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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第三章 養生
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坂元栄 追い打ち

 下男も呼んで、二人がかり用を足させ、布団に寝かすと、顕彦が眠そうな顔をしていたので、夕餉まで少し眠る(よう)に言って、栄は再び、顕彦の左足を(かご)に入れてやって、上から掛物を掛けた。


 顕彦が眠ったので、納戸の戸を閉めようと、栄が外を見ると、人影が在った。

安幾(あき)ちゃん」


 栄が声を掛けると、か細い声が問い掛けて来た。

「顕彦さん、御加減、如何(いかが)でしょうか」


「痛み止めが効いてる。先刻(さっき)眠ったところ」


 安幾は、そう、と言って、納戸(ナンド)の中を、そっと覗き見た。

 一つに束ねられた黒髪が、赤っぽい野良着の肩を、サラリと滑る。如何(いか)にも、炊事場(ナカエ)から抜け出して来た、という姿である。


「普段は玄関から来るのに。此の前といい、安幾ちゃんらしくもない。上がらせて頂けば?」


「あの、いいの。顔を見に来ただけだから。窓が開いているなって思って、来てみただけ。起こしたくないし」


 安幾は、其れだけ言うと、頬を染めて、(きびす)を返して走り去った。


 庭に居た下男が、安幾と擦れ違い、おや、と言った。

何時(いつ)もの御嬢様(オゴイサァ)ですね。前髪の可愛らしい(こやらし)(コッ)で」


 毎日顕彦の世話を手伝ってくれているのは、此の下男で、()(ばる)(かん)()という。


 此の下男は、栄の家の下働き、()(ばる)テイの息子である。


 栄と同い年なのだが、(ただす)から実方本家に口利きして、此処の下男になった。

 顕彦の生徒でもあったので、雇い人の顕彦とは、上手く遣っているらしい。


 テイ同様に、痩せた、優しそうな、素朴な顔立ちをした人物である。


 祈祷師(ウセンシ)は向かないから、と、きちんと尋常中学校まで出たが、奉公人になってしまった。口では、そういう風に言う完三(かんざ)だが、(やもめ)のテイを置いて里を留守にするのが忍びないのだろうと栄は思っている。此の、テイの末息子は、孝行息子なのだ。


 栄は、同じ学校に居る時は、其れ程、喋ったりする仲でも無かったのだが、卒業以降は、此の(よう)にして、よく喋る(よう)になった。


 何時(いつ)も一緒に居る仲間が違っただけで、別に、御互い、悪い感情も無かった上に、六年程前、実は御互いが乳兄弟(ちきょうだい)だった事が判明したのである。あれ以降、此の人物に対して、栄は、グッと親しみが増した。


 頭も良く、気が利くし、よく働いてくれるので、顕彦も重宝しているとは思うのだが、折角(せっかく)なので、何か、(かん)()の知性を生かせる(よう)な仕事は無いものだろうか、と、栄は常々思っている。


 しかし、今回の顕彦の件で知ったが、痩せた、中背(ちゅうぜい)の見掛けに寄らず、(かん)()が随分力持ちなのには驚いた。力だけなら、此の乳兄弟に敵わないかもしれない、と思う栄である。其の知性は勿体無いが、力仕事には適材と言えよう。


