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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第二章 夢
13/34

実方顕彦 若衆小屋

(そっせ)な話をして(わり)かったね。でも顕彦さんが来て(きっ)くれて良かった。(おさ)、楽しそうだった(じゃった)し」


「うん?」


 聞き違いかな?と顕彦は思ったが、其の荻平の言葉に、三郎次も頷いていた。


「え?荻平さん。長、楽しそうだった(じゃった)かな()?」


(オイ)は、そう思っ(そげんおも)たよ。弥五郎と居たところで(おったでち)あんな(あげな)、分析を交えた高尚な話は出来ない(できん)から」


 荻兵の言葉に、三郎次も頷いた。


 顕彦は、二人が婉曲に、弥五郎の頭が悪い、と言っている様な気がしたが、気付かぬ振りをして、言った。


「高尚だった(じゃった)け?何処()(ゲェ)が金を持っている(もっちょっか)か、みたい(みて)な話だった様な(げな)其れより(そいよっか)…長、嬉しそうだった(じゃった)(オイ)には分から()かったけど」


「弥五郎が居る(おっ)殆ど(あらかした)女の話しかしない(せん)からさ。長は、あんま()そういう(そげな)話はしない(せん)し」


 確かに、と顕彦は言った。

「…猥談も苦手そう。何と無く(こころなし)、上品っていう(ちゅう)か…」

「…(オイ)も付き合いが長い(なげ)けど、猥談が平気な長なんていう(ちう)のは、想像も出来ない()ね」


―一体何の話をすれば盛り上がるのか、と俺は思っていたけど、もしかして、取り巻きの弥五郎とも、其れ程話していても盛り上がっていないとか?…もしかして、聞き役で満足する性格とか?まさか、本当に?


 顕彦は、(にわ)かには信じ(がた)い気持ちで、続く荻平の言葉を聞いた。


「長、顕彦さんの(こっ)を気に入っている(っちょん)のかもしれない()よ。(ダイ)かを飲みに(のんけ)誘う(さそ)なん()今まで(いまずい)()かったから」


「…気に入られる(るっ)様な(こっ)をした心当たり(こころあたい)無い()なぁ。怒らせたと(したち)ばかり(ばっかい)思ってい(おもちょっ)た」


「顕彦さんって、長に気に入られようとしてないだ(ちょらんや)ろ?」


「あ、やっぱり分かるかな(やっぱいわかっけ)?怒らせたいわけじゃ無い(なか)けど、別に、敢えて喜ばせようとも思わない(おもわん)そういうの(そげなと)(オイ)に向いていない(ちょらん)から」


「美辞麗句より逆に(さかしんめ)信用出来る(でくっ)のかもしれない()よ。御世辞を言う()人は沢山(ずんばい)居るから(おっで)


「まぁ…別に長を騙そうとも思わない()けど」


「顕彦さんって、皆に同じ(おんなし)態度を取()よね。だから(じゃっで)新鮮なのかも」


「新鮮?…周りに居ない様な奴(おらんよなと)って()(こっ)かな()?」

 分からん、と思い、顕彦は首を傾げた。


―気に入られようとしないと気に入られる、って事かな?


