奴隷幼女のシロ
酒場の裏側、馬や牛、獣竜種などを休ませている馬屋では、ペストの商品である奴隷たちが少ない藁を持ち寄って身を寄せ合いながら休んでいた。
「ここかぁ?」
その馬屋に顔を出した一とウィンとペスト。
いきなり人が現れた事でびっくりした奴隷たちだったが、それでも主人が来たことで全員がスッと立ち上がる。
「あの白いのはどうした?」
とペストが尋ねれば
「あの子は隣の馬屋で馬の世話をしております」
と一番背の高い女性がそう答える。
「そうか。買い手が決まった。連れてこい」
「……畏まりました、旦那様」
背の高い女性はそう言うと、馬屋から出て行った。その背中を何となく追った一は、彼女の背中に無数の傷を見つける。見てはいけないものを見てしまった、とすぐに視線を逸らすが、逸らした先には奴隷がいた。誰もがビクビクしながら一の方を見ており、目が合えばすぐに顔を伏せられる。
「さて、既に契約書は貰ったから後は好きにしていいぞ。私は残るが、お前たちはどうする?」
「んあ? そうさな……俺らは帰るよ」
「そうか。ではここで失礼する」
ペストはそう言って、酒場に戻った。その際、彼は据わった目で彼を睨みつけ、言う。
「返品は認めないぞ」
「返金も認めないぞ?」
既にペストへの興味を失っている一は適当な声音で答え、しっしっ、と追い払うようなジェスチャーをする。そして残された一とウィンは、奴隷たちの視線を一身に受け止めながら気まずそうに立つだけ。
「……なんか、警戒されてる?」
こそこそとウィンに耳打ちすると
「当たり前でしょ。あんたは買い手なの。生殺与奪を握っているかもしれない人間が目の前にいたら、そりゃ警戒するでしょ」
改めてこの場にいる人たちに目を向けてみる。
全員が質素な服を着ている。いや、質素以下だ。ただの汚いボロ布を纏い、髪はボサボサ、肌も荒れ、爪は伸び、痩せ細っている。きっとあの奴隷商人から酷い仕打ちを受けているのだろう。痛々しいとは思うものの、どうしていいのかまでは分からない。そうやって何も考えないを考えていると、背の高い女性が件の奴隷を連れて戻って来た。
「お待たせしました。この子が……」
背の高い女性の後ろにいたのは、質素な服を着た少女、いや……幼女だった。
「貴方様がご購入された子でございます」
「……え?」とウィンが絶句し
「……うん?」と一が首を傾げる。
夜の闇の中でも見事に輝く白くふわふわとした髪、幼さしかない肢体に、ぷにぷにとした柔肌、もちもちとしたほっぺた。自分がどうしてここに呼ばれたのかを分かっていない素直な瞳は紅く輝いている。極めつけはぴょこぴょこと動く犬耳と、お尻から見えるもふもふとした尻尾だ。
「この子……フェルーシアン・クーシーね?」
「ふぇる?」
「フェルーシアン・クーシー。亜人よ」
「ほぅ……犬耳娘か」
なるほど……と一は目の前の幼女を上から下まで舐めるように観察する。これが元いた世界なら事案認定され、きっと一は国家権力によって投獄させられていただろう。だが幸か不幸かここは異世界だ。別に犬耳幼女を舐めるように見ても通報されないし、投獄もされない。
「それに……忌児なのね」
「忌児? なんだそれは?」
「髪の毛とか肌が白いでしょ? あと目も紅い。時々こういう子が生まれたりするのよ。百年に一度、とかそんなペースでね。そういう子はね、種族の中でも能力的に劣っていたり、災いを呼び寄せたり、とにかく良い事が無いから、すぐに捨てられるの。それが忌児。きっとこの子も親に捨てられたのね……」
「ふーん、アルビノ、ってやつか」
「アルビノ?」
「そ。俺の世界ではそう呼んでる。でもそうかぁ……」
一は背の高い女性の後ろに隠れるようにいる幼女に近づき、しゃがんで目の高さを合わせると、そのまま手を伸ばして幼女の頭を撫でる。
「この髪も、その瞳も、とても綺麗だな」
