問題は・・・
「よし、じゃあ本題に入ろう。誰に使うつもりだ、グラム」
一の質問にグラムは答えずに、ウィンに視線を送った。そんなウィンは口をへの字に曲げてコクリと頷いただけだ。
「……レクス・フローウェルに、だ」
グラムは観念しような声音で語り出す。その内容はまさに他言無用の代物である。
「実はな。二年ほど前からレクス・フローウェルの体調が芳しく無い。流行り病かと思われたが宮廷医師の見立てでは違うらしい。魔術師たちにも調べさせたが魔法や呪いの類でもない。原因不明の体調不良が一年ほど続き、そこからは自身で動く事も出来なくなり、食事も受け付けず、まるで流木のような身体に成り果ててしまった。宮廷医師もどうしてこれで生きていられるのか分からない、とお手上げ状態だ」
この真実は猛毒である。漏れれば確実に周囲に不和を齎し、国内外で詰まらぬ諍いが起こり、下手をすればフローウェル王国という存在が揺るぎかねないほどの猛毒だ。
その猛毒に、グラムの話を聞いていた一、ウィン、オストリンデの三人の反応は三者三様だった。
「なるほどな、状況は理解した。って事は、今目の前にいるのは影武者か?」
と一は至って真面目に答えており、
「魔術の痕跡も無いのだとすれば、本当に未知の病って可能性もあるのね?」
とウィンも真面目に答えた。しかし一人だけ、言葉を発することが出来ないほどの衝撃をうけているオストリンデは、本日何度目か分からないが口をパクパクさせた驚愕の表情のまま、一とウィン、グラムとレクスを交互に見て、目をぱちくりさせる。
「ちょ、ちょっと、なんでハジメさんたちはそんな冷静でいられるのですか!? 国の一大事ですよ? レクス・フローウェルが臥せっておられると言うのに……」
「あんたは動揺し過ぎよ、オストリンデ」
「あなたは堂々とし過ぎなのよ!」
二人とやり取りには一切介さずに、一がレクスを一瞥する。
「あんたが影武者だってのはどこまで教えてるんだ? 流石に配下全員に教えてるわけじゃないだろ?」
話を振られたレクスは、数秒の逡巡を経て口を開くが、それでも躊躇する。そんなレクスに、グラムは躊躇の意味に気付き、声を掛けた。
「エマ、君の声で大丈夫だぞ。ここにいる人物に演技する必要はもうない」
「分かったわ、グラム。初めまして、皆様方。私はレクス・フローウェルの影武者を務めております、エマと申します」
見た目は老人、声は妙齢の女性、というギャップに頭が混乱しているのだが、何とかそれを飲み込んで、一はグラムに声を掛ける。
「で、どうなんだ、グラム。王に近い人物しか知らないのか?」
「陛下が臥せっているのを知っているのは王国騎士団長である私、影武者のエマ、王族、筆頭薬師、神官長、そして一部の側使え、あとは宰相殿と二人の大臣だけだ。だが、それがどうした? 何かあるのか?」
今度は一が逡巡する番だった。彼はウィンに助けを求めて視線を送ると、彼女もそれに気付き、彼が何を言おうとしていたのかも察して、口を開く。
「秘密が漏れる可能性の問題よ。馬車に乗っている時も言ったけど、私たちはこの情報を秘匿したいの」
「ウィンの言う通りだ。俺たちは別に有名になりたいとか、王族に恩を売りたいとか、そう言うことは思っていない」
一がウィンに続くように言うと、あ、それから、と話を続ける。
「別に反逆の意思がある、ってわけでもない。そこは勘違いしないでくれよ、グラム」
「あぁ、信じよう。だが、俺たちにも事情があることを汲んでくれると助かる」
「分かってるって。とりあえず、例の薬が欲しいんだろ? 別にあげるのは薮坂でもないし、何ならグラムには世話になったからタダで渡してやりたい所なんだが……」
と、一はウィンとオストリンデに視線を送る。向けられた二人は対照的な表情で分かってますよ、と言った具合に頷いている。
