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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第三章 養生
15/34

実方顕彦 決起

来てくれるって(きっくるっち)思って(おもっちょ)なかった(らんかったわ)


 顕彦の言葉に、(おぎ)(へい)は、俯いて言った。


「いや、階段から落ちたって(しっちゃれたち)聞いたもんで、怖くなってさ(おじなっせぇよ)。双子()御供を命じられたというのもある(ちうともあっ)けど」


「ああ、弥五郎(やごろう)さん。もう、八年くらいになる?」

「そうだね」


 実は、荻平の友人、弥五郎は、階段から落ちて、首を折って亡くなったのだ。


 葬儀が坂元本家の(みさお)富久(ふく)と重なったので、顕彦は参列出来なかったが、弥五郎の遺体の状態は、見るものではなかったと言われた。


「あ()()夢を見てた(みちょった)。起きたら荻平さんが来て、吃驚した(たまがった)(がよ)

「そうか」


 (おさ)抜きで、何回か、あの後も飲んだくらいの仲である。


 昭和初めの()(ばる)()の決起以来、やや疎遠にはなっていたが、顕彦は、荻平や三郎次に、悪い感情は持っていない。

 素直に、懐かしいと思った。


「三郎次さんは?」


実は(じちゃ)奥方(ウッカタ)が昼に産気付いて。三人目」


「おお!」


うちの家(うちゲェ)も今、二人目。奥方(ウッカタ)妊娠腹(ウドンバラ)で。そろそろ(ぼっぼっ)生まれる(うまるっ)かなって()


「へぇー、そうか。綜と周が数えで八つ()からね。あの(あん)頃、(ヨメジョ)貰っていたら(もろちょったら)、そうだろうな(やろな)ぁ」


 同い年が、どんどん子持ちになっていく。

 やはり十年(じゅうねん)一昔(ひとむかし)である。

 年寄ぶるなと栄には言われたが、ああして、若衆小屋で語らい合ったのは、一昔前(ひとむかしまえ)の事なのである。


 思わず、遠い目をする顕彦だった。


 荻平が、其れでさ(そいでさ)、と言った。


「あ()(トッ)(コッ)を、そろそろ(ぼっぼっ)教えても(ゆっかしてん)良いかと(よかかち)思って、来た」


「嘘だろう(やろ)?どんだけ聞いても教えて(ゆっかして)くれなかった(くれんかった)じゃないか(がね)


 決起というのは、大正十五年の四月、(せい)(きち)(よし)()原集落(ばるしゅうらく)出奔(しゅっぽん)した後、其れ程間を空けずに起きたものである。

 瀬原集落(せばるしゅうらく)では、決起と言えば、()(ばる)()(よし)()()()()の一部が起こした、当時の坂元本家襲撃事件の事を指す。


 当時、先代の(おさ)瀬原重蔵(せばるじゅうぞう)が、大正三年の噴火で亡くなった後、幼年だった頃の今の(おさ)を擁立して、其の後も補佐を務めていた、当時の坂元本家当主、坂元(さかもと)(みさお)に対し、(おさ)の権限を奪っている不敬な者として、(おさ)に心酔する若者たちが立ち上がり、有ろう事か、当時、上方限(カミホーギリ)(いち)の権力を誇っていた坂元本家に乗り込み、(よし)の父である、当主の操を自刃(じじん)に追い遣ったのだ。


 其の場に居た、(よし)の母、富久(ふく)も、夫の死に衝撃を受け、卒中(そっちゅう)で亡くなってしまい、以降、坂元本家は絶え、(みさお)従弟(いとこ)の坂元分家の(ただす)が坂元本家当主となり、坂元本家後継(こうけい)に、(ただす)の五男、坂元(さかもと)(えい)(きち)、もとい、坂元(さかもと)(さかえ)がならざるを得ない事になってしまったのである。


