6.
所持金考えるのめんどくさい
「ここが道具屋か」
「素材屋と規模は同じくらいね」
「クセが強くないといいが」
もう見るからにヤバそうな人は嫌だぞ俺。
恐る恐ると警戒をしつつ扉を開ける――と、同時に壺が飛びかかってきた。
「あぶっ――は?」
ギリギリで壺を掴んで止めた――が、中に入っていたであろう液体が頭から降りかかった。
「うわあ、大丈夫?」
「大丈夫ではないが…なんで壺が」
「いたた…あれ?」
「ん?」
ちょいと視線を下に向けると、少し汚れたエプロンを身につけた女性が座り込んでいた。…見た目的には俺より少し上ぐらいだろうか。エプロンに『ITEM SHOP』書かれていることからおそらく店員だと思うが。
「…あっ!?大丈夫でしたか!?」
「いやまあ…ずぶ濡れ以外は特に…」
「良かったぁ…いや良くない!回復薬が!」
良くなかったらしい。というかこれ回復薬だったのか。なんで壺ごとこっちに飛んできたんだ。
「(アキト、この人扉を開けると同時に転んだわよ)」
小声で耳打ちをするミコ。やや後ろにいたので、なんとなく状況が見えていたらしい。
俺が扉を開けるのと同じタイミングで転び、回復薬を入れた壺を投げたということだろうか?…俺、今日は運勢最悪なのだろうか。
「あのぉ…なんともないですか?」
「え、回復薬って言ってたよな?異常は何もないけど」
「よかったぁ…」
何が良かったんだ彼女は。しかしこの世界には回復薬なんていうものも存在しているのか。使えば傷の治りが早くなるとか?……ん?そういえば筋肉痛が痛くない?
「…やっぱり、筋肉痛が治ってら」
「本当!?」
腕を振ってみるが痛くない。なんなら調子がいい。
「筋肉痛って普通の回復薬じゃ治らないはずなのに…」
普通の回復薬じゃ治らない?それじゃこれは一体…?
「おお!やっぱり今回の改良は成功してました!」
「改良?」
「はい!普通のものに、猛毒ヘビと名高いデスコブラの毒腺と、猛毒キノコのクサレダケを煮詰め、液状化させた虹色スライムを混ぜて配合したんです!」
「え?俺死ぬ?」
猛毒とか明らかにやべー単語が聞こえてきたぞ!
「…本気の本気、ガチのその気になれば蘇生できるわ…多分」
「多分って言ったよね?お前今多分って言ったよね?」
女神の力でさえ復活できるのかも怪しいのかよ!こんな街の道具屋で死ぬとか冗談じゃねえぞ。
「あ、蘇生薬ならうちに置いてありますよ」
「へえ」
「へえ、じゃないからな。なんで『あ、それなら』みたいな顔してんだ」
そもそも死ぬ前提なのがおかしいんだからな!
*
「なるほど。あのクエストで来た方達でしたか」
「そうあのクエスト。…やっぱ恒例なのか?」
「この町で冒険者になった方達は必ず通る道ですから!確かかなり古い昔では『ネズミ』と『現実』だなんて変なクエスト名だったらしいですけど」
ネズミと現実ってことか?流石に考えたやつの頭が心配になるぞ。どんなネーミングセンスだよ。
「あ、そうそう。クエストに使うアイテムでしたね。薬草10枚分、袋に詰めてありますよ」
「へえ。それじゃあ往復は1回で済みそうね」
「だな。…ちなみに値段は?」
「加工前ですからね。銅貨1枚でいいですよ」
「安いな」
財布の代わりにしている袋から銀貨を取り出して渡す。銅貨が無いのですこし大きいが仕方がない。
「ま、その気になれば近くの山でそこそこ採れますしね」
「収穫難度も低いのか」
ともすれば、銅貨1枚は割高なのでは?といってもこの世界の貨幣については詳しくないから、口にも出せないが。
銀貨と引き換えに受け取った袋は両手で抱えるほどの大きさではあったが、思ったよりも軽かった。気になって袋の口を開けて中を見てみる。
「…わかんね」
中は薬草でごちゃごちゃしており、個数を数えるのは厳しい。
「ちゃんと10個分よ。茎も使うから膨らんじゃうの」
「なるほど。回復薬はこれをすり潰すのか?」
「そうそう。液体や粉にして、色々なところで活用されてるの」
回復薬以外にも使われているのか。…栄養素高そうだし、料理とかでも使ってそうだな。
「お二人はもう他のお店に?」
「素材屋で洗礼を受けた」
「ああ…」
哀れみというか、同情というか、なんとも言えない顔をされた。素材屋のメルちゃんはもうやべぇ奴で共通認識なのか?
