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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第三章 養生
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坂元栄 説明

「其れで、昼の、あれは、如何(どう)いう事でしたの?」


 洋灯(ランプ)()いた奥座敷で二人になるなり、(はつ)が栄に問うてきた。


 御互い、もう寝巻の浴衣姿である。

 布団も敷いて、テイも下がっている。

 秘密を話すのにも、(ねや)は都合が良いものだな、と栄は思った。


 並べて敷かれた布団に、其々(それぞれ)、上掛けを捲って座り、向かい合って話をするのは、静かで、栄は、妙に落ち着いた気分になった。


「やっぱり、巫女さんでも御存じないのですね。あれこそが、苗の神様(ナエンカンサァ)の御利益なのですよ」


「嘘でしょう?あれが?」


 里の男児だけが里の教え処や学校で教わる、術、と呼ばれているものである。

 女児が、共学となっても、実質、校舎を分けて教育を施すのには、此れが、原因の一つとして有る。


「此の集落の、男性だけの秘密なのです。男児だけが、あれを教わるのです。あの術を使って、祈祷師(ウセンシ)の仕事を()(やす)くしているというわけです。女性には、巫女さんにすら存在を教えていないとは、徹底したものですね」


如何(どう)して、あんな事が御出来になるの?御利益、ですって?」


「元の形が(ほとん)ど残っておらず、伝わるうちに、巫女舞と、あの術だけが残った、といったところでしょうか。苗の神教(ナエンカンきょう)の里とは言いつつ、里に残っているのは、巫女も廃止された今となっては、もう、術くらいのものですね。宗教と言いつつ、教義も何も残っていないのですが。ただ、あれが『御利益』です。あんなものを、何も知らずに見せられたら、何でも信じてしまうでしょう?其れを御祈祷(ウセンシ)の仕事に利用して御金を頂いて、出稼ぎの生業(なりわい)にしている、という次第です。其れが、女性には(つまび)らかにされていない、『祈祷師(ウセンシ)の仕事』です」


「何でも信じてしまうかって…ええ、そうね、だって、あれは、確かに、お(ちか)ちゃんだったわ。亡くなった人を、あんな風に見せてしまえるのが術だと仰るの?」


「あれは実は、双子とハナさんにしか見えていなかった(まぼろし)なのです」

「え?貴方(あなた)には、あれが見えなかったと仰るの?」


「結局、突き詰めると、強い暗示に近いものが有るので、仕組みを知っている分、俺には見え(にく)いのです。だからこそ、俺に術を見せる事が出来たら、大したものだと言えますが。まぁ、俺が今回見えなかった原因は、(そう)の術の上手い下手ではなく、記憶に有るのでしょうが」


 記憶?と、(はつ)が尋ねて来た。


 そうです、と栄は言った。


「先程も御伝えした通り、術は、強い暗示の(よう)なものなので、其の人が知っているものを、(あたか)眼前(がんぜん)に存在するかの(ごと)くに見せるのでしょう。例えば、俺には、お(ちか)さんの姿の記憶が一切(いっさい)無いので、術を掛けられたところで、其の姿は見えないのです」


「あ、そうね。貴方(あなた)、お(ちか)ちゃんを御存じないのだわ」


「そう。双子には、絵や写真で母親の姿を知っているとか、此れが母の姿だ、と教えられた何かが有るのでしょう。だから見える。其の場合、恐らく、見えているのは、実際は、見ている人自身の記憶なのだと推測します。だから実は、あの時、双子が見ていたものと、ハナさんが御覧になったものは、同じでは無かった可能性も有ります」


 (はつ)は、心底驚いた(よう)に、口元に両手を遣った。


 真新しい、寝巻の、筒袖(つつそで)の浴衣は、白地に紺色の花柄が入っていて、何処を取っても透けた所など無いが、体の線が、とてもハッキリ分かる。


 栄は、(はつ)に、そっと掛け物を掛けてやった。(はつ)は素直に布団に横になって、掛け物を肩まで被った。栄も、隣の布団で(うつぶ)せになり、頬杖をついた。

 洋灯(ランプ)が、ボンヤリと、奥座敷に籠った二人の姿を照らしている。


 ああいう事をなさるのね、と(はつ)は言った。

「あれが、祈祷師(ウセンシ)の御仕事なのね」


「ええ、話術が主体で、術は添え物なのですが、あれが出来ない人間は、習った体術を利用して、用心棒みたいな事をしているらしいですよ。ああやって、里の外から、御金を稼いでくるわけです」


