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俺の尿管結石が異世界では賢者の石だった!?  作者: 卯月真琴
第二章 ペネストレーデの薬狂い
32/46

オストリンデ・メイラード

「分かったわ。契約魔術を使ってちょうだい」


 二つ返事で答えを返したオストリンデは、テキパキと準備を始める。

 ドタドタと家の中を走り回り、必要な材料を探し集めていく。

 必要な材料はウィン曰く。


「契約魔術に必要なのは三つだけ。羊皮紙、ペン、インクよ。ただ、これからする契約魔術はそれなりのものになるから、素材の品質は高い物じゃないと釣り合わないわ。羊皮紙はジルザシアン・シープ辺りかしら。ペンはハウクの羽ペン以外あり得ないわね。インクはメフィント・クリスタルとポルデン石、あとはそうね……アディプス・クリスタルの粉末を不純物を取り除いたエレミオの朝露で伸ばして、メノスの髄液を加えた物なら充分かしらね」


 久しぶりにウィンの魔法使いとしての知識を聞いた一は、一ミリも知らないのに、うんうんと頷く。そしてちょっとした小芝居が始まるのが、最近のトレンドだ。


「あー、分かる分かる。デプス・ドミニクの皮でも代用出来るけど、確かに今回はそっちの方が良いよな。でも、ハウクの羽ペンよりイスタンブル・ロックバードの尾羽の方が今回は良いだろ? インクに関してはそこまで上等じゃなくても良いんじゃないか? 例えばマルセイユ石とロゼッタ石くらいでも問題ないと思うんだけど」


 だが、答えはない。

 チラッとウィンを見ると、うんざりしたような視線を一に向けていた。その目はただ一言を雄弁に語っている。


「………うざ」

「たまには付き合ってくれたっていいだろうがよ……」

「そう言うのが、本当にめんどくさいってのに気付かないのかしらね」

「だってさぁ、俺もそういう専門用語みたいなの使ってみたいんだもん」

「はぁ……あんた、感謝しなさいよ。あたしだからこうやって話せてるけど、普通の子だったら、あまりの気持ち悪さに嘔吐してトラウマになるわよ?」

「なんでそこまで言われなきゃならんのだ……」


 と、いつものようなやり取りをしていると、オストリンデの準備が終わる。


「息ぴったりの夫婦漫才は終わりにして、ウィン。準備出来たわよ。それにしても流石ね。ほとんど私が考えた通りのチョイスだもの」


 オストリンデが用意したのは、ジャービアン・ファランセットの皮。ハウクの羽ペン。そしてインクはメフィント・クリスタル、ポルデン石、アディプス・クリスタルの粉末を不純物を取り除いたエレミオの朝露で伸ばして、メノスの髄液を加えた物だ。


「まぁ、契約魔術に必要なものって少ないし、品質を高くしようとするとさらに絞られるからね。でもジャービアン・ファランセットの皮なんてよく持ってたわね」

「私も成長しているって事よ。じゃあ、始めましょうか」


 用意されたペンを持って、ウィンは羊皮紙にスラスラと書き込んでいく。その内容は至ってシンプルで、次の通りである。


「オストリンデ・メイラードは、以下の内容に同意した場合、その内容に関する全ての情報を秘匿し、決して他言してはならない。また、以下の内容に同意しない場合、記憶の一部を消去する事に同意したとみなし、即座に記憶消去の魔法を受けること」


 ウィンが文字を書きながら、読み上げていく。


「一つ。賢者の石に関する研究は、必ず一人、もしくはそれに関係する者とで行うこと。

 二つ。賢者の石に関する研究で得た情報や成果は公表せず、完全に秘匿すること。

 三つ。研究所は複数の結界により守護し、機密性を保持すること。

 四つ。賢者の石を生み出す人物を精密検査し、健康状態を調べること。

 五つ。必要ならば、賢者の石を生み出す人物に対して治療を行うこと」


 全てを書き上げると、黒いインクがほんのり光り始める。


「こんなものかしら? 他に何かある?」

「俺はいいぞ」

「私も問題ないけど……初めの部分と二つ目は何とかならない? 完全に秘匿したら、何かあった時に使えないわよ?」

「別にオストリンデが秘匿するだけで、あたしたちは秘匿しないわよ? それに、これはあなたから情報が漏れるのを防ぐものなんだから、必要なのよ」

「じゃあ、情報の開示をする場合は、貴方たちの許可が必要って追加しておいて。それなら良いでしょう?」

「そうね……何かあった時に説明出来る人がいた方が良いものね。分かったわ、追記しておく」


 ウィンはインクに羽ペンをつけ、羊皮紙に今の文言を追記する。


「六つ。研究で得た情報を開示する場合、関係者二人の許可が必要である、っと……これで良いかしらね。それじゃあオストリンデ、始めるわよ」


 そう言うと、ウィンは羊皮紙の下の方にパパッと署名し、羽ペンをオストリンデへと渡す。ペンを受け取ったオストリンデも同じように署名すると、ウィンが腰のポーチからナイフを取り出し、その切っ先を左手親指の腹にちょんと刺し、ぷっくらと出てきた血を人差し指と親指で広げていく。ナイフをオストリンデに渡すと、同じように彼女も親指の腹をちょんと刺す。

