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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第三章 養生
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坂元栄 赤毛

 手に雑紙を持った(しゅう)は、坂元本家の納戸(ナンド)に着くなり、顕彦の首に手を回し、ピトッと抱き付いた。


 (そう)は、懐紙に載った黄粉(きなこ)団子(だんご)を、そっと、顕彦の傍の、白百合の花瓶の前に置いた。


 何だか御供(おそな)えみたいで、より葬式っぽくなったなぁ、と栄は思ったが、黙っていた。


 (はつ)は、御茶を煎れると言って、実方本家の炊事場(ナカエ)に下がってしまった。


「…何かあったろ」

 顕彦は、そう言って、右手で(しゅう)を抱き締め返しながら、左手で(そう)を手招きした。


―うん、バレてるなぁ。


 綜は、周の抱き付いているのと反対の方に回って、顕彦に近寄った。


 顕彦は、先程の(よう)に、片膝に一人ずつ、双子を乗せた。


 顕彦が一瞬、ほんの少しだけ顔を(しか)めた。多分、昼飲んだ薬が切れてきている。相当痛い(はず)である。顕彦は絶対言わないであろうが。来客が帰ったら、薬を飲ませなければならない、と、栄は思った。


 顕彦が、じっと栄を見てきた。


 双子が何も言わないので、栄えに説明を求めてきているらしい。


―あったと言えば色々あったけど、どれなら言ってもいいんだろう。


 迷った結果、栄は、髪の毛の事を何か言われたらしいですよ、と言った。


 顕彦は、成程、と言った。

「ちょっと見せておくれな」


 顕彦は双子の許可を得て、二人の旋毛の辺りの髪を、束で摘まんだ。


―え?気にしているっていうのに、髪の毛を態々(わざわざ)見るの?あ、荻平さんも驚いてる。双子も、ポカン、としてるなぁ、突拍子も無い。


 (やや)あって、顕彦は、思った通りだ、と言った。

「ほら、太い毛と細い毛が一緒に生えているだろう?」


 荻平と栄は、顕彦の両手元を覗き込んだ。


 シッカリと弾力の有る、健康そうな艶の有る黒髪と、細い髪が混ざって生えている。


 顕彦は続けた。


「此の、細い毛に、御天道(おてんとう)(さま)の光が当たると、色が透けて、明るい色に見えるだけだ。部屋の中では黒く見えるだろう?」


「あ、本当ですね」


 栄が同意すると、荻平も頷いた。


「あかくない?」


 周が、確認する(よう)に、そう言って、真上を見る(よう)にして、顕彦の顔を見た。


「何だ、そんな事言われているのか」

 顕彦は、そう言って、双子の頭を撫でた。


 周は、しょんぼりと下を向いた。


 綜の方は、前の話と照らし合わせて考えたらしく、少し納得した様子で、言った。

「でも確かに、赤いと言われるのは外でだけです。部屋の中では、そう見えないんだ」


 良くないなぁ、と顕彦は言った。


「今の時代に、表現が合っていないよなぁ。今だと『栗色』とか『鳶色』とか言うべき色だろう。日本語だと、茶色いと、赤毛の馬、みたいな言い方をするけど。欧米で赤毛って言ったら、橙色みたいな色だぞ」


