尿管結石=賢者の石!?
最悪な乗り心地の馬車に揺られた四時間が終わり、一とウィンはようやく村に到着した。
「見えてきたわね」
「おぉ、あれが……」
ここカッスラーは王国東部に位置する長閑な村だ。近くに村や町などはなく、農耕と畜産で生計を立てているような古典的な異世界の田舎の村、と言えばわかりやすいだろう。そのため、この村には貴族はおらず、しかし、王国騎士団が駐在しているという、少し特殊な村だ。目立った特産品があるわけではなく、観光名所があるわけでもないが、それでもそこの住人達は楽しそうに暮らしているのがよく分かる。
村の周囲を覆う石壁や物見櫓からも推測は出来るが、ウィンによれば野生のゴブリンや野盗が出没するらしい。だが、それよりも厄介なのは、村のさらに東に位置する黒龍山脈の存在である。山脈には独自の生態系が成り立ち、食物連鎖の頂点たる黒龍を主として抱く山々からは度々魔獣たちがカッスラーの村に降りて来ては問題を起こしていく。とは言え、村にはいわゆる冒険者や王国から派遣された兵士や騎士たちが常駐していて村を守ってくれているらしい。
村の規模的に言えば、村以上と町未満と言った方が分かりやすいだろうか。とは言え、あまり栄えているような雰囲気ではない。
村に入る際、門番のような兵士に訝しい視線を投げかけられたが、隣に座っているエルフのおかげか、あまり詮索はされずに通された。
「なな、ちょっと聞いていいか?」
「何かしら?」
「さっきの門番、なんで俺の事を何も言わなかったんだ?」
「あたしがいるからじゃない? このご時世、エルフの商人なんて珍しいしね。あんたの珍しさより、あたしの珍しさの方が勝ったんでしょ、多分」
ガタガタの地面を往く馬車が止まる。
「ほら、着いたわよ」
どうやら宿屋のようだ。看板にはまるでミミズがのたうち回っているような異界の文字が書かれているが、『リックスの酒場と宿屋』と書かれているのが分かる。
「……読める?」
これはもしかして、と一は片眉を上げた。もしかして、転生ボーナス的なやつか? 確かに文字が読めなかったら生活する上で不便だし……ん? そもそも、エルフと普通に話していたから気付かなかったけど、この世界の言葉が日本語だなんてあり得ないよな。となればやっぱり転生した時に、言葉を理解できるようにしてくれたのか?
「もしかして、俺が気付いていないだけで、他にもそういう強化が色々と貰えているのかも知れないな……」
「どうしたの?」
「ん、あぁ、いや。何でもない。それよりも、ありがとうなウィンチェスカさん」
「だから、ウィンで良いってば。あと普通に話してくれていいわ。敬語なんて堅苦しい好きじゃないの。さっきも言ったでしょ?」
「あぁ、そうだった。んじゃ、改めて。ありがとうな、ウィン。助かったよ」
「ん、どういたしまして。それじゃあここでお別れね。楽しかったわ!」
「………え?」
「何、その絶望したような顔は……」
「あ、いや………」
どうしよう、と戸惑う。このまま捨て置かれたらきっと生きていけない……いや、生きていけるとは思うが、きっと何の面白みもない人生になるだろう。
せっかく異世界に転生したんだ。もっとラノベやアニメみたいな展開に巻き込まれたいと願うのは、間違っていないだろう。だから今ここでこのエルフと別れてしまってはいけない。何故ならこのエルフが異世界で初めて出会った異世界の象徴だからだ。だから引き留めようと思ったのだが、口から出てきたのは
「その、なんだ。ここまで乗せてくれたお礼に、な。一杯どうだ?」
「あら、デートのお誘いってわけ?」
引き留める言葉ではなく、デートの誘いの言葉だった。
「目の前に綺麗な女性がいたら、声を掛けるのがマナーだろ?」
「………本当に変な人ね。うーん、それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」
「なら、手続きしている間に荷物降ろしておくけど……」
「助かるわ。部屋は二階だから、そこまで運んでおいてくれる?」
えっ、と一は荷物に目をやる。行商人なのだから、商品があるのは当たり前だ。しかし荷馬車に積み込まれた商品の数々は男が一人でどうにか出来る量ではない。
「これを、か?」
「えぇ、もちろん。別に意地悪しているわけじゃないわ」とウィンは快活に笑い、「我、風の精霊に感謝を捧げ、その加護をもって浮遊せよ」と詠唱をした。
「今、魔法使ったのか?」
「えぇ。これで運びやすくなったはずよ?」
