尿管結石ポーション
人によってはちょっと不快になる可能性がある回です。
お食事中の方などは気をつけてくださいませ。
一が奴隷商人を説教し終えた頃、二人と別行動をしていたウィンはと言うと。
「卸した商品、返せだと!? 舐めてんのか、おめぇよ!」
「だからこっちにも事情があるって言ってんじゃん! 元々あたしの物なんだし!」
魔法具店の店主と揉めていた。
「そういう事じゃねぇよ! 俺は金払ってお前んとこの商品を買ったんだ! それを返せ、ってのはまぁ良い! その事情とやらも分かった! だがな! 俺が払った金を返せないってのはどういう了見だ!」
「仕方ないじゃん! 女の子はお金が掛かるの!」
「だからってあの量の金貨を二、三日で使い切るのか!? あぁ!?」
「だーかーらー、こっちにも事情ってのがあるわけ!」
「そっちの事情なんぞ知った事か!」
この店主、この町唯一の魔法具取扱店であり、ウィンとの交流もそれなりに深い。とは言え、今回ばかりはウィンの失敗だ。あの可愛らしい幼女に色々と買い与えた結果、彼女が卸した魔法具を買い取れる金額は用意できない。こんな事なら先に一から軍資金を貰うべきだったと後悔すらしている。
「ねぇお願いよ! この町を助けるためなの!」
「お願いされてもよ! こっちだって色々と物入りなんだよ……協力はしてやりてぇが……」
進まない話し合いに、店主はほとほと困り果てる。
確かにウィンの言う事も分かるが、それでも現状を鑑みるとやはりタダで商品を渡すことなど出来るはずもない。守銭奴と言われてもおかしくはないが、本音を言えばタダで渡したいとも思っている。人道的行為を取りたいが、やはり現実的な問題が邪魔をする。
この状況だ、少しでも貯えが欲しい。そう言った様々な思考が店主の身体を絡めとってしまっているのだ。
「……そうよね」
しゅん、と気落ちしたウィンはしょんぼりした声を出す。
「おう、どうしたウィン」
とここで、カランコロンと入店を知らせる鐘が鳴る。
「首尾は上々か?」
入って来たのは一とシロの二人だった。
「あんたの方はもう終わったわけ?」
「おう、ばっちりとな!」
二人して満足気に笑っている所を見ると、余程スムーズに話が進んだのだろう。
「それより、お前の方はどうだ? なんか揉めてたように見えたけど……あー、うちのウィンが何かしましたかね?」
「ね、聞いてよ! こいつ頭固すぎなのよ! あたしが卸した魔法具を渡してくれないのよ!」
「はぁ!? お前なぁ! 別に渡さないとは言ってねぇだろうが! 俺が買った分の金額を返してくれれば渡すって言ってんだ!」
店主のその一言で、目の前のエルフが彼に何と言ったのかが、おおよそ理解出来てしまうくらいには彼女を知っているつもりだ。
「はぁ……そういう事か……」
まだ出会って数日しか経っていないというのに。だから彼は溜息を吐くしかなかった。
「なるほどな……お前、あのギルドで儲かったんじゃなかったのか?」
「シロちゃんに投資しちゃったから……」
「あぁ、なるほど。だからあんなに気前良くぽんぽん買い物出来たってわけか」
「女の子には色々と必要なのよ。男には分からないでしょうけど?」
「まぁ、いいけどさぁ。で? いくら必要なわけ? あ、おじさん、これで足ります?」
一はポケットから小銭入れを取り出し机に置くと、スッと店主の方へと差し出した。店主がそれを受け取り、中身を確認した途端、彼は素っ頓狂な声を上げた。
「お、おぉ……あ、いや、多い多い!」
「迷惑料だと思って受け取ってください」
「いや……えぇ? いいのか?」
バツが悪そうな店主はポリポリと頭をかいた。
「あぁ、その代わり、またこいつからまだ魔法の道具を買ってやってください」
「まぁ……それでいいなら、いいけども……」
「よし、じゃあ決まりだ! じゃあ魔法具、貰っていきますね」
こうしてウィンの卸した魔法具の回収が終わった。
