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声聞くときぞ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第二章 夢
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実方顕彦 雇用問題

「でも、(オイ)も分かっ()た。文化なん()言葉、(オイ)と関係無い()()思ってい(おもっちょっ)たけど」


 荻平が、感心した様に、そう言ったが、(やや)あって、あ、と言った。


「あ、でも、無くなるのか(ねごなんのけ)?」


「そう。奉公(フク)しなく(せんご)なる(なっ)かもしれない()し。雇用関係が無く(ねご)れば(りゃあ)そういう(そげな)文化も無く(ねご)なる(なっ)かも」


「あ、雇用」

 成程ね、と荻平は言った。


三郎次は、再び首を傾げて、こよう?と言った。


顕彦は再び説明を試みた。


「そう。雇っている(ちょっ)、雇われている(ちょっ)という(ちゅう)間柄()(こっ)を、雇用関係、()いうわけ。旦那様(だんなサァ)若様(わかサァ)、なん()呼ばれて、良い格好をしている(よかぶっちょっ)()思う人も居る(おん)のに、如何して(ないごて)奉公(フク)が今も無く(ねご)ならない()か、()いう()と、仕事(シゴッ)が、其の(そん)くらいしか里に無い()からよ。あんま()仕事(シゴッ)の種類が無い(ねっ)だろ(じゃろ)?」


無い()…かな。無い()ね」


「他()仕事(シゴッ)に就ける様になったら、そんなに(そげん)上方限(カミホーギリ)()家に住み込みで奉公(フク)しなく(せんご)なるだ(ないや)ろ?」


そうかな(じゃっどか)?」


―あら、話しの通りが悪いかな。


 教えるのは、やっぱり向かないねぇ、と顕彦は思ったが、続けた。


「例えば、行き成り、使用人(ツコワレニン)使う(つこ)なんて、偉そうで良く()ない()からっ()上方限(カミホーギリ)()(ゲェ)使用人(ツコワレニン)を辞めさせたら、奉公(フク)して(しっ)きた人達()は、如何(どげん)やって(して)(つっ)の日から食っていく?凄く(わっせ)困らない()か?」


「困る!」


 三郎次が分かってくれた様子なのを確認してから、顕彦は続けた。


「実際有り得るよ。此れ(こい)から(かぁ)家事炊事(マカネ)や畑を自分(わが)(たっ)する(すっ)から、辞めて()良い(よか)よっ()言えない(ゆきらん)(こっ)無い()使用人(ツコワレニン)居ない(おらん)(トコイ)の方が里には多い(うえ)のだから(じゃっで)。今、使用人(ツコワレニン)居る(おっ)(トコイ)が、今日から雇わない()()言い()出す事は有る(あっ)。雇う金が無く(ねご)なる(なっ)とかさ」


「そうか。うん、下方限(シモホーギリ)だと、普通居ない(おらん)から、良い格好をしている(よかぶっちょっ)、っ()思うのかも」


だから(じゃっで)、問題は其処だ。他に仕事(シゴッ)有れ(あい)ば、(べっ)に、奉公(フク)しなくて(せんじ)良いだ(よかや)ろ?」


「うん」


つまり(つまいのはて)、雇用、働き口(ハタラキグッ)の問題だ。仕事(シゴッ)は、働き口(ハタラキグッ)多い方(うえほ)良いだ(よかや)ろ?」


「うん」


働き口(ハタラキグッ)が増えたら、上方限に奉公(フク)する(すっ)人達()減る(へっ)かもしれない()。ただ、今は働き口(ハタラキグッ)無い()()いう()()が、問題だ。上方限(カミホーギリ)()人達()雇う(やと)(こっ)給金(アテブッ)が貰えて、暮らしていける、という(ちゅう)関係が何時(いつ)か変われば、こんな(こげな)細かい(こまんか)決まり(キマイ)無く(ねご)なる文化にな()よね」


 そうか、と言って、三郎次は俯いた。


仕事(シゴッ)無い()か。祈祷師(ウセンシ)じゃなかったら(じゃなかや)、猟師か畑の野菜(ヤセ)売る(うっ)か、か。他()仕事(シゴッ)は、奉公(フク)する(すっ)らい()か。無い()か、今は」