「え?安幾ちゃん、毎日?」

 栄の問いに、人の好さそうな乳兄弟は、はぁ、と言った。


「門の(メェ)にも、もう一人(ヒトイ)、毎日いらっしゃいます(おいやっです)よ。中には入っていらっしゃいません(きやらんです)が」


喜久(きく)ちゃんかな」


「多分。別の、坂元分家の。キッチリ髪を(まと)めた、キチンとした感じの御嬢様(オゴイサァ)ですよ」


 うわぁ、と栄は呟いた。


 (かん)()は、穏やかに微笑んで、言った。

「先生、もてますねぇ」


 完三は、雇い主の顕彦を、昔の(まま)、先生などと呼ぶ。

 見掛けばかりは、確かに、下働きよりも品が有り、着物が野良着でなければ書生の(よう)な雰囲気が有る男である。

 完三は、うんうん、と、ゆっくり頷きながら、仕事に戻っていった。


 栄は、そっと納戸の戸を閉めた。


―…年頃の娘さんが、二人も、毎日、通いつめちゃってねぇ。其れも、家の仕事を抜け出して。…もててはいるけど、此れは、なかなか、面倒な事に…。


 若い娘さんを、二人も思い詰めさせている当の本人は、あどけない様子の寝顔で、スヤスヤと眠っていた。


―…如何(どう)するのかなぁ、顕彦さん。




「え?喜久(きく)ちゃんと安幾(あき)ちゃんが?」


 (はつ)が枕元に用意した箱膳(はこぜん)の夕餉を食べながら、顕彦が、驚いて、米粒をポロリと落としたのを、(はつ)が、もう、などと言いながら(ひろ)う。


(ひこ)(にぃ)、御存じなかったのね」

 (はつ)が、顕彦の膝に手拭いを掛けながら、意外そうに、そう言った。


―いや、寝かせてたからなぁ。知る(よし)も無いってやつで。俺も完三(かんざ)さんに聞くまで知らなかったし。


「ハナさん、御存じだったんですか?」


 栄の問いに、(はつ)は、ええ、と言った。


「上がっていかないのか聞くんだけど、声を掛けると、二人共、走って帰っちゃうの。罪作りでいらっしゃる事ねぇ、(ひこ)(にぃ)


 顕彦は、青い顔をして、ごくん、と飯を飲み込んだ。

 『喉を通らない』時って、こういう顔をするんだろうな、と栄は思った。


 (しばら)く、頑張って食べようと試みていた顕彦は、(つい)に箸を置いてしまって、言った。

「え、如何(どう)したら良いの?俺」


 如何(どう)したらって、と、(はつ)が困った(よう)に言った。

「時間が解決するでしょうからねぇ。放っておく?」


「ハナさん、流石に其れは、あんまりでは?」


―放っておいていいもんなの?あんな、思い詰めた感じの娘さんを二人も?


 結構凄い事を、おっとりと言う人だよな、と、栄は毎回思う。


 そうねぇ、と、(はつ)は、おっとりと言った。


(ひこ)(にぃ)が独身でなくなれば万事可決でしょうけど…。まぁ、(ひこ)(にぃ)が、誰か()い方を見付けるか、あの子達が他所(よそ)に御嫁入り出来る(よう)に口を利いてあげるとかね」


 顕彦が、青い顔の(まま)、栄の方を見た。

 栄も顕彦に同情した。


―いやいや、君とは結婚出来ないから代わりの嫁ぎ先を探してあげたよ!なんて振られ方、したくもされたくもないでしょうよ。


「ハナさん、流石に其れは、あんまりでは?」


 でも、と(はつ)は言った。


安幾(あき)ちゃんは()だしも、喜久(きく)ちゃんは数えで十八だもの。気を持たせた(まま)にした方が(こく)ではなくて?どのみち、親御さんが、そろそろ縁談くらい考えていらっしゃるでしょうけど。此方(こちら)から何か出来る事が有るとしたら、()い方を紹介して差し上げるくらいではないかしら。あとは、そうねぇ…」


 顕彦は、食欲を無くしたらしく、何も食べずに、(はつ)の顔と栄の顔を、交互に見ている。


―確かに、何か、続きを聞くの、怖いな…。


「酷い嘘をついて、幻滅させてあげるとか?」


「させてあげる、って。え?例えば…?」

 顕彦が、恐る恐る、という感じで、(はつ)に尋ねた。


「そうねぇ、隠し子とか、如何(どう)かしら?」


如何(どう)かしら、じゃないよね?おっとりと、何を言っているの?


