あなた、死ぬわよ
会社員時代、健康診断では健康とされていたが、育ての親の勧めで大きい病院での人間ドックを受けた結果、尿管結石が判明した。それからは痛みとの戦いの連続だった。薬と破砕治療を受けて何とかやって来たが、体質的に結石が出来やすいのか、完治は無いと言われたあの時は何を呪えばいいのか、と絶望したものだ。
しかし今回は人間ドックではなく、異世界の魔法体系による診察である。とは言え、この世界における診察が前の世界の診察と大きく変わる事はないだろう。
「それじゃあ始めますね」
現在、一は薬学店一階の奥にある研究スペースのような場所にいる。昨日、契約を行なった部屋だ。ウィンとシロは部屋の隅で静かに椅子に座り、白衣を着たオストリンデがテキパキと動く様子を楽しげに眺めている。
対するオストリンデは棚から棚へ動き、必要なものを取ると中央のテーブルへ行き、すり鉢に赤い石を入れてゴリゴリと擦り始める。少しするとまた別の棚へ行き、乾燥した葉数枚を手に戻り、すり鉢へと入れ、再び擦り始めた。
「まずは、これを飲んでください」
そう言われてオストリンデから差し出された木で出来たマグカップを受け取り、中を覗く。入っているのは赤い液体だ。少しとろみがあり、若干の酸っぱさが香る。
「これは?」
「ウィンディア石の粉末とスフェルの葉、バシャルの葉を水に溶かしたものです。魔力の流れを可視化して、どこが悪いのかを診ます」
「なるほど、魔力ねぇ……」
チラッとウィンを盗み見ると、「大丈夫なんじゃない?」と視線で答えてくれた。
「それじゃ、頂きます」
「あ、ちゃんと全部飲んでくださいね」
そう言われ、一は少しだけ不安になる。人間ドックで飲んだバリウムの味が蘇ってきたからだ。一年に一度とは言え、あの不快感は忘れることは出来ない。故に、飲むのを躊躇うのだが、それを察したオストリンデが優しく微笑む。
「大丈夫ですよ、ハジメさん。当薬学店では全ての薬は美味しくあれ、をモットーにやっておりますので」
グッと息を飲み、一はマグカップに口をつける。中身が口に入ってくると、初めに感じたのは中華スープのような、と言うよりそのものの味だった。
見た目はトマトジュースなのだが、味が中華スープというギャップに脳が混乱し始めていると、全部飲んだことを確認したオストリンデが、大きく伸びをする。
「私の真似をして、体を動かしてください。今飲んだ薬を体全体に行き渡らせる運動です」
ラジオ体操のような動きを何度か繰り返していくと、体に変化が出てきた。それに初めに気づいたのはシロである。
「わ! わわっ! ごしじんたまピカピカ!」
きゃっきゃと目をキラキラさせているシロの言葉に、一は自分の体を見てみると、正にシロの言葉の通りだった。
「なにこれぇ!」
一の身体が赤く光っている。正確には身体全体ではなく、血管らしきものが光っているのだが、それがあまりにも光り過ぎているため、全身が光るゲーミング一一の出来上がりというわけだ。
「あら、効果が出るの早いですね……んん?」
体操を止めたオストリンデが眉間に皺を寄せ、ゲーミングハジメを舐め回すように見つめる。その真剣な眼差しがどことなくむず痒くなってきた一は、咳払いをして、にじり寄ってくるオストリンデから一歩、二歩と後ずさった。
「ハジメさん……貴方、すごい、変な体質だったりします?」
「は? あ、いや、質問の意味が分からないんですけど……」
「体内の魔力の流れが不規則で、至る所で魔力が固着して、流れが滞っています」
そして、オストリンデはゆっくりと顔を上げて、眉間の皺はそのままに、ジッと一を見つめると、こう言い放った。
「ハジメさん、貴方、一度死んだ事がありますね?」
魔獣や魔物に限らず、この世界の生命体は死ぬと身体のどこかにーーその多くは心臓の近くにーー魔石が出来る。これは、その肉体が蓄えていた魔力が結晶化したものなのだが、オストリンデが言うにはまだ結晶化はしていないが、人間で言うところの血栓のようなものが出来ており、それが身体中に点在しているらしい。
魔力の流れが不規則なのはこの血栓もとい魔力栓がその流れを妨げており、そのせいでさらに固着し、また流れが不規則になり、という負のルーティンが成立してしまっているらしい。
「このまま魔力が固着して、流れが悪くなっていくと、死にます。具体的に言えば、そのうち、流れが止まった魔力が体内で膨れ上がって、内側から弾け飛ぶ感じです」
「ひえ……マジ? なんでそんな怖い事言うの……」
血の気の引いた顔の一は、オストリンデの真剣な顔を見つめ返す。
「普通、こんな事にはなりません。生きている間に魔力の固着が起きる事は絶対にないんです」
何故なら、魔法が使える者にとってはアウトプットする術があり、魔法が使えない者はそもそもインプットの時点で魔力を貯める事が出来ないからだ。だが、一の場合は違った。彼は一度、死を体験している。そしてこの、魔法が存在する世界へ来て身体の中に魔力の結晶体を宿す特異な身体のため、外界からの魔力と同時に、体内で精製される尿管結石による魔力という二つの魔力に晒され続けてきた。
「これは恐らく、ハジメさんが持つ賢者の石が原因だと考えられます。まだ詳しく調べた訳ではないので分からないですが……普通の人の二倍以上の魔力を蓄えてしまうから、余剰魔力が固着してしまうのではないでしょうか? 或いは、魔力の質が違うため、流れが悪くなっているのかも知れません」