そうだろ(じゃっどが)?」


 顕彦と三郎次の会話を黙って聞いている長の何時(いつ)もの無表情な顔が、顕彦には何処と無く悲しそうに見えた。


何時(いつ)になったら此の雇用関係の格差が縮まるのか、なんて、誰にも分からないからな。


 しかし、しんみりしそうになった顕彦に聞こえてきた三郎次の言葉は意外なものだった。


「じゃあ…今は、なるべく金持ち(ゼンモッ)()(トコイ)奉公(フク)する(すっ)良い(よか)かもね」


 割と(したた)かな其の言葉に、他の三人全員で吹き出した。


 三郎次は続けて言った。

「ねぇ、顕彦さん。何処(どこ)()(ゲェ)金持ち(ゼンモッ)?」


「え?そんな(そげな)(こっ)を知りたいのか(かとや)?」


 顕彦は戸惑ったが、荻平も興味が有りそうな顔をして顕彦を見てきたので、そりゃあ、と言った。


他所(よそ)()(ゲェ)金銭(ゼンカネ)の事情は分からない()のだから(んじゃっで)なぁ。暮らし振りと内情が一致しない(せん)(こっ)有る(あっ)()、一概に言えない(ゆきらん)けど」


「ん?」


 三郎次が、また、分からない、という顔をした。


 顕彦は再び説明を試みた。


「見栄張って豪華な暮らしをしていなさる(ちょいやっ)けど、実は(じちゃ)借金(シャッセン)持ち(モッ)とか、逆に(さかしんめ)質素だ(つまし)けど実は(じちゃ)裕福(ユツラシ)、とか。見た目だけじゃ分からない()(こっ)有る(あっ)わけさ」


「はー」

 三郎次は、感心した様に、そう言って、コクコクと頷いた。


 まぁねぇ、と顕彦は続けた。


「見分け方とまではいかなくて(んで)も、目安くらいは有る(あい)だろう(やろ)けど。どんな(どげな)(こっ)も絶対は無い(なか)だろ(がな)


「え?金持ち(ゼンモッ)(ゲェ)の見分け方が有るの(あっと)?」


 荻平が食い付いてきたので、顕彦は、戸惑いながらも、有る(あい)よ、と言った。


 長も興味深そうに顕彦の方を見てきた。


「え?皆、()()話題に、そんなに(そげん)食い付く(つっ)の?」


 顕彦は驚いて、そう言ったが、荻平は興味津々の様子で、うん、と言った。


だって(じゃっち)面白(おもして)そうじゃないか(やれーよ)。外から見て分かるのかい(わかっどかい)?」


そうそう(ですです)炊事(マカネ)する(すっ)(トコイ)の窓とか厠を見る(みっ)良い(よか)よ」


「え?」

荻平は、キョトンとした顔をした。


 他の二人も顔を見合わせている。


 顕彦は続けた。

炊事屋(ナカエ)()窓が硝子(ガラス)()(トコイ)知っているかな(しっちょいね)?」


「うん」

 荻平は、()だピンと来ていない様子だったが、思い当たる家は有るらしかった。


 上方限(カミホーギリ)は、二つ家(フタツイエ)、と呼ばれる造りの家が多い。


 来客を通して接客をしたり、家族が生活したりする本屋(オモテ)と、内向きの作業をする、客等を通す前提の造りにはなっていない、(なか)に向かった場所、炊事屋(ナカエ)の二つを、()()()という、(あま)(どい)の役割をしている渡り廊下で繋いでいるから、二つ家(フタツイエ)、と呼ばれるのだ。


「客に見せない()炊事屋(ナカエ)に、見栄を張る必要は無い(なか)()に、其処に硝子(ガラス)使って(つこて)ある、という(ちゅう)()が、如何いう(どげな)(こっ)か、という(ちゅう)話だよ」


「あ」


 顕彦の言葉に長と荻平が、ハッとした顔をした。


 三郎次は()だピンと来ていない様子だったので、顕彦は続けた。


「其処()(ゲェ)は、明治の中頃か今くらいまでに炊事屋(ナカエ)硝子(ガラス)を嵌める金が有った、という(ちゅう)(こっ)さ」


 荻平と三郎次は、声を合わせて、成程、と言った。

 まだまだ硝子(ガラス)は高級品なのである。


本屋(オモテ)の硝子障子みたいな物は、客に見栄で見せる(みすい)のに使う(つこ)(こっ)有る(あっ)から分からない()けど、炊事屋(ナカエ)硝子(ガラス)が入ってい(ちょ)れば、使用人(ツコワレニン)使う(つこ)()(トコイ)にも硝子(ガラス)を入れられる(がなっ)()(ゼン)有る(あっ)という(ちゅう)(こっ)よ。裕福(ユツラシ)でも、質素な(つまし)暮らしをしていたら(ちょれば)、入れない()(トコイ)在る(あい)から、必要条件じゃない(なか)けど(どん)、十分条件()ろ?」


