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5.

「ヒェッ…」


 素材屋の中へ入り、すぐに目についたのは天井に吊るされている剥製だった。巨大な熊のような動物だ。

 思わず変な声が出た。改めて周りを見渡してみると骨や皮ばかりだ。…よくみると木材もある。


「いらっしゃい。お客さん?」


「っと、客という――」


 客というわけではないかな。と言葉を飲み込んだ。

 声をかけてくれた女性の店員さんは可愛らしく、見た目も同年代程の美少女だ。だが全体像を捉えて、体が固まった。


「ん?どうしたの?」


「いや…その…」


 店員よりも先のおかしな態度になってしまった俺に気がつくミコ。直接的なことは言えずに口籠もるが、この店員――何故か血濡れのチェーンソーと手斧を持っている。

 しかも顔や服には返り血。どっからどう見ても殺害現場を作ってきた格好だ。

 ミコさん、クエストで来たとか言えば伝わりますかね、これ。


「………………。」


 ダメだ立ったまま気絶してやがるこの女神!


「…えーっと?」


 ヤバイ。硬直しすぎて不審がられている。落ち着け、クエストの内容を思い出せ。素材屋では『巨大な骨』を5本だ。受け取れば終わ――『巨大な骨』ってなに?なんの骨だ!?


「お客さん…?」


「っ…あ…!」


 ユラリ、と両手の得物を揺らしながら近づいてくる彼女。めっちゃ怖い。

 だがもっと冷静になれば、これは難しいことじゃないんだ。


「あッ…あのッ…巨大な骨、ありますか…!?」


「巨大な骨…?」


 キョトン、と不思議な顔をされた。すごく可愛い――いや完全にスプラッターホラーのワンシーンだ。油断したら次の瞬間チェーンソーでぶった斬られる…。


「ひょっとして…新人冒険者ですか?」


 お?流れ変わったか?


「えっと…巨大な骨を5本納品…ってやつなんすけど…」


「なるほど!大きめで安いの、持ってきますね!」


 合点がいったと言わんばかりに彼女は店の裏へ行ってしまった。…『安いの』と言うあたり、持ってくるのは商品なんだろうな…。

 とにかく、気絶したままのミコを起こす。一人で彼女を相手にし続けるのは流石に精神が擦り切れそうだ。


「ミコ、起きろミコ!」


「ハッ!?…ここは?私は!?ミンチに――」


「まだされてないから安心しろ。それより大きくて安めの骨を持ってくるらしい」


「…まだ?いずれはミンチにされるの?」


「知らん。…粗相しなければ大丈夫だろ。それよりそろそろじゃないか?」


 扉の向こうからナニカを引き摺る音が聞こえてくる。正直コレもホラー演出っぽくなっててマジで怖い。

 バンッ!と勢いよく扉が開かれ、彼女が姿を現した。手には引き摺っていたであろう血濡れの大きな麻袋だ。大人5人位なら余裕で――いや違う素材となる動物とか入れてたんだろう!きっと!


「よいしょ…合わせて金貨一枚ですけど、どうでしょうか」


「え、っと」


 チラリとミコを見ると、また気絶していた。

 現在の所持金としては、金貨一枚なら問題はない…が、持っていなかったらどうするのだろうか。


「あ、ごめんなさい。新人の方ならそこまで余裕はなかったですかね…?」


「ん…いや、持ってなかった場合は…一体?」


「持っていなかったら、ですか。…そうですね」


 タイミング的には今だと思い聞いてみたが、スッゲー怖い。

 こっちの腰が抜けそうなのを知ってか知らずか、彼女はゆっくりと微笑み、


「私のお手伝い、ですかね」


 どっから取り出したのか、年季の入った血濡れの肉切り包丁を構えた。


「金貨あります!!」


 即答で金貨を取り出す。これくらい安い!



