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俺の尿管結石が異世界では賢者の石だった!?  作者: 卯月真琴
第一章 転生したのに病気はそのまま
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嵐の前の静けさ

 金になった首輪をウィンが魔法で壊したことで、晴れてシロは奴隷の身分から解放されたというわけだが、当の本人にはまだその自覚はないようだった。

 その証拠にシロを連れて下の酒場にかなり遅い晩飯を食べに向かった際には、酒場の端で小さく座ろうとしていた。


「お、おいシロ!」


 一は慌ててシロの元へ駆け寄るが、当のシロはと言うと


「ひっ! ご、ごめんなしゃいごめんなしゃい」


 と震えながらその小さい体をさらに小さくしてガタガタと震えていた。

 言葉が出なかった。

 こんなに小さい体が芯から震えている。

その姿は彼の心を強く締め上げ、頭を真っ白にするには十分だったし、同時に恐怖も覚える。基本的に、ただ普通に人生を送る中で恐怖に震えるような体験はほぼ無いだろう。しかもこんな幼いなら尚更だ。


「やっぱ、異世界なんだな……ここは」


 自分のいた世界の常識は非常識、と前にウィンに言われたことを思い出し、溜息を吐く。


「あー、もう!」


 頭をガシガシと掻きながら、ぐちゃぐちゃになった思考の中から一気に湧き上がってくる本能を受け入れた。


「シロ!」


 一はガタガタと震えるシロを抱き締める。


「大丈夫だ、シロ。もうここにはお前をいじめる人はいないよ。だから安心しろ」


 一はシロの頭を撫でた。そうしている内に震えは徐々に静まっていく。


「落ち着いたか、シロ」

「……うん」

「なら飯食おう。飯食って風呂入ってみんなで寝れば、嫌な事なんてすぐ忘れるぞ! 俺が言うんだから間違いない! な?」


 笑いかけ、シロの手を引いてウィンの待つテーブルに向かった。


「で、でも、シロ、ごしじんたまとおなじのだめ」

「なんでダメなんだ?」

「まえのごしじんたまがそういった」

「ダメじゃないさ。俺が許可する。命令が欲しいならいくらでも命令してやるぞー。今日からお前は俺たちと一緒に飯を食って風呂入って寝るんだ。分かったな?」


「何それ」と怪訝な表情のウィンは続ける。


「シロちゃんだってこんな気持ち悪いおじさんと一緒にお風呂入ったり一緒に寝たりするの嫌だよねー?」


 どうしてこのエルフはいちいち俺の心に要らぬダメージを与えてくるのだろうか。これはあれか? 俺の事が好きで好きでたまらなくて、間に割って入ってくる存在に嫉妬してこんな棘のある発言をして好きな子を虐めてしまう小学生男子のようなタイプなのか? と真剣に悩んでいると


「ううん。シロ、ごしじんたま、すきー」


 シロが可愛らしい笑みを浮かべて一を見上げている。その笑みの破壊力たるや、この場にいる二人はそのあまりの尊さに言葉を失いつつあった。


「………おいウィン。俺、今日ほど幸せだと思った日はない」

「それに関しては同感ね。あんたがあのいけ好かない奴隷商人の口車に乗せられて、曰く付きの奴隷を買わされた時はどうしようかと思ったけど、結果的にめちゃくちゃ可愛いあたしのシロちゃんが目の前にいるんだから、過去のあんたにしては上出来よ」

