アルテミラの聖なる母胎
お知らせ
3月から仕事の部署替えがあり、以前と同じ間隔で更新するのが難しくなってきました。
ストックもあと5、6話くらいしかないので、更新頻度が少し落ちます。
恐らく、2週で1話という感じになると思いますが、よろしくお願いします!
「お待たせしました」
手持ち無沙汰に店の中を眺めていたパルミラは、切れ長の瞳をふと緩める。
「それが、お薬なのね?」
「はい、こちらが先ほどお話しした『アルテミラの聖なる母胎』でございます。在庫はこの一本だけで、恐らくペネストレーデ内では当店にしか無いはずです」
「そう、でもあって良かったわ。早速だけれど、贈り物用に包んでくれるかしら?」
「えっと……パルミラ様、あの、大変申し上げ憎いのですが……お支払いに関して、少しご相談がありまして……」
「あぁ、心配しないでちょうだい。お代は言い値で払うわ。幾らでも好きな金額を言ってごらんなさい?」
「……ええっと」
「遠慮しているのね? そうね、じゃあ金貨十五枚でどうかしら?」
「あ、いえ、その……」
「失礼だったわね。こんな貴重なお薬を頂くのですもの。金貨二十枚でどう?」
「ええっと……」
と、困り果てたオストリンデは今にも泣きそうな潤んだ瞳を一に向けた。それが助けて欲しいというアイコンタクトに見えたのか、パルミラは不思議そうに一を見つめる。
「貴方、さっきからいるのだけれど、このお店の店員かしら?」
「あー、えー、い、一応、そんな感じ、ですかね?」
「そう。ディートリンデ、支払いの用意を」
「はい、パルミラ様」
側に控えていた侍女が、鞄から巾着袋を取り出す。じゃらっと重い音と共に一の前に差し出され、一は反射的にそれを受け取ってしまった。
「金貨二十枚が入っておりますので、ご確認くださいませ」
「あ、どうも……」
ペコっと頭を下げてから、一はそうじゃないと気付く。
「って、違います! パルミラさん! あ、いや、様! 大変言い難いのですが、この薬の代金は金貨二十枚では足りないです」
「あら、そうなの? だったら後払いでも良いかしら? 手持ちはそれしかないの」
ごめんなさいね、と微笑んだパルミラは少しばかり可愛く見える。実年齢を知らない一だが、恐らく自分と同じか少し下、といったところだろう。それでも笑顔に大人の雰囲気はなく、まだ幼さが残っているように思える。どうしてだろうか、と考える間もなく、これが彼女の処世術なのだと気付く。自分の見た目が少しばかりキツそうに見えるから、年上だろうが年下だろうが、この笑顔でお願いされたらそのギャップにドキッとするのは確かだし、断るのは無理だろうな、と思いながら、心の中で溜息を吐く。
「でしたら、この薬は売れません」
「ハジメさん!?」
まさか断るとは思っていなかったのか、オストリンデが驚いた声を出す。そしてすぐにパルミラの方へと向き直り、頭を下げる。
「大変申し訳ございません、パルミラ様」
「オストリンデさん、俺に任せてください。パルミラさん…じゃない、パルミラ様、この薬はめちゃくちゃ貴重な物で、その価格は大金貨六百枚となります」
頭を下げているオストリンデを起こし、パルミラとの間に割って入った一は、彼女に薬の金額を伝えた。
「大金貨で六百枚、ですか……それは困ったわ。そんな金額、用意出来るかしら?」
「不可能ですね。ロルド・ペネストレーデですら、そんな大金は用意出来ません」
侍女のディートリンデが澄まし顔でそう答えると、パルミラは困ったように眉を寄せて、一とオストリンデを交互に見る。
「あと、量り売りも出来ません。もしこの薬を服用するならば、この全量を飲み切らなくては効果が無いそうですので」
「そうなの……どうしようかしらね、ディートリンデ」
「今日の所は帰りましょう、姫様。薬があると言うことが分かったのですから、あとはどうにかして金策を練れば良いのです」
