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俺の尿管結石が異世界では賢者の石だった!?  作者: 卯月真琴
第一章 転生したのに病気はそのまま
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黒龍来迎

 この村に限らず、この国における鐘の音は二種類ある。

 一つは正午や夕暮れなどの時間を知らせるもの。

 もう一つは魔物や盗賊などの敵襲を知らせるもの。

 前者はゴーン、ゴーン、と長く余韻が残る音に対し、後者はカンカンカンと短く連続する音で、たった今鳴った音は後者の音であった。

 誰も状況の理解が出来なかった。

何故なら、全員がポカンとして食事の手を止めていたからだ。それどころか、何かのイタズラだと呑気な事を言いながら食事を再開する者までいる。平和慣れした人間ならば、きっとこういう反応をするのだろう。かく言う一ですら、ぽかんとしながら頭の上に『?』を浮かべて天井を眺めていた。そもそも、一はこの鐘の音の意味を知らないので、その反応は当然といえば当然だろう。

 そんな平和ボケした人間とは真逆の反応をしている人物が二人。

 エルフの少女と元奴隷の幼女である。


「お、おい、どうした?」


 一が声を掛けた時、彼は二人の反応が似て非なるものであると知った。


「ウィン?」


 エルフの少女は唖然としているが、その瞳と口元には恐怖が揺れている。


「シロ?」


 元奴隷の幼女は可愛らしい瞳をぎゅっと閉じ、カタカタと震えている。

 その様子を見て、この状況が日常的な光景ではないという事に気付き、何が起こっているのかを知る必要がある、とも思った。そうしてようやく一の耳には外からの音が届いてくる。

 耳に届いてはいたのだろうが、それを聞く事をしなかった彼は、それが如何に愚かな事であったかを知ることになった。

 悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 怒号、怒号、怒号。

 それが耳に飛び込んできて、ようやく彼はさっきの鐘の音が警鐘なのだと気付く。


「ウィン、シロを見てろ!」


 こういう時、男には少しばかりの度胸が芽生えるのだと、後に一は知ることになるのだが、今はそんな事を考えている余裕などなかった。

店の中が混乱し始めているが、まだパニックには陥っていない。いや、誰も動けていないのだ。だから一が真っ先に動けたし、外の様子を見に行くことが出来た。とは言え、この事態の異常性を彼は知らなかったし、知ったところでどうにもならなかったのだが。

 彼が外に出て、まず目に入ったのは、左から右へと流れる人混みだった。どこにそんな人数がいたのかと疑うほどの数に一は目を丸くしたが、すぐにその原因を聞く。


「……なんだ、この音」


 地響きのような、遠雷のような、そう言う腹にくる音がする。

 その音の正体を知ったのは五秒後。

 まるで獣の雄叫びのような咆哮を聞いたからだ。


「なんだよ、アレ!」


 音のした方を注視する。

 南西の空、雲と太陽を背に、何かが旋回していた。

 その姿はゲームやマンガ、アニメ、映画、その他多くのメディアに登場し、数多くの勇者に討たれてきた存在。


「………マジか」


 ドラゴン。

 優雅に旋回しているその姿は、紛れもなくドラゴンだ。

 目算でしかないが、その大きさは三十から四十メートルほどだろうか。

 全身は禍々しいくすんだ紫の鱗に、濁った黒とも言える甲殻。邪悪に黒光りする二本の角の生えた頭部。長い首と尻尾を持ち、その巨体すら楽々と包み込めるほどの巨大な一対の翼。

 そのドラゴンが、旋回をやめて村へと降下してきたのだ。


「村を襲ってるのか!?」


 見事なまでの空中機動力を誇示しながら、ドラゴンは村の中央付近に降り立った。その巨体は、彼がいる場所からでも十分に巨大に見える。

 彼がいるのは村の中央の東側だ。それでもあのドラゴンが蹂躙し始めれば、ここも無事ではないだろう。一のその判断は正しかった。彼が店の中に戻り、ウィンとシロに状況を伝えた時には、凶悪な咆哮はすぐ近くまで迫っていたのだから。

 店の中がパニックになったのは仕方ないが、それでもウィンと一だけはそう言ったパニックとは無縁の位置にいた。もちろん、シロが一緒にいたのも大きいだろうが、一からすればこの状況を現実なのだと受け入れられずいたのが大きいだろう。そのおかげか、一は思っていたよりもパニックには陥らず、正しくウィンの指示に従う事が出来た。と言っても彼女の指示は至ってシンプルなものだった。


