おとぎ話じゃなかった
「薬学店、っていうか……デパートの売り場みたいだな、ここ」
きょろきょろと店内を見渡すが、そこに二人の姿はない。どこへ行ったのか、と思っていると、店の奥に続く扉と二階へ上がる階段が目に入る。どちらに行くべきだろうかと悩む事も無く、店の奥から笑い声が聞こえてきた。
「あはは、ちょっと待ってよ! じゃあ貴方が助けた男の人が、貴方以上にヤバいって事!? それは無いわよ! だってウィン、貴方は私が知る中で最もヤバい人なんだから!」
「別にあたしはヤバくないわよ! と言うか、あいつが想像以上なの! もうヤバいのよ? なんて言ったって、賢者の石を生み出せるんだから!」
笑い声は少しハスキーで低音だ。何となくシンパシーを感じるのは、その声から疲労感のような物が聞き取れたからだろう。
「おいおい、俺だって別にヤバくないぞ、ウィン」
笑い声の聞こえた部屋に入ると、正に姦しいを体現していた。
まるで部屋の主のようにどっしりと座るウィン。その膝の上にちょこんと座り、きゃっきゃとはしゃぐシロ。そしてその向かいに座るのは妙齢な美女。ウィンの言っていた通り、二十五か二十六歳ほどで、女性にしては身長が高く、スタイルも完璧とまではいかないが抜群だ。明るい灰色の長髪は綺麗に束ねられ、艶やかだ。汚れ一つない白衣と胸元に光る六芒星のような形のブローチは、どこぞのお偉い学者さんのような印象を与える。
薄く施された化粧も上品で気品すら感じさせるのだが、どうしても目元の隈までは隠しきれていないし、その顔からも疲れが見え隠れしているのが分かる。
そんな三人がお茶とお菓子を片手に、ワイワイしているのを見ると、こればかりはどの世界でも共通なんだな、としみじみ思う。
「あっ、ごしじんたま! 今ね、今ね、ごしじんたまをお話ちしてたの!」
一に気付いたシロがウィンの膝の上から離れ、ぽてぽてと一の足にしがみつくと、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。最近のシロは、以前にも増して甘えん坊になってしまっているが、それもまた可愛いので、何も言わずにその頭をくしゃっと撫でてやる。
「初めまして、一と言います」
言いながら右手を差し出す。この異世界でも握手という文化はあるのだが、基本的には身分が同格の者同士の挨拶となっている。では、どうして相手の身分が分からない状態で一は握手を求めたのか。
その理由は簡単だ。
この人は、彼が欲しがる物を持っているはずだ、と確信したからだ。
店に入った時は分からなかったが、店の奥に入ると、もしかしたら、と感じた。そして部屋に入ってから遂に確信した。
隠しきれないこの香り。
この異世界に来て、手に入らないかも知れない、と思っていたもの。
「初めまして、ハジメさん。オストリンデと申します。何だか、初めて会った気がしませんね」
「えぇ、どうしてかシンパシーを感じてしまいます」
営業スマイルを浮かべた一は、握り返された右手に視線を落とす。指輪はしておらず、少しばかり乾燥していた。そして近づいて分かったが、フワッと嗅ぎ慣れた香りがする。それこそがシンパシーを感じた理由に他ならない。
「……やっぱり」
「どうなさいましたか?」
「あ、いや、何でもありません」
「ちょっとハジメ! 美女の手を握って何考えてるのよ! どうせ、やらしい事しか考えてないんでしょ!」
「そんな事を考えてるお前の頭の方がよっぽどやらしいわい」
「はぁッ!? あんたと一緒にしないでよね! あたし知ってるのよ! あんたたまに夜抜け出して、茂みに隠れてーー」
「うわぁあああああああああああああ! 言うな! それ以上言うなバカ! 子供も聞いてるんだぞッ!?」
足元にいるシロのふわふわした耳を押さえつけた一は怒鳴った。シロはくすぐったそうに体をよじらせて、きゃっきゃと楽しそうに笑っている。
「……ケダモノ」
ボソッとしたウィンの呟きに、一は頬を引くつかせた。だが、浮かべた笑みは崩さず、話を戻す。
