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3.

 宿屋から出る前に一度浴場を借りてきた。公衆浴場なので広かったが、朝から入る人はいないのか独り占め状態だった。なんとも言えぬ寂しさを感じたが、誰かいても気まずいだけだろう。

 その後はミコの案内を受け、街の外れにある神殿へと足を運んでいた。かなり小さいが、神への信仰がこの場所へと集うらしい。


「人はいないのか?」


「参拝とかする人はいるかもしれないけど、特にはいないと思うわ。御神体が中に祀られているけど、金になりもしない石ころだし」


「それでいいのか」


「女神の私がそう決めたからいいのよ」


「ちなみに決めたのはいつ?」


「…………乙女に年齢を聞く気?」


 デリカシーが無かったか、とは思うものの、ミコのこの回答に関しては違う理由もあるんだろうなあとは察した。神様の時点で人の年齢と比べるのは少しおかしいか。


「力の種は、神殿の地下にある台座で生まれるわ。本来はそれを得ることによって力を蓄え、神として人々の希望に応えるのよ」


「…神様って下界に降りて人々の願いを叶えるとかそう言う感じじゃないと思ってたけど」


「まあよほど未曾有の事態じゃないと降りないわ。人の力だけじゃ対処できない――魔界の侵攻とかね」


「それが起きたのって何年前だよ」


「数千年前?私も遭遇したことないわ」


「…ひょっとしてあれだな?ほっといても信仰されるなら生きていける。不労所得だなこれ?」


「……さて、どこから入るかしらね」


 明らかな無視をされた。やっぱ神様って碌なもんじゃない…?


「正面からじゃダメなのか?」


「あれ扉っぽいただの壁よ。押してみたら?」


「どれ」


 神殿の扉に見えるものに手をかける。取手があるわけじゃないので、押してみるがビクともしなかった。


「硬すぎて開かないというより、そもそも動かないものって感じがする」


「だからそう言ったよね?」


「ならどうすんのこれ」


 ぐるりと辺りを周っても、入ることが出来そうなところはない。


「そもそも人が入ることを想定してないのよねえ。神様が居るところって認識だろうし」


「どうやって力の種を使うつもりだったんだこの猫」


「うるさいわね。考えてるのよ」


 考えてある。のではなく、考えている途中だった。それにしても神殿はかなり立派だ。随分古くから造られたものだからか、欠けたりしているところはあるが、それでも厳かな雰囲気を漂わせている。


「あ、ねえアキト、あれいいんじゃない?」


「あれ?」


「その壁の上」


「あー…確かに行けそう…か?」


 位置はかなり高いが、猫一匹なら通れそうな穴が空いていた。だがどうやって行くつもりなのだろうか。俺が手をあげても全く届かないが。


「アキト、持ち上げて」


「いいけど…」


 取り敢えず言う通りに持ち上げる。しかし案の定届かない。これなら上に乗れる何かの台を探して来た方が良さげだが…。


「しばらく待っててね」


「えっ」


 ぴょん、と飛び上がって、ミコは穴の中に入って行った。


「ちょ、おい!?大丈夫なのかそれ!?」


 中から返事は来ない。猫の跳躍力は確かに舐めていたが、まさか手から飛んでいってしまうとは。

 ミコはしばらく待っていてくれと言っていたことだし、することもないので穴が見える場所で適当に休むことにした。



 *



 穴を飛び越えて着地する。猫の体なのでこの程度なら朝飯前だ。


「…埃っぽいわねえ」


 本来なら人の入ることのない場所だ。当然、掃除なんてされていないので猫の姿ではあまり入りたくない。


「ケホッ…地下は確か…」


 この神殿に来たのもいつぶりだろうか。長い事ニホンに身を潜めていたおかげで忘れてしまった。


「あったあった」


 隅の方に、地下へ行ける梯子が存在している。猫の姿ならそれなりに高い所から落ちても何とかなるので、そのまま飛び降りる。

 地下は石煉瓦で囲まれた小さな部屋で、中央の台座の上には目的のものが置かれている。


「…漸くね」


 力の種に触れれば、それは溶けるように消え、蓄えていた信仰に力が流れ込んでくる。


「…チッ、分かってはいたけど、忌々しいわ…」


 舌打ちをし、毒吐かずにはいられなかった。信仰とは噛み砕けば神を信じ、崇める心だ。しかしその対象は私にではない。人々は気がつく事はないが、信仰心が向かう先はあの忌々しい神へと変わっているのだ。

 力の種の恩恵は得られるが、それは本来なら私にではないものというのが伝わって来た。


「…必ず、この手で取り返す」


 吐き捨てるように呟き、私は『人型』をとって梯子を昇る。神殿の内部に入るために使った穴は、人型でも届きそうに無い位置だ。


「…いえ」


 壁をぶち破って外に出てやろうと力を込めるが、なんとか思いとどまる。万が一、アキトが巻き添えになれば危険だし、奪われたとはいえ元は自分の神殿だ。かなりむしゃくしゃしているが、仕方ないと自分を落ち着かせ、再び猫の姿をとる。力が戻っている今なら、なんとかなるはずだ。


「壁から…向こうに跳んで…うん、余裕ね」


 助走をつけて跳び、壁を蹴って更に高度を上げる。再び壁を蹴り、穴のある方へ向き、空中で足に力を込め、宙を蹴って飛んだ。いわゆる二段跳び(二段ジャンプ)で神殿から脱出した。



 *



 穴があった場所の近くで休憩していると、静かな着地音が聞こえたので顔を上げた。そこには猫の姿をしたミコが戻って来ていた。


「おかえり。力の種はあったのか?」


「バッチリよ。完全復活とは言えないけど、直に戻ってくるわ」


「ほーん…」


 ぶっちゃけ猫の姿のままなので、違いがわからない。ゴブリンの時のような、頭の悪い火力のある魔法とか使えるのだろうか。


「信じて無いわね」


「いやまあ…よくわからん」


「まだジャッジメントホーリーとかは無理だけど、簡単な事ならできるわ。しっかりと見てなさい」


 心の内を見透かされていたようだ。だが何をする気なのやら。


「…ほっ、それっ」


 掛け声と共にミコが跳ね、空中でもう一度跳躍した。…空中で?


