坂元栄 赤毛
手に雑紙を持った周は、坂元本家の納戸に着くなり、顕彦の首に手を回し、ピトッと抱き付いた。
綜は、懐紙に載った黄粉団子を、そっと、顕彦の傍の、白百合の花瓶の前に置いた。
何だか御供えみたいで、より葬式っぽくなったなぁ、と栄は思ったが、黙っていた。
初は、御茶を煎れると言って、実方本家の炊事場に下がってしまった。
「…何かあったろ」
顕彦は、そう言って、右手で周を抱き締め返しながら、左手で綜を手招きした。
―うん、バレてるなぁ。
綜は、周の抱き付いているのと反対の方に回って、顕彦に近寄った。
顕彦は、先程の様に、片膝に一人ずつ、双子を乗せた。
顕彦が一瞬、ほんの少しだけ顔を顰めた。多分、昼飲んだ薬が切れてきている。相当痛い筈である。顕彦は絶対言わないであろうが。来客が帰ったら、薬を飲ませなければならない、と、栄は思った。
顕彦が、じっと栄を見てきた。
双子が何も言わないので、栄えに説明を求めてきているらしい。
―あったと言えば色々あったけど、どれなら言ってもいいんだろう。
迷った結果、栄は、髪の毛の事を何か言われたらしいですよ、と言った。
顕彦は、成程、と言った。
「ちょっと見せておくれな」
顕彦は双子の許可を得て、二人の旋毛の辺りの髪を、束で摘まんだ。
―え?気にしているっていうのに、髪の毛を態々見るの?あ、荻平さんも驚いてる。双子も、ポカン、としてるなぁ、突拍子も無い。
稍あって、顕彦は、思った通りだ、と言った。
「ほら、太い毛と細い毛が一緒に生えているだろう?」
荻平と栄は、顕彦の両手元を覗き込んだ。
シッカリと弾力の有る、健康そうな艶の有る黒髪と、細い髪が混ざって生えている。
顕彦は続けた。
「此の、細い毛に、御天道様の光が当たると、色が透けて、明るい色に見えるだけだ。部屋の中では黒く見えるだろう?」
「あ、本当ですね」
栄が同意すると、荻平も頷いた。
「あかくない?」
周が、確認する様に、そう言って、真上を見る様にして、顕彦の顔を見た。
「何だ、そんな事言われているのか」
顕彦は、そう言って、双子の頭を撫でた。
周は、しょんぼりと下を向いた。
綜の方は、前の話と照らし合わせて考えたらしく、少し納得した様子で、言った。
「でも確かに、赤いと言われるのは外でだけです。部屋の中では、そう見えないんだ」
良くないなぁ、と顕彦は言った。
「今の時代に、表現が合っていないよなぁ。今だと『栗色』とか『鳶色』とか言うべき色だろう。日本語だと、茶色いと、赤毛の馬、みたいな言い方をするけど。欧米で赤毛って言ったら、橙色みたいな色だぞ」
「え?」
双子が、揃って驚いた。
本当だよ、と顕彦は言った。
「世の中には、もっと色々な髪の毛の人が居るんだ。綜と周みたいな髪の人、里の外には結構居るし、欧米の人から見たら、全部黒髪に見えると思うぞ」
綜は、へぇ、と、感心した様に言ったが、周は、シュンとして、言った。
「やっぱり、里には他に、黒髪じゃない人は居ないんだ」
「居ない事は無い。特別に見せてやるよ」
其の場に居た、顕彦以外の全員が、え?と言った。
其の時、初が炊事場から、御盆を持って遣って来た。
顕彦は、自分の両耳の上に有る髪の毛に、サラリと指を入れて、持ち上げた。
「え?此れ、白髪じゃないな。金髪?え?金髪だ。何で?」
驚いた荻平が、顕彦から近寄ったり、離れたりして、光の加減を変えて、顕彦の髪を見ている。
双子も、顕彦の膝に乗った儘、ポカンとして顕彦を見ている。
栄も、近寄って、よく見てみた。
一房くらいずつ、両耳の上に、黄色っぽく透けて光る毛が生えている。
「髪の此処だけ、色素が作られ難いんですね」
分析めいた栄の言葉に、顕彦は、そう、と言った。
「生まれつきなんだ。染める程多くないけど、抜くには多いから其の儘にしてる」
初が、ふぅん、という感じで、あら、そうでしたの、と言った。
「若白髪なのかと思って見ない振りをしていたのだけれど。生まれつきでいらしたのね」
顕彦は意外そうに言った。
「あ、知ってたの?」
初にも見せた事は無かったらしい、と、栄は察した。
初は、ええ、と言った。
「金髪とは存じませんでしたけど。別にいいかなって」
初は、身内の髪に、あまり興味が無さそうである。
荻平と顕彦は、気不味そうに笑い合った。
身内の意見とは、時に率直であり、辛辣である。
―実兄が今まで妹にすら見せなかった体の特徴を前にして、『別にいいかな』って凄いなぁ。