「もしかして、オストリンデさんはタバコを?」
「あら、匂いの対策はしているつもりだったのですが、分かりましたか?」
「えぇ。私も嗜みますので。それで、あの! ここ、タバコが売ってるんですか!?」
そう。彼が喉から手が出るほどに欲するもの、タバコである。この世界にやってきて、事あるごとに吸ってきた紙タバコも、そろそろ切れてしまう。それでも何とか我慢して来たし、タバコを吸っている人に出会ったら、同じ物が作れないかどうかを確認するためにも、現物を残しておいた。
「えぇ、売っていますよ? ただ嗜好品になるので、値段は張りますが……」
「構いません! 何なら言い値でも買います! 見せてください!」
「ええっと……」
オストリンデは困ったような笑みを浮かべ、ウィンに視線だけで助けを求める。
「ちょっとハジメ! 勝手に話を進めないで! ここに来たのは、あんたの体を診てもらうためなのよ!」
「え、それホントだったのか?」
「はぁッ!? 嘘だと思ってたわけ!? 信じらんない! これでもあんたの事、本気で心配したんだからねッ!」
髪が逆立った、と錯覚するほどの怒りをぶつけられ、シロは本能的に一の後ろに逃げ隠れる。
「いや、すまん。と言うかなんだ……ありがとな、心配してくれて」
「なッ!? べ、別に、そんな! あんたに死なれたらシロちゃんが悲しむからよ!」
「あー、はいはい、テンプレ通りのツンデレ、ご馳走様です」
「ムカつく! ホントにむかつくぅ!」
ダンダン、と地団駄を踏むウィンが若干涙目になりながら、キッと一を睨みつけた。その頬が紅くなっているのは、照れなのか怒りすぎているのか、一にはまだ分からない。
「あのぉ……」
申し訳無さそうに、オストリンデが割って入ってくる。
「それで、私はどうすればいいの? ウィン。本当にこの人の事を診察するの?」
「良い機会だし、ハジメ。アレを見せてあげなさいよ」
アレ、と言われて自然と自分の胸元に視線を落とす。普段は金になってしまった巾着にしまって首から下げているそれは、彼を苦しめてきた原因。服から巾着を取り出して、その中身を掌に出した。
五センチほどの石だ。
その見た目は、くすんだ黄色の刺々しい石である。この病気を罹患した者であるなら、この大きさには死と同等の恐怖を感じる事だろう。普通の結石の大きさは平均して五ミリほど。今、一の手に乗っているのはその十倍もある巨大なものだ。
そして特筆すべきはその特性である。
「それが貴方の話にあった賢者の石ね? とても禍々しい形をしているのね」
そう言ってオストリンデは結石を観察しようと手を伸ばす。もちろん、それを一とウィンが制した。
「うわっ! ちょ、ちょい! ダメダメ!」
「ダメよ、オストリンデ! 素手で触っちゃダメっ!」
必死の形相の二人を見て、オストリンデは怪訝そうに眉を顰める。彼らの反応が真に迫っていた、と言うのもあるが、変な形の石に対する反応としては過剰過ぎるからだ。
「何考えてるのよ、オストリンデ! 全身金塊になりたいわけ!?」
「え、えぇ? そんな事言われても、私はそれが賢者の石だなんて思ってないし……」
「じゃあ、見せてあげるわ!」
ウィンが腰のポーチから試験管を取り出す。その中には乾燥した一枚の葉がある。きゅぽん、とコルクの蓋を開けて、その葉を取り出す。
「アケトーの葉よ。別にオストリンデからすれば珍しい物じゃないけど……」
「あぁ、色々と使い勝手がいいのよね、それ。いくつか行程すっ飛ばせるし。どうするの、それ」
「これを今から金にするわ」
えー、本当に? と訝しげな表情をしているオストリンデに、ウィンが何故かドヤ顔で言う。
「あんた、これから度肝抜かれるわよ!」
何故にお前がドヤ顔なんだよ、と心の中で突っ込み、ウィンから葉っぱを貰った一は、やや呆れた顔で、一応ウィンに訪ねる。
「良いんだな? これ、貴重なやつとかじゃないよな?」
「別に、オストリンデに言えば幾らでも買えるわよ?」
「さいですか。じゃあ……」