 結局のところ、死人まで出しておいて、決起の首謀者は(いま)だ不明であるが、以降、()原集落(ばるしゅうらく)の勢力図は塗り替わった。


 (おさ)は、(みさお)が持っていた実権を握り、(おさ)の内向きの仕事の補佐には、(おさ)の義兄の吉野(よしの)(やす)(ちか)、外向きの仕事の補佐には、(おさ)の取り巻きだった、()(ばる)(おぎ)(へい)()(ばる)(はち)()が就いたのである。


 ()(ばる)()の決起の時、本当は何が起こったのか。


 其れは、長年、顕彦の中で謎の(まま)だった。

 推論を組み立てられるくらいの情報は、無いわけでは無かったが、其れは、やはり推論の域を出るものではなかった。


 結果から考えると、(おさ)首謀者(しゅぼうしゃ)で、邪魔な(みさお)を、娘夫婦が出奔したのを理由に、謀反者と見做(みな)して排除しようとし、周囲が(おさ)の案に乗った、と考えるのが自然なのだが、(おさ)に遠慮してか、誰も、首謀者(しゅぼうしゃ)の名前を言う者が居ない。


 幾ら長に心酔する若者達が行ったとは言え、其れは、顛末(てんまつ)としては、あまりに奇妙だった。


 荻平は、長年の秘密を、(つい)に語ってくれる、というわけである。


「実際、(おい)と三郎次と(はち)()は、()(ばる)()の決起に参加してなかった(しちょらんかった)んだけど(とけど)


其れ(そい)は聞いたね、そう言えば」


 あの日。


 ()(ばる)()の決起を止めようとした三郎次は、足を怪我してしまったのだった。

 荻平と八次は、其れを介抱していたのである。


 そして、(おさ)の四人の取り巻きの中で、一人、決起に参加した弥五郎は、其の日に事故で亡くなってしまったのだった。


「荻平さん(タッ)って、(おさ)()取り巻きだった()に、結局、弥五郎さんだけ決起に参加して亡くなった(け死みやった)事故だったっていうのは(ちな)本当かい()?」


「何とも言えないんだよね(いえんがよ)うっかり(うっかい)階段から落ちそう(ひっちゃおてそう)(わろ)ではあったから」


「…まぁ、遣りそうではあった(あったごたっ)けど…」


「でも、殺されたんだろう(じゃろ)なって、(おい)思ってる(おもちょっ)


「…そう」


実は(じちゃ)、決起の発起人は、吉野本家の次男坊の、保親(やすちか)さんだった(じゃった)んだけど」


 成程、と顕彦は思った。そう、長の補佐、という立場の(みさお)を排除して、吉野本家の長男を差し置いて、次男の保親が其の座に就いたのには、何も、(おさ)の義兄という立場だけが理由、というわけでは無かったのである。不思議な事に、吉野本家は、保親のする事に対して、ほぼ無関係を決め込んでおり、(おさ)の補佐にまで昇りつめた次男の権力の恩恵に浴そうともしないのは、不思議と言えば不思議であったが、顕彦は、吉野本家当主と長男の高潔な性格を思い出し、納得した。


―首謀者は分かってなくても、次男の保親さんが、長男を差し置いて重職についた時点で、吉野本家は、次男坊を怪しんでいたって事だろうな。卑怯な事をして操殿を陥れて、権力を得た次男を、恥に思って切り捨てたいが、証拠が無いって事なんだろう。…成程、こりゃ、外から見ても分からないだけで、実質、勘当(かんどう)じゃないかね。


「あ、もしかして。(ただす)殿(どの)に情報提供したのは荻平さん()自分(わが)(タッ)は参加してないって(しちょらんち)


「ああ。三郎次の遠縁が、糺殿()(トコイ)の下働きなんだ(でよ)

「おテイさん()


「そう。三郎次は、おテイさんが坂元分家で働いていると(はたれちょっと)其れ(そい)まで知らなかった(しらんかった)みたいだ(ごたっ)ったけど、誠吉殿の祝言の頃、糺殿に雇われているって(ちょるち)知って。其れ(そい)で、おテイさんに頼んで、糺殿に引き合わせてもらって(もろて)


