緊急クエスト:炎龍討伐の準備をせよ!
十日後。
町の外れ、ヒルデンの丘には一を筆頭にウィン、シロ、そして王国騎士団と王国魔導士、そして黒龍がいる。
この十日間はまさに光陰矢の如しという言葉を正確に体現していた。
王国騎士団と魔導士が街に着いたのは八日前、つまりあの襲撃から二日後の夕方だった。
百二十二名の騎士と百八名の魔導士、計二百三十名。彼らを指揮するのはグラム・ステーツという騎士だ。見た目は騎士と言うよりも武闘家と言った方が良いのかも知れないが、それでも鎧を着れば立派な騎士に見えるのだから不思議だ。
「どうだ、ハジメ。俺たちは炎龍に勝てると思うか?」
そのグラムは一の隣に立ち、ヒルデンの丘から背後にある村を見下ろす。
「さて、どうだろうな……五分五分って感じかな? ウィンとそっちの魔法使いの魔法が当たればこっちにも勝ちの目は見えてくるさ」
このグラムという男は、一からすれば初めて出会う人種だ。
過去に過去に同じような性格の人間には出会ったことがあるが、そもそも異世界の人種なだけに、彼の意識したものと違う幾つも差異が存在していた。とは言え、彼はこのグラムという男に対してかなりの好意を寄せているし、一週間足らずしか過ごしていないのに、それなりの信頼関係も構築しつつあった。
「お前という人間は未だによく分からん。だが、お前がそう言うならそうなんだろうな」
ガハハ、と豪快に笑うグラムに対し、一はハハハ、と乾いた笑いを漏らす。
騎士団が到着してまず行ったのは、責任者に対しての現状説明である。
責任者と言うのはもちろんグラムのことだ。彼に対し、一は
「一人じゃ無理! 怖い!」
と駄々をこねてウィンを同席させて事情の説明を行った。
黒龍相手ではなく、それよりも強力な炎龍が相手だと話した時のグラムの顔はそれなりに見ものだったと思うが、それでもグラムは数秒の沈黙を経て、快諾してくれた。
「なぁ、なんであの時、断らなかったんだ?」
「何故か、だと? 確かに聞いていた話とは違うが、そんな事は日常茶飯事だからな。黒いのが赤いのになったくらいじゃあ驚かんよ。それに」
「それに?」
「ドラゴン退治は子供の頃からの夢だったんだ」
目をキラキラさせてそう言ったグラムは笑う。
「さいですか」
「それよりも、お前の所のエルフのお嬢ちゃんなんだがな、ありゃ逸材だぞ」
グラムに対して現状の説明を終えた後、一応その話を信じてもらうために騎士団たちを町の外れに待機させておいた黒龍に合わせた。
「分かった。この話、信じよう。そして、君たちに力を貸す」
大人しくしている黒龍を見ながら、グラムはそう言い、他の騎士たちも恐る恐る黒龍を見ながら隊長の言葉に従った。
そして、準備はその翌日から始まった。
炎龍との決戦まであと七日。
まずは作戦会議。
一とウィン、グラムと他二名の騎士の計五名が町長邸宅にてあーでもないこーでもない、と議論をしている間に、シロは奴隷仲間たちと残った騎士たちと共に町の復興に尽力していた。
とは言え、作戦会議と言っても元々の一の提案していた作戦に少しばかりの変更が加えられる程度であったため、会議自体はその日のうちに終わった。
その内容は対黒龍用とそれほど変わっていない。
変わった点と言えば、王国騎士団の提案にあった決戦用の魔法障壁による炎龍の隔離と、その障壁内に展開した広域魔法地雷を発動し、炎龍の飛行能力を絶つ、といったぐらいだ。
その後、障壁の外から魔法具を使った遠距離攻撃を行い、炎龍の足を止める。
ウィンと王国魔導師による混成魔導砲撃を行い、それで倒せれば御の字だが、それでもダメなら上空から黒龍が捨て身の攻撃を行い、確実に命を絶つ、というもの。
ウィンが持つエルフの魔法技術と王国魔導士の魔法理論を組み合わせた砲撃魔法ならば、炎龍の厚く固い龍鱗を貫けるはずだが、ぶっつけ本番というのが不安要素でもあった。
「そうなのか? あのエルフが?」
「あぁ、魔法技術もそうだが、うちの魔導士に言わせれば、魔法の開発力が凄まじいらしい。元々エルフの魔法ってのは、あまり外に出る魔法じゃなかったからな。こうも近くで未知の魔法が見られて興奮してるのさ」
「ふーん」と興味なさそうに返事をした一に対し、グラムはグハハとまた豪快に笑った。
「そうか。それで? あんたのところに任せきりだったけど、あいつらは大丈夫そうか?」