一は受け取ったアケトーの葉を摘み、賢者の石もとい尿管結石に触れされた。
その瞬間は、いつ見てもスペクタクルだ。ただの枯葉が純金に変わっていくのだ。触れた先から金が広がり、ものの数秒で枯葉の全てが金になる。
純金に変わった枯葉をウィンに返すと、オストリンデがそれを引ったくった。
その目にはもう疑いや訝しさは無く、研究者の光が宿っている。
「アケトーの葉の組成はそのままに、アケトーの葉を構成している物質を金に置き換えた? いえ、そうじゃないのかも? 金に置き換わったのではなく、物質が金化した?」
真剣な瞳で金になった葉っぱを睨みつけるオストリンデの手から、ウィンは葉っぱを取り上げる。
「はい、お終い! これで分かったでしょ? この石は紛れもなく賢者の石よ?」
「無限の魔力を生み出し、触れたものを金に変え、不老不死さえ可能とさせる万能の秘石……おとぎ話じゃ無かったのね」
「どう? 信じた?」
「えぇ、信じた。信じました。今私の目の前にあるのは伝説の霊石、賢者の石ね」
マジマジと一の掌の上にある尿管結石を見つめるオストリンデは、むむむ、と難しい顔で祈る。
「で? これがハジメさんとどう関係があるのかしら?」
「それはもちろん、この石がハジメの体内で精製されて、排出されたからよ!」
ポカン、と口を開けたまま固まったオストリンデは、パチクリと瞬きする。その心情を察する事は出来た。きっと、何を言っているんだこの馬鹿女は、だろう。そして、それはほぼ正解だった。
「何を言っているの、このアホ女は……そんな事あるはずがないじゃない! だって、これ、触れた物を全て金に変えるんでしょ? だったらこれが精製された瞬間にハジメさんは金になってないとおかしいわ!」
「それがね、ハジメとハジメの所有物は石を触れさせても金にはならないのよ。幾つか試したから間違いないわ。ただ、所有物で金にならないのは非生物だけのようね。試しに買ってみたネズミも金になっちゃったしね……」
「あぁ、チュートンの事か。アレ、絶対にただのネズミじゃなかったよな。鼻が豚みたいだったし……」
「ネズミしゃん? かあいかったねぇー」
あの実験はシロが寝静まった夜中に行われたのだが、ネズミとは言え罪悪感のような物が沸々と湧き上がったのは、一がまだこの異世界に完全に染まっていない事の証左なのだろう。心は痛いが、あれは必要な実験だった。ちなみに、ネズミの純金像は好事家に金貨二十二枚で売れた。
「なるほど……じゃあ、今ハジメさんが着ている服とかに触れても金化しないのよね? それは例えば、抜けた髪の毛とか、切った爪とかもそう? 排泄物や老廃物は? 切断された腕とか足はどう? 逆に、生物で試したのはそのネズミだけなのよね? 他の生物では試してないの?」
捲し立てるオストリンデに一歩を後ずさった一だったが、ウィンは涼しい顔でさらりと受け流す。
「そこら辺はあたしの専門分野じゃないもん。だからオストリンデを頼ってきたのよ? どう? 調べたくない? この石も、ハジメの体も」
「良いでしょう。今やってる全ての研究を一時凍結して、最優先にして取り組むわ」
「ありがと、オストリンデ。と言うわけで、ハジメの体の検査をお願いね。その対価として賢者の石の研究をさせてあげる」
トントン拍子に話が進む中で、一はウィンの言葉に補足をしていく。
「ただし、これは他言無用でお願いします。これの存在が明るみになれば、絶対に面倒臭い事になるので」
「当然ですね。賢者の石なんて、古今東西、権力者が喉から手が出るほどに欲しがるアイテムですもの」
「じゃあ、契約魔術で縛った方が良いかもしれないわね」
「なに? そんな事まで出来るのか、魔法は。すごいな……じゃあ、そうしてもらっても良いですか?」
「構いませんよ」
「契約内容に同意出来ない場合、オストリンデ、あなたの記憶の一部を消去するけど良いかしら?」
「分かったわ。契約魔術を使ってちょうだい」
二つ返事で答えを返したオストリンデは、テキパキと準備を始める。




