俺の尿管結石で
出発のスケジュールが大幅に遅れたのはその一件によるものである。
有り体に言えば、一が金継ぎのやり方を習得するまでに相応の時間が掛かったという事だ。その原因の一つに、一の中途半端な知識が関係している。というのも、金継ぎは金のみで行われず、接着剤として漆が使われる。だが一はそれを知らず、金のみで接着させるのだと思い込み、そのせいで鋳金の真似事をして、彫金師の元に短期の弟子入りまでして、金のみで金継ぎを行う方法を会得したのであった。しかも、ここは異世界。ウィンの魔法知識を頼りに、幾つかの工程をすっ飛ばすことにも成功。その結果、欠けた物であれば十五分から二十分程度で、割れた物であれば一時間ほどで直せるようにもなった。
そして、弟子入りした彫金師からお墨付きを貰い、必要な道具などを譲り受けると、さらに数日は部屋に篭り、幾つかの作品を生み出した。そして、納得出来る仕上がりになるまでさらに数日がかかり、元々の出発スケジュールから三週間も遅れての出発となったのである。
さて、早朝だと言うのに、通りには露店で朝食を摂る人や農家の方々が採れたて野菜を売ったりしており、それなりに活気付いていた。
「ごしじんたま! いいにおいすゆ!」
「ん? あぁ、何か食べていくか?」
「ダメよ、ただでさえどこかの誰かさんのせいでスケジュールが遅れてるんだから!」
「せめて肉串だけでも……」
「ま、まぁそれくらいなら……」
そして、人数分の肉串を受け取り、村の入り口へ歩く。
修復したての外壁の出入り口前にはすでに彼らの幌馬車と二頭の馬、それから村長とその息子が待っていた。
それに気付いた一だが、特別慌てる風でもなく、ウィンとシロの荷物を荷室へ積み込み、最後に自分の荷物……流石にリュックは目立つので、雑貨屋で旅行用鞄を購入している。そこに持ち物を全てぶち込んで蓋を閉じてお終い、というような実に大雑把なやり方で間に合っているのだから、自分の荷物の少なさに驚きもした。
「何もこんな早朝に出発しなくてもよろしいのに……」
昨晩は外壁補修が完了したお祝いで村はちょっとした祭りムードになっていた。確かにこの村には明るい催しが必要だ。人々の活気が村を育てていくのだから、きっとこの村はすぐに元通りになるだろう。だが昨夜の祭りの喧騒は既に消え去り、祭りの後の特有の閑散とした空気に散じていた。
「商いの神様は拙速を尊ぶと言いますからね。あれ? 違ったか? 何は拙速を尊ぶんだっけ?」
「知らないわよ、そんなの。それよりも、村長。今までお世話になりました。本当ならずっとここで暮らしたいですが、行商の途中ですので……」
「……忘れ物はありませんかな?」
名残惜しそうに、村長は呟いた。
「あたしたちは大丈夫よ。あんたは?」
「あぁ、俺の方も……忘れ物はないはずだ」
「それじゃあ行きましょ? シロちゃんも忘れ物はないわよね?」
「うん! だいじょーぶ!」
「じゃ行きましょ!」
「うんっ!」
ウィンがシロの手を取り、さっさと馬車に乗り込んだ。あの二人には感動も感慨もないのだろうか? あとで少しばかりお説教でもしてやらねば、と深く決意した。馬車の荷台でキャッキャッと楽しそうにしている二人を見つめ、一はまた溜息を一つ。
「……どうしても、行かれるのですか?」
「はい。今までお世話になりました」
深く頭を下げた一は、何となくセンチメンタルな気分になっていた。きっとここで過ごした日々がとても有意義で濃いものだったからだろう。この異世界に来て、二ヶ月とちょっとくらいしか経過していないのに、もう何十年もここで暮らしているような気になってくる。
「生まれてくる世界を間違えたのかね、俺は……」
ポツリと呟く。
「ハジメ様」
村長はそう言うと一の元へ歩み寄り、短刀を彼に差し出した。
「ここいらではそうではなかったのですが、街道では盗賊や魔獣が出ます。ぜひこれをお使いください」
受け取り、それを見つめる。どうやら、あまり使われた形跡のない短刀だ。見た感じは小太刀に近いだろう。
「ハジメ様、この村の復興に尽力していただいて、ありがとうございます。この御恩は決して忘れないと約束しましょう。お近くに来た際はぜひお立ち寄りください。その時は村を上げて歓迎いたします」
村長の息子の、今にも泣きそうな程に震えている声に、一の方が泣きそうになってしまう。
「よせやい! そんな顔するな……出発しにくいだろうが……」