 顕彦が一瞬、両目をフッと閉じた。

 栄も、冷や汗が出そうになる。


「ハナさん、流石に其れは、あんまりでは?」


 でも、と(はつ)は言った。


「顔を一目見たい、心配だって、毎日通ってしまうくらい思い詰めているわけでしょう?二人共。其のくらい酷い嘘でないと、ガッカリしないかもしれないわよ?」


 顕彦の目が、フッ、と、右に(かし)いで、また真ん中に戻った。顔色は青い(まま)である。

 貧血でも起こすのではないか、と、栄はハラハラした。


 (はつ)(なお)も続ける。


如何(どう)したって、一人しか貰ってあげられないのだもの。何方(どちら)を選んでも、一人は悲しむのでしょうし、何方(どちら)も選ばないのなら、二人共悲しむのでしょうし。其れなら、他に御相手を見付けて差し上げるのって、そんなにおかしな事かしら?」


―うーん、そりゃそうだけど…。


「そうかもしれませんが、その、ハナさんは、二人の事、如何(どう)思ってらっしゃいますか?」


「え?私?」


「二人共、うちの分家の子ですから、俺は昔から、良い子達だって知っていますが、女性の目から見て、二人は如何(どう)ですか?」


 顕彦が、(はつ)の答えを待っているかの(よう)に、両手の指を組んで、胸元に置いた。


「私は、何方(どちら)も可愛いと思っているわ。私より、六つも八つも年下なのよ?其れだけで、とっても可愛い気がしてしまうの。安幾(あき)ちゃんなんて、お(なか)ちゃんと同い年ですものねぇ。何方(どちら)も、とても良い子よ。性格は違うけど。喜久(きく)ちゃんは、キチンとしていて、良い奥方(ウッカタ)になると思うわ。安幾(あき)ちゃんは、いじらしいわね。あとは…。違うところと言えば、安幾(あき)ちゃんは、彦兄(ひこにぃ)の顔を直接見に来てしまうけど、喜久(きく)ちゃんは多分、彦兄(ひこにぃ)が治るまで、門から上には来ないかもしれないわね」


「ああ、其れは。安幾(あき)ちゃんにしても、普段は礼儀正しいのですが…」


「いえ、礼儀と言うか…」

 (はつ)は、少し言い(にく)そうにしてから、顕彦の方を見た。


―おっとりと、でも、此処までズバズバ言っておいて、()だ言い(にく)い事が有るんだ…。


 何か怖いな、と思って、栄は、(はつ)の言葉を待った。


「憎からず思っている人に、祝言には呼んでおくれ、なんて言われたら、私だったら、次に会う勇気が無いわね。既に玉砕した(よう)なものだもの。喜久(きく)ちゃんが門から上に来ない理由って、別に、礼儀だけとは限らないでしょう?」


―うわー、言っちゃったよ。


 顕彦が、両手の指を組んで胸元に置いた(まま)、ドサッと、背後に積まれた、畳んだ布団に体を預けた。顔は其の(まま)、天井を仰いでいる。


 (はつ)は、おっとりした優しい声で、更に追い打ちを掛けた。

「ハッキリ断っておあげなさいな。何方(どちら)も御好きではないのでしょう?」


 顕彦が、別に嫌いとは、と、ボソリと言ったが、(はつ)は、あらまぁ、と、穏やかに、世にも優しい声で、割合(わりあい)(ひど)い事を言った。

「傷付けて悪者になりたくないのね。やっぱり幻滅されるのは嫌?」


―おっとり、ズバズバと。身内の率直な意見って恐ろしいよな。そんな、サラッと、何の嫌味も無く言うんだ…。


 栄は、(はつ)の言いたい事は分かるものの、顕彦の方に同情した。


―其れはそうでしょうよ。若い娘さん二人に、態々(わざわざ)幻滅されたい男が居たら、会ってみたいもんだよ。相手から見たら煮え切らない態度だろうけど、悪者になりたくない気持ちは分かっちゃうな…。