「俺は、オストリンデさんを信用するから言います。確かに、俺は一度、死んだ事があります。詳細は言えませんが、一度死んで、生き返りました」
「なるほど……と言うことは、死亡した際に魔石が出来そうになり、それが蘇生した事で、半固形状となった魔力が固着をしている、と言うのが当たりですか……となれば、身体の至る所に固着している理由が説明出来ますね」
オストリンデはブツブツと呟きながら、テーブルの上の羊皮紙にぐちゃぐちゃと殴り書きをしていく。そのまま薬品棚へ向かい、幾つかの薬品を取り出す。
「ハジメさん。私の見立てでは……ごめんなさい、正確な日数までは分かりませんが、一年もしない内にハジメさんの魔力は完全に固着して、そのまま死亡すると思っています。ですが、これは治せない訳じゃないのです」
六つの薬瓶を抱えたオストリンデは、テーブルにそれらを置いていく。
「この六つの薬品は、調合する事で体内の固着した魔力を溶かし、正常な流れに戻すものです」
「おぉ! じゃあ、これを飲めば治るってこと!?」
「いえ、そう簡単ではありません。魔力の固着を溶かす薬を作るには、三十四種類の素材が必要になります。その内、手元にあるのはこの六つの薬品です。あと二十八種類の素材が必要なのですが、その中で服用する本人が直接採取しなくてはならないのは、五種類です。他の素材はそれなりに流通しているのですぐに手に入るのですが、その五種類の素材は、他の素材と比べて他人の魔力の影響を受けやすいので、この薬を飲む人が直接採取する必要があるのです」
そして挙げられた五つのレア素材。
発光する赤銅の木の実、レジェリタ・シード。
脈動する無色透明の鉱石、小夜啼石。
満月の日にしか咲かない幻惑の花の蜜、ハニー・オブ・プルミエ。
ダクテ火山を根倉にする鷲の魔獣ダクテス・イアグルの卵、熱素卵。
蜘蛛の魔獣アラネアの討伐時に魔石化した八つの眼球、イビルアイズ。
これらの素材を集めて持ってこい、という言わばお使いクエストである。
採取系のクエストならいざ知らず、討伐系のクエストまで入っているとなると、一の手には負えないのだが、オストリンデの言葉を聞くに、一人で討伐をしなくてはならないらしい。
「えぇ……俺、一般人だぜ? 魔獣を討伐するとか無理に決まってんじゃん……無理だぜ?」
「あんまり気にしなくて良いわよ? 最後のアラネアに関しては、トドメを差すだけで良いはずよ。それに他の素材も、少しは大変かも知れないけど最高難度の素材に比べれば楽勝なはずね!」
それまで一言も喋らなかったウィンが、抱えていたシロと一緒に近づいて来る。
「はぁ……いや、まぁそれなら良いんだけど、その五つの素材は、そう簡単に手に入るのか? 集めている途中で死ぬのだけは嫌だぜ?」
「それも気にしなくて良いわよ。素材は全部フローウェルで手に入るわ。ただまぁ、ルートは重要ね」
「そうですね、ウィンの言う通りです。このペネストレーデでレジェリタ・シードとイビルアイズが手に入ります」
残る三つの素材は他領となり、小夜啼石はガレルジュナ領、ハニー・オブ・プルミエはレイオード領。熱素卵はシューナリム領で採取ができる。
「なので、ルートとしては一度北上して、レイオードから南下しつつガレルジュナ、シューナリムと来て、最後にペネストレーデで二つの素材を回収するのが一番でしょうか?」
「なるほどな……それってどれくらいの日数が掛かるわけ?」
「そうね……アルメルディアからここまで二月だったから、ザッと見積もって十月くらいかしら?」
「今は色んな街道が整備されているから、そこまで時間は掛からないはずよ? 短く出来て七月くらいよ、ウィン」
「あぁ、それは普通に旅をする場合でしょ? あたしはこのバカと旅して分かってるのよ。普通の旅なんて出来ないって事をね! 何もしなくても、こいつのせいで次から次へと変なことが舞い込んでくるんだから!」
「あぁ、そういや、色々とあったな……なんだっけ?」
「はぁ! 忘れたわけ!? カニバリオ・ラビットの群れを撃退したり! 畑に悪戯する妖精たちを捕まえたり! じゃがいもで何か変な料理作ってあげたり! 挙げ句の果てには、商売相手からの厄介事にまで首を突っ込んで! しかも、何あれ! お化けおっぱい魔女と競馬場作ってギャンブル始めるとか! 馬鹿以外の何者でもないじゃない!」
「あのボヨンボヨンのおねえたん? シロ、いっぱいお菓子もらったよ〜」
「あぁ、エチルダさんか。あの人、めちゃくちゃいい馬主になるぜ?」
アルメルディアからペネストレーデまで旅路は二月ほど。本来ならば一月とちょっとほどで辿り着けるはずなのだが、色々な事件に首を突っ込むせいで、倍の時間が掛かっている。
一つ一つの事件はさほど大したことが無いものだったが、いかんせん数が多いため、それらを全て捌いていくと、どうしても時間がかかる。ウィンはそれを見越して十月と言ったのだ。
「そうじゃないわよ! 今回ばっかりは、ちんたらと寄り道してられないわよ? 素材が他人の魔力の影響を受けやすいんだから、取ったらすぐに戻ってこないと行けないの!」
「そうか……ならパパッと行ってパパッと帰ってこようぜ?」
呑気な一の言葉に、ウィンは大きく肩を落とす。
「もう、いいわ……色々と考えてるのがアホらしくなってきた」
「ウィン。貴方も大変ね……」
同情の言葉を受け、ウィンは疲れ切った笑みを浮かべただけだった。
申し訳ないのですが、出張で山梨に二週間ほど行かなくてはならないので、次回の更新はお休みになります。
すみません・・・




