ツンデレ伯爵令嬢は婚約者を悶えさせる
幼い頃より、フロレツィアには幼馴染がいた。
彼の家は代々武家で、侯爵家の子息である彼の父親は騎士団長。彼は王太子殿下の右腕となれるよう、物心付く前より剣に慣れる訓練から始めていたという。学生の身ながらもその才能を発揮させて常に騎士学科の成績ではトップで通過。少し無愛想なところはあるけれど、真面目で同じ学年である王太子殿下を支えている。
そんな彼──ロドルスとフロレツィアは幼馴染であり婚約者。
程よい距離でこのまま結婚するのだと思っていた。
「フロレツィア様も、お気の毒に……」
そう仰ったのは、今まで全く関わりのなかったご令嬢。
近頃、王太子殿下を筆頭に、高位貴族の男性達が男爵令嬢に入れ込んでいるという噂が流れているためであろう。なんでも、珍しい光の魔力を持った男爵令嬢に、皆興味津々だとか。
婚約者を男爵令嬢ごときに奪われた令嬢として、表面では気の毒そうにしているが、その腹の中では嗤っていることは容易に想像がつく。
にこりと微笑んで、気にしていないと言って、その場から立ち去った。
ロドルスだけに関わらず、王太子殿下にも他の男性達も婚約者がいたはずである。
慎みを持たぬ交友関係は褒められたことではない。やるならば勝手にすればいいのだが、人目のあるところで所構わずに交友を持つのはいただけない。
こうして嗤われるのは婚約者の方であると彼らは何故理解できないのか。
「そもそも、名前を呼んでいいと言った覚えは無いのだけれど!」
小声で憤慨したが、多少声を出したところで誰にも聞こえないのにと思い直す。
誰もいない裏庭の奥に、彼女だけの秘密の場所が存在する。
仲良くなった庭師に教えてもらった、今は誰も使うことがない古びたガゼボは、彼女がまめに掃除をして使用許可を得ている。使用人にさせれば良いことだったのだが、誰にも邪魔をされない場所というのはとても興味が惹かれるもので。
こうして他人には言えない愚痴や癒やしを求めるために誰の手も借りずに彼女自ら管理をしているのだ。
ミシミシと扇が悲鳴を上げる。折れないようにする理性はまだ残っているのが救いか。
「にゃ~」
そこへ寄ってきたのは茶トラの野良猫である。
「お前。今日も来たの」
何気ない風を装って、フロレツィアはいそいそと自信のスカートにハンカチを乗せる。
心得たように野良猫はハンカチの上を陣取った。
「まあ、こんなこと。お前にだけよ」
そうツンツンしながらも、猫を撫でる手は優しい。
いつもは釣り上がった目尻がやんわりと下がり、雰囲気がとても柔らかくなる。
微かに微笑むだけでも、眼を見張るような華があるというのに。
その華とは違った柔らかさが彼女を包むのだ。
彼女は知らない。
その様子を見て鼻血を抑える婚約者が影から見ていることを。
彼女は知らない。
実は男爵令嬢は敵国のスパイで、水面下では敵国の重要な情報を入手していることを。
彼女は知らない。
彼女の抱いている猫が実は婚約者が魔法で創り出したものだということを。
今はまだ。
彼女は知らない。
プロローグ的ななにかを書いてみたくなったので。
最後までお読み頂きありがとうございました!