 顕彦の説明に、三郎次が、じょうけん?と問うてきた。


 顕彦は、より丁寧な説明を試みた。


金持ち(ゼンモッ)の条件っ()、絶対ナカエに硝子を入れている(ちょっ)(こっ)が必要では無い(なか)よね?」


「うん」


「でも、ナカエに硝子を入れられる(がなっ)()(こっ)は、金持ち(ゼンモッ)()いう(ゅう)のには十分(オテチキ)な条件だろ(やっどが)?」


「おお、成程」


 三郎次が、大きく頷いて、そう言うと、続きを顕彦に促した。


「厠は?」


 そんなに興味が有るのかぁ、と思いながら、顕彦は続けた。


「上方限の住まいは内風呂と厠と井戸が有る(あっ)から、其処だけ(ばっかい)見ても(みたち)何処も変わらない()だろう(ごたっ)けど」


「内風呂と厠と井戸が共同(おんなし)じゃない()だけでも(えら)裕福(ユツラシ)じゃない(だがな)


 荻平の驚きの声に、顕彦は、其処からか、と思った。


 下方限(シモホーギリ)だと、共同風呂、共同厠、井戸も四、五軒の家で、共同である。其処で、水汲み等で集まった主婦達が井戸端会議をする、というわけである。


 上方限(カミホーギリ)まで貰い湯をしに来る者も多い。理解している心算(つもり)でも、共同では無い風呂や厠や井戸が当たり前で育った顕彦と、下方限(シモホーギリ)の者とでは、やはり意識に溝が有るらしい。


 難しいな、と思いながら、顕彦は黙ってしまった。


「まぁ、其れで?」

 珍しく長が口を挟んだ。


 顕彦が困っているのを察してくれたのかもしれなかった。


「其れで、大正に入ってからも金が有る家だと、厠が二つ在る事があります」


 顕彦の長への言葉に、荻平と三郎次が目を丸くして、二つ?と言った。


―共同厠が当たり前で育ったのに、厠が二つ在る家が金持ちだ、と言われても、そりゃそうだ、と言われそうだよな。


 顕彦は、少し不安だったが、荻平も三郎次も分かってくれた様だった。


「へぇ、厠が二つ(ふたっ)有る(あっ)()考えた(かんげた)(こっ)無か(ねが)った」

 荻平の感心した様な其の言葉に、顕彦は、少し安心して、続けた。


「不浄の物は建物の外に作るだろ(つくらいね)。住まい()中を汚したくないだ(かや)ろ。後は見張り(ミハイ)な」


見張り(ミハイ)?」

 三郎次が不思議そうに言ったので、顕彦は説明した。


(わざ)玄関(フンゴン)近く(ちこ)に厠を作る(つくっ)(トコイ)有る(あっ)のさ。用を足す振りをして(しっせぇ)、門の近く(ちこ)通る(とおい)人達()を、こっそ()見張る(みはっ)わけ。防犯な」


 荻平と三郎次は、声を揃えて、知ら()かった、と言った。


 顕彦は、内緒だよ(やっど)、と言った。

「防犯だから(じゃっで)ね。内緒にね」


 分かった、と言う荻平の横で、三郎次が、如何してなの(ないごてな)?と言った。


 荻平が説明した。

「そりゃ、知れ渡ったら防犯の意味が無い()だろう()がよ(がお)。簡単に見張り(ミハイ)()裏をかける(かくっ)だろう(がね)


「成程」


 兎に角、と顕彦は続けた。


「外の厠から、通り(トオイ)で通行人がしている(しちょっ)内緒話も聞けるみたいだった(ごたった)よ。(オイ)()(ゲェ)は、門の脇に厠は無い(なか)けど」


 荻平は、へぇー、と、感嘆の声を上げた。


 三郎次も、真剣な顔をして聞いている。


其れ(そい)で、(ゼン)有る(あっ)(トコイ)は、大正に入ってから、来客用に、住まい()()()もう()一つ(ひとっ)厠を作っている(ちょい)(こっ)有る(あい)わけ。(オイ)()(ゲェ)には無い(なか)けど」