「後は、(オイ)が教員だから(じゃっで)気を遣われている(つこわれよっ)とか?」


「ああ、其れも有る(あっ)かも」


 里唯一の教員と里の長なので、如何(どう)しても仕事の話はしなければならない間柄である。

 同僚では無いが、ある程度気を遣われている可能性は有る。


「顕彦さんみたいに頭の良い(んよか)人の方が、南瓜頭(カボンス)()あの(あん)弥五郎より(よい)、長と話が合うだろう(あいやろ)し」


―何だろうなぁ、長と俺を持ち上げる為に、態々(わざわざ)、此の場に居ない弥五郎さんが下げられている、っていう感じがして、ちょっと複雑だな。陰口じゃないけど。…そりゃ、弥五郎さんは単なる長の取り巻きかもしれないけど、長が、弥五郎さんと一緒に居るのが嫌じゃないから、自分の周りに(はべ)らせているのかも、と俺は思っていたからさ。弥五郎さんと俺と、どっちが長と話が合う、とか、そういうのは、実は、友達だったら、関係無かったりするものだけどな。…いや、取り巻き、って、友達じゃないのかな。取り巻きには、こうして持ち上げられているわけだ。何時(いつ)も長の周りに(はべ)っている人間達は、長と対等の場所に立ってくれないわけだ。仮に、そうだとしたら、其れは孤独だ。…そんなに奉って、其れを、長が負担に思っていたら?気に入られようとしないと気に入られる、って話なら、荻平さんだって、もっと、長と対等に話をしてみようって思わないのかな。…思わないか。結局、こういう、下方限(シモホーギリ)の人達の方が持っている被支配層意識、みたいな(へりくだ)りも、状況の変革を邪魔している気がするけど。


 荻平の言葉に、顕彦は溜息をついて言った。


「…いや、(オイ)は、(ダイ)()(びんた)良いって(よかち)だっ(じゃっ)たら、実は(じちゃ)、長こそ頭が良かったと思っている(ちおもっちょ)何時(いっ)も、(ない)でも(でん)一番(イッバン)だっ(じゃっ)たじゃないか(なかね)。特に、暗記が必要な科目は全然(ひとっも)敵わな(かなわん)かった。長こそ、遣ろうと思えば(やろちおもや)(ない)でも(でん)出来る(でくっ)資質を持っている(もっちょっ)人で、教師向き(むっ)なのではない(じゃらせん)か、()


 一緒に教え処に通っていた時から、顕彦は、長の方が、自分より成績が良いと思っていた。

 今も、子供に体術を教える時も丁寧で、実は自分より、他人に何かを教授するなら適任なのかもしれない、と思う事が有るのである。

 其れを顕彦は、時折勿体無く感じるのだった。


「…長を褒めてくれる(ほめっくるっ)のは嬉しい(うれし)けど、長に、長以外の仕事(シゴッ)就かれるのも(つかるいのも)困る(こまっ)し。長の学業の成績が悪く(わる)ても外聞が悪い(わり)し。里としては、頭が良い(よかビンタん)長、という(ちう)だけで構わない(かんまん)からさ」


 荻平は、少し困った様に、そう言った。


 其れもそうだね(そいもそやね)、と顕彦は言った。


―でも、何でも出来そうなのに、他の職業が選べない、って、どんな気持ちだろう。…もしも、自分が長だったら。もしも、長以外の、他の事を、長が遣りたいと思っていたら?長が、長以外の何かになりたいと思っていたら?…其れは、叶わない夢なのかな。奉られていても、結局、一番不自由を強いられている人間、という事にならないか?


 顕彦は、長の言葉を思い出していた。


『其れは、持っている人間が、そう思うだけなのでは無いか?元々多くを持っている幸福な人間だから、手持ちのもので満足出来るのではないか?』


―もし、長が、自分を『持たざる者』だと思っているのだとしたら?俺は単に、運良く師範学校に行けただけで…。


 そうだとしたら、顕彦は、自分が、なりたかった教員になれた、という事に、もっと心から感謝すべきだと感じた。


 勉強とは、誠に贅沢な行為なのである。


 学校かぁ、と荻平は言った。

(オイ)も、もっと通い(かえ)たかったかも」


「荻平さん頭良かった(よかビンタやった)よね。八次さんも。昔は、そんなに(そげん)(オイ)と成績が変わら()かった」


 そういう意味では、荻平も勿体無い、と顕彦は思っている。


 いやぁ、と荻平は言った。


「勉強するの(すっと)好きだった(すっじゃった)けど、自分の家の(わがやん)金銭の(ゼンカネん)状況じゃ現実的ではない(じゃらせん)からなぁ。でも(じゃっどん)()学校()前に、上方限(カミホーギリ)()(ヒト)(タッ)が私財で教え処を作ってくれただろう(くいたやろ)あれ(あい)には感謝している(しちょっ)。昔は、そんな(そげな)、学べる(トコイ)無かったのだぞ(ねかったど)って()大人の人達(オセんシ)に、よく(よう)()われた。贅沢(ゼイタッ)だって(じゃっち)


