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俺の尿管結石が異世界では賢者の石だった!?  作者: 卯月真琴
第一章 転生したのに病気はそのまま
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進むも地獄、戻るも地獄

「………炎龍」


 一口に龍、と言ってもその種類は多岐に渡る。

 例えば、今炎龍と対峙している黒龍、広大な海を住処にする水龍、山のように巨大な地龍、高高度を住処とする雷龍と言った、単体で天災とされる古龍種。

 或いは、龍の下位種である竜種。こちらも一応は龍に分類されるが、天災級の古龍に比べれば被害は少なく、討伐難度も低いため、古龍と区別するために竜種と名付けられた。

 そして、その古龍の中でも最も強大な存在がこの炎龍である。

 理由は至って単純。

 人類に対し、この炎龍だけが最も攻撃的だからだ。

 炎龍以外の古龍は基本的には大人しい。こちらから手を出さなければ――手を出せないことがほとんどだが――天災級の被害を被ることはない。しかし、炎龍だけが他の古龍とは違い、好戦的なのである。

 調査によれば、炎龍は過去に四つの文明、三十二の国、三百六十九の都市町村を滅ぼしたとされている。直近で言えば約百五十年前に二つの国が滅んでいる。


「これ、あれか? あのヤバいやつが黒龍を襲ってるんだよな? 腹減ってるとか?」


 その炎龍が明るくも無い月を背に、黒龍を見下している。その鋭く冷たい瞳は、獲物である黒龍に向けられていた。


「知らないわよ……と言うか、炎龍なんて初めて見たわ。本当に存在していたのね」


 夜天に座す深紅と、大地に伏した漆黒は、長い間見つめ合っていた。


「あの黒龍を倒したら、満足するのかな、アレ」

「だから知らないわよ……龍同士の争いなんて初めてなんだもん……でも、そうね……」


 傷付き、瀕死の状態の黒龍は、それでも立ち上がり、咆哮を上げる。


「……あの炎龍がそれだけで満足するとは思えないわね」


 それに応えるように炎龍も咆哮する。

 そして、龍同士の戦いが再び始まった。

 おおよそ人智の及ぶものではない。

 純粋に力と力のぶつかり合いだ。角を振るう度に大気が鳴動し、翼を広げる度に風が切り裂かれる奇怪な音が木霊し、爪を振るう度に押し出された空気が衝撃波となる。

 二体の口からは炎が漏れ、闇の中で光の線が縦横無尽に乱舞していた。

 牙を、爪を、角を振るえば、両者はそれを防ぎ、返しでそれを振るう。時にはその巨体を極限まで縮め、時には夜空へと羽ばたき、時には翼を大きく広げて威嚇をする。

 

「なぁ!」


 とは言え、この戦いに関して言えば完全に蚊帳の外の二人。


「なに!?」


 爆音と咆哮のせいで大声を出しながら、二人は被害が及ばないように安全圏へと下がり、歴史的な戦いを観戦している。


「俺たちどうするべきだと思う!」

「どういうこと!」

「漁夫の利じゃないけどさ! あの二匹が弱った時に一気に叩けないかな!」

「はぁ!? んなバカな事出来るわけないでしょうが! そもそも、手負いの黒龍なんて炎龍の敵じゃないのよ!」

「お前の魔法でも無理か!?」

「無理よ! 黒龍だけならまだしも、炎龍相手に有効な魔法なんて知らないわよ!」


 あの黒龍だって撃退するのが関の山だったというのに、その黒龍より強い炎龍を相手にするなど、自殺行為に違いない。


「んー、じゃあ、しょうがないな! とりあえず村に被害が出る前に住民を避難させるぞ!」


 生憎彼らは互いに戦う事しか頭にないようだ。その間に出来ることをしなくてはならない。だから一はウィンの手を引いて、再び村に戻ったのだ。


 彼らが戻った時には既に避難が始まっていたが、控えめに見てもこれは避難ではなくパニックに陥った群衆がただ逃げ惑っているようにしか見えない。黒龍が攻めてきた、というのは広まっていたがさらに炎龍までいるとは誰も知らなかったらしく、それが更なるパニックを誘発していたのだ。


「おい、これじゃあ避難どころじゃねぇぞ! ウィン、手分けしてみんなを避難させるぞ!」

「それはこっちでやるわ! あんたはシロちゃんを迎えに行って!」


 ここでようやく一は、シロの事を思い出す。

 彼とウィンが此処にいるということは、シロは一人で宿屋に残されているということだ。きっと今頃どうしていいか分からずに泣いているはずだ。そう思うと心がチクチクと痛む。


「分かった、頼んだぞ!」

「あたしのシロちゃんに怪我でもさせたら、あんた死ぬまでぶん殴るわよ!」


 シロを一人にするわけにはいかない、と一は宿屋を目指し走った。

 その途中である。遂にドラゴン同士の戦いが村に及び始めたのだ。少しばかり片付きつつあった村は再び戦禍が訪れることになった。しかも今回はドラゴンが二匹。純粋に二倍の破壊が齎されることになるのだ。


「くそっ! 喧嘩するならせめて人様に迷惑かけないところでやれってんだ!」


 泊まっていた宿屋に辿り着くまでに回り道をしなくてはいけなかった事を考えると、もしかしたらシロは既に逃げているかも知れない、と思ったが、やはり万が一のことを考えると、見ておかなくてはいけないだろう。


