死因と転生
ラブエルが勝手に再生ボタンに触れた。
流れる映像には自分が写っている。
都内某所にある文化財、その一角にある中ホールだ。ホールに並べられた長椅子には空きがなく人が座っていた。その最前列の中央に、自分がいる。
場所は……覚えている。画面の端っこに移っている日付にも覚えがある。
「この日は確か、ユーキちゃんの写真集発売記念トークイベント&サイン会があって……」
そして一は徐々に記憶の断片を思い出していく。
「あぁ、そうだ。もう五回目のトークイベントで、もう常連で前回のイベントの時に名前も覚えてもらっていて、プレゼントも喜んでもらえたから、今回もプレゼントを渡そうと……」
目の前で大好きな声優が楽しそうに話している。それを、まるで子供のような純粋な瞳で見つめている自分。
「この日、俺は最前列にいたからすぐに写真集にサインしてもらえるはずだったけど、肝心の写真集を忘れて、その場で買っていたから、サインの順番が遅くなったんだ」
そして思い出す。
「そうだ……順番が遅くなったんだ。だから、買ったばかりの写真集と、ユーキちゃんに渡すためのプレゼントを持って、列に並んだ」
映像の中の自分を凝視する瞳は動かず、口だけが動く。
「並んだ……そうだ、俺は並んだ。プレゼントと写真集以外の荷物を持っての並ぶのはダメだという注意があったのに、俺の二人前の男は、小学生が使うようなウエストポーチを着けていたんだ」
不思議だったのは、その服装だ。あまりにもウエストポーチが似合っていないカジュアルな服装だ。まるで取って付けたようで、明らかに何かを隠そうとしていて……
「ウエストポーチのチャックが中途半端に空いていて……そこから……」
そこから覗いていたのは、木の柄だ。
「そこから、取り出したんだ……」
それに気付いた時、その男がユーキちゃんに写真集を手渡していた。
「ユーキちゃんが写真集にサインをしようとして下を向いた時に……」
周りにいたスタッフは、直前のファンの対応をしていて、注意が逸れている。
ユーキちゃんも下を向いている。
俺の前の人もそんなユーキちゃんを嬉しそうに見つめている。
誰も、誰も、気付いていない。
「そう! 俺以外は!」
画面の中の自分が、動いている。
狂気に歪んだ笑みを浮かべて包丁を振り下ろす男と、恐怖に支配されて強く目をつぶったユーキちゃんと、その間に割って入った俺。
あぁ、思い出した。
「そうか……俺、死んだんだ」
スタッフに取り押さえられるまで犯人は、彼をめった刺しにする。
目の前の悲惨な光景に恐怖するユーキちゃん。
まるで映画のワンシーンのようだ。
他のファンたちによって取り押さえられた犯人。ユーキちゃんのマネージャーが大声で叫ぶ中、ユーキちゃんは死に体の俺に駆け寄り、懸命に何かを叫んでいた。
ここで、俺は映像から目を逸らした。それもそうだ。自分が死ぬ瞬間なんて見たくないし、好きな女の子が泣いている所はそれ以上に辛くて見ていられない。
「理解は出来たようね?」
「あぁ……俺、死んだんだな」
放心状態というのはこの事を言うのか、と一は気付く。何も考えられないし、考えたくもない。体に力が入らないし、入れようとも思わない。
「そうよ。だからここにいる。そして今から死後の行き先を決めるの」
「その通り。これより一一の死後の行き先を決めるのだ。そのタブレット端末を見るがいい」
それまで黙っていた閻魔がようやく口を開いた。
「生前の善行と悪行の比率が映し出されているはずだ」
持っていたタブレット端末に視線を落とすと、パワーポイントで作ったような円グラフの資料がある。まるで会社のプレゼン資料を見ているようだ。
「これが……そうなのか?」
「あぁ。緑が善行、赤が悪行。その比率に応じて天国か地獄かが決まる。お前の場合はどうだ? どっちのほうが多い?」
「まぁ、最後の自己犠牲の精神があったから、善行じゃない?」
と、閻魔とラブエルは楽しそうに一の持っているタブレット端末を覗き込む。タブレット端末の円グラフの比率は、善行五十パーセント、悪行五十パーセント。