 血印というやつか? とその様子を見ていた一は興味津々に覗き込む。


「それじゃ行くわよ?」

「えぇ、いつでも」


 二人は自身の署名の上に押印すると、アイコンタクトで頷き合って言葉を紡ぎ始める。


「「契約の精霊・アーカーシュよ。我が望みを聞き届け、この契約に祈りを与え給え。求めるものは真摯な言葉、手放すは偽りの言葉。我が名とその血によりて、この契約を永遠のものとせよ」」


 詠唱が終わると同時に、羊皮紙が手品の綿のように一瞬で燃え上がり、灰すら残さずに消え去った。


「これで契約完了よ、オストリンデ」

「久しぶりに契約魔術を使ったけど、案外覚えてるものね」

「え、これで良いのか? 羊皮紙、無くなったけど……」

「羊皮紙は契約の精霊・アーカーシュの所へ献上されたのよ」


 さて、とウィンが咳払いをする。


「実際に、色々始めるのは明日からにしましょ! あたしたち、これから泊まる宿を探さないといけないのよ」

「あぁ、そうだったな。オストリンデさん、どこかおすすめの宿ってありますか?」

「そういう事なら、ぜひ泊まっていってください。色々と積もる話もあるので……」


 にこやかに笑ったオストリンデはジッとウィンを見つめ、ふと表情を和らげた。


「本当に、貴方はあの時のまま、変わらないのね。おかえりなさい、ウィン。私のお友達」


 オストリンデの声音には、懐古や信頼があり、この二人の友情は一が思っていたよりも固いらしい、と感じるほどだった。





 オストリンデ・メイラードの人生は波瀾万丈を地で行く物語である。


「確か、あんたと初めて会ったのは、迷惑の竹林だったわね」

「懐かしいわね、今はもう無いのよ、あそこ」

「えっ!? 嘘、なんで!」

「貴方が去った後、あそこで『石喰い』が出てね。そのせいで竹林ごと焼却したのよ」


 現在、薬学店の三階の自宅部分で、盛大な飲み会が開かれていた。出前された大量の食事に酒、そしてオストリンデと一のみに用意されたシーシャ。


「そういえば、あんたと初めて会った時、めちゃくちゃヤバい状況だったわね」

「そうだったかしら?」


 酒でトロン、とした目を細めながらシーシャを燻らせ、膝の上でご馳走に舌鼓を打つシロの頭を撫でているオストリンデは、妙齢の色気のような物を感じるほどに様になっている。


「覚えてないの? あの時、ハルベリーの採集してたでしょ? そこにベルモンド・ベアの家族とヴォックス・エルクの群れが鉢合わせて、縄張り争いが始まって、しかもハルベリーを持ったあんたが敵認定されてたじゃない」


 彼女の母は、彼女の出産と同時に命を落とした。父はこのペネストレーデの街を守る兵士で、北門を守る兵士長でもある。そのため、家にいる事が少なく、近所の人に面倒を見てもらっていた。

 程なくして、他領の貴族がペネストレーデ内で密偵行為をしていたのが発覚し、大捕物が行われる。その際、彼女の父は誰よりも懸命に戦い、そして命を落とした。

 オストリンデが四歳の頃だ。


「あぁ、思い出したわ。私がハルベリーを乱獲してた時ね。しょうがないじゃない、アレを逃したら一年待たないといけなかったのよ?」

「それでも、魔獣に気づかないほど熱中するバカがどこにいるのよ!」


 孤児となったオストリンデは、七歳までの三年間を教会の孤児院で過ごす。そこで出会った修道女は、彼女の素質を見抜き、彼女に英才教育を施した。もちろん、打算的な理由もあったが、それでもオストリンデは、生きるための知恵と力を欲していたのもあり、素直にその教育に従った。