店主が気を利かせてくれたため、魔法具は全て荷車に乗せて直接町長の邸宅に運び込まれることになった。ついでに言えば、すでに奴隷たちは町長の邸宅で待機しており、きっと荷物を降ろす手伝いくらいはしてくれるだろう。
「これでとりあえずの準備は終わったな。後は町長の家に戻って集めてもらった魔法使いたちと打ち合わせをして、奴隷たちに魔法具の使い方を教えて、出来れば練習とかしたいところだが、あのドラゴンがいつ襲ってくるか分かんねぇからな……」
町長の邸宅へと戻るまでの道は、それはそれは悲惨なものだった。破壊された街並み、深い悲しみと絶望に苛まれた人々たち。親を失った子供、家族を失った父親、伴侶を失った妻、家を失った老人、この町には気力が枯渇していた。それもそうだろう。黒龍襲来からまだ一日しか経っていない。町が復興の灯火を掲げるにはまだまだ時間が掛かるのだ。
「ね、ねぇ、ごしじんたま……」
一の握る手にぎゅっと力が籠った。
「どうしたシロ……お腹空いたか?」
ふるふる、と首を横に振ったシロは、瓦礫の山を指差す。
「シロも……なにかおてちゅだい、したい」
この心優しいフェルーシアン・クーシーの幼女は、悲しそうに犬耳と尻尾を垂れさせていた。
「みんな、おなかすいてる? シロ、ごはんがまんすゆ……だから……シロのごはん、みんなにあげる。おてちゅだい、すゆ……」
シロが初めて自分から何かがしたいと言い出したのは初めてだった。確かに奴隷としての生活が長かったから、自分で何かをしたいという考えはなかったのだろう。食事だって風呂だって寝ることだって、いつも一の言葉を待っているのだ。一もウィンも、仕方ないとは思っているが、時間が解決してくれるだろうとも思っている。
そんなシロが、初めて何かをしたいと言うのだ。しかもそれが悪い事では無く、誰がどう見たって良い事なのだから、止める理由も無い。
「そっか……お手伝い、したいか?」
「うんっ! すゆ!」
もちろん、ウィンにも止める理由はなかった。
さて、瓦礫の除去をしていたおじさんたちにお願いして、シロとウィンを参加させてやると、一は単身、町の診療所へと向かう。
「ウィンは魔法で何とかするだろうが、シロはどうかな……心配だなぁ……やっぱり一緒にいれば良かったな……」
何故彼が単身で行動しているのかと言えば、これはウィンの指示によるものだった。
『前に言ったけど、賢者の石が触れた液体がどういう作用を齎すか知りたいのよ。だからあんたは診療所に行って、調べてきなさい』
というわけだ。だから彼は一人で
「どーも、流浪の魔法使いでーす」
緊張感に欠ける挨拶と共に診療所へ入ったのである。
結論から言えば、尿管結石が触れた液体はあらゆる異常を回復させる至高の回復薬だった。
前にウィンは『賢者の石に触れた液体はあらゆる状態異常を瞬時に回復させる万能の液体になるのよ。それを飲み続ける事で不老不死になれる』と言っていたが、恐らくはその見立てで間違いはないだろう。現に一が
「治癒魔法の天才である俺が開発したポーションだ! これを飲めば一瞬であらゆる怪我や病気が治るぞ!」
と、尿管結石を入れた水差しから入れた水を診療所にいる全員に配った結果、その水を飲んだ怪我人は怪我が治ったし、足が不自由なお爺ちゃんの足も治ったし、目が不自由なお婆ちゃんの目も治った。ただ、一つだけ問題がある。
『うわぁ……俺の尿管結石の入った水飲んでるよ……うへぇ……良い事してるはずなのに、すげぇ罪悪感だな、これ。いや……まぁ、中には美人さんとか美少女が飲んでたからちょっとイケナイ気持ちにはなったが……それにしても、これはバレちゃマズイやつだな、うん』
つまりはそういう事である。
真実を知ったからと言って決して幸せになれるとは限らない、と誰かが言っていたのを思い出すが、正しくその通りだと深々と納得した瞬間であった。