「となると次は武具屋ですか。あそこも、まあ、大変だと思いますよ」
「確か『鉄の剣』3本と『銅の籠手』2つだっけか。…やっぱりメチャクチャ重いのかね」
「重量もそこそこでしょうけど、工房のロバートさんもでしょうかね。悪い人では無いのですけど、気難しいといいますか」
「…何となくわかった」
職人気質とか頑固とかその辺だろう。多分。しかし店売りしているのを買えばいいだけだろうし、特に気にする必要も無さそうだ。
「まあ、二日でここまで達成できているのであれば、特別問題でも起きなければクリアできると思いますよ」
「問題が起きるフラグ建てないでくれ」
「あ、あはは…大丈夫ですよ、きっと…。それよりも気になっていたことがあるのですが」
「ん?気になっていたこと?」
「財布や鞄、まだお持ちでない様子で」
「へ?…あ、うん…?」
財布の代わりに今使っているのは、ただの小さな袋だ。中でごちゃ混ぜになっているので、決まった金額を取り出すときは苦労する。
鞄も今は荷物がないから準備もしていないが…そのうち必要になるだろうとは思っていた。
「お金を取り出すのが大変そうでしたお客様におすすめなのがあるんです!これ、魔力で取り出したい金額を判断してくれる『魔法式お財布君3世』です!」
「魔法式って気になるけど3世って何」
「…………これがあれば中に入れてあるお金をストレスフリーですぐに取り出せます!こんな風に!」
「オイ3世をスルーするな…っておお?」
手に持っていた銅貨銀貨をまとめて魔法式――長いから省略――3世に入れる。その後再び手を入れて硬貨が取り出されてみれば、その手には銀貨しかなかった。
「一々選別する必要が無いので、非常に楽な出し入れができますよ」
「ほ、ほう」
なんか、普通に便利そうなんだが?日本でも小銭探すの地味に苦労したし。
「今なら金貨5枚でお譲りいたしましょう!」
金貨5枚。日本円で約5万円。手持ち金は多いし、魔法式という謎の格好良さもある。…ちょっと欲しい。
「やめたほうがいいわよアキト」
今まで黙っていたミコが止めに入ってきた。
「便利だけど欠点もあるのよ。魔法式って袋の中に別空間を作り出して保管してるの。でも壊れたら全部消えて無くなるわよ」
「そりゃ財布無くしても一緒じゃないか?」
「その場合は見つかる可能性があるじゃない。それにギルドで預金できるから小銭問題も大したことじゃ無い。…で、5万払う?」
確かに、ギルドに預金できるのは初耳だが、それなら大量の硬貨を持ち歩く理由はない。けど、仕組みがなんかカッコ良かったな…。
「…わかった。うん、その財布はやめとく。後は鞄の方も紹介してくれるん…だよな?」
「勿論ですよ」
特に残念がる様子もなく財布は引っ込められた。多分本人も売れると思ってなかったのだろう。
「お次に紹介しますはこちらの鞄です!」
続けて登場したのは、鞄というよりはポーチと表現したほうが正しいものだった。
「小さくね」
今手に持っている薬草を詰め込んだら、もう入りきらなくなりそうな大きさだ。
「いえいえ。こちらも『魔法式お財布君3世』と同じ魔法が使われていますよ」
「え、それって別時空を作って保管するとか」
「その通りです。鞄の口さえ通れば、設定された容量分入るようになっているんです。なので剣なども収納できますよ」
「すげえ」
鞄の中に剣をしまうってどういう状態なのかいまいち思い浮かべない。手品的なやつか?
しかしゲームのように、鞄一つにまとめられるなら便利なのは間違いない。
「小型タイプね…それはランクいくつなの?」
「これはDランクですよ。他だったらBまでありますけど」
「ランクってなんやねん」
「ああ、説明するね」
ミコの説明によれば、魔法式鞄にはD〜Sまでの5つのランクに分かれているらしい。その区別方法は内容量で定められ、Dランクでは数十個程度しか入らないようだ。
「聞く感じ便利そうだけど、いったい幾らするんだそれ」
「金貨2枚でいいですよ?」
「えっ」
金貨2枚?財布で5枚もするのに?
「魔法式鞄自体がだいぶ普及してますし、Dランク品ですしね」
「へ、へー…」
財布で衝撃を受けたが、ひょっとして魔法式という技術(と言っていいのか?)って当たり前レベルなのか?
「えーっと…ミコさん?」
「ん?…ああ、私なら買うわ」
「じゃあ金貨2枚で買います」
「あんたそれでいいの?」
ミコの言葉を聞いて即決で購入したら、呆れたような視線を向けられた。そもそもミコの方がこの世界に詳しいのだから、こういう事は任せても問題ないだろう。
「お、毎度あり!」
金貨2枚と引き換えに、魔法式ポーチを手に入れた。…あれ?
