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俺の尿管結石が異世界では賢者の石だった!?  作者: 卯月真琴
第二章 ペネストレーデの薬狂い
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トカゲの亜人

「アレク、ジーク、アレス、この男を切り捨てなさい!」


 一の言葉を聞いた侍女がそう叫ぶ。その声を聞いて、外で待機していた護衛騎士のさんにんが抜刀しながら店内に入ってくる。ギラギラと光る刀身が妙に艶かしく、心臓がけたたましく踊り始めた。剣を握る手に力が込められ、三者三様の構えが完成したかどうか、というまさにその刹那。


「だ、旦那! 書類はあっしが必ず持ってきやす。命に変えても、だ。だから、薬をパルミラ様に渡してやってくれやせんか!」


 小間使いの男が、一触即発の空気をぶち破るように三人の護衛騎士と一の間に躍り出て、膝をついて頭を下げた。土下座である。

 この男、あまり注目していなかったが、改めて見てみると、おおよそ領主一族の小間使いには相応しくないような格好だった。薄汚いボロボロのローブを身に纏い、卑屈そうに背を丸め、へへへっと渇いた声で笑っている。

 その彼が顔を上げた瞬間、その理由がようやく分かった。


「トカゲの……亜人」


 小間使いは目深に被ったフードを払う。

 そこにいたのは、俗に言うリザードマンのような、トカゲと人間を足して二で割ったような生物だ。全身が深い緑の鱗で覆われ、鋭い爪、長い尻尾を持ち、爬虫類特有の黄色の瞳に縦長の黒目。身体能力は高く、戦いにおいてその身体能力を活かして立体的な戦い方をし、その力は人間の兵士換算で三十人分と言われている。

 と言うのが、俗に言われていたトカゲの亜人、リザードマンだ。だが、目の前にいる彼は、その身体中に無数の傷跡があり、鋭い爪は砕かれ、或いは指ごと無くなっていたり、立派な尻尾も根本辺りから切られている。それも、歴戦の勇士が追うような戦傷ではなく、誰かがストレスの捌け口としていたぶったような、醜悪なものであった。

 そして、それが許される証が首に嵌っている。

 シロに着いていたのと同じ、奴隷の身分を証明するための首輪だ。


「へ、へぇ、旦那。あっしが必ず、書類を持って来やすんで、どうか、どうか! あの薬をパルミラ様に渡してやってくだせぇ!」


 地面に頭を擦り付け、リザードマンは何度も一に懇願した。傷だらけの身体を丸め、何とかこの場を収めようと彼は恥も外聞も無く、必死に頭を下げる。だが


「おい、トカゲ。誰がお前に喋っていいと言った。パルミラ様か?」


 その頭を踏みつける男がいた。護衛騎士の一人である。それだけではない、もう一人の騎士は、手に持つ剣を地面に付いていたリザードマンの手に突き刺す。


「お前に発言は認められていない、カエル喰い」


 しかし、ウロニムは悲鳴の一つも上げない。それどころか


「ッぐ……へ、へぇ、アレス様。無知なあっしに、知恵を授けていただき、ありがとうございやす」


 ヘラヘラ笑うだけであった。

 その様子を、まるで日常の風景のように受け止めているのは、一以外の者たちだ。

 騎士達も、侍女の、パルミラも、そしてリザードマン本人も、だ。この胸糞悪い最悪の光景を目にしても、誰も何も言わない。

 それがあまりにも不思議で、最悪で、とてつもなく気分が悪い。転生する前は見た事がない非常識的な差別を目の当たりにした一の思考は完全に止まっていた。と言うよりも、考える事を拒否した、と言った方が正しいだろう。


「そうだ、パルミラさん」


 だからこそ、一の心は何者にも邪魔されず、あの日のことを思い出す。


「もう一つ、条件を追加しても良いですか?」


 あの日、一人の可愛らしい犬耳幼女を世界の底から救い上げた日のことを。そして、今度も迷わない。いや、迷う必要すらない。きっとウィンには偽善だ何だとまた言われるだろう。もしかしたら、目の前にいる人の皮を被った者たちにも嘲笑されるだろう。だが、それでも構わなかった。自分がそうしたいからそうする。シロを引き取った時もそうだったはずだ。

