実方顕彦 美少年
「あ、どうも」
そんな話をしながら、下方限への道を四人で歩いて行くと、実方分家の理顕に挨拶された。
数えで十四。
背負子を背負いながら、十歳くらいの男児を三人連れていた。
子守りがてら、薪拾いに行った帰りらしい。
男児は、理顕の弟、数えで十一の尚顕、他の実方分家の、数えで十の顕将、そして同じく数えで十の、坂元分家の栄吉、の三人だった。
当時は幼名で、栄とは呼ばれていなかったのである。
其々が、丁寧に、長や顕彦達に挨拶をした。
三人遊ばせながらでは仕事が捗らなかったのか、時間は、そろそろ、道草を食うと叱られる頃である。
あまり引き留めては良くないので、挨拶を返す、くらいの対応に留めたところ、其れでは、と、子等は去った。
「…はぁー、どの子も可愛いものだなぁ。女の子みたい」
荻平が、感心しきった様子で、子等の後ろ姿を見送った。
「…まぁ、うちの分家の子達を、可愛いって言ってくれるのは、嬉しいけど」
顕彦は、複雑な気持ちで、其の賛辞を受け止めた。
理顕は、長い黒髪を、サラリと低い位置で一つに束ねている。
顎に一つ在る小さな黒子が、時々酷く魅力的に見える。
理顕の後ろをついて行く三人は、長い髪を、高い位置で一つに結わえている。
四人共、里の男児に多い髪形で、何も珍しい事は無い。
其の髪が、馬の尾の様に、子等が歩くとピョコピョコ愛らしく揺れているのが、未だ見えた。
ただ、何も珍しい事は無い髪形の筈なのに、顔の造作の良い四人の子等の、手触りの良さそうな艶の有る髪が、動く度に揺らめくと、如何した事か、何処と無く其れが、若い女性と共通する美点を持っている様に見える事が有るのだった。
今日も、そうである。
―何だろう、あんまり、可愛い、女の子みたいって言われるのも、ちょっと心配になるな…。性別を誤認されて、厄介な事にならないと良いけど。…家まで送ってやれば良かったかな?いや、未だ明るいし。本人達が無事なら、間違われたって構わないけど。
顕彦は、完全に保護者の気持ちで、子等の後ろ姿を見守った。
荻平は不思議そうに言った。
「如何して実方さん家の子は、あんな小さい頃から顔が出来上がっている子が多いのかな?」
「如何して、って言われてもなぁ。血筋としか言い様が無いね」
実方衆の男は一様に、濃い、というか、派手、というか、里の中では比較的ハッキリした顔立ちなのである。
理由を問われたところで、本当に、『遺伝でしょうかね』、としか言えない顕彦だった。
でもさ、と荻平は言った。
「他の衆は名字が一緒でも別に顔は似てないだろう」
「うーん、まぁ、そうかな。実方衆は戸数が少ないから、身内の血が近いのかね?あ、でも、あの中の一人は実方衆の子じゃないよ。背の高い、一番後ろに居た子」
「あ、一番後ろのスラッとした子か。言われてみれば毛色が少し違ったけど。殆ど女の子だったじゃない。綺麗な顔して」
「そう。あれは糺殿の所の末っ子。坂元衆だよ」
顕彦が、そう言うと、長も荻平も三郎次も、バッと栄吉の去った方を振り返った。
「え?あんなに可愛いのか?何か間違いが起きそうな感じじゃないの。いや、あの子の顔が綺麗な理由は分かったけど」
顕彦は複雑な気持ちで、其処まで言ってやるなよ、と荻平に対して思ったが、荻平は、狼狽えた様子で、嘘だろ、と呟いた。
坂元分家の糺は相当な美男子だが、三年片頬を地で行っている様な、苦み走った良い男なので、息子の可愛さが信じ難いらしい。
長も、珍しく目を瞬かせて、子等の去った方角を見ていた。
顕彦は、長に、そっと声を掛けた。
「長。体術、見てくださっているでしょう?…ほら、あの、弓の上手い子ですよ」
荻平が、更に驚いて、弓?と言った。
―いやぁ、見掛けに寄らず腕の力が強くて、文武両道だしなぁ。そんな弱々しい子じゃないのに。…いや、栄吉の顔を見ただけでは、そうは思えないのは分かるけど。
ああ、あの子か、と長が言った。
「右腕が強い。挨拶が一番丁寧な子だ。居るか居ないか分からんくらい大人しいが。栄吉とかいったか。…坂元の子か。何だか勝手に実方衆の子だと思い込んでいた」
「実方衆とばかりつるんでいますからね。分かる気はします」
顕彦は、一応同意して、そう言った。
―でも、顔と名前は覚えてあげて、里の子だから。あんた長でしょうに。体術の先生だし。
しかし、里の長だが、体術を教えるのを手伝ってくれているだけで、教員では無い。
教員は長では無く顕彦なのだから、顕彦が覚えていれば良い、と思い直して、顕彦は黙った。
そんなこんなで、若衆小屋に着く頃には、顕彦は、かなりの眠気を覚えていた。
「大丈夫かい?顕彦さん。一度、小屋で仮眠していきなよ」
荻平が、そう言いながら、顕彦を気遣って、御重の包みを代わりに持ってくれた。
「そうしようかな」
※三年片頬 良い男は矢鱈と笑うものではなく、三年に一度だけ片頬で笑うくらいが良い、という教え。
※若衆小屋 若者が集まる小屋。夜回りの晩に寝泊まりに使ったり、宴会したりする。近隣の年配の女性が料理を差し入れして世話をしてくれる事が有った。大隅地方では昭和三十年代くらいまで存在したらしい。若い娘だけが集まる小屋が有った地域も在る。
地域ごとに細かく方言が分かれている事が有るので、今回は、なるべく鹿児島市の方言を採用しています。
なるべく、名詞のルビは片仮名にしております。
最近は使われなくなっている方言や、昭和に入ってから言い方が変わった方言なども採用しているので、大河ドラマなどとは、使われ方が違う場合も有るかもしれませんが、なるべく地域差や時代差を表現できれば、と思っています。
一応、同じシリーズの『山行かば』では、同じ集落内でも方言が違うとか、上方限の人間に訛が少ない理由を書いています。