「これどうやって装備するねん」
魔法式ポーチには、肩から掛けられるような紐の類は無く、服に引っ掛けられそうなものもない。
「あー…道理で安いわけね」
「は?」
ミコが一人で納得がいったと頭を抱える
「それ単体ですと、基本が手に持つ形です」
「えぇ…」
便利なのに手持ち式かよ。戦闘する時とか…いやというか常時手で持っていかんきゃいけないのは凄く邪魔だろう。
「しかし、こちらの別商品を使えば解決ですよ!」
「セットでなんか出してきたなオイ」
こちら、と指されたのは簡易的なマネキンに装備されたベルトだった。少し太い腰ベルトで、片側には追加で何かつけられそうな部位がある。…日本ではモールシステムだったか、ウェビングだったかの名称があったはずだ。
「その魔法式ポーチ、裏はこのベルトを通せるようになっているんですよ。なので手に持つ必要がなくなり、採取から戦闘時まで邪魔になることがありません!」
ハンズフリーになれるんだな。確かに便利だし楽になりそうではあるが…。
「今の腰ベルトでよくね?」
現在の服装はこの世界に来た時からずっと制服――学ランのままだ。ベルトも当然ながら着用している。
「むむむ、しかし耐久度は素晴らしいものですよ!」
そう言われれば日本製の安いただの腰ベルトだから心配だ。…とはいえ買うべきかどうかの判断がつかない。ここもミコに振ってみようと目を向けてみる。
「…これって幾ら?」
「金貨1枚ですよ」
「モノにしては安いわね」
「実はこれセット商品なんです。胴体部分にも似たようなのがあって、武器とか携帯出来るようになってたんですが…」
「普通に武器屋に売ってそうね」
「腰の部分も含めて、ですけどね。そんな訳で下だけでも売りたいんですよ」
防具というより装具に近い感じがするが、武具屋に売っているものなのか。…道具屋に入荷したものの、本家の方で間に合ってるから見向きもされなかったと。
「上下セットで幾らだったの?」
「金貨3枚です」
「へえ……そうね、金貨1、銀貨5枚で上下買うわよ」
なんだなんだ。突然値下げ交渉が判断が始まったぞ。
「いえいえ、負けても金2銀5、ですよ」
「でもここに来る冒険者で金貨2枚以上を使う人はいる?おおよそ武具屋で揃えると思うわよだから金1銀7」
「いつか来るかもしれません。現にお客様たちもそうですし。それにいくら売れ難いと言っても、相応の仕入れ値もあるので、金2銀3ですよ」
「そう?それなら今までの初来店か、装備を持っていない人を思い出してみたら?私たちみたいな人はそうそう居ないし、これからも可能性はほぼ無いと思うわ。金1銀8」
「ぐぐ…しかしここ以外――王都の金持ちさんどもなら払う可能性は大いにあります!金2、これ以上は下げません!」
「……そう。じゃあ金貨2枚で手を打つわ」
「……はあ。わかりました。持ってきますので少々お待ちください…」
壮絶な値下げ交渉の末、金貨が1枚浮いて胴体部分が付いてくるようだ。…ミコが頑張ってたけど、装備するのは俺だよな?
「えっと、おつかれ?」
「ん、大したことじゃないわ。財布のお返しみたいなもんよ」
俺は気にしていなかったのだが、彼女は案外根に持っていたようだ。しかし金貨2枚で上下セットというのは相場的にどうなのか。
「武具屋でみればわかるけど、大体は3~10枚くらいよ」
「おお、1万――金貨1枚分も安くなったわけか。でも値下げ交渉してまで必要だったのか?」
「アキトの言ったとおり、学ランのベルトでも十分よ。でもあれを使えば着脱が楽になるし、足に固定できる部分は拡張性に優れているはずよ」
「な、なるほどな。でも上はどうなんだ?どんな武器を使うかも決まってないのに」
「大体の武器はあとから調整できるわよ」
「…例えば槍とかは?」
「棒術も知らないアキトが扱うとは思えないけど」
「おっしゃるとおりである。というか今まで武器に触れたことなんて殆どない。友人のツテでエアソフトガンをちょっと使ったことがある程度だぞ」
「ま、最初は比較的に扱いやすい片手剣とか、そのへんね。この世界に合わせて体も作り変わってるはずだから、慣れるのも早いと思うわよ」
「ほんとかよ…」
体が作り変わってると言われても、実はピンときていない。ギルドで男相手に投げ飛ばしているが、そもそも無我夢中なので実感があまりないのだ。
この先、武器も扱うことになるのかと思うと、ハッキリ言って巧く行く気がしないのだ。
ミコ「いい加減に服も買わないといけないわね」
アキト「なんかの片手間に買った方がいいな。街中をちょろっと見ただけでも、ゲーム序盤の装備とか売ってたし」
ミコ「ボロの服とかね。ちなみにお店に置いてあるのは、ボロと言いつつ多少は頑丈よ」
アキト「魔物から採れる繊維を使ってるんだっけ。物によっては防刃だったり防火だったりとかあるらしいな」
ミコ「素材となった魔物次第ね。耐久力は低いけど、学ランよりは頑丈だから安心してね」
アキト「…学ランも普通のシャツとかに比べれば頑丈だとおもってたんだがなぁ」