 荻平が、え?と言った。


 三郎次も、キョトン、とした顔をした。


「西洋式の真似()ろね。来客に外()厠を使わせるの(すっと)は忍びな()っていう(ちゅう)、気遣い、という(ちゅう)か。まぁ、見栄も有る(あっ)かもしれない()けど。其れ(そい)で、住まいの(ウッ)と外、例えば庭に一つ(ひとっ)床の間(トコンマ)()横とかに一つ(ひとっ)という(ちゅう)風に、厠を二つ(ふたっ)持つ(もっ)(トコイ)有る(あっ)わけ。硝子と同じ(おんなし)で、厠の数も、絶対では無い(なか)けど、金持ち(ゼンモッ)()(ゲェ)見付(みひ)ける目安にはならない()かな()だから(じゃっで)奉公先(フクサッ)決める(きむっ)時に、厠の場所を聞く(きっ)なり、炊事場(ナカエ)()様子(よし)見る(みっ)なりしてから決めて()良い(よか)かもよ、という(ちゅう)話」


「へぇー!顕彦さん、有難う(あいがと)面白(おもして)かった」


 荻平が、顔を輝かせて顕彦に礼を言った。


 三郎次も、ありがとう(あいがと)、と言った。


「ああ、面白(おもして)かったなら良かった」


―雇ってもらえれば、の話だけど。


 一先ず、理解してもらえた様なら良かった、と顕彦はホッとした。


 人に、ものを教えるのは、本当に難しい。


 簡潔にしようとすると取りこぼしが有る気がするし、詳細を伝えようとするとダラダラ長くなる気がする。


―やっぱり向かないねぇ。


 しかし、自分には向いていない、と顕彦が思っても、給金を貰う以上は、向いていないからといって、教える技術を向上させる為に努力しないわけにもいかない。


―まぁ、慣れだろう。何時(いつ)か上手くなるかもよ。


 顕彦は、毎回一度、そうして心の中で自分を慰める事にしている。


「…御前、そんな事を考えながら、他人の家のナカエや厠を見ているのか?」


 長が、やっと口を開いたと思ったら、実に不思議そうに、腕組みをして顕彦を見て、そう言った。


「考えないのですか?」

「あんまり」


 また、長と顕彦の間に沈黙が流れた。


―此れだよ。仕事の話以外は本当に、弾まねぇなぁ。


 厠の数と硝子の話は、2017年に出水武家屋敷群で聞かせていただきました。


 硝子は高価だったので、大体、何処で聞いても、例えば、古い硝子が残っていたりすると、昔の御金持ちの家が分かります。古い硝子は、透明でも、歪みが有るので、割合分かりやすいです。割れた部分は、現在の透明度の高い硝子を嵌め込んで修復する事が多いので、他の硝子と比べて其処だけ透明度が低いと、大体其れが古い、貴重な硝子だったりします。


 あとは、家にお風呂が有るのが当たり前になったのはかなり最近なので、古い家で内風呂が有ったら、御金持ちだと思って間違いないです。


 実地だと、資料に絶体載せられない、婚姻関係の範囲の話等が聞けたりするので、流行り病が明けたら、色々な所に行ってみたいです。


 あと、長野ですが、いまだに名字が五つぐらいしかない場所、というのも実在しました。

 徐々に他所の人が入って来て名字が増えてきている、という時に御話を聞けましたが、こういうのも、記録しないと、どんどん消えていくのかもしれません。


 出水武家屋敷群は、大河ドラマ『篤姫』の撮影等でも使用されているので、見た事が有る方もいらっしゃるかもしれません。

 因みに大河ドラマ『西郷(せご)どん』では、戦乱や空襲で焼けて、今では鹿児島市内には残っていない筈の、上町(かんまち)辺りの、武家の二つ家(フタツイエ)造りの家が、セットで再現されていて面白いです。


 西郷さんの家の、樹を挟んだお隣が大久保さんの家、というように、お話の設定上変更点も多いようですが、「多分、川のあの辺でウナギを取ったんだろうな~」等、リアルに想像出来る設定も多く、地理が、かなり研究されていて、NHKのドラマ資料の明治維新前の物は、今も一見の価値が有ると思います。

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