そういう(そげな)繋がりが有ったのか(とや)…」

「で、本題なん(じゃ)けど。実は(じちゃ)其の(そん)発起人に煽られた()が弥五郎だったんだよね(じゃっでやね)


「え?」


「保親さんが、有る事無い事(あっことねごと)、弥五郎に吹き込んでくれて(ふっこみやって)其の(そん)気にさせてさ(させっせぇよ)。坂元本家が実権を握っているっ(にぎっちょっ)から(おさ)肩身(かたん)狭い(せめ)思いをしていると(しちょっち)信じ込ませたみたいなんだよ(よったげな)。弥五郎は(おさ)に心酔していた(しちょった)から、(いか)()(くる)ってさ(っせえよ)。三郎次が止めようとして、土手から突き落とさ(つっおとさ)()て、足()骨を折って()


「そんな」


あいつ(あい)が、坂元家の実権が如何(どう)とか、難しい(むっかひ)(こっ)を思い付く(つっ)わけがない(わっがなか)最初(いっばんさっ)から、決起の失敗の時に(んしくじったトッに)首謀者(かした)として突き(つっ)出す(たん)に担ぎ上げられていたんだろう(いちょったんやろ)。弥五郎は弥五郎で、言い出し(ゆで)たら聞かない()自分の(わがん)発案(カンゲ)だと(じゃち)思い込んでいる様な(じょっ)(フッ)まで有るみたいだった(あったごたった)何処を如何思ったら(いけんともたや)そう(そげん)なったか分からない()が。三郎次は、必死で(け死んかぎぃ)弥五郎を止めようと(よち)したが出来なく()で、結局、(おさ)に助けを求めてしまってさ(しもてさ)


 顕彦は、荻平の話を聞きながら、自分が震えているのに気付いた。


 荻平は話を続けた。


(おさ)は、(おい)と八次に三郎次を任せて、決起を止めに走ってくださったんだ(くやったと)。でも、(おさ)が掛け合っ()(トッ)は、もう、止め()無いくらい(ねくれ)()(ばる)()(よし)()()()()()が猛り狂っていた(ちょった)其れ(そい)(おさ)は」


 顕彦は、荻平に合わせた言葉遣いも忘れて、言った。


「待って、荻平さん。(おさ)は、其れじゃ」


「そう。決起を止めようとしてくれたんだ(くやったと)。弥五郎()為に。(かした)が弥五郎じゃ、決起は成功しな(せん)かったかもしれない()ね。其の(そん)時、首謀者(かした)見做(みな)された弥五郎が如何(いけん)なるかと考えると(ちかんぐっと)(おさ)(おさ)で、必死だったんだと(じゃち)思うよ(おもわ)


「では、(おさ)が、代わりに首謀者(しゅぼうしゃ)になった、というわけか」


「そう。婚姻統制を餌にして、吉野本家の次男坊を黙らせたんだよ(やったと)。次男坊は冷や飯食い(じゃ)から、(よめじょ)は貰えない()のが、あの(あん)女好き()保親(やすちか)さんの、一番(イッバン)の不満だったらしい(らしか)だから(じゃっで)一つ(ヒトッ)は、水配り(ミックバイ)なんていう(ちう)上方限カミホーギリ下方限(シモホーギリ)長男(かした)ない()のも関係無く(ねで)、参加すれ()(よめじょ)が貰える仕組み(シッミ)考えた(かんげた)という(ちう)わけ。(おさ)は、吉野本家の次女のお(ちか)さんを(ヨメジョ)していらした(しちょいやった)から。つまり(つまいのはて)(おさ)して(しっ)みれば、保親さんは義兄(じゃ)し。(おい)からしたら、(おさ)には(ない)か、最初(いっばんさっ)から、吉野本家の次男坊が怪しいという(ちゅう)のが分かっていらした(ちょいやった)感じがしたよ(ごたった)