「分かってるわよ、ハジメ。あんたたちがいくらで買うか、って事よね?」
「分かっていますよ、ハジメさん。献上するには最高品質の物を、って事ですよね?」
二人は互いに「え?」と顔を見合わせ
「献上? 何言ってるのオストリンデ! お金は取れる時に、取れる所から取れるだけ、って言うでしょ!」
「王族に買わせる気なの、ウィン! 本来ならばあの薬をちゃんと使える物にして献上するのが普通でしょう!」
むぅ、と顔を突き合わせて唸る二人に、一は乾いた苦笑を漏らす。
「すまないな、グラム。ちょっとこっちはこっちで意見の擦り合わせが必要みたいだ」
「そのようだな。あと、エルフの嬢ちゃんが言っていた条件の方はどうする?」
そうグラムが言うと、ウィンがまるで漫画のような「しまった!」という表情をする。
「ちょっとグラム!」
「なんだ、その条件って言うのは?」
あまりにも、な表情を見逃せずに、一はウィンとグラムを交互に確認し、しらーっと目を泳がせたウィンに詰め寄る。
「おいウィン、今のグラムが言った条件ってのはなんだ?」
「さ、さてね? 何だったかしら……忘れちゃったわ、ね、グラム?」
下手くそなウインクをグラムに送るが、受け取り拒否をしたグラムは、一と同じように乾いた苦笑を浮かべた。
「この嬢ちゃんが出した条件は四つ。陛下の診察と治療に彼女が同席すること、治療はエルフの嬢ちゃんとオストリンデ嬢のみで行い、あらゆる防止魔法を使用して情報を外に漏らさないこと、治療後、オストリンデ嬢を宮廷薬師の一員に加えること、陛下の体調が回復なされた暁にはエルフの嬢ちゃんとの会談を行うこと、だ」
彼女が出した条件に一は、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
果たして、今の条件に何か変な所はあっただろうか? と小首を傾げた所で、思い至った。
「俺は蚊帳の外か?」
「当たり前じゃない。あんたがあの薬と持ち主だって知れたら、ただでさえ厄介事に首突っ込んだりしてるのに、それこそ面倒なことばっかり起きるわよ!」
「おま、人を疫病神のみたく言いやがって! なんだよ、俺とお前は運命共同体じゃなかったのか! えぇ!」
「あんたに何かあったら困るから言ってんのよ! それに、礼儀作法も碌に知らないのに王城なんかに行ったらあんた一瞬で不敬罪で処刑よ、処刑! あんた死んだらシロちゃん悲しむわよ!」
「っぐ……お前、それは、ズルい、ぞ」
中々に痛い所を突いてくるぞ、このエルフは! と、どうしてもシロの事を出されると弱くなってしまうのが一の良い所であり、悪い所でもある。
「ズルくて結構! とにかく、あんたを王城に行かせる訳には行かないのよ」
ふん、とソッポを向いてしまったウィンに、一は悔しそうに口元を歪ませた。そして、数秒の思考を経て、彼は口を開ける。
「おい、グラム!」
「なんだ?」
「俺はオストリンデさんの考えに賛成する。完成した薬は王族に献上するよ」
その言葉に、ウィンが待ったをかけるよりも前に、さらに一は言葉を続けた。
「その代わり!」
そして、勝ち誇ったようにウィンに一瞥を送り、
「献上した薬の対価として、俺たちを王城でもてなして欲しい! 待遇は国賓級! パレードとかはしなくて良いから、なんか豪華な料理とか、すごい出し物とか、そういうが見たい!」
そう宣言したのであった。
その場にいた全員が、唖然とした表情で彼を見つめている。その中でいち早く我に帰ったのは意外にもレクスの影武者であるエマであった。
「も、申し訳無いのですが、流石に国賓と同格のおもてなしはすぐには行えません」
彼女の言葉に、ほら見ろ、と今度はウィンが勝ち誇るように笑みを浮かべる。
「ハジメ、悪いが、国賓を迎えるには一年ほどの準備期間が必要なのだ。料理にしろ、出し物にしろ、準備に時間が掛かりすぎる。だがお前の事だ。ただ普通に招待するだけでも満足するだろう?」
