シャッターチャンス
お久しぶりの更新です。
「問題はそこじゃないんです。ある、と知られる事が問題なんです」
ハジメは指を二本立てる。
「理由は二つあります。一つ目は、存在するならば、誰かが作った、作れるかも知れないと言うこと。もし、この情報が外に漏れれば、その薬をどうしても欲しい人が何をするか分からない。穏便にすめばいいけど、俺やウィン、シロ、他にも色んな人に危害が及ぶかも知れない。それは……俺としては困るんです。二つ目に存在する、と分かれば、贋作が現れるということ。これも、中身が普通の薬なら問題ないですけど、毒入りとか他の劇薬だったりすれば、大勢の人間が被害にあう。更に言えば、空き瓶片手に侵略戦争を始める事だってありえます」
すると、今度はウィンが人差し指を立てた。
「今のハジメのに付け加える形になるけど、もし他国に情報が渡れば、世界中から患者が押し寄せるわよ? しかも、薬師や魔法に頼れなかった貧困層がドバッとね。悪いけど、あたしは救世主になるつもりはないし、もし情報がこのまま漏れても良いと思っているなら、あんたの記憶を魔法で消すか、契約魔法で縛らせてもらう事になるわ」
その言葉に、エマはゆっくりと首を横に振る。
「いえ、その必要はありません。単純な疑問でしたので。情報を秘匿する事に異論はありませんよ」
「そ、なら良いわ。ねぇオストリンデ? あの薬をきちんとした物にするのに三日は掛かるって言ったわよね?」
「へ? あぁ、そうね。三日もあれば出来るわ」
「なら十日あれば、完成品は作れる?」
「……何を持って完成にするかによるけど……副作用や劣化速度の遅延、その他諸々のデメリットを消すくらいなら……うーん、でもちょっと足りないかも? ちゃんとした万能薬のような物を作るならば、せめて二十日は欲しいわね」
うーん、と唸って出したオストリンデの言葉に、ウィンは眉間に皺を寄せて、静かに考え込む。
「……グラム。この後、あんたたちはどうやって王城に戻るつもり? 馬車で帰るのよね?」
「む? あぁ、そうなるな」
「ここからフローウェルレンスまでどれくらいの日数が必要?」
「そうだな。陛下の御料車ならば色々と魔法が付与されているからな……一月半、と言ったところか?」
「っていうか、なんでレクスまで着いてきたわけ? あたしたちを探すなら、グラム一人の方が楽でしょ? レクスを連れて長旅をする意味が分からないんだけど……」
「ん? 言わなかったか? 陛下のための薬師を探しに来た」
「あぁ、あながち間違いじゃ無かったのね、あの時の言葉は。なら丁度言いわね。グラム、あんたロルド・ペネストレーデの城に向かいなさい」
突然のウィンの発言に、他のメンバーが一斉に首を傾げる。だが、そんな事はお構いなしにウィンは言葉を続けた。
「各ロルドの城には王城へと繋がる転移門があるわよね? それを使って、王城に戻るの。馬車はロルド・ペネストレーデの城に置いて、後で転移陣書いて王城に移せば良いし、馬車で帰る時間の短縮にもなる。すぐに戻って、あたしたちの条件をレクスに伝えて、説得を始める方がいいわ。二十日もあれば、各方面の説得と根回しは終わるわよね?」
「ん? あぁ、それくらいあれば充分だろう。話せる相手も限られるしな」
グラムは眉を寄せて腕を組み、面倒くさそうな顔をする。恐らくは説得するのが大変そうな相手が何人かいるのだろう。だが、それはグラムとエマの仕事だ。一に出来る事と言えば、心の中で頑張れ、と念じる事だけ。