優しい笑みを浮かべながら、幼女の頭をくりくりと撫でまわす。
自分が何故ここに呼ばれたのかも理解していない幼女は突然の事にあたふたしながらも、それでも一の手を払おうとはしなかった。
「名前は何て言うんだ?」
背の高い女性に聞いてみたが、女性はまるで汚物を見るような蔑んだ瞳を彼に向けていた。
「……え、なに? なんでそんな変態を見るような目で……って、そりゃそうだ。おっさんがこんな幼女を買ったってなればそりゃそうなるよな!」
ワハハと笑う一が他の人を見ていく内に、その蔑むような視線が全て自分に向いているのだと気付き
「っぐぅ! なんだよ! 別にいいじゃんか! やましい気持ちなんてこれっぽっちもないよ! ただ可愛い物を可愛いって愛でてるだけだよ! それをよ! 何でもかんでも変態! 変質者! キモイ! 臭い! オタク! 犯罪者予備軍! とか言ってさ! 俺たちだってきちんと住み分けしてんだよ! それを勝手にこっちのテリトリーに入ってきて荒らすだけ荒らして満足して帰っていくなんてよ!」
その場で泣き崩れた。
マジ泣きである。
その場にいた全員がドン引きしていた。ただ一人を除いてだが。
「……いたい?」
幼女が一の頭を撫でていた。自分がされたように、一の頭をクシクシと撫でている。
「いたいと、ないたうの。ちってる」
舌足らずな話し方に、一は心が締め付けられるほどに愛おしさを感じていた。
「はは、君は良い子だなぁ……でも」
と一は笑う。
「君たち、この子のために自分の身を削ってるんだろ?」
「……は?」とウィンが間抜けな声を上げた。
「だってそうだろ? みんなの服は布切れ一枚だけど、この子はちゃんと服になってる。つぎはぎだけど、みんなの布をすこしずつ縫って作ったんだろ? それにご飯だってこの子に分けてあげてるんだろ? 体だって清潔だし、髪も……まぁボサボサだけどきちんと整えられてる。それって」
一は笑う。
「みんながこの子を愛しているってことだろ?」
一つ言っておこう。
一はとても良い事を言ったつもりだ。いや、いい事を言っているのだが、彼はまだ幼女に頭を撫でられているのだ。マジ泣きし、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔のまま笑みを浮かべ、幼女にいいこいいこされながら言っているのだ。
「…………気持ち悪い」
ウィンがそう言ったが、きっとその場にいた全員が同じ気持ちだっただろう。
「なんでだよ!?」
やはり、気持ち悪いのはどの世界でも共通のようだった。
さて、幼女を引き取る事になったはいいものの、他の奴隷さんたちはどうやら一の事を幼女しか愛せない変質者か何かと勘違いしていて、その誤解を解き、幼女には自分が引き取られた事を説明し、背の高い女性から幼女の好みを聞き出し、別れ際に一リットル以上の涙を流すほど感動的なやり取りがあり、今に至る。
泊まっている宿屋に戻って来た三人は、自室へ向かい、ようやく肩の荷を降ろした。
「………なんなの、今日は」
「濃い一日だったな」
二人はベッドに腰を掛け、一気に脱力する。一はうな垂れ、ウィンはベッドに寝転がる。そんな二人をドアの横で見ている幼女。
「誰のせいよ……全く。あの奴隷商人の口車に乗せられただけでしょうが! 単にいらないものを押し付けられただけでしょ! あんたもあんたよ! 勝手に奴隷なんて買って!」
「お前は俺のオカンか! それよりもっとおしとやかにしろよぉ、この子がびっくりするだろ?」
なー? と一は幼女に問いかける。だが、幼女の反応はない。
「ふむ、どうやらいきなりこんな所に連れてこられて不安なのだろう。どう思う、ウィン」
自分が出せる最大限のイケボを使い、ウィンに問いかける。
