プロローグ
お待たせしました。
2章、始まります!
どうしてこうなったッ! と一は叫びたい気持ちをグッと堪える。
絢爛豪華を地でいくこの場所は、フローウェル王国の王都、フローウェルレンス。その王城の一室、玉座の間だ。
天井から吊るされた煌びやかなシャンデリアは魔法の灯りによって常に明るく、地面に敷き詰められた絨毯は踏むのが躊躇われるような触り心地。色とりどりのステンドグラスから入る光は優しく温かみがあり、冷たい印象の強いこの玉座の間を柔らかく見せてくれる。部屋の入り口から最奥へと伸びる真紅のカーペットは威厳のある光沢を放ち、その上を歩く者に誇りを与えてくれるだろう。
そんなレッドカーペットの道を歩いた時はテンションも上がったのだが、今のこの状況になってからはそのテンションもフリーフォールの如く急降下している。
「ッ、っぐ!」
喉元まで出掛かった言葉を飲み込めた自分を褒めてやりたい、と一は思った。何故ならきっと、一言でも声を発すれば、自分達ー一とウィンとシロともう一人ーを取り囲んだ重装備の騎士たちが構えている剣やら槍やらで、切り刻まれたり滅多刺しにされたり、とにかくモザイク処理が必要な物体に成り下がるのが目に見えている。
「この者たちを捕らえよ!」
玉座の間には多くの人物がいる。このフローウェル王国の王、レクス・フローウェルを含めた八人の王族、一人の宰相、十人の大臣、十三人の各領主、五人の神官、そして彼らを守るための騎士たちが大勢。下手すれば、見えないだけで護衛の数はもっと多いかもしれない。
そして捕縛の号令を掛けたのは、玉座の右側に控えていた凛々しい顔つきの青年だ。直前の自己紹介で第一王子、アクレティオスと紹介されたのは覚えている。
「神官長! すぐに解毒の準備をーー」
「お待ちください、アクレティオス様!」
騎士たちに囲まれた一たちより、一歩だけ前にいた女性が声を張り上げた。
明るい灰色の長髪は後ろで無造作にまとめられ、薄汚れた白衣を身に纏う女性の名はオストリンデ。化粧っ気はなく、目の下のクマは濃く、疲れ切った顔はそれを感じさせないほどに興奮で紅潮しており、ギンギンに見開かれた目はこれから起こる一部始終を決して見逃さないという強い意志が簡単に見て取れる。女性としては高い身長のせいか、少しばかり高圧的な印象を受けるのだが、それは彼女を知らない者が抱く印象である。少しでも彼女の事を知る者であれば、こう評するだろう。
ペネストレーデの薬狂い、と。
彼女こそ、この騒動の原因にして、薬学・医学の聖地と呼ばれるフローウェル王国の大領地を代表する天才学者なのである。
「待てだと!? ふざけた事を言うな! この状況を見て、誰が待つと言うのだ!」
アレクティオスがオストリンデを糾弾する。
この状況を見て、と彼が言ったのだが、まさにこの状況は混沌を極めていた。
まず、玉座にいる王、レクス・フローウェルは齢七十ほどのご老体だ。その王に献上した六本のとある液体を、彼は嬉々として全て飲み干した。毒を警戒した側近たちによる徹底的な解呪と解毒が行われたが、結果は一切の毒や呪術は検出されず、無害なものであると判断されたからだ。
「あらゆる毒や魔法を検知できる魔道具の目を掻い潜る毒を、お前は開発したのだろう! それを使って父上を毒殺しーー」
「馬鹿な事を仰らないでください、王子! 私が王を暗殺して何になると言うのです! そもそも、私は政治に興味はありません!」
無害と判断されれば、王はようやくそれを口にできる。そして、六本の瓶を全て空にした王は、そのまま糸が切れたようにばたりとその場に崩れ落ちた。
「だが、現に父上は貴様の薬を飲んで倒れたのだ!」
「これからです! これから薬の効果が現れます!」
白衣の襟を正して、ビシッと玉座を指差す。
「見てください! レクス・フローウェルを!」
彼女が指差す先、玉座の目の前に倒れている絢爛豪華な衣装を着た老人の姿が、見る見るうちに縮んでいく。その様子を見ていた王族や各領主、大臣や騎士たちは唖然とする他なかった。
「き……キタキタ! 来たわよ! やはり私の調合は間違ってなかった!」
玉座の前に倒れ込んでいる王の姿がどんどん小さくなっていき、気づいた時には、ぶかぶかの衣装の中に十歳ほどの少年が座り込んでいる。その状況はかなり異質なものだった。誰も彼もがあまりの衝撃に言葉を失い、瞬きも忘れ、目の前の光景をただ見つめる事しか出来ない。
「あーん、すごい。でも変ね……」
そんな中でも、通常運転のオストリンデは初めて恋をした乙女のように目をキラキラさせて、呪詛の様にブツブツと言葉を呟きながら、熱に浮かされた病人のようにフラフラと小さくなった王の元へと近寄る。もちろん、それを咎めたり、止めたりする者はこの場にはいなかった。
「うーん、やっぱり動物と人間だと効果の出方が違うなぁ……メルトメリスの濃縮率を変えた方がいいのかな? それとも結石水の希釈率かな? でもそうすると他の素材の分量も変更した方がいいのかも……あ、それだとまた実験し直さないといけないか。でもでも、王は六本を飲み干して、十歳くらいになったんだから、一本で大体十歳くらい若返るのね……結石水の分量を変えれば、若返る年数を調整出来るのかしら? あとはこれが一時的なものなのか、永久的なものなのか、そこも調べないといけないわね。でもまぁ、とりあえずの成果は出たのだから、今は喜びましょうか……」
その瞳には、狂気の炎が燃え盛っていた。
「というわけで! 若返りの薬の精製は大成功です!」
幼児化した王の元まで歩み寄り、白衣を翻して踊るように綺麗なターンをして、その場にいる全ての人物へ向けて、そう宣言した。
誰もが唖然としている中で、ただ一人、この騒動の本来の原因である一一は、オストリンデを紹介したウィンを睨みながら、彼女と初めて会った日の事を思い出していた。
「どうしてこうなったんだ、本当に……」
彼女に出会ったのは、遡る事三ヶ月前のことである。
2章の更新は少し空いちゃうので、のんびりお待ちください。