「そうね……では、その薬は取り置きしておいてくれるかしら?」
見るからにしょんぼりとしたパルミラは力無く笑う。その姿に、不覚にもときめきそうになり、グッと片眉を上げる。一瞬の儚げな雰囲気と、これまでの話を聞くに妹思いの良いお姉ちゃんであるという情報に、一はキツく目を瞑ってどうするべきかを悩む。いや、悩む、と言うのは違う。答えは決まっている。だが、どうやって話を着地させるかが問題だ。定価も言ってしまったし、あまりにも大幅な値下げは店の利益にもならないだろうし、何より一回でも前例を作ってしまうと、後に面倒な事にもなってくるだろう。
「パルミラ様、少し待っていてください。どうにか出来るかもしれません」
一はそう言うとオストリンデの手を引いて、再び店の奥へと向かう。もちろん、「あ、もしかしたら、ですからね」とパルミラに念を押すのを忘れない。そして、薬品棚の前でオストリンデと向き合う。
「どうしたんですか、ハジメさん。お金を工面する方法でも見つけたのですか?」
「ん? あぁ、そうなんです。それで、オストリンデさん、ちょっと聞きたいんですけど、あの薬、本当に売っちゃっても問題無いものですか?」
向き合い、オストリンデの目をジッと見つめる。
対するオストリンデは、産まれて初めて異性からジッと見つめられるという体験に少しばかり心臓の鼓動が速くなるのを感じ、「えっと……」と目を泳がせている。
「そ、それは、どういう意味ですか?」
「文字通りの意味です。あの薬、誰かのために取っておいた物とか、実は展示用で効果がない偽物だったとか、そういう話です」
「あぁ、そう言う事ですか。でしたら問題ありません。この薬は販売しても大丈夫なものですので」
「なら、あの薬、俺に売ってくれないですか? 代金は金塊になりますけど……」
「それは……構わないですが……譲るのですか?」
眉間に皺を寄せたオストリンデの言葉には、若干の棘があるように聞こえた。
「いや、ロハで譲るつもりは無いですよ。ちょっとしたお願いを聞いてもらうだけです。お願いを聞いてくれないなら、それはそれで良いんです。薬はオストリンデさんに返しますんで」
へらっと笑った一に、オストリンデは毒気が抜かれた様に肩の力を抜く。変な考えをしていた自分が馬鹿みたいだ、と項垂れ、彼女も一の目を見つめ返す。
「分かりました。この件、ハジメさんにお任せします」
「助かります。あ、それとちょっと確認なんですけど……」
パルミラがオストリンデ・メイラードを初めて見た時の印象は、不気味な奴、である。
子供のくせに、常にギラギラと目を光らせて大人の一挙手一投足に注意を払い、盗める物は言葉遣いだろうが技術だろうが何でも盗み、それらを自分のものにするために落とし込み、さらに洗練させていく。
大人たちからすれば天才、神童、と持て囃されるだろうが、同年代の子供達からは不気味な奴、と近寄りがたく感じる。当然その当時はオストリンデに友達などおらず、大人達と一緒にいることの方が多かった。そしてオストリンデが六才の頃、ロルド・ペネストレーデの居城、エクスラグーザ宮殿に登城した際に初めてパルミラは彼女と出会う。そして、不気味な奴という印象を受けるのである。
あの当時、直接言葉を交わしたわけではないが、パルミラにとって彼女の存在はかなり衝撃的だったことに間違いない。何故なら、自分より年下の子供が自分よりも遥かに頭が良く、要領も良く、自分には分からない大人の話に耳を傾け、意見をしていたからだ。母からは、あれが異様なだけだと諭されたが、それでも子供心に悔しかったことだけは覚えている。それからパルミラは領主一族としての教育はもちろん、その他多くの知識を身につけ今に至るのだが、それは特筆すべき事では無い。