「おい待て。いつからシロがお前の物になったんだ。この子は俺の子だ」

「は? 何言ってんの? あたしが案内しなかったらそもそもこの子に会えなかったのよ? 全てはあたしのおかげに決まってるじゃない!」


 始まった喧嘩は、注文していた料理が運ばれてくるまでの十五分間、ずっと続いていた。





 食後の一服というのは喫煙者にとっては日常の一部となっている。例に漏れず、一も宿屋の前で食後の一服を楽しんでいた。


「タバコ、無いのかなぁ、やっぱり……こりゃいよいよ禁煙しないといけないのかねぇ」


 昨日今日で既に封を切ったタバコは空になり、未開封の二箱を残すだけとなったタバコだが、この二箱を消費し終わった後は自動的に禁煙生活が始まるのだ。


「まぁ、シロのためにも禁煙はした方がいいんだろうが……」


 そういえば、と同期の男を思い出す。確か子供が出来たのをきっかけにすっぱりと禁煙したと言っていたが、なるほど確かに、と思う。


「まぁ、早いとこ代わりになるものを見つけないといけないわけだ。この世界にタバコなんてあるのかねぇ?」


 思うだけで、禁煙しようとは思っていない一は、フィルターギリギリまでタバコを吸うと地面に投げ捨てて踏み消した。もちろんこのままポイ捨てする勇気などは生憎持ち合わせていないため、吸い殻を拾い上げて空になったタバコの箱へと押し込んだ。後でこの箱も捨てなきゃな、と思う。さて、何故彼が一人で酒場の前で一服をしているのかと言うと。


「ごめん、お待たせ」


 現在時刻はスマホによれば夜の十時前。恐らく現地時間はもう少し進んでいるだろう。

 一は声のした方に向くと、ウィンとシロが手を繋いで出てきたところだった。


「よし、じゃあいくか」


 向かうは浴場だ。

 この世界に来て初めて入る風呂に少しばかりの好奇心と興味を抱きつつ、一はシロを真ん中にして仲良く手を繋ぎながら、まるで親子のような足取りで浴場へと向かった。

 浴場の感想を言うと、当たり障りのない銭湯のようなものである。

 古代ローマのような巨大で豪華な浴場だと思っていた分、その落差はとても酷かった。


「いや、本当に銭湯じゃねぇか……まぁ良いけどさ……」


 贅沢は言わないが、風呂上りのコーヒー牛乳くらいはもちろんあるんだろうな? とウィンとシロと別れ、一人寂しく脱衣所へ向かう一だったが、どうやら風呂上りのコーヒー牛乳どころか飲み物すらなかった。

さて、入浴において特筆すべきことは何一つないのだが、敢えて特筆するとすれば、ウィンが正しく着やせするタイプだったということだけだろうか。

ほっそりとした体躯からは想像が難しいであろうが、彼女の肢体は程良く肉付き、扇情的な香りを醸し出していた。スラッとした肉付きではあるが、締まるところはしっかりと締まっており、肌も艶やかでシルクの様な美しさとエルフ特有の独特な雰囲気が相まって、刺激的な光景を視神経が脳内へと刻み込む。

 そんなウィンは、自分の横で不安そうにきょろきょろとするシロに目をやる。


「シロちゃん。ほら、ばんざーい!」


 少しばかり強引ではあるが、シロの両手を持って上にあげる。


「はーい、そのまま。脱ぎ脱ぎしましょーねー」


 シロの着ているボロボロの服を手慣れた手つきで脱がせると、そのままシロの手を引いて浴場へと向かった。そこからは想像にお任せしよう。別にラッキースケベ展開があるわけではない。ただ言うならば、親子……と言うよりは仲の良い姉妹のようにキャッキャッと楽し気にお風呂を満喫しただけだった。