「亡くなった方の姿を、御祈祷(ごきとう)を依頼された方に御見せするの?」


「場合に寄りけりですが、其れが一番多い様子ですね。まぁ、術を使っても全く見えない方もいらっしゃいますし、術を使わないで、祈祷や説法で終わる事も有れば、術の秘密が漏れない(よう)に、暗示で記憶を曖昧にする場合も有ると聞きますよ」


「実際には無いものが見えるのね。…見たい方も、きっと、いらっしゃるのでしょうね。(すた)れないで、御仕事として続いている理由も分かる気がするわ」


「そうですね。ま、仕事として成立しているのは、術が暗示の一種なのだと思うと、結局、使い方や、使い手の腕次第、というところが大きいでしょうが。祈祷の値段の相場なんて有りませんから、どのくらい謝礼を引き出せるか、というのも、話術によるところが多いみたいですし」


「暗示、ねぇ。其れで私、あの時、何かが見えていると思っていたのね」


「はい」


 ()()()()()()()()、と、栄が声を掛けると、(はつ)が目を瞬かせた。

 昔、兄に教わった、呪文無しで暗示が掛けられる方法を、栄は、周囲にもひた隠しにして、知らない振りをして生きている。


「え?え?御団子(おだんご)だわ。わ、消えてしまったわ。此れも暗示?」


「はい。え?…御団子の事を考えていらっしゃいました?()しかして…」


―…団子?


「ええ。喜久(きく)ちゃんが(ひこ)(にぃ)に御重で食べ物を持って来てくれたでしょう?そろそろ御重を返さなくちゃ、と思って。其れで、明日は日曜日でしょう?御客様が(ひこ)(にぃ)の御見舞いに沢山いらっしゃるかもしれないし。双子ちゃん達にも約束したから、御団子を作ってあげようと思っておりましたの。其れで、ついでに、(かなめ)さんの御宅の分も作って、御重を渡そうかしら、って。まぁ、御団子が見られるなんて、何だか美味しそうで、楽しゅう御座いましたねぇ。ふふふ」


―団子…。し、親友の姿とかじゃなくて良かったのかな、見たいものって。まぁ、いいか、平和で…。…夜に感傷的になるよりもね。


 薄々気付いていたが、新妻(にいづま)()(あか)である。


「…明日、(かなめ)さんの所に持って行きますよ、御重と御団子」


「まぁ、貴方(あなた)が?宜しいのですか?」


「ええ、確認したい事が有るので」


―例えば(なお)(にぃ)の結婚の行方とかね。


「えーと、其れで、ですね」

 団子の御蔭で、盛大に話の腰が折れたので、栄は、頭を本題に切り替えるのに苦労した。


(なお)(にぃ)と相性が悪い(はず)だよね。俺は此れを面白いと思うんだけどさ。正直、新婚の今なら、何でも痘痕(あばた)笑窪(えくぼ)で乗り切れそうだけど。


 (そもそも)、自分も派手顔の部類に入る顔をしている尚顕は、其のせいか、昔から、派手顔の(はつ)が好みではないのである。痘痕(あばた)笑窪(えくぼ)にならないのだ。


「術の話に戻させて頂きますと。此れで稼げてしまっている以上、此の術は、里にとっては、とても重要な『御利益』で、門外不出のものなのですよ。里の中でも、女性には教えません。だから(そう)は、ハナさんに、内緒にしてほしい、と言ったのです」


―此の術を門外不出にしている事が、更に外界から隠れ里を疎遠にさせているとも言えるけど。術が使えない子が増えているのは、隠れ里でなくなるには、良い事なんだろうな。


 栄の説明に、(はつ)は、そうでしたの、と言った。


 ええ、と栄は言った。


「極秘の事ですが、(そう)は、(しゅう)の為だから遣ったのだし、ハナさんにだから御見せしたのでしょう」


 そうね、と言って、(はつ)は涙ぐんだ。

「私、絶対、誰にも言わないわ」


 教えてくださって有難う、と言って(はつ)が泣くので、栄は、(はつ)を、そっと抱き寄せた。栄は其の(まま)、自分の布団に(はつ)を引き入れて寝かせ、また抱き締めた。