「まぁ、この五日間で俺たちと同じレベルにするのは不可能だ。それは分かってるだろうが、まぁ、出来る限りの事はやった。後はあいつらの心に聞いてみな」
作戦会議の翌日――つまり決戦まであと六日――からは、騎士団主導の元で男の奴隷たちとドラゴン退治に志願した町の青年たちに対しての訓練が行われた。
ちなみに他の奴隷たちはシロと共に診療所で一が作った結石ポーションを配ったり、炊き出しを行ったりしている。そしてウィンは魔導士たちと対炎龍用の攻撃魔法を研究し開発していた。
こうしてそれぞれに役割が与えられると、いよいよ一はやることが無くなってしまう。
弱っちいんだから訓練に混ざればいいのに、とウィンに嫌味を言われたが、彼は断固として拒否した。というのも、騎士の一人から戦闘に対して圧倒的にセンスが無い、とはっきりと言われてしまっていたからだ。
もちろん騎士たちの訓練は五日間に及び、しっかりと行われた。しかも彼の思っていた以上に士気が高かったのもあり、それなりの結果にはなったそうだ。
「危なくなったらすぐに下げさせるとは言え、民間人を戦いに巻き込むのは気が引ける」
「やっぱりそう思うのか? 義勇兵であっても?」
「そのために私たち騎士がいるのだ」
「騎士の誇りってやつ?」
「もはや形骸化しているがな。それでもやはり騎士の根底にはそれがあるのさ」
ニヒルな笑い方も様になっているのが何だかムカつく。そんな事を思いながら一も町を見た。
「昨日は決起会で英気を養ったとは言え、炎龍を相手にする恐怖ってのは凄まじいんだよな。俺も初めてあいつを見た時は本当に死ぬかと思ったもん」
「それでも、あの炎龍をどうにか倒そうと俺たちは必死なんだろ?」
騎士による訓練が始まった翌日――つまり決戦まであと五日――のことである。
ウィンが魔導士たちを連れて、黒龍の元へ向かっていた。
どうやら炎龍用の攻撃魔法が完成したらしい。と言っても一からオリジナルの魔法を開発したわけではなく、既存の魔法に改良を加え、攻撃よりも炎龍の堅固な甲殻を貫く力に特化させたらしい。
「にしても、あのエルフの嬢ちゃんには頭が上がらんな。まさか既存の魔法を強化した上に、保険の魔法まで用意してくれたんだからよ」
彼女が用意した魔法は二種類。
まずは炎龍の甲殻を貫くための砲撃魔法。複数の魔導士から放たれた魔法を彼女が束ね、その威力を一点に集中させることで、貫通力を最大にまで高める。その威力は、実際にその魔法を見た黒龍からお墨付きをもらえるほどだ。
もちろん、砲撃魔法自体は既存の魔法なのだが、それらを収束させる技術と、威力を底上げするための新しい術式の考案は、彼女出なければできなかったとまで言われている。もちろん一には全然分からない話なのだが。
そして保険の魔法。こちらは一が見た氷の槍を王国魔導士の助言を経て、改良したものだ。推進力と貫通力に優れているこの魔法を、広域化させることで、炎龍の足止めと、牽制が行える、とのことらしい。この保険とはつまり、黒龍の投入を意味する。彼らが用意した切り札こそが、黒龍なのである。もちろん黒龍を投入するまでにある程度のダメージを与えておく必要はあるのだが。
「あの魔法が直撃すれば、炎龍とて無傷ではないだろう」
「そうだな。あいつが考えてくれた魔法なんだ、そこは信頼してるさ」
そして魔法が完成すると、ウィンと魔導士たちは騎士たちに合流し、魔法具の扱い方をレクチャーし始めた。そんな中、一は一人、町の外れで黒龍と会っていた。
『どうした、人間』
そう大した用事はない。何となく、気が向いたからここに来ただけだ。
『まだちゃんと話してなかったから、いい機会だと思ってな。お前が感じた魔力爆発のことだ』
言いながら一は、座っている黒龍の目の前に座った。
『前に、あの力は渡せない、って言ったの覚えてる?』
『うむ』
『その理由が……』と一は首に下げている巾着袋から結石を取り出す。『これだ』
『それは?』
『賢者の石』
『万能の霊石か』
『知ってるのか?』
『我も見るのは初めてだが……それがどうかしたのか?』
『コレ、俺の中から出てきたのよ』
『つまり、あの強大な魔力爆発はお前が引き起こした、と?』
