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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第三章 養生
25/34

坂元栄 仲人

如何(どう)して尚顕さん、叫んで走って行ってしまったのかしら」


 栄と二人で、坂元本家の囲炉裏端で、遅めの夕餉を食べながら、(はつ)が、実に不思議そうな顔をした。


 其れはですね、と言って、栄は微笑んだ。実方本家から持ち帰った煮物が旨い。

(なお)(にぃ)が、色々と誤解したから、ですね」


 誤解する(よう)に仕向けたのは栄だが、(はつ)は、偶然とは言え、実に良い仕事をしてくれた。


「誤解?」

 洋灯(ランプ)と囲炉裏の火に優しく照らされた新妻(にいづま)は、仕事用の野良着から、既に、淡い紫の紬に着替えていて、キョトンとした顔で、そう言った。


「ハナさんが、(しょう)の所に行こう、と仰ったでしょう。俺達が、今日、此れから、(しょう)の家に行って、喜久(きく)ちゃんの事を頼もうとしていると思ったわけです」


「え?私、そんな心算(つもり)じゃ。別の日に、顕将(あきまさ)さんの所に、安幾ちゃんの事を話してみようか、という御話でしたわよね?」


 そう。


 栄は、(はつ)には、そう言った。

 尚顕には其れを言っていない。


 オマケに、夕餉(ゆうげ)(どき)に悪いから、煮物を渡してサッサと帰ろう、とまで、(はつ)には言っておいた。


 案の定、(はつ)は、話を早々に切り上げようとした。


 尚顕にしてみれば、グサッと来る事を立て続けに言われて、何をうかうかしている、と、言われるだけ言われたら、普段おっとりしている(はず)(はつ)に、サッサと話を切り上げられて帰ろうとされ、もう別に話す事は無いから他所(よそ)へ行こうと言われた(よう)に感じた(はず)である。


 敢えて、色々、誤解を訂正せずにいた栄だったが、正直、(はつ)が、此処まで良い働きをするとは思わなかった。


―ハナさんが言わないなら、俺が『今日は御暇(おいとま)致しましょう。後は(しょう)の所に伺いますから』って言う心算(つもり)だったんだよな。案の定誤解して、突っ走ったよ。


「今頃、とんでもない事をしているでしょうねぇ」


 尚顕は、焦ると、斜め上の事をしてしまう性格なのだ。

 頭が良いのに、全然、祈祷師(ウセンシ)向きではない。


 何処へ走って行ったやら、と、栄は、努めて穏やかに言ったが、尚顕に悪いとは思いつつ、内心、笑い出したい気分だった。


 長い付き合いだと、此処まで尚顕の性格を折り込み済みで話を動かせるのが申し訳ないくらいである。


―他人の動きを操作しているみたいで、罪悪感は有るんだけど。…顕彦さんは困っているし、此の(まま)じゃ(なお)(にぃ)喜久(きく)ちゃんと一緒になれないし。上手くいけば、上手くいかないかなぁ。結局さ、切っ掛けは如何(どう)あれ、求婚しないと始まらないんだよ。頑張れ。




 (やや)あって、下働きのテイの声がした。

 土間に来客が有ったらしい。


「まぁ、今時分、何方(どなた)かしら」

 (はつ)が、そう言って、口元を押さえた。


 栄がテイに問うと、実方分家()若様(わかサァ)です、との返事だったので、玄関に回ってもらって、広間(ヒロマ)に通す(よう)にテイに言った。


 来客は、案の定、息を切らした尚顕だった。

 (はつ)は、まぁ、と驚いた。


 栄は、(はつ)に、中座しますね、と告げて洋灯(ランプ)を持ち、尚顕を、下座敷の縁側へ、そっと招いた。

 移動の途中、炊事場(ナカエ)に声を掛けて、テイに、後で御茶を、と告げた。




「まぁ、座って」


 尚顕がドッカリと縁側に座り込んだので、栄も隣に胡坐を掻いた。


 汗びっしょりで、如何(いか)にも普段着、といった様子の鉄色の着流しが、かなり(はだ)けている。栄が、見かねて手拭いを渡すと、尚顕は其れを受け取り、サッと身繕いをした。