「逃げるわよ!」


 その一言だけ。だが、その一言が真に迫っているのは間違いなかった。この世界でドラゴンと言うのは天災に近い。台風や地震と言った自然の猛威と同じなのだ。


「分かった!」


 だから一はその言葉に頷き、シロを抱えて、ウィンと共に店の外へ出た。

 店の中にいたのはおおよそ二分ほどだろう。だが、その二分で村は地獄絵図のような様相を呈していた。

 まるでスペクタクル映画を見ているようだ、と一は思う。

 巨大な黒龍が炎を吐き、尻尾で薙ぎ払い、爪で壊す。

 黒煙と赤炎が村を蹂躙し、悲鳴と怒号が木霊する。これを地獄絵図と言わずして何と言うのだろうか。

 逃げ惑う群衆の中、一はウィンの姿を見失わないようにするのに精一杯だったが、途中で自分たちとは反対の方向へ走っていく人々を見た。

 武器、防具に身を固めた十数人の集団。

 恐らく冒険者や常駐の騎士なのだろう。


「お、おい! ウィン!」

「何?」

「冒険者の奴ら、ドラゴンに勝てるのか?」

「勝てるわけないでしょ! あれは単なる時間稼ぎよ! 住人を避難させるためのね!」

「マジか」

「マジよ! 龍種なんて専用の装備と騎士団が数日掛けてやる大征伐で、倒せるかどうか、ってくらい強いのよ! 普通の冒険者たちが束になったところで何にも出来ないわよ! 常識でしょ!」


 シロを抱え直し、一は走った。ウィンの背中だけを追い、背後から迫るドラゴンの咆哮にビビりながら、懸命に走る。


「ごしじんたま?」


 その途中、一の肩に担がれているシロが声を上げた。


「どうしたシロ?」

「あのどらごんしゃん、こっちきてゆ!」

「なんだとォッ!?」


 走りながら後ろを振り返るという器用なことなど出来なかった。正確にはそんな勇気を持ち合わせていない、という方が正しいだろう。


「ウィン、見えるか?」


 だから一は自分ではなく、この状況でも至って冷静なウィンに任せる事にした。


「確認したわ! 確かにあの黒龍、こっちに来てる! このままじゃ追い付かれるわ!」

「はぁ!? なんで!? なんでなの!? アレか、まさか、俺の尿管結石を狙ってるとか、そういう展開なわけ? 確かにドラゴンって金銀財宝を守ってるとか言われているけどさ! 俺の尿管結石ってそんなレベルの代物なの!? 俺のあそこから出てきた石にそんな価値あったのッ!?」


 背後から轟く咆哮に恐怖を感じながら、一は自身の限界が近い事を悟った。


「な、なぁウィン! ご、ごめ……俺、もっ……げ、限界……」


 日頃の運動不足が、異世界では死に直結するらしい。こういう事ならもっと運動しておけば良かった、と思いつつ徐々にペースダウンしていく。


「ハジメ!? ちょっと! もっと頑張りなさいよ! 黒龍がすぐそこまで来てんのよ!」

「そうは言うけど……俺にも、限界、ってのが……あんだよ」


 ぜぇはぁ、と肩で大きく息をする一は完全に立ち止まってしまった。


「ちょっと! 本当にバカじゃないの!? 死にたいわけ!? 走りなさいよ! 死にたくなかったら死ぬ気で走れ!」

「お前こそバカ言うな! いいか! こう見えても俺は一般人なんだよ! 異世界転生物でよくある最強のスキルとか最強の武器とか、そういう都合のいいもんは持ってないの! だからこれ以上は無理!」

「はぁ!? バカなこと言わないでよ!」

「つーかお前! 魔法が使えるんだろ!? だったらあのドラゴン倒してくれよ!」

「はぁ!? バカなこと言わないでよ! さっきも言ったけど、龍種なんて専用の装備がないと倒せないのよ!」

「だったらなんかすげー魔法で撃退しろや!」

「そんな魔法……ない事もないけど……」

「よし! なら使え! 俺の尿管結石の魔力もやるから! とにかくあのドラゴンを倒すぞ!」

「ほ、本当にやる気なの!?」

「当たり前だろ! それしか俺たちが生き残る道はなさそうなんだからよ!」


 この時、一の脳内には『フラグ』という単語と『お約束』という単語が浮かんでいた。

 分かりやすい勝ちフラグだ。恐らくは俺の尿管結石の魔力を利用してエルフが極大魔法を使ってドラゴンを倒し、俺たちはこの村を救った英雄になって、異世界転生特有のハーレムが生まれるはずだ。そしてそれは異世界転生特有のお約束にもなっている。

 ならばこれは確実にドラゴンが撃退出来るバターンだ。

 一瞬でそう考えた一は、抱えていたシロを降ろすとウィンに手を差し出す。


「……あんた、本気なの?」

「本気も本気。俺とお前であいつを倒すぞ」


 決まった……これは完全に勝ちフラグですわぁ……、と内心ニヤつく。


「うー、ごしじんたま、かっこいい!」

「だろ? 俺はかっこいいんだよ! だからやるぞ!」

「なんでそんな自信満々なわけ!? ていうか本当にやるわけ!?」

「ていうかなんでお前はそんなに後ろ向きなわけ?」

「当たり前でしょ! 二人で黒龍に立ち向かうなんて――」

「ウィン………すまんな……」

「……へ?」


 一がウィンの後ろをチョイチョイと指差す。訳も分からずその指の指し示す方に振り返ったウィンは絶望した。

「えぇ……」


 彼女の視線の先には、ドラゴンがいた。

 目と鼻の先というわけではないが、彼らとドラゴンの距離はおおよそ五十メートルほどだろうか。常駐の騎士や冒険者が賢明に戦ってはいるが、そもそも次元が違い過ぎる。ナイフだけで重戦車に立ち向かうようなものだ。そして何より重要なのは、その巨体から溢れ出る威圧感と狂気にも似た視線が彼らを捉えているということだ。周囲にいる有象無象には目もくれず、彼らだけを見ているのだ。