 *




 陽も傾いてきた頃、ようやく巨大な骨納品が終わった。巨大と言う名に違わず、素材屋からギルドまで二人で1個ずつ運ぶハメになったのだ。

 時計を確認してみれば、午後の四時半…多分2時間半ほど骨と戦っていたことになる。


「体中いてえ…」


「同じく…」


 ミコと協力して二人で運んでいたが、既に体が悲鳴を上げている。明日は間違いなく筋肉痛が襲ってくるだろう。


「な、なあ…残りは明日からにしねえか…?」


「賛成…」


 ミコからも賛同の意を得て、宿に戻ることになった。疲弊困憊でへとへとになっている二人は少し目立つのか、いざ宿に戻っても変に視線を感じていた。

 ミコには先に部屋へ行かせて店員に鍵を返してもらったが、何かを聞きたそうにしては口を噤んでいる。

 正直、早く戻って寝たいので、その辺りは無視して部屋に戻る。

 扉を開けると同時にミコが突入してベッドへと飛び込んでしまった。


「…あ」


 失念していたが、この部屋は元々一人用。当然ベッドも一つだし、他に寝ていられるスペースは無い。


「まあ…いいか…」


 が、疲れ切って頭に回っていない俺は、少しだけミコを端に寄せて同じベッドへと転がった。


「飯、その他は起きてから、だな…」


 今はこのシーツの柔らかさを堪能して寝るとしよう。



 *



「おあああっ!?」


「ごふっ…」


 ミコの叫び声と強力な衝撃で目覚めた。


「あんッ…ちょッ…なんでっ!?」


「…なにが?」


「なんで一緒に寝てんの!?」


「お前何言ってるんだ…?」


 ベッドが一つしかないのだから仕方ないだろう。一人用で最低限の設備しかないんだぞ。ソファどころか床で寝るスペースもないのにどうしろってんだ。まあどこか空いててもベッドで寝るが。

 それに昨日も猫の姿とは言え一緒に寝たと言っても過言ではないだろう。


「っ…いったたたた…」


「大丈、いててて…」


 案の定筋肉痛だ。ミコのこと心配する余裕がない程度には痛い。


「…クエストの続き、やっぱ明日からにしない?」


「いやいや…」


 気持ちは痛いほど理解できる。というか実際痛い。だが期限がまだあるとはいえ、他のが楽なものかはわからないのだ。期限ギリギリであんな重労働をするはめになるのは流石に嫌だ。


「道具屋なら『薬草』を10個だろ?できそうだし早めに終わらせておこうぜ…」


「それ…薬草をたっぷり入れた壺を10個ってオチは無いわよね」


「フラグ建てんのやめろ。…とりあえず風呂入って飯行こうぜ」


「そうね…」


 昨日は帰って即行で寝てしまったからな。割と汗でベタベタしてるし、腹の中も空っぽだ。

 バキバキで全身筋肉痛の痛みに耐えながら、1階にある大浴場で汗を洗い流す。その後ミコと合流して食堂へと向かった。


「ミコ、猫の姿の方が良いんじゃないか?」


「あー…?そういえばそうね…」


 多分、昨日散々見られてるけど、猫の方がまだ印象はマシだろう。コイツかなりの美少女ということもあって、ギルドの時みたいに難癖つけられたら敵わない。


「おっも」


「ぶっ飛ばすわよ」


 昨日の疲労と、全身の力を抜いている猫の体重は中々のものだった。ふっさふさの毛にちょっと良い香りのする(ミコ)だが、人間疲労には勝てないのだ。

 引き摺るような思いで足を動かしながら、空いている席を見つけて腰掛けた。


「ててて…」


 座るのですら(つれ)え。…なんか先が思いやられる。


「やっほ、猫にーさん」


「へ?…昨日の」


 テンパっているところを対応してくれたウェイトレスさんだ。なんか変な呼ばれ方したけど。


「初クエストは受けた?」


「素材屋に行ってきた」


「ああ…メルちゃんの所か…」


 なんか察した表情をされた。


「知り合い?」


「うん。素材屋はよくお世話になるような所だからね。ちなみに普段は祖父や父がお店やってて、メルちゃんはお手伝いだよ」


「あの人普段は冒険者だったり?」


「一応冒険者だけど、いつもは裏の精肉店だよ」


 精肉…あの血みどろ具合はそういう理由が――精肉店ってそんな血みどろになる要素ある?っていうかチェーンソーは違くない?