 其処に、テイが御茶を運んできた。

「まぁ、御茶でも一杯(ちゃいっぺぇ)


 栄は、テイに礼を言い、尚顕に御茶を勧めた。

 尚顕は、勧められるが(まま)に、茶を、グイッと飲んだ。

 栄も、一つだけ啜る。

 (ぬる)い番茶だった。

 分かっているな、と思い、栄はテイに感謝した。

 走って来たと見える尚顕が、喉が渇いているかもしれないと察し、()ぐ飲める温度で出してくれたのだろう。


―テイさんらしい気遣いだな。人によっては、(ぬる)い番茶なんて、気に入らない気遣いかも知れないけど、幾ら何でも、こんな時間に急に本家に来て、玉露や雁ヶ音(かりがね)が出されるとは、相手も思ってないでしょ。上等、上等。


 思った通り、尚顕には、気にした様子は見られなかった。


―まぁ、今日の此の様子だと、水を出されても、白湯を出されても、茶だと言われて出されたら、茶だと思って飲むかもしれないな…。


 番茶を飲んで落ち着いたらしい尚顕が、やっと口を開いた。

仲人(なこうど)立てて来た」

「あ、やっぱり?」


「…あ、御前。誘導した?」

 尚顕が、ハッとした顔をした。


 栄は、嫣然(ニッコリ)として言った。

「…話術は祈祷師(ウセンシ)の基本だって教えてくれたの、(なお)(にぃ)じゃなかったかなぁ」


 尚顕は、くー、と、悔しそうに言った。

「そうだよ、向いてないから祈祷師(ウセンシ)辞めて教員になったんだよ俺は。ああ、もう」


 苦々しそうに、そう言う尚顕だが、祈祷師(ウセンシ)の稼ぎで、何と、親を一度も頼らず、自分の学費を全て自分で捻出したのだ。栄は其れを尊敬している。


「其れで、如何(どう)だったの?」


こんな(こげな)時間に来よってからに(きよっせぇ)(なん)考え(かんげ)てんだ(ちょっとや)って()叱られた(がられた)


「あらー」


―正論。


 仲人(なこうど)は、清水分家の老人だろうか、と、栄は推測した。


上方限(カミホーギリ)年嵩(としかさ)の人が、(なま)り倒して罵倒してくるくらい腹を立てたのかぁ。まぁ、そう言うわな。


 至極当然、と思った栄だったが、黙って、尚顕の話の続きを待った。


「でも、走って来た気持ちは買ってやるから、明日、朝一番で、坂元分家の(かなめ)さんの所に行ってくれるって」


「おお、()()ちゃんの所に。良かった、良かった」


 (かなめ)は、喜久(きく)の父である。


 栄が、そう言って微笑むと、尚顕は、恥ずかしそうに、両手で顔を覆った。


(なん)か、思っていたより、急になって。(なん)か、計画してたのって、もっと、こう」


―計画通りに物事が進むとは限らない。


 オマケに、尚顕は、石橋を叩いて渡るどころか、石橋を叩き過ぎて石材が割れ、川に橋を流してしまうのではないかというくらい慎重なのである。結局、水に浸った石材と化した橋の上を、危なっかしく伝え歩きする羽目になったりして、そうなると今度は、勢いで、其の上を走って移動してしまったりするのだ。


―計画が思った(よう)に行かないと、混乱して、自分で自分の計画を壊しちゃう事が有るんだよな…。何と無くだけど、()()ちゃんくらい、落ち着いた(ヨメジョ)が良いかもね。


 喜久(きく)の方が尚顕より四つ年下だが、勢いで、仲人(なこうど)の家に、夕餉時、行き成り駆け込む男よりは多分落ち着いている。そして喜久(きく)は、(はつ)(よう)な話の腰の折り方もしない。(はつ)よりは絶対、喜久(きく)と相性が良い事は、栄も保証出来そうである。