 そう、吉野本家の次女の(ちか)というのが、保親(やすちか)の妹で、双子の母親である。


 苗の神教(ナエンカンきょう)には、嘗て巫女が居たが、大正末で廃止になった。


 其の、苗の神教(ナエンカンきょう)の最後の巫女は六人。


 坂元本家の娘、(よし)。顕彦の妹で、実方本家の娘、(はつ)(なか)。清水本家の娘、(けい)。そして、吉野本家の娘、(きぬ)(ちか)


 此の、四家の本家の娘が、苗の神教(ナエンカンきょう)最後の六人の巫女だったのである。


 (みさお)が亡くなって、巫女を引退する儀式を継承する者が居なくなり、保親の妹の(ちか)、顕彦の妹の(はつ)(なか)は、巫女を引退する儀式を行えなかったのだが、(みさお)の存命中に嫁いだ、(ちか)の姉の(きぬ)(けい)(よし)は、正式に巫女を引退してから嫁いだ。


 此の、(ちか)の輿入れというのがまた、奇妙だった。


 顕彦の兄、(とし)(あき)(けい)(せい)(きち)(よし)の合同で、巫女の引退の儀式を済ませた後の祝言の夜、其々(それぞれ)新枕(にいまくら)を交わしている時間帯に、(おさ)(ちか)の元に通っている事が発覚し、其の後、()ぐに、(せい)(きち)(よし)は出奔。(おさ)は責任を取る(よう)な形で、関係発覚の翌日に(ちか)と祝言を上げ、其れから、(ほとん)ど間を空けずに、あの決起が起こったのである。


 顕彦は、決起に、何か、其の事が関係しているのではないかと、前々から疑っていたのだった。


「では、逆だったのか。吉野本家の娘を嫁にして、何か吹き込まれたから、其処の次男坊と手を組んで決起をしたわけではなかったのか」


「お(ちか)さんは巫女さんだっただろう(じゃったがね)(なん)という(ちゅう)か、そういう(そげな)、人を陥れようとする様(ちすよ)な人では()かったよ。外にも滅多に出ない(めってでらん)だった(じゃった)御嬢様(オゴイサァ)(じゃ)な。お(ちか)さんと一緒()なった(コッ)とは(たぁ)、決起とは関係無いよ(ねち)(おい)は思いた()けど」


 荻平の言葉に、顕彦は黙った。


「顕彦さんって頭が回り過ぎるん(じゃろ)ね」

「え?」


近いもの(ちけもん)を関連付けて答えを出そうとするんだろうな(すったんどんな)。足りない()情報を其れ(そい)で補完しよう()するんだろうね(すったろね)


「其れ以外に如何(どう)やって答えを出す?」


「思い込みも無いかね(ねかね)其れ(そい)で出した答え、本当に合ってる(あっちょっ)かね?(ない)か、あと少し情報が有れ(あい)ば、バッと違った(ちごた)見え方になる(コッ)無いかね(ねかね)?」


「情報?」


「顕彦さん、妹の、お(はつ)さん(タッ)も巫女さんだっただろ(じゃったがね)

「ああ」


「そして、(おさ)仰る(いいやっこっ)()、お(ちか)さんは、お(はつ)さんの親友(イッノドシ)だっただろ(じゃったがね)。外に殆ど(あらかした)出た(コッ)無い()、数えで十六の女の子(オナゴンコ)、しかも、妹の親友(イッノドシ)()ろ?そんな(そげな)(コッ)するわけない(すっわけがね)って()、信じてやらない()の?」


「俺は、お(ちか)さんを知らないから。妹の親友ってだけじゃ、可能性を除外しなかっただけだ」


「また、眉一つ動かさずに、そういう(そげな)(コッ)を言うよね()。お(はつ)さんには、そんな(そげな)話、全然(ヒトッも)しないんだろ(せんのやろ)