そして、十数年の月日を経て今日、パルミラはオストリンデに再会した。
「お待たせしました、パルミラ様。ええっと、それで……」
申し訳無さそうにオストリンデが話し出すが、それを一が遮って一歩前に躍り出る。
「ここからは俺が。パルミラ様、薬は俺が買い取りました」
「買い取った!? 大金貨六百枚を!?」
その言葉を聞き、声を荒げたのは意外にもパルミラではなく、お付きの侍女だった。
「えぇ、こう見えても金は持ってるんです。まぁ、話はそこではなく……」
「あぁ、なるほど。地位? 名誉? それとも……身体かしら?」
パルミラはそんな侍女の声に一切の反応を示す事なく、その切長の瞳を一に向ける。そして、パルミラの言葉を聞いた侍女はまた声を荒げる。
「まさか!? 薬をネタに、パルミラ様を陵辱しようと言うのですね!」
「うぇ!? ちょ、ちょっと待った!? ちち、違う! 誤解だ誤解!」
「パルミラ様、やめましょう! きっとこの男、薬が欲しかったら、俺の〇〇を〇〇しろ、とか言って、〇〇しながら、〇〇。〇〇〇〇を〇〇して、〇〇と〇〇に〇〇を〇〇して、〇〇〇〇して、〇〇の〇〇をパルミラ様の〇〇に無理やり〇〇して、〇〇の後に、〇〇ですよ!?」
根も葉もない言い掛かりを付けられ、一は慌てて否定したが、侍女は更にヒートアップしていく。どうやらこの侍女さんは頭の中がピンク色のようだ。
「少し黙りなさい、シローナ。それで? 何が欲しいのかしら? 大金貨六百枚に見合う物を、私が用意出来るか分からないけれど」
「理解が速くて助かります。近いうちに、私たちはこのペネストレーデでレジェリタ・シードとイビルアイズを手に入れようとしています。ですが、私たちはあまり戦闘が得意ではありません。なので、パルミラ様の私設騎士団を素材採取の際に貸して欲しいのです」
「私の〈サン・アバロン〉を? その何たらシードや何たらアイズという素材は良く知らないけれど、私の騎士団が必要なほどに採取難度が高いのかしら?」
パルミラの言葉に答えたのは、一ではなくオストリンデだ。
「いえ、どちらも採取難度はそこまで高くありません。ですが、それは四人一組の冒険者パーティー基準です。ハジメさんたちでは心許ないのは確かでしょう」
「そう言うことなんです。うちのチームは三十路のおっさんと、ツンデレエルフと、超絶可愛い犬耳幼女だけなんで……なので、パルミラ様の私設騎士団の力を借りたいんですよ」
「……なるほど。他には?」
エルフと犬耳幼女? と首を傾げて呟いたパルミラだったが、すぐに表情を改め、一の方へ視線を向け直した。
「我々は行商人ですので、ペネストレーデ領内における無期限の租税免除と優先商売権……そんな所ですかね。あ、そうだ。今回の件は、オストリンデ薬学店による協力があった事を喧伝してもらいたい」
「良いでしょう。租税免除と優先商売権、騎士団の派遣に関しては私の名で書面を作ります。この店の宣伝は……そうですね、秋の社交で話題に出すとしましょう」
「助かります。この件に関して書面の用意は?」
「必要ありません。領主一族の血に誓って、約束は守ります」
「分かりました。では、薬は租税免除と優先商売権、騎士団派遣の書類と交換でお願いします。書類が出来次第、取りに来てください」
一のその言葉に、パルミラを除く他の者が顔を顰めたのが嫌でも分かった。
「パルミラ様に、取りに来い、と言いたいのかしら?」
侍女が頬を引くつかせているのが見える。更に言えば、それまで一言も発さず、空気のように振る舞っていた小間使いが焦っているのが見えた。
「えぇ、その通りです。それとも、この薬は、その手間を惜しむ程度の価値なのですか?」
「アレク、ジーク、アレス、この男を切り捨てなさい!」
そして、一の言葉を聞いた侍女がそう叫んだのだ。