「羨ましい限りだぜ、全く」


 この二人の楽し気なやり取りは、男湯にいた一にもしっかりと聞こえていた。


「ふぅ……もう上がるか……」


 銭湯に一人はいる疲れた中年男性のような風格で湯に浸かっている一は、頭にタオルを乗せ直しながら上っていく湯気を見つめながらそう呟いた。

 ウィンとシロが出てきたのは、それから三十分後のことだった。

 性懲りも無く新しいタバコの封を切り、入浴後の一服を楽しんでいた一は湯冷めした身体を震わせながら、二人が出てくるのを待っていた。


「ごめん、お待たせ」


 先と変わらない挨拶に一は手を上げて答える。


「あんた、何してんの? 何それ」

「これか? タバコだ」

「ふーん、あんたの世界にもあるんだ」

「なに!? この世界にもタバコがあるんか!? どこだ! どこで買える!」

「え? え? な、なに? なんでそんな血眼になってんの!?」

「当たり前だろ! こちとらニコチン中毒者なんじゃい! どこだ! どこに売ってる!」

「この辺じゃ売ってないわよ。あれは高級品だから、貴族とか商人とかしかやってないの」


 ウィンはそう言ったが、彼にとって高い安いは関係ない。この世界にもタバコがあるという事実の方が彼にとっては重要だ。


「そうかぁ……この世界にもタバコがあるのかぁ」


 朗報を聞き、幸せそうに頷く一の手をぎゅっと握る感触がある。


「ごしじんたま、うれしい?」

「あぁ、嬉しいよ」

「らったらシロもうれしい! でも、ごしじんたま、くちゃーい」


 キャッキャッと笑うシロに、芽生えるはずのない母性が目覚めてしまった一だったが、タバコの臭いはやはりどの世界でも臭いようで、鼻の奥がツンと痛くなるのを感じた。

「そういや」と、一は湯上りのシロを見て気付く。


「シロの新しい服がないんだよな。今日はもう遅いし、明日はシロのものを買いに行くか」


「そうね。きっとシロちゃんは何でも似合うわ!」


 こんなに可愛いんだもの! とシロを抱き上げ、その柔らかそうな体に顔を埋めてこれでもかと言うほどにぐりぐりと顔をこすりつけるウィンを見ながら「…………いいなぁ」とぼやく一だった。


 翌日の事である。

 昨夜、ウィンの強い希望もあり、ウィンとシロが同じベッドで眠り、一は一人寂しく寄り添う姉妹然とした二人を見つめながら眠りについたのだが、いざ起きてみれば、何故かシロは一のベッドで猫の様に丸くなって穏やかな寝息を立てていた。

 何事か、とウィンのベッドに目を向けると本人は何故かエジプトの壁画かと見間違えるほどに奇怪な姿勢のまま、まだ寝ている。


「寝相が悪いなんてレベルじゃねぇぞ、これ……」


 呆れながらも、気持ちよさそうに眠っているシロを起こさないように静かに起き上がり、床に落ちてしまったタオルケットを拾い上げ、ウィンにかけてやる。

中途半端に起きてしまったため、二度寝しようにも瞼は重力に逆らっていた。静かに溜息を吐き、枕元のスマホを手に取る。時刻は朝五時だ。このスマホは異世界仕様になったのではないかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。恐らく時間の流れは彼の元いた世界とさほど変わりないのだ。何故なら、彼の体内時計がまだ正常に作動していて、もうサラリーマンではないのに律義にこのくらいの時間に目を覚まさせてくれるからだ。

 眠気は既にどこかに旅立ってしまい、目が冴えてしまった一は


「とりあえず、一本吸ってから考えるか」


 寝起きの一服をするために部屋を後にした。朝五時でも、外に出てみると意外と人の往来は多い事に気付く。中でも野菜や魚、肉、穀物といった食料品を運ぶ荷馬車が多く見受けられる。


「やっぱ朝早いんだなぁ……」


 その往来を見ながらタバコを取り出して火を点ける。一本を吸い終わるまでの間にジロジロと商人たちが彼の事を見ていたのは、きっと高級品であるタバコをどう見ても金持ちには見えないおっさんが吸っているのが不思議でしょうがなかったのだろう。


「さて、戻るか……」


 一服を終えた一は、ぶり返してきた睡魔に逆らおうとはせずに、自室戻って仄かに温もりが残るベッドに潜り込んで、目を閉じた。


「起きろッ!」


 その瞬間、何者かによってたたき起こされた。何事か! と飛び起きてみると、既に着替えを終えたウィンとシロが一のベッドの脇に立っていたのだ。


「んあ? なんだ……あぁ、二度寝しちゃったのか……」

「早く起きて準備しなさいよ! 朝ごはん食べたらシロちゃんのお買い物に行くんだから!」


 このエルフ、初めて出会った時のあの優しい感じはどこへ行ったのか、と思うほどに傍若無人になっている。まるで宇宙人、未来人、異世界人、超能力者を求めるあの団長様のようにも思えるのだが、まさか本当に願望実現能力とか持っていないだろうな、と訝しむ。