「そっか…」


 顕彦は、荻平の言葉を聞いて、切ない気持ちになったが、荻平は、当時を懐かしむ様な顔をして微笑んで、言った。


あの頃は(あんこら)(みさお)殿(ドン)や、忠顕(ただあき)殿(ドン)教えてくれる(いっかせっくるっ)(こっ)が有ったなぁ。今思う(いまおも)と、大人の人達(オセんシ)わざわざ(たまさか)時間を割いてくださっていた(ちょいやった)筈だ(はっじゃ)有難い(あいがて)


「ああ、そうだった(じゃった)ね」


 教員という存在が特別に居なかった頃は、各家の本家当主が教員役をしていてくれた時期も有ったのだった。


 (もっと)も、顕彦は、自分の父親に教わりたくなくて逃げ回っていたのだが。


 其れでも成績は良かったものだから、忠顕からは、要領の良い奴だと言われたものである。


「習いたて()頃、弥五郎が(みさお)殿(ドン)に、如何して(ないごて)勉強するのかって(すっとけち)質問していた(ちょった)なぁ」


「…弥五郎さん、言いそう。勉強させてもらえる(させっもらゆっ)っていう(ちう)(こっ)は特別で贅沢(ぜいたっ)(こっ)でも(でん)、里の男児(オトコンコんシ)全員となる(ちなっ)と、強制されている様(いちょっよ)に感じた()、優劣が付けられたりするから(いすっで)其れ(そい)面白く(おもすと)思わない()子とか、勉強は嫌い(きれ)だ、とか言い出す(ゆだす)子は出る(でっ)よね。弥五郎さん、勉強、好きじゃなかったの(すっじゃなかったと)かな」


 顕彦の言葉に、そうそう(ですです)、と言って荻平は笑った。


 優しい笑顔だった。


 顕彦は、荻平も、別段弥五郎を貶める意図で言っているのではない事を察した。荻平が続けた。


あいつは(あや)、勉強が嫌い(きれ)、とかいう段階を越してい(こしちょっ)たよ」

「ん?」


 顕彦が眼を瞬かせると、三郎次が、(オイ)他人の事は(ひとんこちゃ)言えない(ゆえん)けど、と前置きして、言った。


「六の方が九より大きい(ふて)って言って(ちゅうて)聞かなくて(んで)、足し算の計算(ザンニョ)習って(なるて)半年くらい其の儘だった(そんまんじゃった)


 三郎次に向かって、荻平が、な、と言った。

(みさお)殿(ドン)困っていらした(こまっちょいやった)よな」


「え?そんな(そげな)(こっ)が有ったかな()?」


 同じ教室に居た筈の顕彦だったが、其の事についての記憶が全く無かった。


 大体、顕彦は、既に俊顕に、字と足し算引き算、九九は習ってから教え処に行っていたので、当時は全く真面目に学習する気は無かった。


 既に知っていて、出来る事に、然したる興味が無かったのである。


 当時成績が良かったのは俊顕の御蔭だった、という事を、顕彦は思い出してしまった。


 続く荻平の話は、なかなか興味深かった。


「弥五郎の名誉()為に言う()と、数は数えられた(かんぜらいた)よ、当時も。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、って()。ただ、六の方が九より大きい(ふて)って言うの(ちゅうの)。で、また、弥五郎が書く(かっ)六の字が大きい(ふて)の。(トッコ)くらいある(あい)の。で、九は小さい(こめ)の。ちと発想が違う(ちご)と言う(ちゅう)か。もう、苦手とか嫌い(きれ)じゃなくて(じゃねで)、思い込()が激しいの(かと)。理由は分からない()けど、(ない)か九が好き(すっ)()かったらしい。(みさお)殿(ドン)団栗(ドングイ)(ない)か並べて、一生懸命(いっぺこっぺ)教えていた(いっかせちょった)