ニヤリ、とグラムが笑う。
「この際だ。陛下にお願いして、炎龍討伐の褒美と勲章を授与しても良いぞ? ついでに爵位と領地と女も付けて……そうだな、環境省のダルベリトン男爵が後釜を探していたから、そのポストもやろう。どうだ?」
以前にもグラムは一に対して似たような事を言っていたが、前回の話にはなかった物まで付いてきている。だが、一はそこまで爵位や勲章には興味が無かった。あっても良いが、無くても困らない。それに、これまでの旅の中で少ないながらも領地を治める貴族たちの話を聞く機会もあってか、領地経営なんて面倒臭い事に手を出したくは無かった。
「いや、それは普通に遠慮する。別に俺は貴族になりたいわけじゃないし、偉くなりたい訳でもないしな。まぁ、あと、なんだ……今のも売り言葉に買い言葉っていうか……エスカレートしちゃった感じだから……別に、普通に招待してくれるだけで良いよ、グラム」
申し訳なさそうに頬を掻き、一はチラッとウィンに視線を向ける。彼女はまだ機嫌が悪いようで、唇を尖らせてジトッとした視線を一に向けていた。
「悪かったよ、ウィン。俺の事を思っての発言だろ?」
「……ふんっ」
「あぁ、それから。お前、俺に内緒で何かしようとしてた、ってのも多めに見てやるよ」
「何それ、あたしが悪いって事!?」
「いや、そうは言ってないだろ。ただまぁ、やるならバレないようにやってくれ。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ、って昔のアニメでも言ってたしな」
不貞腐れているウィンはとりあえずそっとしておくとして、一は蚊帳の外になりつつあったオストリンデに話題を振る。
「オストリンデさん。と言うわけで、あの薬は王族に献上しますので、今やってる実験は一旦凍結でお願いします。薬をちゃんとした物にする事に注力しましょう」
「え、えぇ、分かりました……けど、良いんですか?」
「……何がですか?」
一が聞き返すと、オストリンデはコソッと彼に耳打ちをする。
「ウィンの意見をちゃんと聞かなくて良いんですか? あとで嫌味言われても知りませんからね?」
「慣れっ子ですよ、そんなの」
おどけて見せると、オストリンデは心労過多な溜息を吐き、観念したように笑う。
「分かりました。では、ハジメさんの言う通り、薬の調整から始めましょう。そうですね……三日もあれば投薬可能な物に仕上げる事は出来ると思います。元々の薬が完成品に近い物でしたから。とは言っても安定度は通常のポーションよりも低くて、劣化速度も倍くらい違う感じでしたしね。あ、そうそう。あの薬、人体への影響もかなりありましたね。その部分をどうするかも考えないといけないです」
徐々にテンションが上がっていくオストリンデとは正反対に、グラムとエマは若干引き気味な顔をしていた。
「とは言え、出来うる限りの情報の秘匿はしておいた方がいいのは、私も同意します。もしこの事実が他国に知られでもしたら……どうなるか、なんて言わなくてもわかりますよね? それに、何でも治る薬が存在する、となれば私たち薬師は路頭に迷う事になりますし、医学や薬学自体が衰退する可能性もあります」
「あぁ、それもそうだな……エマ、どう思う?」
「そうですね。話を聞いていると、確かに秘密にしておいた方がいいとは思いますが、別に他国に漏れようが何しようが、知らぬ存ぜぬで突き通せば良いのではありませんか?」
エマの言ったことも一理ある。実物が無ければどうとでも言い訳が出来るし、そんな物はない、と言えば薬師たちが首を括らなくても良いだろう。しかし。
「エマさん、それは違う」
ハジメはエマの言葉に反応して、彼女の目を見た。
「問題はそこじゃないんです。ある、と知られる事が問題なんです」