「もうやるしかないぞ」


 観念しろ、と一はウィンの肩に手を置いた。


「腹くくれよ、ウィン! 俺たちでこの町を守ってやろうぜ!」


 そのやる気はどこから溢れてくるのか、項垂れたウィンだったが、その言葉にはどこか不思議な魅力があったのも気づいていた。


「……癪だけど、やるしかないならやるしかないわね!」


 彼の言葉には『本当にやれるかも』というカリスマのようなものすら感じ取れるのだから不思議なものだ。いや、当の本人にはカリスマ性など一切ないように見えるのだが。


「よし! んじゃ頼む。で? どんな魔法使うの?」

「そうね……あたしが知ってる中でそれなりに優秀な魔法を使ってみるわ!」


 そう言って、ウィンは一の手を取る。


「よーし、んじゃ始めますか!」


 そう言っている間にも、ドラゴンは騎士や冒険者を蹴散らし、その巨体を揺らしながら一たちとの距離を詰めていた。


「我、純白と蒼銀を糧とし、その席に名を連ねる者なり!」


 詠唱を始めたウィンは迫り来る圧倒的な威圧感を肌で感じ、あまりの恐怖に吐きそうになる。だが、繋いだ手から感じる温もりがそれを間一髪のところで抑え込んでくれていた。

 その温もりも彼女と同じように震えていたし、冷や汗のせいでヌルヌルする。だが、どうしてだろう。全然嫌な気持ちにはならない。それどころか、彼を通して伝わってくる魔力の何と暖かいことか。


「風と氷の精霊を上の座に、我と我らの僕は下の座に! あぁ、目前に居座る怨敵が見えるか! 傲慢なりし御身の仇敵が!」


 繋いだ左手とは逆、彼女は利き手を天に掲げる。


「あぁ、風よ、吹き荒ぶ嵐よ! 氷よ、閉ざされし氷河よ! 森羅万象より集え、精霊が鍛えし永久の槍よ!」


 大気中の風が彼女の右手に殺到し、渦巻く。


「彼方より来たれ大気を満たす吐息、此方より来たれ銀雪の息吹!」


 彼女の右手に殺到した風は大気中の水を氷に変え、瞬く間に巨大な氷の槍へと姿を変えた。


「双極を束ね、逆巻き連なり天に座せ!」


 その氷の槍の大きさはおおよそ五メートルほど。その鋭さは黒龍の甲殻すら貫けるのではないだろうか。そして彼女は振りかぶり


「蒼銀の氷槍!」


 その言葉と共に彼女が有する最大の魔法が


「いっけぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!」


 今、放たれた。

 研ぎ澄まされた氷槍、その煌きは命を奪う輝きだ。その鋭い眩さは投擲した瞬間に尾を引き、黒龍の身体を貫かんとした。しかし、黒龍もバカではない。むしろあらゆる魔物が生存するこの異世界に置いて、龍種は人間と同等かそれ以上の賢さを持つ生き物だ。そして生物としての本能も兼ね備えている。

 その黒龍が迫り来る高速の槍を脅威と判断した。だから黒龍はその巨体を直撃の寸前にずらし、直撃は免れた。


「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!!!」


 黒龍の咆哮が轟く。まるで耳が無くなったような感覚になるほどだ。着弾時の爆発音と砂埃はその咆哮によって掻き消されてしまったほどだ。


「直撃はしなかったようね……」

「何だって? なんも聞こえないんだけど!」

「直撃しなかったって言ったの!」

「何だって!?」

「だーかーらーッ! 直撃しなかったの!」

「うるせぇ! 耳元で大声出すな。見りゃわかるよ。片腕に傷を負わせただけだもんな! だがアレは結構効いたんじゃないか? ほら」


 一が指差す。

 そこにはドラゴンが呻き声を上げながら、その巨大な翼を広げているところだった。


「とりあえず、あいつ帰るみたいだぞ?」


 その翼を羽ばたかせ、ドラゴンが飛び立つ。その巨体が浮かんでいること自体が不思議なくらいなのだが、ここは異世界なのだからこれが常識なのだろう。


「……やったの?」


 黒龍が空高く飛び、そのまま撤退していくのを見上げながら、ウィンがポツリと呟いた。


「おいおい、そのフラグは立てちゃダメだぜ?」

「フラグ? 何それ?」

「こっちの話だ、気にすんな……でも、とりあえず……お疲れさん、ウィン」


 呆けているウィンに、一は微笑みかけた。

 繋いだ手が離れたのはそれから五分後、シロにずるいと言われるまで二人とも気付かなかった。

 だから、というわけではないが、一は言い出すタイミングを完全に逃してしまった。

 あのドラゴンが去る瞬間、彼が聞いた低い声の事を。

 彼の聞き間違いではないとすれば、確かにこう聞こえた。


『その力……必ず貰い受けるぞ……』と。

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