「ならそうしましょ。ロルド・ペネストレーデも、レクスからの命令なら聞かざるを得ないわけだしね。三日後に、エクスラグーザに向かう用事もあるから、一緒に行きましょ? そこで、ロルドにあたしたちの事を紹介して、王城に繋がる転移門を使えるように手配しておいて欲しいの」
「それは私の仕事ですね。影武者だと言うのはロルドは知りませんから、信じてくれるでしょう」
エマはこくりと頷き、ウィンの言葉を承諾する。
「なら、やることは決まったわね。グラムはレクスを含めた関係者の説得。エマはレクスの影武者としてロルドに転移門の使用とあたしたちの紹介。あたしたちはオストリンデの手伝いをしながら、あの薬を完成させる。他になにかあるかしら?」
ウィンは自慢げに胸を張って他の皆を見渡す。他のメンバーも特に言うこともなく、彼女の言葉に頷きを返した。
「じゃ、早速あたしたちは薬の方に取り掛かるわね。あんたたちはどうするの?」
「俺たちもすぐに動こう。先触れをロルド・ペネストレーデに送って、エクスラグーザに三日ほど滞在させてもらうつもりだ。流石に俺一人だけがフローウェルレンスに戻るのもマズイしな」
グラムはレクスの騎士である。故に王を置いて先に王都へと戻ることは出来ない。当たり前ではあるが、そうなると、レクスとその騎士がいきなり現れて、しかも三日間も自分の城に滞在するなんてどう考えても地獄だよな、一はまだ見たことの無いロルド・ペネストレーデに同情をしてしまう。
「そう、ならそうしてちょうだい。あ、あと、分かってると思うけど、ロルド・ペネストレーデには何も言わないでね。そうね、薬師を探しに来たってやつで誤魔化せばいいわ。あ、そうよ。どうせだったら、オストリンデの事も宣伝してもらいましょ! オストリンデっていう薬師を見つけて、その仲間たちと共に王都へ招きたいから転移門を使いたい、とか言っておけば問題ないでしょ」
「次から次へと、よくそんなに考えが出てくるな、尊敬するよ、ウィン」
「あんたに尊敬されても嬉しくないわね、ハジメ」
「へーへー。んじゃ、グラム、また三日後にな。こっちも何とか形にしておくから、安心しておいてくれ」
「あぁ、頼んだぞ、ハジメ」
快活に笑い、グラムはエマを連れて、退出していった。その後ろ姿を見送ると、やる気を出したウィンが声を上げる。
「それじゃ、あたしたちも色々と始めましょうか!」
「あー、ちょっと待った」
しかし、それを一が遮る。
「悪いが先にウロニムの方を優先してもらっていいか? 色々実験しようとしてたから、まだ傷の治療が途中なんだ。何なら結石ポーションをぶっかけるだけでもいい。でも、データは取りたいだろ?」
とウィンに言ったつもりだったが、それに答えたのはオストリンデだ。
「そう言えばそうでしたね。彼の傷も多種多様だったので、良いデータになると思います。今日は彼の傷に対するポーションの効果をデータに取るだけで終わりにしましょうか?」
「そうだな、それが終わったら歓迎会も兼ねて外に食べに行こうぜ」
「ハジメにしては珍しく良いこと言うわね。あたし、風の囁き亭の甘芋のお菓子食べてみたかったのよ! 今日はそこに決まりね」
そうと決まれば、三人はシロとウロニムが待つ上階へと向かう。
話し合いの最中に特に大きな物音が無かったことから、大人しく待っていたのだろうとオストリンデは思っていたが、ウィンと一の二人は、人見知りなシロが初対面かつ自分よりも大きなウロニムと二人きりで緊張し過ぎてはいないかと、そっちの方が心配であった。
だから三人が上階へ向かい、二人が待っている部屋に入った時の衝撃はかなりの物だった。
「でね! ごしじんだまがおっきなどらごんしゃんとがおー、がおー、っておさべりしてね! どらごんしゃんも、がおーがおーってね!」
