啖呵と新たな問題
『力を……力さえあれば……』
あの時、黒龍を撃退した時に聞いた、あの声だった。唯一違うのは、あの時と違って、力強さが微塵も感じられないところだろうか。
『貴様を倒す、力さえあればッ!』
「な、なんだ!? 何の声だ、これ!」
そうは言うものの、一にはその声の主が誰なのかはもう分かっていた。
目の前に横たわる巨体。
それは紛れもなく黒龍の声だった。
『あれば何だと言うのだ。よもや力のみで余に届くと思うてはおるまいな?』
次はまた違った……黒龍と対峙する炎龍の声だ。グルルルルと唸っているが、何故かきちんと理解できてしまう。しかし、この状態でこの状況を整理できるほどの勇気も無ければ頭もない。だから、とりあえずは動かずに、この二匹がどう動くのかを見極めなければならない。
『はっはっは! そうか……余の知らぬ間に、黒龍とはかくも脆弱な存在に成り果てたか。だとすれば、滅ぼされるのも時間の問題であったな』
これこそが彼に与えられた転生ボーナス『言語理解』である。もちろん当の本人は知る由もないのだが、この力は全ての生物の言語を理解する事が出来るため、目の前のドラゴンたちの会話もはっきりと理解できる。もちろんそれは亜人にも当てはまるし、果てには古代語を読む事も可能なのだが、彼がそれを知るのはもう少し先になる。
『なんだと?』
『下等な人間に滅ぼされる前に、龍の頂点たる余に滅ぼされたのだ。誇るがよい!』
互いに睨み合い、ドラゴンたちは間に人間がいることも気にせずに会話をしている。
『同胞を殺されて、それを誇れと言うのか!』
『そうだ。余に殺される事こそ、誉れを知れ!』
ズンッ、と炎龍が一歩を踏み出す。その一歩が齎す絶望感は、まさに死への恐怖そのものだった。死が近づいてくる、という原初の恐怖だ。ズンッ、ズンッ、と炎龍が黒龍に近づく。それはつまり、一たちに近づいていることに他ならない。
何かしなくては。生きるために動かなくては、と一はカタカタと歯を震わせて考える。
そして炎龍が黒龍に止めを刺そうとした時、一が口を開く。
『あ、あのー、すみません』
震えた声で炎龍に話しかけていた。
『!? 何者だ、貴様』
ドラゴンたちはギョッとして一を見た。
『あ、あのぉ……お取込み中の所、申し訳ないんですが……えっと、これ、黒龍を倒して終わる感じですかね?』
『なんだ……お前……人間、か?』
黒龍は何が起きているのか分からないような声音で
『下等生物が龍の言葉を解すか……』
炎龍は目の前の生物がただの人間ではないと分かったような声音だ。
そんな二匹を尻目に、当の本人は
『あー、これやっぱり龍の言葉を話してるのか』
と呑気な事を考えていた。先ほどまで死の恐怖に震えていたはずなのに、彼が声を掛けた瞬間から炎龍から受けていた威圧感のようなものが感じられなくなった、というのが一番の要因だろう。
『……まぁ、いいや。あー、あのですね、黒龍を倒したら、これ一件落着って感じです? 黒龍倒して満足したら、おたくどっか行きます?』
とは言っても、ドラゴン二匹と対峙するほどの度胸など持ち合わせていない彼にとって、今の状況というのはいつ失禁してもおかしくない。現に膝は笑っているし、声も震えている。
『何を言っている……人間。こいつは――』
『面白い事を言う。下等生物よ。この黒龍を殺したら余が満足するかと問うたのか?』
炎龍は邪悪に口元を歪めた。それはもう答えを喋っているようなものだが、一は聞かずにはいられない。
『えぇ、まぁ。で、どうなんです? 満足して巣に戻って冬眠でも始めますかね? こっちとしてはそうしてくれると助かるんだけど……』
『それは無理だ。余は炎龍。誇り高き龍種の頂点に君臨する者。故に、満足はしない。これは終わりでなく、始まりなのだ。余が世界を席巻するための祝砲だ』
やはり答えは決まっていた。だが、彼の期待した答えの十倍以上に悪い答えだった。
『つまり、俺たちも滅ぼす、と?』
『無論、そのつもりだ』
もしこの世界に邪悪な魔王がいるのだとしたら、きっと今の目の前にいるコレがそうなのだろう。それほどまでに悪に満ちた声なのだ。