 だから一はパルミラの言葉を待たずに話を続ける。


「この、トカゲの亜人もください。書類が出来たら彼に取りに行かせます。良いですか?」

「えぇ、構いませんよ。そろそろ新しい小間使いが欲しかった所ですから」


 あっさりと受け入れられてしまった。

 にっこりと微笑むパルミラに内心で唾を吐きながら、一も作り笑いを浮かべた。上手く笑えたかどうかは分からないが、皆が何も言わない所を見る限りは大丈夫なのだろう。


「では、交渉成立と言うことで。先ほども言いましたが、薬は書類と交換でお願いします」

「あら、今渡してくれないのかしら?」

「渡して、約束を反故にされたら嫌ですからね」

「随分と用心深いのですね」

「信頼と信用は別物ですよ」

「まぁ良いわ。別にすぐに必要と言うわけでも無いし、約束を違える必要も無いもの。書類は二日もあれば出来ますので、そうですね……三日後でどうかしら?」

「分かりました。では、三日後に薬を持って行きます。時間はどうしますか?」

「そうね……昼の鐘の後、エクスラグーザに橋が掛かるので、それで来てください。お待ちしていますわ。あぁ、そうだ。コレの所有権の譲渡もあるので、貴方も来てくださいね。それまでは、仮の主人として貴方を認めます。良いわね?」


 パルミラはリザードマンを見下す。切れ長な瞳からは感情が読み取れず、無関心のようにも思える。


「畏まりました、パルミラ様」


 深く頭を下げたままのリザードマンには一瞥もせず、パルミラは踵を返す。

 パルミラ以外の者は釈然としない表情だが、主であるパルミラが満足そうにしているので何も言わず、騎士達は剣を納め、侍女は顔を伏せる。


「では、三日後に」


 そう言ったパルミラの後に続いたのであった。

 そして、静かになったオストリンデ薬学店に大きな溜息が二つ。もちろん、一とオストリンデの二人である。


「な、何とかなりましたね、ハジメさん」

「えぇ、何とかなりました、オストリンデさん」


 二人は互いの顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。のも束の間。オストリンデは不安そうに一に問いかける。


「でも、良かったのですか? ウィンに相談もせずに奴隷を引き取るなんて……」

「ん? まぁ、問題無いですよ。きっとあいつも分かってくれると思いますんで」

「信用しているんですね、ウィンのこと」

「そりゃあ、まぁ……ね? これでも一応は運命共同体らしいんで」


 ははは、と乾いた声で笑うと、一は今も地面に頭を擦り付けているリザードマンに視線を送った。


「さて」


 引き取ったは良いものの、と一は自分の考え無しの行動を少しばかり悔やむ。シロを引き取った日の深夜、シロが寝静まってから、一はウィンに説教をされた。内容は簡単に言えば、誰かを救うと言うことは、その人の運命を背負うことだ。最後まで責任を持てないなら、どんなに不幸な境遇でも何もするな、と言うこと。

 もちろん、それは彼も嫌と言うほどに理解している。

 かつて、自分が同じように救い出されたからだ。だからこそ、自分も手を差し伸べられる存在になりたいと思ったし、そうしてくれた恩人のような生き方をしたいと思った。

 故に、この選択に間違いは無いと信じているし、死ぬ前の自分ならいざ知らず、今この世界にいる限りは無尽蔵の金策があるのだから、別に一人くらい食い扶持が増えても痛くも痒くもない。とは言ったものの、その理論がまかり通るのであれば、極論だが世界中の奴隷を全員買い取らないといけなくなる。それもそれで困った問題だ、と一は片眉を上げて困ったような表情を作った。

 ウィンになんて説明しようか。うーん、と唸りながら、腕を組むと、オストリンデが気まずそうに話しかけてくる。


「あ、あの、ハジメさん? まさか、何も考えていなかったのですか?」


 すわ読心術か? と呑気に考えながらも、確かに何も考えていなかった事を当てられ、何だか気恥ずかしい。


「いや、ウィンにどう説明したものか……と悩んでいたところです」


 正直に自分の答えを告げると、今度こそ向き合う。


「さて。顔を上げてくれ、ええっと……そう言えば君、名前は?」


 一がそう聞くと、リザードマンはゆっくりと顔をあげ、一を見上げた。


「あっしはリザードマン、グリーンスケイル族、戦士階級のオス、ウロニムと申しやす。旦那。あ、いや、新たなご主人様。文字は読むことだけ、数は五十まで、掃除、洗濯は出来やす。料理は皮剥きや解体、仕込みが。食事は日に一度、野菜の屑と魚を一匹頂ければこれ以上の喜びはありやせん。それが駄目ならカエルを頂ければ……」