 (しばら)くすると(はつ)が泣き止んだので、栄は、(はつ)の額に唇を寄せた。

 (はつ)が、そっと両目を閉じた。


 (ねや)睦言(むつごと)を言い合う以上の幸福は無いと栄は思う。

 兄の誠吉は、里では此の(よう)な機会を得られなかったのだと思うと、栄は、とても切ない気持ちになる。

 其れでも、此の場所ではない場所で、此の(よう)な穏やかで幸福な時間を、兄も過ごせている(よう)に、と、栄は願っている。




「そう言えば、あれ、如何(どう)なさいました?」

 栄は、洋灯(ランプ)灯火(ともしび)を消しながら、(はつ)に尋ねた。

「最近御召しになっていませんね」


 (はつ)は、だって、と言って体を(ちぢ)こませた。


 栄は、(はつ)の頬に、自分の頬を寄せた。触れた(はつ)の頬は熱かった。恥ずかしいらしい。


 あれ、というのは、赤い長襦袢(ながじゅばん)の事である。


 坂元家は、(しゅうと)が花嫁に赤い長襦袢(ながじゅばん)を贈り、子孫繁栄を願う習わしが有る。勿論、娘を嫁に出す時は、親が娘に、赤い長襦袢を持たせる。


 (ただす)から其れを贈られ、初夜の晩に其れに初めて袖を通した(はつ)は、大変困惑していた。


 『子孫繁栄』を願うだけあって、縁起の良さそうな色といい、生地の薄さといい、大胆と言うか、露骨と言うか、()(かく)、『子孫繁栄』に対して、大変積極的な装いと言えた。

 何せ、()()(くち)が、さぁ、此処から御手をどうぞ、とばかりに大きく開いている。


 折角(せっかく)(しゅうと)からの贈り物という事で、頑張って、三日は着た(はつ)であったが、如何(どう)にも恥ずかしいらしい。


 まぁ恥ずかしいだろうな、と栄が納得する(よう)代物(しろもの)で、あの堅物(かたぶつ)(ただす)が、どんな顔をして仕立てに注文を出したのだろう、と思う程である。


 実際、薄々気付いていたが、着痩せする新妻だな、と、目視で確認可能なくらいだった。

 踊りを(たしな)む人とあって、意外にしっかりした体付きで、全く太ってはいないのだが、洋灯(ランプ)のみの暗がりの中でも、()()(くち)と腰元の周りだけが、とてもふっくらして見えた。夫以外には見せない、本物の花嫁の装いである。


「受け取った以上はハナさんの持ち物なのですから、気が向いた時に御召しになったら宜しいですよ」


 (はつ)は、小さな声で、はい、と言ったが、此の恥じらい(よう)では、何時(いつ)までも気が向かないかもしれないな、と栄は思った。


 本音を言うと、どうせ脱いでしまう物だから、個人的には如何(どう)でも構わないのだが、そういう本音は隠して生きようと、栄は心に決めている。


(よう)は縁起物でしょ。


 普段の白米に対する赤飯の(よう)な物だと栄は思っているので、白米も赤飯も、食べれば何方(どちら)も旨い。大体、(はつ)は早寝早起きで、起きて、何時(いつ)までも寝巻の(まま)で過ごす(よう)な人では無い。此の白地の寝巻だろうが、赤い長襦袢だろうが、着用時間は大変短い。


「此の浴衣だって御気に入りなのでしょう?御好きな物を御召しになったら宜しいですよ」


 嫁ぐ時、(はつ)の母、(はや)が、三枚も縫ってくれた物のうちの一つだそうである。特に、此れに、淡い桃色の帯を合わせるのが、(はつ)の御気に入りなのを、栄は知っていた。


 ええ、と(はつ)が返事をする。


 小柄な(はつ)と、こうして、同じ布団に身を横たえていると、六尺の自分が、急に、雲を()(よう)な大男になった気分になる。其れでも、(はつ)の、小柄な割に、顔が派手なせいか、(はかな)さを感じないところが、栄は気に入っている。


―しかし、父親譲りで、六尺まで背が伸びるとは、六年前は思ってなかったなぁ。


 背が伸び過ぎたかなぁ、などと、ボンヤリ考えながら、栄は目を閉じる。そっと抱き締めている(はつ)の顔が、とても近くにある。


 栄は、とても穏やかな気分だった。


―しかし、片思いだった時期が、そんなに短かったとは、知らなかったな。


 此の(まま)帯を引っ張っても叱られない間柄というのは良いものだ、と、栄は、しみじみ思った。


 どの辺りまで解説するか迷うところですが、子孫繁栄を願って、花嫁に赤い、身八つ口の大きくあいた長襦袢を贈る地域は実在したようです(地域は失念しましたが、関西圏でした)。

 調べる時は、一事例や資料としてフラットに扱えるのですが、文字に起こすと、「どの辺まで書いて大丈夫なのかな」と、悩む時が有ります。

 一地域の嫁取りの文化としては記録しておきたいので、一旦、このまま書き進めます。


 また、『術を男児にしか教えない』のには、『巫女舞と術を同じ人間に一緒に教えない為』に『男児には術』『巫女舞は巫女のみ』に分けて教えている、という理由が有るのですが、詳しくは、同じ『瀬原集落聞書』シリーズの『山行かば』で書いております。

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