可憐にウインクをしたウィンは「よろしくー」と手をフリフリしながら宿屋に入っていった。
「……いつの世も変わらないみたいだな、これは」
やれやれ、と荷物に手を掛ける。
一には先程の魔法がどういうものか、何となくだが分かっていた。
「やっぱり……」
彼が手を掛けた木箱は、まるで綿埃のような軽さで動く。
「魔法で重さを無くした……っていうか、重さを軽減させたのかな?」
おそらく大人二人でようやく持てる重さの木箱ですら、片手で簡単に動かせるし、持つことも出来る。
「こりゃすごい……何でも有りなんだな、魔法ってのは」
驚き半分呆れ半分で一は全ての荷物を降ろし終えると、それらを持って宿屋に入る。
中は彼が思い描いていた異世界の酒場然としていた。広間に丸いテーブルが幾つかと椅子がある。隅にあるカウンターではウィンと恰幅のいいおばちゃんがやり取りしていた。
「流石に昼間から飲んだくれている変な爺さんとかはいないか……」
「おいウィン。荷物は二階のどこに運べばいいんだ?」
「あ、ハジメ。荷物は階段上がった一番奥の部屋よ。よろしく」
「その前に、トイレ借りてもいい?」
「いいわよ。場所は分かる?」
「いや、知らん。どこだ?」
「その階段の下よ」
「サンキュ」
「?」
先ほどの荷降ろしの時から感じていたモノ。
恐らく、もうすぐ出てくるはずだ。
異世界のトイレが自分の知っているトイレと違ったらどうしようと思っていたが、そんな事は無かった。
「トイレは変わらないんだな……」
こんなちっぽけな村にも陶器製の便器があるのか、なんてどうでもいい事を考えながら男子トイレに入った一は、通っていた居酒屋のトイレを思い出していた。
「さーて、痛みが無いとは言え、中にある事には変わりないからな……」
と便器の前に立ち、チャックを降ろして用を足そうとした時だった。
「出てくれると良いんだが……」
ブゥオン! と彼の股間に金色の魔法陣が五つ――彼のアレの上下左右とその前に掌ほどの魔法陣が――瞬時に展開された。
「え、なにこれぇッ!?」
あまりにも突然で理解が追い付かない彼は慌てることも出来ず、そして血尿と共に彼を苦しめていた元凶が体外へ出た。だが、結石が便器に落ちた音は、カラン、ではなく、ゴトッ、だった。その結石の大きさは一の知る大きさではない。
ところで、尿管結石の大きさや形というはご存知だろうか。実際にこの病気に罹患した人は分かるだろうが、この結石の大きさは平均で五ミリほど。様々な形状ではあるが、そのどれもがおぞましい狂気のような形をしている。こんなものが体内にあるというだけで冷や汗ものなのだが、それを遥かに上回るほど巨大な結石が自分の中から出てきた事に、恐怖すら覚えてしまう。
それもそうだ。なんせ出てきたのは五センチほどの巨大な結石なのだから。
「……え、なにこれ。ちょっと……いや、かなりドン引きなんだけど……」
それを見たハジメの顔から血の気が引いている。
「え、俺の尿道大丈夫? 壊れてない!? 裂けたりしてないよね?」
自分の股間に目をやるが、目立った外傷も無ければ裂けてもいない。
そして、出てきたあり得ないほど大きな結石に再び目をやったが、そこでもさらに一は驚くことになる。
「なにこれぇッ!?」
結石に触れた部分から便器が金色になっているのだ。まるで便器を侵食するが如く、金色が広がっていく。その様子に驚いていると、いきなりトイレのドアが開けられ……いや、蹴破られたという方が正しいのだろう。まるで爆発したかのように乱暴に蹴破られたドアは一の横を通り過ぎ、トイレの壁に突き刺さっていた。
ハッと、入り口を見れば、そこにはウィンがいた。
「何、なんかあったの!?」
まるでこの男子トイレで何か凄まじい事が起きたかのような形相と剣幕でトイレに入ってきた彼女は、一の前にある金色になった便器を見て、止まった。
もちろん一もいきなり入って来たウィンを見て、止まった。
一もウィンも、この状況を飲み込み切れていない。当然だろう。
「お、おいウィン! 見てくれ! 裂けてない!? 大丈夫!?」
だからパニックに陥った一がウィンの方に向き直り、自分の下半身を見せつけたのも当然のことだ。
「いやぁあああああああああああああああああ! 変なもん見せんなぁあああああ!」
だからパニックに陥ったウィンが一の下半身を、何の修正も無い状態で見てしまったのも当然のことだ。
「お、おい! 止めろ! なんか魔法撃とうとしてるだろ!? やめろやめろ!」