「何してんのー、早くしなさい!」
感動の場面に一々水を差してくるエルフを睨み付け、一は頷いた。
「……じゃあ、行ってきます。皆さん、お元気で」
馬車に乗り、手綱を握る。
「それじゃ……出発!」
一日で御者のいろはを叩き込まれただけでまともに操車した事ない一だったが、どうやらこの馬たちはきちんと空気を読んでくれたようだ。高らかに嘶いた馬たちはゆっくりと歩き出す。よし、後で名前をつけてやろう。そうだな……馬といえばディープな衝撃だったりオグリさんの帽子だったりするわけだが……と、どうでもいいことを考えていると、
「ウィン! いつでも帰って来いよ――――っ! 待ってるからな―――っ!」
「身体には気を付けるのよ――――っ!」
「ハジメさまー、いってらっしゃーいっ!」
「シロちゃん! いつでも帰ってきていいからね!」
様々な声が彼らの耳に届いた。またもや空気を読んだ馬はその歩みを止める。
「なっ……」
そこには、青年団のメンバーや一緒に外壁の補修をしたおじさんたち、宿屋のおばちゃんに、彼が解放した元奴隷たちの姿があった。
「みんな……」
村中の人々が大きく手を振り、笑顔で旅立つ三人を見送りに来ていたのである。呆然とする一の瞳に一筋の涙が流れるのを、ウィンはしっかりと見ていた。
そして。
『行け、友よ』
遠雷の様に低い唸り声がどこからともなく聞こえてきた。
行ってくるよ、相棒。
心の中でそう念じて、彼は再び手綱を握りしめる。
やはり馬たちは空気を読んでくれた。
カッスラーを出発してから四時間ほど経った頃、のんびりと操車し、優雅に流れていく景色を眺めて穏やかな気持ちになっていた一の持つ手綱からフッと力が抜け、馬たちはゆっくりと速度を落とした。
「どうしたの……?」
突然の停止に、幌馬車の荷台から御者台の方に顔を出したウィンだったが、その風景を見て気付く。
「あぁ、そう言うこと……懐かしいわね、ここ」
「あぁ、そうだな……出会ってまだ二ヶ月かそこらしか経ってないけど、もう何十年も一緒にいるような気がするよ……」
頬を撫でる風。
鼻をくすぐる草の香り。
耳を和ます鳥の声。
この世界に来た時の事は鮮明に覚えている。
そしてここでの出会いも、もちろん。
「あんた、ここで蹲って赤ちゃんみたいに泣いてたわね……」
「お前はそんな俺を魔法で手当てしてくれたな……」
「あの時は、本当に人助けのつもりだったのよ……それが……どこで道を間違えたのか……」
「でも、おかげでこうして旅が出来ている。シロにも出会えたしな」
そのシロはと言うと、見知らぬ景色にはしゃいでいたのも束の間、荷台にある綿の上で可愛らしい寝息を立てていた。
「そうね……」
可憐な寝顔を見つめ、ふわふわの髪の毛を撫で付けていたウィンがいきなり大声をあげた。
「あぁッ! そういえば!」
その声量にシロが起きてしまった。ビクッと震え、ぶるぶると震え、ウィンにしがみ付いている。
「ど、どうちたの?」
「な、何だ? どした?」
「あんたに一杯奢ってもらう約束だったじゃない!」
思い返してみれば、確かにそんな約束をしたような気がする。あれはいつだったか?
「あぁ、宿屋に着いた時のアレか……」
「あんな事があったからすっかり忘れてたわ!」
何を言い出すかと思えば……だが、そうだな。約束は約束だ。それに今なら一杯どころかその店の酒を全部買い占められるくらい出来るんだ。
「………次の街に着いたらな」
そう言って、離していた手綱を握り、操車を再開する、
「ねぇ、ハジメ……」
状況がまだ掴めていないシロの頭を優しく撫でているウィンがポツリと言う。
「ん? 何だ?」
ゆっくりと流れていく長閑な景色を見送りながら、一は答えた。
「なんだか楽しいわね、仲間と旅をするのって」
「……あぁ、そうだな」
俺の尿管結石が異世界では賢者の石だったわけだが、そのおかげでこの二人に出会えたわけだしな。
「さて、じゃあ次の街まで張り切って行きますかー」
「その前に、あんたはもっと操車のスキルを磨きなさい。下手すぎてお尻が痛いわ」
この馬たちだってあんなに空気読めるのに、お前は読めないのか、と思っていたら、馬たちも同意の視線を一に向けていた。
「……はぁ、頑張ります」
そうして、旅は再開する。
彼らの長い長い旅の、最初の旅が。
短いですが、とりあえず一章はおしまいです!
二章は現在執筆中ですので、しばらくお待ちください!!