そして、その噂が広まり、他の診療所から数多くの怪我人や病人が押し寄せたり、動けない人の所へ行ってポーションを与えたり、休む暇なく働いていると、気が付けば既に太陽は地平の彼方へと落ちていき、それを追うように銀色の月が姿を現そうとしていた。
ウィンとシロと合流したのは、最後の診療所の看護師さんに尿管結石ポーションを渡した直後だった。二人が診療所の前で待っていたのを見つけ、一は診療所全員からの声援をドヤ顔で受けながら、後にした。
「どうだった?」
彼らが泊まる宿屋は直接的な被害は受けていなかったが、飛んできた瓦礫のせいで一階東側の壁が無くなっていた。無論、補修作業は行われていたようで、彼らが戻った時には酒場では作業終わりであろうおっさんたちがどんちゃん騒ぎをしているところだった。
そんな中、三人はカウンターに座り、その喧騒を背負って遅めの夕食を取っている。
「何が? 治療か? うまくいったぞ。お前の想像通り、石に触れた液体は万能の回復薬になった。怪我も病気も、その回復薬を飲んだら治ったからな」
「そう、やっぱりね。怪我とか病気の度合いによって回復速度は違った?」
「ん? あぁ、そう言えば、そうだな。腕生えるのにすげぇ時間かかってたな」
左腕を失った少年に結石ポーションを飲ませると、少年は左腕が燃えるように熱いと言い出し、暴れだした。それを数人で押さえつけていると、千切れた部分から、ニョキニョキと赤子の手のようなものが生えてきて、数時間後には立派な腕になっていた。感覚を取り戻すのに時間は掛かっていたが、一たちが帰る頃には前の腕と変わらないくらいに動かせていたのだから、この結石ポーションの威力は恐るべきものだろう。
「なるほどね。これで名実ともにあんたの持つ石が賢者の石であるのが分かったわね。でも気を付けなさい? あらゆる傷を癒す万能薬がある、なんて世間に知られれば、それだけであんたはいろんな国から狙われることになるわ」
「まぁ、その可能性はあると思っていたけど……実際問題、別に構わないんだよなぁ」
お手伝いをしてくたくたになっていたシロだが、フォークとスプーンを手に料理が来るのを楽しそうに待っている。その頭を撫で繰り回しながら、一は半分ほどになったエールを飲み干す。
「別にこの世界に悪の魔王がいて、それを倒してこい、とか言われてないし、そもそもなんで俺が転生してきたのかも分かってないしな。だったら石を片手に世界中を旅して、苦しんでいる人を助けて回る方がよっぽど有意義だと思うんだ」
一は思う。
自分が異世界に来た理由、何故自分の身体から賢者の石が精製させるのか、そもそも、どうして自分なのか。分からないことだらけだが、それでも自分に何かが出来る力があるのだと思えれば、きっとそれをするのが正しいのだと思う。
「まぁ……別にあんたが何をしようと構わないけど、レイガスの二の舞にならないでね」
「まぁ、せっかくのチャンスだしな。元の世界の知識を使ってチート無双! とかやりたかったけど、そうもいかないしな」
「ごしじんたま、どこかいったうの?」
「ん? シロを置いては行かないよ」
「ほんと? シロ、ごしじんたまといっしょがいい!」
「そうかそうか、シロは優しいなぁ」
ニヤニヤしながら一はカウンターにいる少女にエールのお代わりを頼む。元気な反応と一緒に待ちかねていた夕飯が運ばれてくると、シロのテンションはマックスになる。可愛らしい犬耳と尻尾がぶんぶん振り回し、目を輝かせて一を見上げていた。
「食べていいぞ」
その一言に、見た者全員を蕩かせるほど可憐な笑みを浮かべたシロはハンバーグのようなものを頬張っては目を輝かせ、一口ごとに「ごしじんたま、これ、おいちい!」と報告してきてくれた。
「そうかそうか、シロが美味しそうに食べてくれて、作ってくれた人も喜んでるぞ、きっと」
結局、シロが美味しそうにハンバーグようなものを食べているのを見ているだけでお腹いっぱいになってしまった一は、まだまだ食べ盛りの娘におかずを譲り、エールをお代わりしたのであった。