「ほぅ、それはすごいでござんすね、シロお姉ちゃん様」
「ちがう! シロおねーたん! しゃまはいらにゃいの!」
「これは失礼しました、シロおねーたん」
「うー、そう! でね! ごしじんたま、シロのこと、ぶたなくてね! おっきなどらごんしゃんとおともだちになったの!」
扉を開けて飛び込んできた光景は、ふかふかのクッションの上にちょこんと可愛らしく座り、鼻高々に一の活躍を話すシロと、そのシロの前で正座で姿勢を正したウロニムが神妙な顔でシロの言葉に耳を傾けている、というものだった。
あの人見知りのシロが……と衝撃を受けている一たちを尻目に、言いつけを守ってお姉さんをやっているシロに暖かい視線を送るオストリンデは
「シロちゃん、ちゃんとお姉ちゃんね。偉いわね」
ニコニコとしながらしゃがみ込んで、その頭を優しく撫でる。サラサラの白髪は指通りが良く、ずっと触っていたいと思えるほどに感触が気持ち良い。それに加えて、恥ずかしそうに、だが嬉しそうに手に頭を押し付けてくるシロの可愛さも相まって、オストリンデは恍惚とした表情でシロを撫で続けた。
「うん、シロ、ちゃんと、おねーたんだもん!」
「そうよね。シロちゃんはとっても良いお姉さんだもんねー?」
「あい!」
と、ここでようやく二人が我に返る。
「シ、シロが……あの人見知りで緊張しいのシロが……立派にお姉ちゃんをやってる! これはシャッターチャンスでは!?」
と一はスマートフォンを取り出して、カシャカシャとシロの成長を連射で撮り始めた。
「あ、あたしのシロちゃんが、あんなに恥ずかしがり屋のシロちゃんが……お姉さんになろうと頑張ってる! これってお姉ちゃんの自覚が出てきたってこと!?」
とウィンはシロに抱き付き、これでもかと言うほどに抱き締め撫で回し、シロの髪に顔を埋めて幼子特有の木漏れ日のような香りを堪能し始めた。
「うー、ウィンお姉ちゃん、くしゅぐったいよぉ」
嬉しそうに楽しそうに、シロはきゃっきゃとはしゃぎながらウィンの撫で撫でに体を捩らせる。
「あー、もう、可愛い! あたしのシロちゃんが世界一可愛いわね!」
「おい、いつからシロがお前の物になった! 俺の子だぞ!」
「はぁ!? あんたの物でもないでしょ! あんたはただ養育費を出すだけの足長おじさんよ!」
足長おじさんなんて言葉、この世界にもあるんだ、と別の事を考えてしまったが、考えてみれば、自分のような異世界人がごく稀に召喚されていると言うのを以前にウィンから聞いていた事もあり、それ以上は特に何も考えずに終わる。
「まぁいいや。それよりもウロニム。悪いな、シロの相手をしてもらって」
「ご主人様、勿体なきお言葉でございやす。あっしはただシロお姉ちゃん様のありがてぇ話を聞いていただけでございやすんで……」
「はは、それでも、さ。シロの話は面白かったか?」
「えぇ、それはもう。ご主人様がどれほど偉大な方なのか、よく分かりやしたので!」
シロがどんな話をしたのか、物凄く気になる。変な事とか言ってないだろうな? と若干の不安に駆られ、一はもう苦笑するしか出来なかった。
「あぁ、そう。なら良かったよ。でだ。ウロニム、これからさっきの続きをしたいんだ。お前の傷を全部治したら、今日はそのまま飯を食いに行くぞ。お前の歓迎会だ」
そんな一の言葉に、思考が追いつかないウロニムは唖然としながらパチクリと爬虫類特有の瞬きを繰り返す事しか出来なかった。
仕事とプライベートの両立って、どこかが崩れると連鎖して崩壊するんだ・・・先に教えて欲しかったな。
あと、マイナスな事って、思ったよりも立て続けに起こるんですね・・・