「あー、ストップ」

「ストップ?」

「もういいよ、ってこと。えーっと、ウロニム、で良いんだよな?」

「へい、ご主人様」

「あー、オストリンデさん? バスルームを借りていい?」

「はい、構いませんが……何をするおつもりで?」

「いや、ウロニムに結石ポーションをぶっかけようと思って……ほら、傷だらけだし、部位の欠損もあるし、明らかに栄養足りなさそうだし……実験対象としては合格じゃない?」

「まさか、実験台として彼を購入したのですか!?」

「えっ!? いや、違う違う! それはあくまでオマケですよ! どうせウロニムを回復させるんだから、ついでに色々と調べちゃおうってことです」

「なるほど、わかりました。そう言う事なら、色々と調べちゃいましょうか」


 オストリンデの声音は熱に浮かされており、これから始まる研究に胸を踊らせているようにも聞こえる。


「よし、ウロニム。お前は今日から……あー、違うな。今はまだ仮の主人だから、あんまり無茶な事は出来ないのか?」

「いえ、仮とはいえ主人なので、一通りの事は命令出来ますよ?」

「この首輪、勝手に外したら怒られるよな?」

「外すのですか? それは止めておいた方が良いです。正式な所有権が移っていない以上、奴隷が勝手に首輪を外したと認識されて、首輪が爆発しますよ? と言うより、ハジメさんはこれが外せるのですか?」

「えぇ、外せますよ。シロのを外しましたから。でもそうか……ウロニム、悪いけど、その首輪を外すのは俺が正式なご主人様になってからだ」


 そんな言葉を投げられたウロニムは、一の言葉が理解出来ていないようだ。シロの時とは違い、意味は理解しているが受け入れられないと言った具合だ。パチクリと瞬きしたウロニムは恐る恐る聞き返す。


「首輪を外す、と言うのは……この、奴隷の首輪の事ですか?」

「あぁ、ダメか?」

「あの、仰っている意味が……」

「そのままの意味だけど……あ、大丈夫大丈夫、痛くしないから!」


 そう言う問題では無いのですが……とウロニムは唖然とする。


「まぁいいや。とりあえず、バスルームに行くぞ。オストリンデさんは結石ポーションに使う液体の用意をお願いします」

「分かりましたっ!」


 語尾に音符が付いているような弾んだ返事をすると、すぐにオストリンデは自分の世界に入っていく。


「希釈率は後で調べるとして……とにかく種類が欲しいな。あるやつ全部持ってきた方がいいかな。でも、それだと量が多すぎて……あ、そうか、スポイトで一滴ずつ垂らせば良いのか。あーん、それなら箇所によって効果が違うかも観察したいわね。いや、それよりも混合液とかで試したいわね……ポティック溶液とユーベルート溶液の両方は当然として、あ、そうだ。普通のポーションも比較用で準備しなくちゃ」


 ぶつぶつ呟きながら、オストリンデは部屋の奥へと消えていく。それを見送り、一は未だ跪いているウロニムに向き直る。


「そうだ、自己紹介の続きだったな。俺はハジメ。エルフのウィンと、フェルーシアン・クーシーのシロと一緒に行商人をしてるんだ。ウロニム、お前にはこれから俺たちと一緒に行商の旅に着いて来てもらう。そうだな……戦士だって言ってたから、旅の護衛を任せようかな」

「へぇ、それがご主人様の望みであれば」

「あーあー、そんな言葉遣いじゃなくていいよ。普通に話してくれ。あと、ご主人様じゃなくてもいいよ。気軽にハジメって呼んでくれ」

「いえ、そのような事は……」

「まぁ、細かい事は二人が帰って来てからにしよう。色々と騒がしくなると思うけど、慣れてくれ」

「分かりやした」


 ウロニムは神妙な面持ちで頷く。


「よし、じゃあバスルームに行くぞ」

「へい」


 ウロニムは立ち上がり、一の後ろを付いていく。その背中は、やはり卑屈そうに丸められていた。

更新が遅くなってしまい、申し訳ないです。

今後も、更新期間が長くなりそうです・・・

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