「…(なお)(にぃ)って、何時(いつ)から()()ちゃんの事を?」


 傍目(はため)に丸分かりだっただけで、喜久(きく)や尚顕の気持ちを、ハッキリ聞いた事は無い栄だったので、今なら聞いても良いだろうか、と、口にしてみた。


 尚顕は、やっと顔を上げ、栄の方を見て、言った。

「此処、二、三年かなぁ。教員になってからだな」


「嘘だぁ。俺の見合い話の出る頃には、もう、喜久(きく)ちゃんの事、気にしていたでしょう?」


 六年前くらいから、予感は有った栄である。


 尚顕は、え?え?と言って慌てた。


 栄は更に言った。


楚々(そそ)としている、とか何とか言っていたじゃない。()()()ちゃん、数えで十二とかだったのに」


 あまり、そういう事を言わない尚顕なのに、喜久(きく)の事は、敢えて『楚々(そそ)とした』などという表現まで出して褒めていたのである。


「いや、そりゃ、可愛いなとは」

「…ああ、前々から可愛いとは思っていたのね」


―そりゃ、そうだよね。


 栄の指摘に、尚顕は、あれ?と言って硬直してから、頭を抱えた。


―嘘。自覚は無かったって事?


 栄は反応に困ったが、今は尚顕の顔を見ないであげる事にした。


「…()(かく)、朝一番に、結果が分かるね」

「…もう、他の縁談が行ってて、断られたら、如何(どう)しよう」


―はぁ?先刻(さっき)まで来年の三月に相談(ソダン)かける気だった(くせ)に、今更何を言ってるの?


 栄は内心呆れたが、其れでも、尚顕が喜久(きく)に求婚する(よう)に仕向けたのは自分だったのである。今日行動に移した事については、目上に対して不敬ではあるが、でかした、と思っていたので、言わないであげよう、と思った。


 でも、と尚顕は、頭を抱えた(まま)、呟いた。

「来年の三月に相談(ソダン)かけに行くよりはマシかな?」


―あ、自覚は有るのね。言わなくて良かった。


 栄は、左手で髪を掻き上げながら、そうだね、と言った。

「でも、明日の朝行ったら、叱られなかった(がられんかった)かもよ」


 栄の言葉に、尚顕は黙った。


 そう、どのみち、明日中には結果が分かった(はず)である。非常識な時間に駆け込んで、仲人(なこうど)の心証を悪くしても、何も良い事は無い。偶々(たまたま)仲人(なこうど)になる事を、相手に了承してもらえただけの話なのだ。


 話の進展の為に状況を引っ掻き回そうとは思っていたし、尚顕の性格上、今夜中に動いてしまう可能性も考慮してはいた栄だったが、やはり、褒められた話では無い。


―仕向けておいて悪いけど、釘は刺しておこう。落ち着いて、明日の朝一番で行けば良かったでしょう、ってね。


 如何(どう)してこうなのかなぁ、と栄は思った。


―良い人だし、男前(ヨカニセ)だと思うんだけどなぁ。


 変なところで思い切りが悪いし、変なところで衝動的なのである。

 多分、完璧主義なのだ。

 ある程度自分に自信が有って、目標も高めに設定するのであろう。

 其れで、計画通りに行かないと、途中で混乱して、自分で面倒になったり、投げ出したりして、壊してしまうのだ。


―ああ、顕彦さんと尚兄(なおにぃ)って、そういうところ、真逆かも。


 其れを()()如何(どう)思うかは、栄も、確かに気になるところである。




「今日は帰る。邪魔したな。…ありがと(あいがと)

「うん、朝、(なお)(にぃ)の家(んゲェ)に行くよ」




 尚顕を見送って、テイに湯呑を下げる(よう)に頼むと、広間(ヒロマ)で、(はつ)が、栄を待ってくれていた。

 食べないで待ってくれていたとは申し訳ないと思いながらも、やはり、一人ではない食事は嬉しい栄だった。


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