 オストリンデは『神童』とは呼べないものの、それに近しいだけの成果を叩き出す。何よりも知識を貪欲に吸収し、応用力も高い。七歳の年には、領主であるロルド・ペネストレーデからの一筆があり、貴族との養子縁組の話が上がったが、オストリンデはそれを蹴った。領主の命に逆らったために死罪が確定したのだが、それに教会からの待ったが掛かる。


「ここにいるじゃない。それに、助かるための方法は幾つかあったのよ、あの時」

「嘘おっしゃい! あたしに助けられて、ビャンビャン大泣きしてたじゃない!」

「勝手に記憶を捏造しないでちょうだい、ウィン。ビャンビャン泣いてたのは貴方の方よ。助けられて良かった、って泣き喚いていたじゃない」


 教会は彼女の知識を失うのは得策ではない、と領主を説得した。何故なら、七歳でありながら彼女は自力で二つの新薬を生み出し、栽培不可能とされていた四種類の薬草の人工栽培に成功していたからだ。それらの功績をもって彼女の価値は決定された。

 ペネストレーデの聖女の誕生である。

 ロルド・ペネストレーデは政治的な利用を目論んだのだが、貴族と教会の関係が険悪な状態であった当時に、無理に彼女を引き抜くのは得策ではないとの英断を下し、彼女は平民たちのための聖女であるべきだ、と結論を出す。

 そして、ロルド・ペネストレーデは当時の決断が最も最良なものであったと、今は感じていることだろう。


「そうだったかしら?」

「そうだったわよ。あっ、思い出した! 貴方、あの時、助けたんだから報酬を寄越せとか言いながら、私の収穫したハルベリーを半分も持っていったわよね! あのあとハルベリーの買値が下がったの貴方のせいでしょ!」

「し、知らないわね……というか、よく覚えてるわね、そんな事」

「覚えているわよ。だって、初めて友達が出来た日の事だもの」


 七歳が終わると孤児たちは自動的に教会から出て、働くことになっている。働く先は教会と本人の話し合いに応じて決められるのだが、彼女の場合は少し特別だった。

 オストリンデの特異性を知り得た商人や薬師からの勧誘が多く、孤児に与えるには破格の条件で雇い入れたいと申し出る者もいた。その中でオストリンデが選んだのは、ペネストレーデ一の豪商と呼ばれる男の大店である。八歳になろうとする彼女が夢として抱いたのは、自分の店を持つ事だった。そのためには店の経営を覚える必要があり、それは教会では得る事が出来ない知識でもある。だから彼女は大店の主人の元で経営を学ぶ道を選んだ。


「懐かしいわね……あの時は、もっと世界は単純だと思っていたわ。私は十五になったら自分の店を持てるって思っていたし、お世話になった人に恩返しが出来ると思っていたもの。でも、蓋を開けてみれば、店を持ったのは二十になってからで、私は誰かの役に立つ事は出来なかったし、店の経営も下手だし、何より、研究している方がよほど楽しいもの」


 オストリンデは新しい液体をシーシャに補充しながら、目を細める。その声には懐かしさと若干の後悔のような感情が乗っている事に、一は気付く。


「それでも、立派だと思いますよ、オストリンデさんがやっている事は。きっと、俺には真似できない」

「そう言ってくれるだけで嬉しいですよ、ハジメさん。でも、所詮はこの程度の女なのです。かつて聖女と呼ばれて舞い上がっていた小娘の見た、短い短い夢物語だったのですよ」


 オストリンデには経営の才能が無かった。と言うよりも、才能のパラメーターが極振りのような物だったのだ。薬学や医学の知識に全振りされているのか、その他の事に対しての才は無く、有り体に言えば大店においてお荷物となってしまったのである。

 それでも彼女が十五になるまでの七年間もの間、根気強く世話を焼き、知識が無くとも同じ土俵に立てるように教育をしてくれた豪商には頭が上がらない。

 十五になった彼女は、大店から出る事を決意する。これ以上の迷惑を掛けられない、という気持ちが大きかったが、それ以上に自分の店を持ちたい、という気持ちの方が大きかった。だから彼女は店を持とうとしたのだが、そのためには開業資金がいる。幸いにも資金には困っていなかったし、彼女の薬を頼って訪れる常連客もたくさんいた。その人たちのためにも、と希望を胸に燃やした彼女だが、実際に開業出来たのは五年後の事だ。


「やるべき事が多すぎたのよね。開業するためには届出を出さないと行けないし、お店も新しく建てないといけないし、薬を売るにしても、商業ギルドと薬師ギルドの承認を受けないといけない。仕入れ先の選定も必要だし、経営戦略も必要。何より、開業資金があっても経営資金の事までは考えてなかったし、自分一人で全部出来るんだ、って思い込んでいたのよね……やり直せるならやり直したいくらいだもの」