『そういう事。で、その原因がコレ。これに触れたものは何でも金になるってんだから、取扱注意の代物なんだけど……これがどういうものか分かる? ドラゴンとしての見解が欲しいんだ』
黒龍はずいっと顔を上げ、一の持つ石に顔を近づけた。
『……魔力は感じられん。それに……ただの石にしては禍々しい形をしているな』
『やっぱりドラゴンでも分からんか。やっぱりウィンの言った通りか……』
一は石を巾着袋にしまい、服の中に戻した。
『力になれず申し訳ない』
『いや、こっちこそいきなり聞いて悪かったよ。あ、あと、この事は他言無用で頼む。バレると色々と面倒な事になるんだ』
『心得た』
『そういや、お前はあの炎龍に結構手ひどくやられてたけど、傷とかは大丈夫か?』
『うむ、既に傷は癒えている。お前の従者が毎晩あの水を持ってきてくれたおかげだ。改めて礼を言うぞ。あの従者にも伝えてくれ』
『……従者?』
『白き獣の幼子だ』
『あぁシロか。あいつそんな事してたんだな』
後でちゃんと褒めておくか、と思いながら、一はゴロンと横になる。
『炎龍って強い?』
『我らが古龍種の中でも、最強と謳われる存在だ』
『そっかぁ……勝てると思う?』
『それは誰にも分からぬ問いであるな……だが』
『ん?』
『我は刺し違えてでもあの炎龍を討つ』
黒龍も一を真似して、ゴロンと寝転がった。
『そっかぁ……』
『うむ』
『……頑張ろうな』
『……うむ』
それからウトウトし始めた一が寝てしまうまでの間、ドラゴンは静かに一の事を見守り続けていた。
彼が目を覚ましたのはすっかり辺りが暗くなっていた頃だった。
「うーん、寝ちまったか……」
よっこらせ、と起き上がると自分の身体に布が掛けられていることに気付き、ようやく自分の隣で小さな身体を余計小さく丸めて眠っているシロに気付いた。
「なんだ……シロもいたのか……」
彼女の手に握られているのは空になったペットボトルだった。
『その白き獣の幼子は、毎晩我にその奇妙な筒に入れた水を持ってきてくれていた』
どうやらシロは、このペットボトルに水を入れれば、何でも治せる水になると思っていたんだろう。
『水は美味かったか?』
『うむ』
『そうか……ありがとな』
「おいシロ、起きろ。こんな所で寝てたら風邪ひくぞ」
ゆさゆさとシロを起こすが、どうやらまだ寝たりないようで、ほとんど開いていない瞼をこすりながら、うわ言のように「ごしじんたま、ごしじんたま」と呟いている。
「全く……世話のかかる娘だな」
そんなシロをゆっくりと抱きかかえる。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
『悪かったな、長居しちゃって』
『構わぬ。良い暇つぶしになった』
『そう言ってもらえると助かるよ。じゃあな』
そして、一はシロを抱きかかえてその場を後にした。
さて、騎士たちの訓練とウィンたちの指導により、奴隷と青年たちはそれなりに使える兵士となった。彼らの士気の高さは、どちらも一に起因しているらしい。奴隷たちは自分たちを解放した恩人、青年たちは町を助けてくれた恩人、それぞれに一の事を恩人と認識し、その恩人が自分たちを必要としてくれている、という思いが、彼らの士気を高めていたのである。
「ねぇ、今、どんな気持ち?」
丘から町を見ていると、そわそわとウィンが彼の元に近づいてきてそう言った。
「うん? あぁ、そうだな……緊張しているぞ、普通に」
「そう……あんたも緊張するのね。でも、全部あんたが背負う必要なんてないのよ? みんなあんたに感謝してるんだからね」
「……なんだ、今日はやけに優しいじゃん」
「……緊張してんのよ、察しろバカ」
「へぇ……だからそんなに耳がピコピコ動いてるわけ?」
そう言いながら一はウィンの耳をつまむ。
「ひゃん! い、いきなり触らないでよバカ!」
真っ赤になったウィンに一は後ずさる。
「す、すまん!」
「ま、まったく! デリカシーの欠片も無いんだから! それよりもあんたの方はどうなの? 大丈夫そう?」
「大丈夫かと言われれば不安だな。お前の魔法でケリが付けばいいんだが……」
「理論上は最高位の精霊でも倒せるはずだから、アレが通用しなかったらもうお手上げね」
「そうならないことを願うよ。じゃあ手筈通り頼むぞ、ウィン」
のんびりした感じで一は自分が担当する部隊へ向かった。
遅くなってすみません!