「え?」

 双子が、揃って驚いた。


 本当だよ、と顕彦は言った。


「世の中には、もっと色々な髪の毛の人が居るんだ。綜と周みたいな髪の人、里の外には結構居るし、欧米の人から見たら、全部黒髪に見えると思うぞ」


 綜は、へぇ、と、感心した(よう)に言ったが、周は、シュンとして、言った。


「やっぱり、里には他に、黒髪じゃない人は居ないんだ」

「居ない事は無い。特別に見せてやるよ」


 其の場に居た、顕彦以外の全員が、え?と言った。


 其の時、(はつ)炊事場(ナカエ)から、御盆を持って遣って来た。


 顕彦は、自分の両耳の上に有る髪の毛に、サラリと指を入れて、持ち上げた。


「え?此れ、白髪じゃないな。金髪?え?金髪だ。何で?」

 驚いた荻平が、顕彦から近寄ったり、離れたりして、光の加減を変えて、顕彦の髪を見ている。


 双子も、顕彦の膝に乗った(まま)、ポカンとして顕彦を見ている。


 栄も、近寄って、よく見てみた。


 一房くらいずつ、両耳の上に、黄色っぽく透けて光る毛が生えている。


「髪の此処だけ、色素が作られ(にく)いんですね」


 分析めいた栄の言葉に、顕彦は、そう、と言った。


「生まれつきなんだ。染める程多くないけど、抜くには多いから其の(まま)にしてる」


 (はつ)が、ふぅん、という感じで、あら、そうでしたの、と言った。


(わか)白髪(しらが)なのかと思って見ない振りをしていたのだけれど。生まれつきでいらしたのね」


 顕彦は意外そうに言った。

「あ、知ってたの?」


 (はつ)にも見せた事は無かったらしい、と、栄は察した。


 (はつ)は、ええ、と言った。

「金髪とは存じませんでしたけど。別にいいかなって」


 (はつ)は、身内の髪に、あまり興味が無さそうである。


 荻平と顕彦は、気不味そうに笑い合った。


 身内の意見とは、時に率直(そっちょく)であり、辛辣(しんらつ)である。


実兄(じっけい)が今まで妹にすら見せなかった体の特徴を前にして、『別にいいかな』って凄いなぁ。


 自分が思う程、他人は自分を気にしていない、という好例ではあろうが。


 (はつ)は、何事も無かったかの(よう)に茶を配り、再び、御盆を持って炊事場(ナカエ)に戻って行った。


 周は、信じられない、という顔をして、言った。

「先生、金いろなんだ」


「な、色々な髪の人が居るだろ。年取って総白髪(そうしらが)になりゃ同じだけどな」


 双子は、顕彦の言葉を聞いて、ハッとした顔をした。其の発想は無かった、という様子である。


「…総白髪(そうしらが)になれるかなぁ、俺」

 荻平が、自分の髪を両手で押さえて、言った。

「親父がツルッといっちゃってさ。似たら如何(どう)しよう。白髪になる前に全部(ぜんぶ)無くなったら」


 双子は、バッと、自分の髪の毛を両手で押さえた。無くなるという発想も無かったらしい。


―髪の毛の話題って難しいよね…。


 荻平は、両掌(りょうてのひら)を双子の方に向けて、低い声で言った。

「髪が今の(まま)と、全部無くなるの、どっちが良い…?」


 荻平の問いに、双子は、自分の髪を両手で押さえた(まま)、青褪めた。


「荻平さん、やめてあげてください。怖がってますよ」


 栄の言葉に、荻平は、はは、と言ったが、顔は、あまり笑っていなかった。


「な、色々な人が居るし、年取ったら見た目も横並びだよ。どいつも皆、年寄だ」

 なかなか同い年と見た目が横並びにならない元教員は、アッサリと、そう言った。


 本人の若々しい外見から考えると説得力には欠けるが、一面の真実ではある。


 双子は、自分の髪を手で押さえながら、コクコクと(うなず)いた。


―其れにしても、同じ動きをするのは不思議で、可愛い。


 可愛らしいものだ(こやらしもんじゃ)なぁ、と思い、栄は微笑んだ。


 お?と顕彦は言った。

「周。其の、手に持っている紙は?」


 周は、はた、と気付いた様子で、手にしている紙を顕彦に手渡した。


 顕彦が、下手くそに四つ折りにされた紙を開いた。


 雑紙入れに入っていた紙が適当に手渡されたと見えて、表は、(ただす)の書き損じの紙だったらしく、茄子(なす)如何(どう)のこう、のと、鉛筆で走り書きされていた。


「あのね、先生かいたの」

「おー、相変わらず凄いな、有難う」


 顕彦の手元で開かれた紙を見て、荻平が小さい声で、え?と言った。


 周が描いた絵というのが、荻平の想像した上手さを超しているのであろうから、そういう反応になるだろうな、と、(むし)ろ納得しながら、栄も、もう一度、周を褒めた。


「頑張って描いたね」


 周が、また、ニカッと笑った。


 周に微笑み返して、綜を見た栄は驚いた。


(そう)?」


 綜は、自分の頭に手を置いた(まま)、顕彦に(もた)()かって、スヤスヤと寝息を立てていた。


「あ。急に重くなったと思ったら」


 顕彦が綜の方を見ると、綜が、其の(まま)の姿勢で、ズルズルと顕彦の膝から滑り落ち、其の(まま)納戸(ナンド)の畳で、万歳(ばんざい)(よう)な姿勢で寝てしまった。


 栄が抱きかかえると、ズッシリ重い。

 寝た子は脱力しているせいか、(こと)に重い。

 やはり術で疲れたらしい。


「やっぱり、他にも何かあっただろう」


 顕彦が、そう言って栄の方を見て来るので、栄は目を逸らした。


―完全にバレてる。


 綜は全然起きない。


「おにいちゃま」

 周は、顕彦の膝に乗った(まま)、オロオロしている。


 荻平が、おやおや、と言いながら栄に寄ってきて、座り込み、背中を向けて来た。

 栄は、荻平の背に、綜を負わせた。


「それでは、そろそろ御暇(おいとま)させて頂きます。御馳走様でした。御身体(おからだ)御厭(おいと)いくださいますよう」


 荻平の、思い出した(よう)に丁寧な挨拶に、ああ、と顕彦は言った。


「荻平さん、有難う。周、有難うな。綜と親御さんにも宜しく」


 周は名残惜しそうに顕彦から離れた。


 またおいで、と言う顕彦に返事をせず、周は、ションボリした顔の(まま)、顕彦と栄に、小さく手を振った。


 来てくれると嬉しいが、帰す時の此の表情は、何時(いつ)見ても慣れないな、と思う栄である。此処に、寂しさを表に出さない綜の丁寧な一礼が加わると、より悲しい。何故か、幼い頃の自分を見ている(よう)な気持ちになる栄である。


「ハナさん、御見送りを」


 栄が炊事場(ナカエ)に声を掛けると、あらあら、と言って、(はつ)が出て来て、荻平の背中を覗き込んだ。


「綜ちゃん。寝ちゃったの?」


 (はつ)が、そう言うと、周が、(はつ)にくっ付いて、(はつ)の前掛けに顔を(うず)めた。


 そして、(はつ)から離れると、また、(はつ)(さかえ)に向かって、小さく手を振った。


 初も、一瞬、泣きそうな顔をして、言った。

「またいらっしゃいね。御団子を作るから」


 周は、小さく(うなず)いた。


可愛らしい(こやらしい) 何となく可愛らしい、くらいのニュアンスの方言。

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