『なるほど、分かった。んじゃあ、お前はどうだ?』
だが、そんな声に臆す様子もなく、今度は黒龍に向かって問う。
『話は聞いてたけど、お前、あいつに家族を殺されたんだって?』
このメンタリティは一体どこから来るのか、と聞かれれば、きっと彼はこう答えるだろう。『こういう顧客なんて山ほどいたし、下手すれば炎龍よりも酷いやつだっていたからなぁ。伊達にブラック企業勤めしてるだけあるね、俺』と。
目の前に目の前にいる生物が人間か人間じゃないか、の違いだけなのだと思い込むことで、彼は何とか心の平静を保っている、と言い換えてもいい。言葉が通じるだけまだマシだ、と。
『……あぁ』
『復讐したい?』
『あぁ』
『倒せると思う?』
『力さえあればな……あの、強大な魔力爆発を起こした力があれば……』
『…………あー、そういうことか』
思わず納得してしまった。
いつだったかウィンが言っていた。
賢者の石は莫大な魔力の塊である、と。
無尽蔵の魔力供給源になる、と。
そして、その無尽蔵の魔力はこの世界のエネルギーを賄えるほどである、と。
つまり、黒龍は魔力爆発を引き起こした犯人を捜していたのだ。この炎龍に対抗するために。
『……なるほどねぇ。じゃあ、その力があればあいつに勝てるって思ってるわけ?』
『もちろん』
即答だった。黒龍が求めるほどに強大な力だったということだが、どうしても納得できない。ウィンの言い方ではそんなに重大な事のように聞こえなかったからだ。まぁ、それは受け手側である一の感想だからとやかく言うつもりはないのだが。
『あいつを倒した後は? 俺たちを滅ぼしたいとか思ってる?』
『いいや。我は我の復讐を果たす。その後は静かに眠るとしよう』
一は黒龍の言葉を聞き、しばらく沈黙する。
しばらくの思案を経て、大きく息を吸い込み、だらしなく吐き出した。そして
『よーし、そういう事ならお前に力を貸す!』
ビシッと一が指差したのは黒龍だった。
その場にいた誰もが―もちろんシロでさえ―――意味が分からなかっただろう。
『お前の言う力ってのは、多分アレだ。俺がやったやつだ。だからその力があればあいつに勝てるんだろう? だったら力貸してやるよ』
この中で唯一の助かるための道は、そこにある。と一は考えた。炎龍に加担して黒龍を倒すのは簡単だ。だがそれではその先がない。炎龍をこのまま野放しにしておくことは出来ない。正直な話をすれば、別に関わらないで放置することも出来たはずだ。自分よりも強い人間などこの世界に腐るほどいるはずだ。そういう人種に龍退治は任せておけばいい。
龍二匹を相手にするのも先が無い。黒龍の相手で精一杯だったのに、そこにその黒龍よりも強大な炎龍が加われば何も出来ない。
だからこそ道は一つしかなかったのだ。
『本当なのか………貴様のような人間にあれほどまでの……いや、龍の言葉を解すほどの人間だ。あれが出来たとしても不思議ではない』
『どうする? 力を貸して欲しいなら貸すけど』
『良かろう。貴様の力を寄こすがいい』
『はぁ……ドラゴンが頼み方を知るわけないよな……まぁいっか……よし、じゃあ』
と一は炎龍に向き直り
『やい炎龍! お前の強さは分かった! 俺たちが手こずった黒龍をここまでボロボロにしたんだからな! だからこそお前は俺たちが倒す! そうだな……さっきお前たちが喧嘩してたあの丘に、十日後の夕方にまた来い! その時、俺たちと黒龍が本気でお前を倒してやる!』
啖呵を切ったのである。
『何故そのような約束をしなくてはならない?』
『っぐ……いや、そこはお前! すんなりと受け入れてくれよ!』
『何故だ?』
『こっちには色々と準備があるんだよ! それに! 今のは分かった、って言って飛び去って行くのがお約束だろ!?』
何を言っているのか分からない、という表情の炎龍。
『なんでそんな分かりません、みたいな顔してんだよ! お前、強いんだろ? だったらその強さに見合った力を手に入れるから待て、って言ってんだよ!』
『炎龍よ、この人間は貴様と純粋な力比べがしたいと言っているのだ。十日後にあのヒルデンの丘にくるが良い。その時こそ、決着の時だ』