自分が思う程、他人は自分を気にしていない、という好例ではあろうが。
初は、何事も無かったかの様に茶を配り、再び、御盆を持って炊事場に戻って行った。
周は、信じられない、という顔をして、言った。
「先生、金いろなんだ」
「な、色々な髪の人が居るだろ。年取って総白髪になりゃ同じだけどな」
双子は、顕彦の言葉を聞いて、ハッとした顔をした。其の発想は無かった、という様子である。
「…総白髪になれるかなぁ、俺」
荻平が、自分の髪を両手で押さえて、言った。
「親父がツルッといっちゃってさ。似たら如何しよう。白髪になる前に全部無くなったら」
双子は、バッと、自分の髪の毛を両手で押さえた。無くなるという発想も無かったらしい。
―髪の毛の話題って難しいよね…。
荻平は、両掌を双子の方に向けて、低い声で言った。
「髪が今の儘と、全部無くなるの、どっちが良い…?」
荻平の問いに、双子は、自分の髪を両手で押さえた儘、青褪めた。
「荻平さん、やめてあげてください。怖がってますよ」
栄の言葉に、荻平は、はは、と言ったが、顔は、あまり笑っていなかった。
「な、色々な人が居るし、年取ったら見た目も横並びだよ。どいつも皆、年寄だ」
なかなか同い年と見た目が横並びにならない元教員は、アッサリと、そう言った。
本人の若々しい外見から考えると説得力には欠けるが、一面の真実ではある。
双子は、自分の髪を手で押さえながら、コクコクと頷いた。
―其れにしても、同じ動きをするのは不思議で、可愛い。
可愛らしいものだなぁ、と思い、栄は微笑んだ。
お?と顕彦は言った。
「周。其の、手に持っている紙は?」
周は、はた、と気付いた様子で、手にしている紙を顕彦に手渡した。
顕彦が、下手くそに四つ折りにされた紙を開いた。
雑紙入れに入っていた紙が適当に手渡されたと見えて、表は、糺の書き損じの紙だったらしく、茄子が如何のこう、のと、鉛筆で走り書きされていた。
「あのね、先生かいたの」
「おー、相変わらず凄いな、有難う」
顕彦の手元で開かれた紙を見て、荻平が小さい声で、え?と言った。
周が描いた絵というのが、荻平の想像した上手さを超しているのであろうから、そういう反応になるだろうな、と、寧ろ納得しながら、栄も、もう一度、周を褒めた。
「頑張って描いたね」
周が、また、ニカッと笑った。
周に微笑み返して、綜を見た栄は驚いた。
「綜?」
綜は、自分の頭に手を置いた儘、顕彦に凭れ掛かって、スヤスヤと寝息を立てていた。
「あ。急に重くなったと思ったら」
顕彦が綜の方を見ると、綜が、其の儘の姿勢で、ズルズルと顕彦の膝から滑り落ち、其の儘、納戸の畳で、万歳の様な姿勢で寝てしまった。
栄が抱きかかえると、ズッシリ重い。
寝た子は脱力しているせいか、殊に重い。
やはり術で疲れたらしい。
「やっぱり、他にも何かあっただろう」
顕彦が、そう言って栄の方を見て来るので、栄は目を逸らした。
―完全にバレてる。
綜は全然起きない。
「おにいちゃま」
周は、顕彦の膝に乗った儘、オロオロしている。
荻平が、おやおや、と言いながら栄に寄ってきて、座り込み、背中を向けて来た。
栄は、荻平の背に、綜を負わせた。
「それでは、そろそろ御暇させて頂きます。御馳走様でした。御身体御厭いくださいますよう」
荻平の、思い出した様に丁寧な挨拶に、ああ、と顕彦は言った。
「荻平さん、有難う。周、有難うな。綜と親御さんにも宜しく」
周は名残惜しそうに顕彦から離れた。
またおいで、と言う顕彦に返事をせず、周は、ションボリした顔の儘、顕彦と栄に、小さく手を振った。
来てくれると嬉しいが、帰す時の此の表情は、何時見ても慣れないな、と思う栄である。此処に、寂しさを表に出さない綜の丁寧な一礼が加わると、より悲しい。何故か、幼い頃の自分を見ている様な気持ちになる栄である。
「ハナさん、御見送りを」
栄が炊事場に声を掛けると、あらあら、と言って、初が出て来て、荻平の背中を覗き込んだ。
「綜ちゃん。寝ちゃったの?」
初が、そう言うと、周が、初にくっ付いて、初の前掛けに顔を埋めた。
そして、初から離れると、また、初と栄に向かって、小さく手を振った。
初も、一瞬、泣きそうな顔をして、言った。
「またいらっしゃいね。御団子を作るから」
周は、小さく頷いた。
可愛らしい 何となく可愛らしい、くらいのニュアンスの方言。