「ふふん、最初のクエストで一番苦労するのが『巨大な骨』。次点で武器屋だね。重いから」


「…薬草は」


「こんくらいの葉っぱだよ。他と違って凄く楽」


「よかった…」


 二日続けての重労働とかはまっぴらごめんだからな。しかしそれなら、筋肉痛に苦しんでいるとはいえ今日中にできそうだ。


「さて、注文は昨日と一緒でいいかな?」


「うん。それでよろしく」


「はいはーい」


 ささっと注文書にペンを走らせた彼女は、颯爽と奥へ戻っていった。


「…今日は簡単そうね」


 ぐでーんと肩の上で伸び続けているミコが呟く。…確かに簡単そうではあるが、お前にも働いてもらうからな。


「そういや、お前について聞かれなかったな。変なあだ名(猫にーさん)で呼ばれたけど」


「猫を連れた変な人って認識なんでしょ」


「この宿が動物NGじゃなくてよかったな」


「もしそうだったら…その時は一夜を待たずに神殿へ行くことになってたわ」


 本当に動物NGじゃなくてよかった…。


「おまたせ猫にーさん」


「はっや」


 さっきの少女が、頼んでいた朝食を手にそばで立っていた。


「頼む人多いからね。この二つ」


「なるほど。…てか人気なんだなトースト」


 他にも美味しそうなものや、精の出そうなものがあるはずなのだが…やはり定番が人気ということだろうか。

 慣れた手つきで机の上に並べていった少女は、そのまま向かいの椅子を引いて座った。


「業務はいいのか?」


「接客のうちの一つだよ」


「嘘つけ。…んで、何か用事が?」


「用事がなくちゃダメ?」


「仕事的にはアウトじゃね?まあ俺的には構わないが」


「冗談だよ冗談」


 こいつ…。男を落しにくるセリフは勘弁してもらいたい所だ。俺なんて耐性が無いからすぐその気になるぞこの野郎。


「猫にーさん起きるのちょっと遅かったから、お客さんはもう少なくなるよ」


 言われてみれば昨日より少ない。それに何人かは自身の荷物を持って出始めている。朝のピークは過ぎたって所だろうか。


「それで用事っていうのはね、冒険者同士で組まないかなーって」


「組む?」


「うん。通称パーティって言うんだけど」


 そう言われてピンと来た。ゲームでもよくあるやつだ。…パッと思いつくメリットは、人数が多いことによる戦力増加。デメリットは…分け前が減るとか?


「パーティか…どうかな」


 俺としては組むメリットは大きそうだ。現地人としての情報も持っていそうだし、色々と先輩に当たるはずだし。…ただ問題はミコのことだ。正体を見せるべきかわからない。


「…返事、後でもいいか?相談したいやつもいるんだ。なるべく早く返すつもりだけど…」


「大丈夫。私も2、3日はここでバイトだしね」


 ウェイトレスはバイトだったのか。


「それじゃ、考えといて!」


 そう言い残して彼女は戻っていった。なにかと忙しない。


「……。」


「ん、どしたよ」


「いえ…まあ、今は食べましょ」


「ん?…おう、そうだな」


 なんだかミコの様子がおかしいが、それよりも先に朝食をいただくことにしよう。

アキト「魔物討伐するときにあのチェーンソー使えそうだよな」

ミコ「当たればいいけど、返り血でとんでもないことになりそう」

アキト「でも正直ロマン武器じゃないか?探せばドリルとかも絶対見つかる」

ミコ「パイルバンカーとかもたぶんあると思うわよ。扱いにくさは半端じゃなさそうだけど」

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