「おい、シロ! いるか!?」


 爆発音と咆哮が近くで聞こえる。


「おーい、シロ!」


 一は宿屋に入り、真っ先に自分たちが泊まっていた部屋を目指す。爆音と悲鳴と咆哮と、それらを纏めるような振動は宿屋全体を震わせ、何かが壊れたり、軋んだりする嫌な音が耳に入ってくる。


「くそっ! 頼む、いてくれ、シロ!」


 そして泊っている部屋に駆け込む。


「シロ!」


 シロはまだ部屋にいた。


「ごしじんたま!」


 彼の部屋で、彼の荷物をまとめていたのだ。


「ごしじんたまのだいじなおにもちゅを、はこぶのは、どれーのおちごと。だからシロ、ごしじんたまのおにもちゅ、じゅんびしてた」


 普段と変わらない声と表情に、一は絶句した。

 何をどうすれば、自分の命よりも他人の荷物を優先出来るのか。

 分からない。

 分かってやれない。

 分かりたくない。


「ご、ごしじんたま?」


 不安そうなシロの瞳に映る自分の顔が見える。そこには無表情でシロを見つめる自分の顔があった。


「シロ、ごしじんたまのおにもちゅを――」

「そんなもんはいい!」


 怒鳴りつけた一に、ビクッと怯えるシロ。


「ご、ごめんなしゃい、ごしじんたま。ごめんなしゃい。だ、だから、ぶたないで……ぶたないでくらしゃい。ご、ごはんもいらないれす。おみずもがまんしましゅ。だからぶたないでくらしゃい。ぶたないで……」


 一の怒号を聞いた瞬間、身体を丸め、ガクガクと震えるシロ。

 その姿を見た一は思い知らされた。いや、分かっていたつもりになっていただけだ。目の前の幼女がどういう境遇で生きてきたのか、今までどういう仕打ちを受けてきたのか。そして今、彼女の目の前にいるのは、そんな奴らと同じ、何も変わらない人間なのだと、気付いた。


「……シロ」

 

 一は丸まって恐怖に震えるシロを抱き締めた。


「ご、ごしじんたま!? ど、どーちたの?」

「ゴメンな、シロ」


 怯えで震える小さな体を強く抱きしめる。


「別に怒ったわけじゃないんだ。ただ……心配だっただけなんだ」


 確かな温もりがそこにある。それを失うことだけはしたくない。彼にとって、シロは既に家族なのだから。


「荷物はいい。また後で買えばいい。でもシロ。お前はいなくなっちゃダメだ。シロの代わりはいないんだからな」

「………う、ん」

「じゃあシロ、行くぞ。ウィンも待ってる」


 シロを抱きかかえ、彼女がまとめてくれた荷物を持てるだけ持って、一は宿屋を飛び出た。


「ごしじんたま?」


 荷物とシロ抱えて必死に走る一に、シロは声を掛けた。


「どうしたシロ?」

「ごしじんたま、シロのこと、ぶたないの?」

「ぶたないよ」

「ぶたない……」

「あぁ、ぶたないよ」

「ぶたない……」

「何故なら! シロを助けないと俺がウィンにぶたれるからな!」

「ごしじんたま、ぶたれるの?」

「あぁ! ぶたれる! 多分死ぬまでぶたれるな!」

「ダメ! ごしじんたまはシロがまもりゅの!」

「そりゃ頼もしいね! んじゃ、さっさとあのエルフの元に戻りますかね!」


 と言ったものの、ドラゴン同士の戦いはさらに苛烈になっていた。

 避難している人たちが少なくなっているということは、おおよその村人は無事に逃げられたか、巻き込まれてしまったかだろう。何とか村の外を目指そうとしていた一だったが、瓦礫や倒壊した建物のせいで回り道を余儀なくされる。


「くそッ! ここもダメか!」


 噴水広場を抜けて裏路地へ入っていたが、燃え盛る家だったら物に阻まれてそれ以上先に進むことは出来ない。諦めて来た道を引き返し、違う道を探す。


「こっちか?」


 噴水広場に戻り、まだ通れそうな大通りを進もうとした時だった。


「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!!!」


 鼓膜が破れそうなほどの大音量の咆哮が響く。


「っげ!?」


 周囲を見渡すと、彼らの上に龍がいた。


「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!!!」


 どちらが咆えているのか分からない。分からないが、素人目に見ても、黒龍が一方的にやられているように見える。炎龍の放った火炎が黒龍の身体を焼く。肉が焼ける匂いと血が蒸発する音と共に黒龍の巨体が落ちてきた。


「ォォォォォ――――」


 断末魔のような呻き声をあげ、その巨体が地面に激突した。それだけで地は抉れ、建物は崩壊したのだが、最悪な事に巨体が落ちた先はこれから一が向かおうとしていた方向なのだ。


「ふっざけんな!」


 と、思わず叫んでしまう。だが、その叫びも炎龍の勝鬨のような咆哮に掻き消され、ぐったりと横たわる黒龍と、地上に降り立った炎龍の間に挟まれしまった。


「おいおい、勘弁してくれ」


 進むも地獄、戻るも地獄。こういうの状況を表す言葉があったな、確か狼がどうとかって言う……何だったかな? と何故か思いながら、一は一歩も動けなかった。

 傷だらけになりながらも立ち上がろうとする黒龍。

 そして一は声を聞いた。


『力を……力さえあれば……』

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