 そう言って、荻平は笑ってから、続けた。


「じゃ、お(はつ)さんを信じてあげてよ(あげんね)そんな(そげん)人を親友(イッノドシには(にゃ)選ばない()って()


「…うちの妹が騙されていたかもしれないだろ」


「顕彦さん、泣きそうな(そな)してるよ(しちょいよ)


 本心じゃないね(なかね)、と、荻平は、穏やかに言った。


 足が痛いんだよ、と言って、顕彦は、プイッと、白百合の花の方を見た。

 花の存在を意識すると、香りを強く感じる。


「ああ、そう言えば、御見舞い(オミメ)で来たんだった(じゃった)わ」

 荻平が、(わざ)とらしく、そう言った。


よく言うよ(いいやっもんじゃ)


 顕彦は、(つぶや)(よう)に、そう言って、美しい、沢山の(すす)(だけ)を、竹の形の(まま)組んで作られた、納戸の天井を仰いだ。


 じゃあ、と顕彦は言った。


「決起は、良い(よう)に踊らされた弥五郎さんの暴走を止めようとした(おさ)が、身代わりに首謀者(しゅぼうしゃ)になった結果?」


「そう。…(おさ)が其処までし庇って(かばっ)くださった(くいやった)弥五郎は、決起が終わって(おわっ)みたら、死んでたん(け死んじょった)(んじゃ)けど」


 本当だとしたら、悲惨な話である。


 荻平は俯いて、言った。

「弥五郎を見た時の(おさ)の顔は忘れられないよ(んがよ)


 顕彦は、荻平の顔を、ジッと見詰めた。


 荻平は続けた。


「成り行きで、当時の坂元本家に乗り込んだら、操殿には自決されてしまって(されっしもて)。首を掻き切りなさったんだ(かっきぃやったと)、操殿が。()()吹き出す(ふっだす)血を、(おさ)が必死に押さえていらした(ちょいやった)らしくて。白張も(なん)かも(かんも)血染めだった(じゃった)。操殿は助からな(たすからん)かったけど。()()足で、三郎次()(トコイ)来てくださって(きっくいやって)其れ(そい)で、弥五郎()(コッ)を知って。でも、すぐ(いっき)後に、操殿()奥方(ウッカタ)の、お富久(ふく)さんが卒中で倒れなさって(たおいやって)(おさ)は、走り(はしい)回って葬儀()手配をなさったんだ(しやったと)其れ(そい)が、本来の(おさ)()仕事()から、というの(ちゅうと)ある(あっ)けど」


 ねぇ、と荻平は言った。


「顕彦さん、そろそろ(ぼっぼっ)(おさ)()(コッ)を許してあげて(あげっ)くれないか(くれんね)


「荻平さん」


俺は(おや)知ってるよ(しっちょっど)。顕彦さん、(おさ)に何か、腹を立てて(はらかき)いるんだろう(よったろ)?決起で操殿が亡くなった(コイ)からか()?いや、()()もう少し(まちっと)前からかな」


 荻平の言葉には答えずに、顕彦は俯いた。


 荻平は続けた。

あんなに(あげん)、仲が良かった()にさ」


「仲良くなんてないよ。一度も、仲良かった事なんてない。俺が許せないのは」


「やっぱ()腹を立てて(はらかき)いるじゃないか(よっがね)


 荻平の指摘に、顕彦は(ひる)んだ。


 仲良かったよ、と、荻平は言った。


あんなに(あげん)、他人に気を遣わない()で話す(おさ)は、見た(コッ)無かった(ねがった)。顕彦さんは、仲が良かったつも()は無かっただろうし(やろし)(ダイ)にも好かれようと()思ってなかった(おもちょらんかった)かもしれない(しれん)けど。(おさ)は、顕彦さんには、比較的、本音を語ってたんだと(ちょったんやち)思う(おも)


「俺が許せないのは、(おさ)が許せない事をしたからだ。そりゃ、決起の事も有ったけど。其の前からだ。俺は」


―俺は。如何(どう)だった?俺は。(おさ)を、如何(どう)思っていた?