さらに言えば、叫びながら両手に燃え盛る炎の弾を発生させて、一の股間を焼き払おうとしているのも当然のことだ。
「うるさいうるさいうるさーい! あんたが変なもの見せるからでしょうがっ!」
「へ、変なものとはなんだ! これでもそういうお店では大きくて固くて素敵、って言われたことがあるんだぞ!?」
「そんなのお世辞に決まってるでしょ! そんな事も分かんないの!?」
「うるせぇえええええええええええええ! んなことは分かってるわいッ! 夢くらい見させてくれもいいじゃねぇかよ……」
というやり取りを経て、冷静になった二人は、改めて金になった便器を見る。
「……それ、貴方がやったの?」
一に背を向けたウィンがそう言ったのに対し、自分の息子がおかしくなっていないかを念入りに確認している一は適当に答える。
「いや……小便しようと思ったら、周りに金色の魔法陣がブワッと出てきて、ドン引きするぐらいデカい結石が出てきた……」
「なに、この石……」
金色の便器の中にある、五センチほどの謎の石。色や形だけなら一は見飽きているが、問題はその大きさだ。
「これが原因かな? でも……これ……金に変えた?」
直径五センチほどもある巨大な石、それは紛れもなく一の体内から排出された正真正銘の結石だ。
「それにさっきのとんでもない魔力爆発……もしかして、これ……」
だが、ウィンが見ればその結石はただの石ころではない。彼女は視線を外さず、自身の持つ知識の中で、この石と特徴が一致する物質の名前を口にした。
「……賢者の石?」
「賢者の石って、確か……自由自在に金を生み出して、飲めば不老不死になる水を生み出す、だったか?」
知らぬ者はいないだろうし、これ以上の説明も不要だろう。それほどまでに有名な物質だ。それがこの世界にもあるとは思っていなかったが。
「えぇ、そうよ……にわかには信じ難いけど……」
とウィンは腰のベルトからナイフを取り出し、金になった便器に突き立てる。ガキン、と小気味の良い音と共に、便器の一部が欠けた。
「やっぱり中まで金になってる」
欠けた便器の破片を拾い、マジマジと見つめるウィンは腰のポーチから試験管を取り出し、そこに入れた。
「もしかしてあんた、マギア・ステラ? なんで賢者の石を生み出せるの? そもそも、何で街道に倒れていたわけ? その服装もここら辺のものじゃないよね? あんた、何者? 魔法使い?」
矢継ぎ早の質問に戸惑うしかない一は、どの質問にも答える事は出来なかった。
「答えられないわけ?」
「あー、いや………その、なんだ……ここじゃちょっとな……トイレだし……」
とりあえず場所を変えようと、一は苦笑した。
そして、ようやく冷静になったウィンは、少しだけ頬を赤らめながら咳払いをする。
「そ、そうね……その通りだわ。ゆっくりと落ち着いてお話しましょう」
「じゃあお前の部屋でいいか? あまり人に聞かれたくないんだ」
「分かったわ。でもその前に……」
とウィンはポーチから小さな巾着袋を取り出す。
「これは回収しておかないとね……」
純金の便器の中に転がる石に手を伸ばしたウィンだったが、伸ばした手を止めた。
「素手で触るのは危ないわよね……我、風の精霊に願いを捧げ、涼やかな風の加護を与えん」
魔法を使い、賢者の石を浮かせ、小さな巾着の中へとしまった。
「っげ、巾着も金になるのね……」
石をしまった途端、彼女の持つ巾着袋も金に侵食される。
「まぁいいわ……行きましょう」
彼女に促され、トイレを後にした一だったが、彼の頭の中には、どうやってここの責任者に話せばいいだろうか、という考えが渦巻いていた。
「あ、おばさん! ちょっとした手違いで男子トイレの便器が一つ、純金になっちゃった」
だが、その渦巻いていた考えもウィンのこの言葉で吹っ飛んだ。
「え、便器が金になっちまったのかい!? 木製のやつだとすぐにダメになるからって言われて買い替えたばっかりだったんだけれど……」
「本物の純金だから、おばさんの好きなようにしていいわ」
「いいのかい? ならありがたく貰うことにするわね」
「あ、そうだ。ね、おばさん。その純金、この人の宿代って事にしてよ。いいでしょ?」
「そうだねぇ……構わないけど、部屋はもう空いてないよ?」
「大丈夫よ、あたしの部屋に泊まってもらうから!」
そして、何も言えずに一は、手を引かれてウィンの部屋に連れ込まれるのであった。
ようやくタイトル回収!
尿管結石になった先輩から、五センチの結石が出たら、絶対にショック死する、と言われましたが、インパクト第一で、このサイズになりました!