「見事なまでに半分ね……というか、こんなことあるのね……初めて見たかも」
「むぅ……小数点五百桁まで計算に入れているんだがな………本当にたまにあるのだよ、こういう事が。まぁ、本当にたまになんだが……確か二千年くらい前にもあったはずだが……あの時はどう処理したんだったか……」
と頭を抱える閻魔。
「あの、閻魔様? これって、もしかしてあたしの査定に響きます?」
「ん? あぁ、そうだな。査定には響かないが、評価対象にもならない、はずだ」
「えぇ、そんな! じゃ、じゃあこうしましょう! 現時点で判断出来ないなら、転生させましょうよ!」
ラブエルの必死な表情を見る限り、恐らく彼女の昇進や昇給、あるいは賞与に関係があるのだろう。俺も必死にサラリーマンやっていたから分かるけど、確かに大事だもんなぁ、昇給とか賞与って。と呑気に思っていたが、ここでラブエルの言葉を止めなかったのは一生の不覚だった、と後になって気付く。まぁ、すでに一生は終えているが。
「転生、だと?」
「はい! 転生させて、転生先での行いを見て判断するのはどうでしょう!?」
「転生か……いや、しかしなぁ……」
とさらに頭を抱える閻魔。
「何がダメなんです? その方が確実ですよ!?」
「ダメってわけではないのだが……手続きがなぁ、面倒なのだよ。だがなぁ……転生か。確かにその方が確実だ。しかしなぁ……」
と渋る閻魔に、ラブエルはさらに畳みかける。
「閻魔様! また同じような事が起きる事があるはずです! ここで前例を作っておけば、絶対に後々楽になりますよ!」
「むぅ……そうだなぁ……確かにそうだよなぁ……ここで前例を作って、マニュアル化しておけば……煩雑な手続きに悩まされることが無くなる……うむ、そうだな。その方がいいな」
「そうですよ! 今回みたいな事がこの先あるかも知れませんからねっ! その方がいいです! それで、今回の転生は転生後の世界での行いを見るための特別な転生なので、ここでのやり取りは全て消す必要がありますね。じゃないと善行しかしない恐れがあります!」
何故かラブエルが饒舌になっている。まさかとは思うが、これは評価を上げるためか?
「確かにな。その通りだ」
「あと、転生ボーナスは無しで、死ぬ直前の状態で転生させるのがいいと思います。これはあくまで特例ですからね!」
「うむ、そうだな」
何故か当事者を差し置いて話がどんどん進んでいくのだが、当の本人が口を挟めるわけもなかった。
「本来なら転生というのはそうポンポン行うようなものじゃない。生前、世界に対して何かしらの多大な貢献をした者の中で、さらに偉大であった魂にのみ贈られるものだ。それを、冥界の神が不在なのを良い事にバカみたいに誰かれ構わずに転生させて、少しでも仕事の負担を減らそうとしている駄神たちめ! ワシが昇格したら一気に冥界送りにしてやるわ」
と閻魔の愚痴を聞いたところで、ようやく当の本人が口を開く。
「えぇっと……別にそれでも良いんですけど……異世界に転生させるなら、言葉だけは分かるようにしてもらっても良いですか?」
「ん? あぁ、そうだな……言語が理解出来なければ生活に支障が出るな。分かった、言語は全て理解できるようにしてやろう」
「どうも……ありがとうございます」
しばしの無言ののち、「どうした? もう行っていいぞ?」と閻魔が言うが、行けと言われてもどこに行けばいいのか分からないのだから、どうしようもない。
「あ、いや……どこに行けばいいんですか?」
「どこって……決まっているだろう」
何を寝ぼけたことを、と言わんばかりの閻魔の表情に、一は首を傾げた。
「異世界だ」
そして一はラブエルに連れられて、この死役所を後にした。
その後ろ姿を見送っていた閻魔は、あることに気付く。
「そう言えば、あの男。病気を患っていたな。ふむ、完治は無理だが……選別として、一つ強化のボーナスでも与えてやるとしよう。上手くやればあの世界も救えるだろうしな」
こうして一一は異世界へと転生されることになった。
もちろん、この死役所で起きた全ての出来事を消去された状態で、だが。
次回、ようやく異世界へ行きます。