゃん、()い御話なので、御受けします、と。ただ」

「ただ」


「…喜久(きく)ちゃんからしたら、()い御話だけど、如何(どう)して申し込まれたか、分からないんだって。(ほとん)ど話した事が無いから、って。…相当意外だったんじゃない?」


「うーわー」

 栄の報告に、尚顕は、頭を抱えて嘆いた。


 そりゃ、嘆きたくもなるでしょうねぇ、と思い、栄は言葉を続けた。


「えーと、別に嫌がってなかったけど。多分、吃驚(びっくり)しているんだと思う。単なる弟妹(ていまい)の担任だと思っていたんだろうから。…顔見知り?知り合い?くらいの感じの人に、行き成り求婚された感じ?」


―知り合ってから長いのに、(いま)だに知り合いの域を出ないくらい、恥ずかしがって、ろくに話も出来ずにいたんだと思えば、逆に微笑ましい気もするんだけども。


「どうしよう」


「否、如何(どう)しよう、って。喋らないと。多分、喜久(きく)ちゃん、(なお)(にぃ)如何(どう)いう人なのか、分からないんだと思う」


 尚顕は、真っ赤になり、栄の方に向き直って、言った。

「何を喋れば良いの?挨拶と弟達の話と、天気の話以外で」


 栄は思わず、話題少ないな、と、大きな声で言いそうになったが、グッと堪えた。


―そんな事言ったって、夫婦(ふうふ)になったら、毎日何か話さないといけないのに、如何(どう)する心算(つもり)なんだろう。


「そうだねぇ、でも、ほら、会った事も無い人と御見合い、っていうより、上方限(カミホーギリ)では随分、()(ほう)の縁談だと思うよ。一応、顔見知り?だし」


 栄は尚顕を庇う心算(つもり)で、そう言ってみた。


 尚顕は、(しばら)く俯いていたが、ハッとした顔をして、言った。

「あれ?夫婦(めおと)になったら、毎日顔を合わせるんだよな?喋らないといけないんだ」


 今更?と大声で言いたくなるのを、栄は、グッと堪えた。


―もう、今日、(なお)(にぃ)、本当に頭が回らないんだろうな。


「御前は、如何(どう)してるの?お(はつ)さんと、何を喋ってる?如何(どう)やって二人で過ごせば良いの?」


「突っ込んで聞いてくるねぇ」


 もう、全然、何時(いつ)もの尚顕らしくなかったので、栄は気の毒になって、普段はしない、其の手の話題に答える事にした。


「うちは、奥方(ウッカタ)御喋(おしゃべ)りだから。前は、(ほとん)ど聞き役だったなぁ」


「え?お(はつ)さんって、そうなの?」

「そうそう」


 大体、栄も、以前は其れ程、喋る方ではなかったから、聞き役は全く苦にならない。

 (はつ)は逆に、今は本人が気を付けているが、本来、とても御喋(おしゃべ)りなのである。親しくなると、其れが、よく分かる(よう)になる(はず)だが、尚顕は、相性が悪い事も手伝ってか、其れ程、(はつ)と話す機会が無かったのだろう。


―巫女さんは、家族以外の男と会えないからな。同じ実方家でも、其のくらいの交流だったんだろうし、巫女を引退した後は年頃だから、一緒に遊ぶ感じの関係性じゃなかったんだろうし。


 其れにしても、と、栄は思った。


―懐かしいな。


 六年前に、(はつ)と話をする(よう)になった頃の事を、栄は思い出した。


 ただ(はつ)御喋(おしゃべ)りを聞いているだけでも、とても楽しくて、一緒に居るのが、とても自然に思えてしまって、会わないでいると、とても寂しかった。


 如何(どう)やって一緒に過ごしているのかと問われても、特に、何か、此れといった特別な事が有るわけではない。


 (いま)だに、(はつ)と一緒だと、本当に、何でも楽しいのだ。


 あの当時でも、草刈りだろうが、大根の芽の間引きだろうが、(はつ)と一緒なら、何だって楽しかった。何か無理して、頑張って一緒に居た記憶は無い。


 だから、参考になる(よう)な事など何も言えないので、今、尚顕に、何と言うのが一番良いのだろう、と、栄は思った。


喜久(きく)ちゃん、大人しいもんね。御互い、喋らないとなると、まぁ…」


 うう、と尚顕は唸ってから、言った。

喜久(きく)ちゃんて、何が好きなの?」


 そろそろ、今更?って言っていいかなぁ、と、一瞬悩んだ栄だったが、一応答えた。


「時々、安幾ちゃんと、コッソリ刺繍しているらしいよ。手巾(ハンケチ)に、花模様を入れたいらしい。そういうのが欲しかったらしいんだけど、買ってもらえなかったから、前掛け用の布で工夫しているみたいだよ」