「知らないわよ、って言いたいところだけど、そうでしょうね。いきなり知らない人が現れて、今からこの気持ち悪いおじさんと一緒に暮らすんだよ、って言われた幼女の気持ちになってみなさいよ」
「うるせぇ。反論出来ないこというな」
「本当の事でしょ。でもまぁ……名前が無いって言うのも不便だと思うし、付けてあげたら、名前」
「そうだな……名前か……」
一は、入り口の横に立つ幼女に視線を移しながら唸る。
幼女はビクッと跳ねる。何かされると思ったのだろうか。
そう言えば、と先ほど出会った背の高い女性の事を思い出す。背中にあった無数の傷は、きっとあの奴隷商人から受けたものだろう。そして恐らく他の女性たちも虐待を受けているに違いない。そして恐らくこの子も……と考えるのだが、嫌な考えはしないに限る。
フルフルと頭を振り、変な考えを頭から追い出し、改めて扉の前で立つ幼女に目を向ける。暗い中でもその存在は一際目立つものだったが、部屋の明かりの下ではより異彩を放っていた。
とは言え、未だ人の親になったことのない一が名付け親になったところで、意味ある名前を付けられるかと言われれば答えは決まっている。ましてやここは異世界。日本的一般女性の名前を付けたところで、この世界では馴染まないのは当然だし、いじめの原因にもなりかねない。となれば、名前の候補はかなり絞られてくる。そして
「うーん、白いからシロ!」
幼稚園児ですらもっといい名前を付けるだろうというほどに安直なネーミングセンスだったが、
「シロ、ね! 素敵な名前じゃない!」
どうやらエルフにとっては好感触のようだ。
ところで、と一は幼女もといシロをジッと見つめる。
「いつまでそんなところにいるつもりだ? こっちこいシロ」
ちょいちょいと手招きする一。だがシロは一向に一の元に来ない。
「……なぁウィン。なんであの子は俺の所に来ないの?」
「そりゃ気持ち悪いおっさんが気持ち悪い笑みを浮かべて気持ち悪い手招きしてれば誰だって行きたくないでしょ」
「………ぐすん」
「冗談よ。ほら、アレでしょ。命令されてないから、とかじゃない?」
「命令しないといけないのか?」
「奴隷だから、ね」
「ふむ……シロ、おいで」
幼女は可愛らしく首を傾げる。どうやらシロ、と言うのが自分だという認識が出来ていないようだ。
「あー、そうか、そういう……よし!」
と一は立ち上がり、シロの元へ歩み寄る。
「お前は今日からシロだ。いいな?」
ビシッとシロを指差す。
「………シロ?」
「あぁ、シロだ」
「………シロ」
「うん、シロだ。で、俺がお前のご主人様。おーけー?」
「おーけー?」
「いいですか? って意味だ」
「うー。ごしじんたま?」とシロが一を指差す。
「そそ、俺がご主人様」
「シロ……ごしじんたま……」
自分と一を交互に指差し、確認する。
「うんうん。その通り。で、あっちにいるのがウィン」
「いん?」
「ウィ、ン」
「い、ん?」
どうやらこの子にはまだウィンの発音は早すぎたようだ。
「お姉ちゃん、でいいぞ」
「おねえ、たん?」
「そ、おねえたん」
「おねえたん!」
キャッキャッと嬉しそうな声を上げるシロ。
「よし! じゃあウィンお姉ちゃんや。シロの首輪を外そうと思うんだが、どうやって外せばいいの?」
「誰がお姉ちゃんじゃ、誰が!」
怒っているように言っているつもりだろうが、その声音はだいぶ楽しそうだし嬉しそうに聞こえる。どうやら満更ではないようだ。
「んで、どうやんの?」
「は? そんな方法あるわけないじゃない」
「……え?」
「当たり前でしょ!? これは死ぬまで外れないわ」
「魔法とか使ってもダメ?」
「ダメね。無理に外そうとすれば爆発するもの」
「………ふーん、じゃあ金にしちゃえば大丈夫?」
一は懐から賢者の石もとい尿管結石を取り出した。
ようやく登場です!
この作品でもベスト・オブ・カワ(・∀・)イイ!!と噂の犬耳幼女!