 (はつ)は、うーん、と言って、天井を見た。兄と同じ方向を見ているが、意見は全く違う。

「だって、仰っていらしたでしょう?迷っている時点で違うか、今じゃないんだって」


 顕彦は、其れはそうだけど、と言った。


―ああ、あれ、ハナさんにも言ったんだ。


 あの時は女性の例えを使うのを避けてもらったというのに、今は、実践で、()()安幾(あき)何方(どちら)かを選ぶ方法に当て嵌められているとは、実に皮肉である。


―『どっちの女か迷ってるうちは、どっちの女も、実は、そんなに好きじゃない』、か…。うーん、やっぱり、残酷じゃない?此の例え。物件の例えにしてもらって良かった…。


 顕彦は、(つい)に、顔を両手で覆ってしまった。

(なん)か、悪事に加担している(よう)な気分になるんだよぅ」


―あーあー。ハナさん、追い打ちを掛け過ぎだよ。


 顕彦の嘆きは止まらない。


「今までさぁ、二人共、可愛がって、大事にしてさぁ。祭りじゃ、悪い(むし)がつかない(よう)に、夜道じゃ、怖い思いをさせない(よう)に、って。其れがさぁ、俺が悪い(むし)みたいだろ、此れ」


―確かに…。派手な顔の、(とお)近く上の、結婚してくれる気も無い男に入れあげて、家の仕事を抜け出して、其の男の家に毎日通い詰めています、ってなると、親からしたら…。益虫(えきちゅう)ではないかも…。


 しかし(はつ)は、嘆く実兄に対して、全く調子を変えずに、うーん、と言った。

「恋愛の対象として見る事に、罪悪感が御有りだと仰るの?」


―いやー、相手が(とお)近く下だと、そうかもよ?


 栄は、顕彦の気持ちが、よく分かるので、顕彦を庇う気持ちで、言った。

「妹みたいって事ですよね。そういう風には思えない、って」


―其れか先生と生徒、下手すると半分我が子気分だったわけでしょう?何せ此の人、隠居の年寄気分だったんだから。


 栄からしたら、まぁ、そうだろうな、という感じがする。栄も、二人の事は、そういう風には思えない。


 しかし(はつ)は、更に言い(にく)そうに言った。


「其れ、御自分が言われたら、如何(いかが)(ひこ)(にぃ)が、もし、憎からず思っている方に、そう言われたと思って御覧なさいな。顕彦さんの事は好きだけど、兄弟みたいなものだから、そういう風に思えないって言われたら、如何(どう)思われて?なかなか酷いわよ」


 栄は、其れを聞いて、自分の方がグサリときた。

 実は其れは、(かつ)て自分が恐れていた事である。

 (はつ)が、もし、年下の自分に、弟としか思えないから一緒になれないと言って来たら、と思うと、呼吸が止まりそうになったものである。


(さいわ)い言われなかったけど、もし言われていたら、と思うと、かなり強烈な体験になっていた事は間違いないよな…。


 顕彦は、両手で顔を覆った(まま)、ぐぅ、と言った。


―あ、此れ、ぐうの音?