 現在時刻は九時前。

 下の酒場へ向かい、三人で朝食を済ますと、ようやく村へと繰り出した。

村に繰り出してまず初めに三人が向かったのは床屋だ。そこでシロのボサボサの髪を整え、しっかりと髪のケアしてもらう。

ボサボサで伸びきった髪の毛を整えるだけで、女の子というのはこうも変わるのか、と言うほどの変わり様だ。長く痛み切った髪をバッサリと短くし、毛先を整え、全体的なバランスを調整し、最後に髪のケアを行う。どうやらこの世界では髪の毛のケアに魔法を使うらしい。ウィン曰く、水と風の単純な混成魔法とのことだ。

すっかり可愛くなったシロは、鏡に映る自分を不思議そうに見つめ、おどおどしていた。

その後はシロが着る服や下着を買い、その後で必要な日用品を買ったところだ。

ショッピングと言うのは、いつ時代もどこの世界でも男が荷物持ちにされるらしい。さらに言えば長い。一着の服を買うのにどうして何回も試着したり別の服と見比べたりする必要があるのだろうか。


「理解出来んな……」


 既に両手いっぱいの荷物を抱えている一は午前中最後の店、雑貨屋へと来ていた。


「おい、まだ買う気か?」

「別にいいでしょ? あんたに任せたらすっとこどっこいな物を買いそうで怖いのよ」


 すっとこどっこいなんて言葉、久しぶりに聞いたぞ、とぼやく。


「んじゃ俺、外で待ってていいか?」

「ダメに決まってるでしょ」

「さいですか……」


 二人のやり取りなど気にしないシロは、初めての体験でテンションが最高潮に達している。キラキラとした笑顔を終始貼り付け、嬉しそうにはしゃいでいた。


「ねーねー、おねえたん?」

「なぁに、シロちゃん」

「こえなに?」


 そう言ってシロが指差したのはクマのぬいぐるみだった。


「これはね、くまさんよ」

「くましゃん?」

「そうよ。シロちゃん、この子の事、好きかな?」

「うー、すき!」


 よーし、じゃあお姉ちゃんが買ってあげちゃうぞー、とこちらもまたテンションが上がっているウィン。


「おいおい、そんなに散財して大丈夫なのか?」

「気にしなさんな! この前の取引で儲けたから大丈夫よ!」


 華麗にウィンクをしたウィンは、どうしてか自分も色違いのクマのぬいぐるみを抱え、店員に話しかけていた。





 一度、買った物を部屋に置いてから再び村に繰り出した三人。

 時刻は正午。村を行き交う人々の関心はどこの飯が上手かっただの、ここの昼飯は安いだの、あそこのランチは少し少なかっただの、やはり世界が違えど会話はほぼ同じなんだな、と感心しながら、三人はウィンのおすすめする食事処へ入ったところであった。

 この世界の飯は比較的美味い、と一は思っている。現代世界のジャンクフードやコンビニ弁当ばかり食べていた彼にとって、この世界の食事というのは新鮮だったし、何よりどこか懐かしさを感じさせてくれる。味付けは少しばかり薄いが慣れてくればどうという事はない。それでも美味いと感じるのは料理人の腕によるものなのだろう。

しかし、昨日の今日ということもあって、シロはまだ緊張しながら席についている。料理が運ばれてきても見ているだけで食べようとはせず、彼やウィンが食べるのを待っているし、まだ慣れない食器に悪戦苦闘していた。

 とは言え、なんてことのない日常的な風景だ。

ほのぼのとした、とても平和な光景だった。

 鐘の音が響くまでは。

次回、いよいよ事件が勃発!

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