 荻平が、白百合の花の方を見て、言った。


()()百合さ、本当に(まっこち)(おさ)が大事にしていなさるんだよ(しちょいやっと)(ダイ)かにあげた(やった)、なん()話、聞いた(コッ)無い()其れ(そい)が、双子が顕彦さんの御見舞い(オミメ)に行きたがったら、すぐ(いっき)切って持たせてくれたんだよ(くやったと)。花粉を丁寧に(てね)取ってね。服に花粉が付かない様(んよ)にさ。そして、(おい)を御供に付けてくれたのさ(くやったと)


 顕彦は、双子の為だろ、と、小さな声で言った。


 荻平は、やれやれ、という顔をした。


「顕彦さん、時々(とっどっ)悪い(わり)人ぶろうとする(ちすん)の、何なの?あんなに(あげん)双子が懐いていれ(ちょれ)ば、(おさ)だって、感謝してる(ちょい)よ。第一、そんなに(そげん)腹を立てているのにはらかいちょいやんのに、双子には凄く(わっせ)優しいじゃない(がね)


「双子は何も悪くないだろ」


そういう(そげな)風に()割り切れない()人も居る(おい)よ」


 荻平は、そう言って、また笑った。


 顕彦は、荻平の方を見て、言った。

「割り切ってるのかな、俺」


違うの(ちげとや)?」


「いや、割り切ってるな。仕事だったから生徒に優しいだけ」


其れ(そい)流石(さっが)(うそ)だって(やち)自分(わが)でも思わない(でんおもわん)子供(コドン)好き(すっ)ではあるんだろう(やろ)けど」


 そう言って、荻平は、また笑った。


 顕彦は、フン、と言った。


「俺みたいなのは、頭が、あの子等と同じくらいだから気が合うんだよ。遊んで遣ってるんじゃなくて、俺が遊んでもらってんだ」


 凄い(わっせ)意地っ張り()ね、と言って、荻平は吹き出した。


 何だよ、と思って顕彦は言った。

「実際、生徒は皆可愛かったよ。誰の子とか、本当に関係無い」


「あ、其れ(そい)は本心だよね(じゃらいね)。眉が動かない(いごかん)もん」


 顕彦は、堪らずに、もう、と言った。

「荻平さんって、何なの?」


 荻平は、クスクス笑った。


自分(わが)思ってるより(おもうよか)正直者(しょちっもん)なんだと(やち)思うけどな(おもどげな)、顕彦さんは」


「馬鹿って事?」


「教員つかまえて、そんな(そげな)(コッ)言う()程、浅はかじゃない()よ。まぁいいや(よかわ)。じゃ、教員に戻ってくれないか(くれんけ)?」


「え?」


「別に、人が人を許さない(さん)なんて(ちな)(コッ)には、もう口出し(くちだしゃ)しない(せん)からさ。双子()為にも、学校に戻ってやってくれないか(くれんけ)?」


「双子の為に辞めたんだ。だから戻らない」


「は?」


 珍しく、二人の間に沈黙が流れた。


 其の間を埋めるかの(よう)に、白百合が香る。



たまがった 魂が離れる程の驚き、魂離(たまが)る、から来た方言。

奥方(ウッカタ) 妻。内室(ないしつ)内方(うちかた)転訛(てんか)

妊娠腹(ウドンバラ) 大きい御腹をしている、という意味の方言。

()ぬ 『死ぬ』に接頭語の『け』が付いて、強調する語になる。物が壊れた時にも『時計が壊れた(け死んだ)』という使い方をする。

親友(イッノドシ) 『(いち)同士(どうし)』の転訛。

首謀者(かした) (かしら)の転訛。上流、長男といった、立場が上の者を指す。

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