「おお」


 顕彦は、何となく、弥五郎の、其の発想の自由さは大切にしてあげたい気はしたが、足し算で(つまず)かせるというのも気の毒な気がして、操の努力を尊敬した。


―教師役の努力は身につまされるものが有るなぁ。


「で、弥五郎がさ、如何して(ないごて)此れ(こい)出来ない(できん)いけないのか(いかんとけ)って言う(ちゆ)わけ。(みさお)殿(ドン)に」


 荻平が楽しそうに、そう言う言葉に、顕彦は、荻平なりの、弥五郎への親愛の情を感じた。


 恐らく、荻平達、長の取り巻きの四人は、本当に対等な、幼馴染の友達なのだろう。


「教員としては興味が有る(あっ)(じゃ)ねぇ。操殿は、何と(なんち)?」

「騙されないように遣るのだぞ、って()

「成程」


「出来なくても死にはしないいが、字が読めなかったり、計算が出来なかったりすると騙される事が有る。変な証文に拇印を押させられるとか。一週間、七日働いたのに、五日分しか給金を貰えなくても気付かなかったら損をするぞ、って()


 荻平が、操の話し方を真似て語る言葉が案外上手かったので、操の語ったとされる内容にも感心した顕彦だったが、荻平の多才さにも感心しつつ、へぇ、と言った。荻平は続けた。


「勉強せずとも構わんが、読み書きと計算だけは出来る様になりなさい、って()

「おお。其れ(そい)で?」


其れ(そい)で弥五郎は六と九に対する拘りを無くして、何とか、読み書きと九九と、割り算までは出来る様(でくっよ)になったよ」

「おお、良かった」


だから(じゃっで)有難い(あいがて)よ。顕彦さん、里に学校作ってくれて有難う(あいがと)上方限(カミホーギリ)の人達(んシ)が、私財で、そんな(そげん)(こっ)してくれる(しっくるっ)(こっ)が、(オイ)は嬉しい。疲れるだろう(だれるやろ)けど、先生(センセ)、続けてくれな(っくいな)


「…うん。そんな(そげん)言ってもらえる(ゆっ)と報われる(るい)なぁ」


 美しくない現実と戦う顕彦には、其の言葉は、何にも勝る褒美であった。

 顕彦は微笑んだ。


「…あれ?三郎次さん?」

 ふと見ると、三郎次が荻平の傍らで丸くなって眠っていた。

 荻平が、あれ?と言って揺すったが、起きない。


しまった(しもた)。三郎次子供みたいに(こどんシんごと)行き成り寝る(ねっ)からな(かいね)一度(いっど)寝る(ねっ)と起きない()し。…泊まる(とまっ)か」


 荻平は、三郎次を少し囲炉裏端から離して寝かせ直した。

 顕彦は、三郎次の傍に行き、藁筵(わらむしろ)を掛けてやった。


「顕彦さん、そろそろ(ぼっぼっ)夜回り(ヨマワイ)が戻って来るよ(くいよさ)如何(いけん)する(すいね)?御開きにするかい(すっね)泊るかい(とまっね)?」

「酒()(シオケ)は?」

(から)


 顕彦と荻平は三郎次を起こさぬ様に、小さな声で笑い合った。

 酒の肴だけ食べた集まりは初めてである。

 荻平が、御重を片付けてくれた。


「じゃ、帰る(もどっ)わ」

「うん」

 荻平は、三郎次を指し示して、送って行けなくて(んじ)悪い(わり)ね、と、(ささや)く様に言った。


「いや。可哀想だから(ぐらしかし)起こさないで(んじ)おいて。火の付いた囲炉裏(ユルイ)端に一人(ヒトッ)置いて行く(おきいっ)のも気が引けるし(ひけっし)此れから(こいかぁ)夜回り当番(ヨマワイトバン)が戻って来るの(くっと)に、火が消えていても(きえちょっても)寒かろうし」


 顕彦が、小さな声で、そう言って微笑むと、荻平も微笑んで、綺麗に風呂敷で包んだ御重を、そっと手渡してくれた。


 顕彦は荻平に礼を言って、若衆小屋を辞した。

南瓜頭(カボンス) 頭でっかちで脳味噌が足りない、というニュアンスの方言。

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