 (かなめ)は割と娘達に甘いのだが、(もと)は厳しいのだ。あまり、そういった装飾品を(かなめ)に買わせないのだと聞いた。手拭いで充分、というのが(もと)の主張らしく、恐妻家の(かなめ)は、其れを忠実に守っているらしい。


「其れは良い話を聞いた、と思うんだけど。俺、刺繍について、何一つ語れない」


 ()だ震えながら、そう言う尚顕に、栄は、落ち着いて、と言った。


「今度、喜久(きく)ちゃんに手巾(ハンケチ)でも贈ろうよ、其処は」

「あ、そうかな?」


―会話しようとしているのに、『刺繍とは』とか(なお)(にぃ)に語り出されても、喜久(きく)ちゃんも困りそう。(つづ)(かた)の課題じゃあるまいしさぁ…。相手も、多分、(なお)(にぃ)に、手芸の話題を求めてないんじゃない?


 栄は、刺繍について尚顕に滔々(とうとう)と、講義宜しく、定義などを含めて演説されている喜久(きく)を想像して、少し不憫になった。


―教員らしいと言えば、こんなに教員向きの発想も無いだろうけど…。不器用としか言い(よう)が無いよね。


 浮気が不可能そうな人柄だとは言えるから、結婚相手としては良いんだけども、と思いながら、栄は、次の話題を探した。


「あとはまぁ、花かな?吉雄(よしお)さんのところが園芸好きだから、時々、其の手伝いをしてる」


「花」


 尚顕は、遠い目をして、もう一度、花かぁ、と呟いた。


―…刺繍の話よりピンと来てないだなんて…。


 手巾(ハンケチ)よりは花の方が、性別問わず、好む人間が多そうで、理解しやすくは無かろうか、と思う栄だったが、尚顕は、やはり、其れ程理解してくれていない様子で、言った。


「花については刺繍より語れるだろうか」

「…生物学的に?」

「まぁ」

「授業じゃあるまいし」


 こりゃ駄目だ、と思い、栄は、(つい)に溜息をついた。


 栄は賭け事を遣らない人間だが、其の、花についての生物学的な見地からの話が、婚約者同士の会話として弾まない方に、幾らかの金銭を賭けてもいいくらいの気持ちになった。


「大丈夫だよ、慣れてきたら、(なお)(にぃ)()が出て来るから。そしたら、喜久(きく)ちゃんが、黙って話を聞いてくれるよ…」


「御前、話を聞くの、面倒になったろ」


「朝から、此処まで話を聞いた俺に対して、随分な言い方じゃない?」


 呆れて、そう言う栄に対して、だってさぁ、と言って、尚顕は膨れた。


 栄は別に、面倒になってはいないが、頭が回っていない時に、此れ以上、何を話しても同じだと思う次第である。


―帰ろう…。


御目出度(おめでた)い話なんだから、もっとニコニコしようよ。あと、あんまり計画練らない方が良いよ。相手の居る事なんだから、絶対、思った通りにならないし。多分、こういうのは、ある程度、行き当たりばったりじゃないと」


―特に(なお)(にぃ)は。


 尚顕は、再び遠い目をして、行き当たりばったり、と呟いた。


―あ、行き当たりばったりは、最も苦手とするところだったね。大らかそうに見えるのに、変なところで神経質なんだよな…。


 そして、忍耐強いのに、一度崩れると(もろ)い。

 こういうところを、喜久(きく)が上手く汲んでくれると良いのだが、と栄は思った。


「今日は帰るね。明日仕事でしょ、(なお)(にぃ)。寝た方が良いよ」


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