遠雷のような黒龍の声に、炎龍は咆哮した。
『良いだろう……我が力を世界に知らしめるための、贄となるが良い』
もう一度短く咆哮した炎龍は、邪悪な笑いを浮かべながら、翼を広げる。
『十日後を楽しみにしているぞ、人間』
そう言い残し、炎龍は飛び去っていった。その姿を見送り、影が見えなくなってようやく、一は力を抜いた。
「はふぅ……」
全身から力が抜け、その場にへたり込む。抱えていたシロを地面に降ろし、怪我をしていないか確かめる。服に多少の汚れはあるものの、怪我はしていなかった。
「ごしじんたま? いま、あのおっきいのとおはなちしてた?」
「ん、あぁ、そうだけど……俺、なんか変な事言ってた?」
「うん。ごしじんたま、変な声だちてた!」
「そうか……まぁ、大丈夫だ。それよりも、だ」
一は振り返り、
『人間よ、貴様は一体何者だ?』
『……普通の、人間、です』
どうしたものか、と頭を抱えた。
『とりあえず、怪我とか大丈夫か? 動ける?』
『すぐには無理だが、しばらくすれば問題ない』
『んじゃ、ちょっと待ってろ』
そう言うと、一はシロがまとめてくれた荷物の中から捨てずにとっておいた空のペットボトルを取り出し、すぐ近くにある壊れた噴水に向かう。胸元から巾着に入った賢者の石を取り出すと、そこから変な方向に噴き出す水に触れさせながら、万能の結石ポーションとなった水をペットボトルに入れていく。
満タンになったペットボトルを片手に、賢者の石を終いながら黒龍の元へ戻る。
『ほら、口開けろ』
言いながら、強引に黒龍の口を開き、ペットボトルの中身を飲ませた。
『何をす――むっ? なんだこれは! 力が! みなぎる!?』
みるみるうちに細かい傷が治り、黒龍は立ち上がることが出来るようになった。もちろん他の大きな怪我はまだ治っていないが、それも時間が経てばしっかりと回復するだろう。
『人間、何をした?』
『話せば長くなるから割愛するが、俺が作った魔法薬っては万能なわけ。それよりも、お前はあの魔力爆発を引き起こした力が欲しいんだよな? 申し訳ないんだけど、それが出来ないんだ。あれは偶然の事故みたいなものだったからな』
『そうか……』
『その代わりに、俺たちもお前に協力して一緒に炎龍を倒すよ。歩けるか?』
『あぁ……』
『じゃあ、ちょっと一緒に来てくれない? 事情を説明しないといけないからさぁ……』
さて、どう説明すればいいのだろうか、とシロと共に黒龍を連れ、町の外に避難した住人たちの元へ向かった一は、ずっと頭を悩ませていた。
もちろん、黒龍を連れた一が避難した住民たちを見つけた時はとてつもないパニックになった。当たり前だよな、と彼は思いながら、そのパニックが収まるのを我慢強く待っていた。
「はい、皆さんが静かになるまでに、多分五十分くらいかかりました!」
ドラゴンたちが争っていたヒルデンの丘とは正反対に位置する小高い丘では、ウィンを筆頭に、一に買われた奴隷たちが炊き出しを行い、屈強な男たちが農具を片手にその周囲を見回っていたのだが、一が黒龍を連れて現れた瞬間、一瞬でパニックになった人々は、少し離れた所で彼らの様子を窺っていた。
「うるさい、全部あんたのせいでしょうが! あたしはシロちゃんを連れ帰って来いって言ったのに! なんで黒龍も一緒に連れてきてんのよ! バカじゃないの!? というかどうやって黒龍を手懐けたわけ!? 信じらんない!? それに何!? 黒龍と協力して炎龍を討伐する!? バカなの? あんた本当に頭おかしくなったわけ?」
酷い言いようである。
「いや、ウィン。頼むから俺の話を聞いてくれ……」
「これ以上何を聞けばいいわけ!? これでもあたしは冷静よ!? 目の前に黒龍がいるんだもの! これ以上ないくらい冷静よ! 今ならどんな難しい外交でも赤子の手をひねるくらい簡単に思えるわ!」
「いや、絶対に信じてくれないと思うんだけど、俺、黒龍の言葉が分かるみたいなんだ」
「はぁ? バカも休み休み言いなさいよ! じゃあ何? 黒龍が「お願いだから力を貸してください」とでも言ったわけ?」
「そうは言ってなかったぞ」
「はぁ!? 何言ってんの? 本当に頭おかしくなったわけ?」