 栄は、顕彦の様子にヒヤヒヤしながらも、少しだけ、其の発見を面白く思った。


 (はつ)は、おっとりと、ああ、と言った。


「でも、良いかもしれないわねぇ。妹としか思えないって、素直に言ってみるのも良いのではなくって?」


 顕彦と栄は、同時に咳き込んで、バッと(はつ)の方を見た。


「ハナさん、流石に其れは、あんまりでは?」


―だから、其れ、言っちゃうと傷付けますってば。俺なら立ち直れないもの。


「嘘が嫌なら、誠意をもってぶつかるしかないもの。少なくとも、二人共、諦めはつくかもしれなくてよ。傷は浅いうち、諦めは早いうちよ。次に行けないでしょう?」


 次、と言って、顕彦が青くなった。話の展開に頭がついていかないのだろう。

 栄も血の気が引くのを感じた。


―恋愛の話だったと思ったんだけど。そんなに切り替え早くいかないといけないのか?世知辛いな…。


 栄は、何故か自分が、若い娘二人に振られた(よう)な気分にさえなった。

 (はつ)は、きょとん、とした顔をしている。

 此処までの言い(よう)、全てに、全く悪気が無いのである。其れだけに、妙に胸にチクチクと刺さるものが有る。


 だって、と(はつ)は言った。

如何(どう)して、あの二人が思い詰めているか、考えた事が御有りかしら?」


 顕彦が、如何(どう)してと言うと、と妹に問いながらも、思考を手放す寸前の顔をしている。


―凄い。もてているのに全然楽しそうじゃない。


 栄は、いっそ気の毒だな、と思いながら、義兄の顔を見た。

「…顕彦さん、一度、痛み止めを飲みませんか?はい、此方(こちら)、御白湯と薬です」


 一応、少量ながらも、夕餉を胃に入れてはいるのだ。そろそろ飲ませても良かろう、と栄は判断した。


「有難う」

 顕彦は、栄に礼を言って、薬を受け取り、白湯で、自分の口に薬を流し込んだ。


 顕彦が薬を飲み終わるのを待って、(はつ)が言葉を続けた。


「此処は、女の方から、御嫁さんにしてほしいなんて言える土地柄ではないのだもの。御分かりになるでしょう?」


 顕彦と栄は、ハッとした。


下方限(シモホーギリ)ならいざ知らず、上方限(カミホーギリ)じゃ、恋愛結婚(ヒッツキアイ)は珍しいわ。親が決めた人に嫁ぐのが普通よ。だから、放っておけば、親が決めるんだから、ある意味解決してしまうのよ。如何(どう)すればいいか、という御話だから、色々申し上げましたけれど。もし、喜久(きく)ちゃんや安幾(あき)ちゃんが彦兄(ひこにぃ)と一緒になりたかったら、あんまり、時間も方法も無いのよ。十八過ぎて、二十歳(はたち)過ぎて、となると、薹が立った(おだった)と言われてしまうわよ。そういう土地柄でしょう?」


―ああ、成程。地域性の話と、男性と女性の、結婚に掛ける時間の感覚の違いってやつか。俺は、数えで十五の時に御見合いしちゃったから、感覚的には、あんまり理解出来てないかもな。


 其の点は、栄も、(はつ)を六年待たせてしまったので、申し訳ない気持ちは有る。


「つまり…顕彦さんから御仲人様(オチュウニンサァ)相談(ソダン)かけて、親に打診してもらうか、親に泣き付いて顕彦さんに話を持ち掛けてもらうくらいしかない、というわけですね」


 栄の言葉に、(はつ)が、ね、と言って頷いた。


「そうでしょう。親に泣き付ける(よう)な性格でなかったら、結局、待つしかないのよ、彦兄(ひこにぃ)から御仲人(おなこうど)を立ててもらうのを。彦兄(ひこにぃ)に好きになってもらうしかないの。あとは、親が偶然、彦兄(ひこにぃ)との御見合いを段取りしてくるのを待つくらい。だからと言って、自分から直接、彦兄(ひこにぃ)に思いを伝えたら、親に、はしたないと言われるでしょう。親を怒らせたら、上手くいくものも上手くいかないわ」


 其れは思い詰めますね、と栄が言うと、そうよ、と、(はつ)は、おっとりと言った。


「黙っていたら、親が誰かとの縁談を持ってくる年頃ですもの。…如何(どう)にかして、自分の思いを察してもらうしか方法が無いって、(つら)いと思うわよ」


 顕彦と栄は、顔を見合わせた。


 ね、と、(はつ)は優しく言った。


「スッパリ諦めさせてあげるか、あとは、察していない振りをし続けて、親が決めた相手とか、御仲人(おなこうど)を立ててきてくださった御相手と一緒にならせるか、他に御相手を見付けてあげるか。結果的には、其れが親切よ。気を持たせて、相手が薹が立つ(おだつ)まで待たせてしまったら、傷付けるよりも罪作りな事になるわよ。其方(そちら)の方が、責任が重いと思うもの」


―筋は通っているし、理屈は分かるんだけども。


「…二人の気持ちを無視し続けられますか?顕彦さん」


「…ごめん。今、顔見ないで?」

 顕彦は、また、ドサッと背後の布団に体を預けて、顔を背けた。


―…此の(まま)寝かせた方が良いかもしれない。


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