 オストリンデが暗い顔で溜息を吐き、シーシャを燻らせる。


「それでも、立派だと思いますよ、俺は」

「そうね、ハジメの言うとおりだわ! あたしが見込んだあんたは、そんなに弱くなかったでしょ?」

「本当に……ウィン、貴方は変わらないのね」


 そして、十五の時、ウィンと出会う。その出会いは彼女の人生を少しだけ良い方向へと変えてくれた運命の出会いであった。

 彼女が持つ知識や技術は、彼女の研究欲に火をつける。そして、彼女は聖女から薬狂いにクラスチェンジするのだが、それこそが、自分の進むべき道なのだと、今の彼女は理解している。それからのオストリンデ・メイラードの人生も波瀾万丈なのだが、ここでは割愛しておく。


「そう簡単に変わるものじゃないわよ、エルフって。寿命長いもん」

「人間だってそうよ」

「じゃあ、良いじゃない。あたしはあの時のオストリンデだから好きになったんじゃないの。いつだって、自分らしいあんたが好きなのよ」


 ウィンの言葉に、オストリンデは面食らったような表情になり、数秒をおいて頬に朱が差した。恥ずかしそうに目を伏せ、薄く微笑む彼女はまるで絵画の女神のようにも見える。

 友情ってのは、どこの世界でもてぇてぇなぁ、と幸せな気分でいると、オストリンデがサラッと爆弾発言をした。


「でも、びっくりしたわよ、ウィン。貴方が人間と結婚して、クーシーの子供までいるんだもの。あんなヤンチャだったのに、やっぱり恋とか愛は人を変えるのね」


 その発言に反応出来たのは、意外にもシロであった。


「ごしじんたま、ウィンおねーたんと仲良しだよ!」

「あら、そうなの? でも見てれば分かるわよね。あんなに息の合った漫才が出来るんだもの」

「あい! ごしじんたま、いつも楽しそう!」


 きゃっきゃっと騒ぐ二人に、ウィンが慌てて反論を始める。


「ち、違うわよ! 勘違いしないで! こいつは単なる相棒よ! 商売するための仲間ってだけ! それにあたしが人間と結婚するわけないでしょ! 同族じゃないと子供出来ないんだから!」

「へぇ、そうなのか。それは知らなかったな」


 結構なペースで酒を煽り、初めてのシーシャを燻らせている一は、今にも寝そうなほど細められた目をウィンに向けた。


「でもシロは俺たちの娘みたいなもんだろ?」

「ちょっと黙ってて! 話をややこしくしないで!」

「そんな事言って……この前だって、寂しいからって夜一緒に寝てやっただろ?」


 完全に酔いが回り、正常な判断力を失った一も爆弾を投下していく。


「ちょちょちょ! 待った! アレは違うわよ! アレはシロちゃんが一人で寝る、って言ったからで!」

「でも、あの夜、モジモジしながら俺のベッドに入ってきたじゃん。香水まで付けてさ」

「あらあら、やっぱり! もぅ、ウィンってば。隠さなくても良いのよ?」

「ちが! ちょっと! なんで話すのよ!」

「お前、ツンデレかぁ?」

「初めて聞く単語ですね? ツンデレってどう言う意味なんですか、ハジメさん」

「あぁ、皆の前ではツンツンしてて素っ気ないけど、二人きりになるとデレデレしちゃう人のこと。ツンツンデレデレ、でツンデレってわけ」

「あぁ、なるほど。確かにウィンはツンデレですね」

「だろ? でさ、そんな可愛いところ見せられたら、俺も手を出したくなるじゃん?」

「えぇ、逆にそこで手を出さない男はいないですよ」

「だから、髪とか触るじゃん? するとビクってするわけ。それがまた可愛くてさ! でもまぁ、俺も良いおじさんだから、人の温もりと良い匂いにヤられて、そのまま寝ちゃったんだよね……惜しいことしたわ」

「ほんとよ! あたしがどれだけ……」


 ウィンが慌てて口元を押さえる。


「ちが、待った! 今のなし!」


 顔を真っ赤にして、ウィンが慌てふためいているのを見ながら、一は意識を手放した。

 翌朝に聞いた話だが、彼女たちは夜通しで呑み、騒いでいたらしい。

 やはり、どの世界でも女が三人集まれば、姦しいらしい。

物語の区切りを調整していたら、今回ちょっと長くなってしまいました。

みなさんは、どれくらいの文字数(長さ)が読みやすいのでしょうか???

良かったら教えてください・・・

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