哀れみの視線を受け、一はいよいよ肩を竦めるしかなかった。
「いや、本当なんだって。信じてない? 信じてないんだな? よし、分かった! お前、エルフ語的なやつあるだろ、喋ってみろ!」
「………は?」
「頼むよ。こうでもしないとお前信じてくれないじゃん!」
「……分かったわよ」
じゃあいくわよ、とウィンはジト目のまま、エルフ語を話した。その内容はこうだ。
『あんたみたいなバカが、世界一難しいと言われているエルフ語を理解できるわけないでしょ?』
もちろん、一以外に伝わるはずはない。ちなみに今この場にいるのは一、ウィン、シロ、町長の四人である。
『いやぁ、それが理解出来ちゃうんだよなぁ』
『……は?』
『これで信じてくれた?』
『……エルフ語よ? 人間には発音できない音だってあるのよ!?』
『そうなのか? え、俺きちんとエルフ語話せてるよな?』
信じられない、とウィンの顔がそう言っている。開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろうが、それを指摘すればまた面倒なことになるのは分かっているので、口には出さない。
「……マジ、なの?」
と言え、エルフ語を理解し、会話したことを考えれば、彼の言葉を信じなくてはならない。
「うん、マジ。だから黒龍の言葉を分かるのよ」
「……あんた、本当に……いえ、何でもないわ」
呆れた、というよりはどうしていいのか分からない、という方が近いのかもしれない。だからウィンはそれ以上の言及が出来なかった。
「それより、黒龍と一緒に炎龍を倒す事になった、ってどういう事? この黒龍があたしたちを襲ったんじゃないの?」
まぁ、まずはそこからだよな、と一は頷き、こうなって経緯を説明し始めた。
「――とまぁ、そういうわけで、十日後に黒龍と協力して炎龍を倒すことになった」
「………本気、なのよね?」
「もちろん」
「どうするわけ? 何かいい考えでもあるの? こっちは人手不足なのよ? さっきのアレで魔法使い二人が死んじゃったし……騎士だって冒険者だっていないのよ?」
ウィンのその言葉に関して、村長が待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「その件なら大丈夫でしょう。王国騎士団に救援依頼を出しておきました。明日には王国騎士団が駆けつけてくれるでしょう……ただ……」
「ただ?」
「相手は手負いの黒龍だと言ってあるので……炎龍が相手だと知れば、どうなるか……」
「まぁ、そこら辺は何とかだろう。そうだ。だったらちょうどいいや。その騎士様たちに盾になってもらって、俺が解放した人たちに弓兵になってもらおう。ウィン、お前の魔法具は大丈夫か?」
「ダメになったのもあるけど、ほとんどは無事よ。と言うか、本当に奴隷にやらせるわけ?」
「まぁ、付け焼き刃になるだろうけど、戦力は多い方がいいだろう? それにほら、俺とかお前って、この町の住人じゃないじゃん。やっぱりこういうのって住人たちが力を合わせて、ってのがお決まりだろ?」
「全滅したら元も子もないわよ?」
「俺が作ったポーションもあるし、最後の手段というか、奥の手というか、切り札的なものはあるから、心配しなくていいぞ」
どことなく呑気な声音にも聞こえるが、その言葉には迷いはなかった。むしろ、妙な自信すら感じられる。
「……あんた、本当に炎龍に勝てると思ってるわけ?」
だから聞かずにはいられなかった。何故この男はそうも簡単に色々な事を受け入れられるのか、それが分からなかったから。
「え? 勝てないと思ってるのか? なんで? 戦法はそんなに変わらないぞ? 多分使う魔法をもっと強力なものにしなくちゃいけないだろうけど、それだけだろ? それに、試しってのはいつの世も無いんだぜ? やるかやらないか、その二択だけだ。だったらやった方が良いだろ?」
まぁ、その前にこの黒龍の事を町の人たちに説明しなくちゃいけないんだがな、と笑いながら言った一は、不安がる住民の中へ消えて行った。
気持ち長めでした。
次回、新キャラ登場!!(予定)