「見たわね」


「…二段ジャンプが実装されたのか」


「そうだけどそうじゃない…」


 若干否定されたけど、間違ってないと思うんだよなあ。


「まったく…そうね、私の神の姿を見るといいわ!」


「はい?」


 ミコから眩い光が溢れ出す。思わず手で光をさえぎるが、すぐに光は収まった。そして気がつけば、目の前には見知らぬ美少女が立っていた。


「どう?」


「どう…って、ミコなのか?」


「そうよ?これは女神として動いていた時の姿ね」


 体を確認するようにクルクルと回る。今の彼女は、黒く綺麗なロングヘアーに紅白の巫女装束を纏っている。しかもコスプレ系ではなく、まるで本物のキッチリとしたものだ。…猫耳が残ってるのはギャグか?


「しかしなんで巫女服?」


「昔、別の神に貰ったのよ。ニホンに詳しい…というか担当してる神様ね」


「あの日本にも神はいたのか…」


「あ、私が知ってるのは、別世界のニホンよ。あなたの知ってるニホンの神とは面識ないわ」


「別世界?…いやもう日本の事は気にしても仕方ねえ。それより、猫の姿には戻れないのか?」


「なれるけど、どうして?」


「モフ成分が足りない」


「び、美少女を前にして…。まあ、気が向いたらなってあげる…」


 よっしゃ。存分にモフれる猫というのは、生きる中で重要だ。今のミコもかなりの美少女で目の保養にはなるが…猫でいてくれる方がありがたい。


「…ん?今嬉しい事と腹立たしい事考えなかった?」


「……気の所為だろきっと」


 神様は人の心に敏感なのかもしれない。



 *



「あれがそうじゃない?」


 巫女服を着たミコと並びながら、冒険者ギルドを探して街を散策していた。途中それらしいものを見つけたミコが指を差し、視線を向ける。


「…あれっぽいな」


 ちょっと大きめの施設で、剣と盾が描かれた旗が風に揺れている。


「入ってみるわよ」


「ち、ちょっと」


 強引に手を引かれて中へ入る。ただ受付があるだけでなく、食堂などの休憩所も備わっているようだ。


「ミコってこういう所、来たことがあるのか?」


「初めてよ。けど見た事はあるしなんとなくわかる」


 本当に任せて大丈夫なのだろうかと、不安が募り始めた。そんなことを知ってか知らずか、彼女はズンズンと奥へと進み、受付カウンターまで辿り着く。


「いらっしゃいませ。本日はどういった御用件でしょう」


 受け付けてくれたのは、自分よりも少し年上くらいの女性だ。事務的な挨拶に、ミコも端的に用件を伝えた。


「冒険者の登録を。二人分ね」


「わかりました。ではこちらに必要事項を記入のうえ、提出願います」


 こちらの用件は既に予測していたのか、すぐにペンと用紙を取り出していた。ミコが一式を手に取ると、再び俺の手を引いて、誰もいない席を目指した。


「お、おい。引かなくても歩けるって」


「ん…ごめん。無意識だったわ」


「い、いや、いいけど、それはなにを書くんだ?」


「名前とか色々ね。一緒に確認しながら書きましょ」


 空いている席を見つけ、二人で用紙を広げる。言っては何だがこれは履歴書ではないだろうか?


「文字は読めるわね?」


「バッチリ」


 ここに来る途中に、ミコに翻訳魔法を掛けてもらった。看板の文字などもしっかりと読めるようになっている。…実は機械翻訳のようなチグハグなものにならないか警戒していたが、杞憂に済んだようだ。


「名前、性別、年齢…スリーサイズとか体重とかいるのかこれ」


「なくてもいいわよ。私も書く気ないし…覚えてないでしょ?」


「さっぱり覚えてないな。というかスリーサイズを把握している男がいるのか?」


「さあ?興味ないから知らないわ」


「興味持ってなくてちょっと安心した。ここの装備とかは何書けばいい?」


「未定だから書かなくていい。…っていうか必須項目ってあるところ以外は空けてもいいわよ」


「おっ、じゃあそうしよう。ほぼ空欄になるけど」


「別にいいでしょ。向こうも想定してるでしょうし」


 それもそうかと再びペンを動かす。というかほとんど確認しては触れずに次へ進んでいく。……それにしても、なにか視線をずっと感じている。ギルドの施設に入ってからだし、ミコのものでは無いと思うが。


「ん?どうかした?」


「いや…何かずっと見られてる気がして」


「そう?…特に何も感じないけど…」


 ミコは視線に気が付いていない。否、そもそも視線を向けられていない?

 複数から見られている感覚が気持ち悪く、一番視線を感じた方へ目を向ける。


「チッ」


 スキンヘッドの明らかに柄の悪い男と目が合い、次には舌打ちされた。俺が何をしたっていうんだ。

 ミコに視線がいってないあたり、彼女にどうこうする気はなさそうだ。情けないが、しばらくは彼女から離れずに行動した方が良さげか?


「あ、書けた?それじゃ出してくるねー」


「え、ちょ」


 必須項目だけ埋めた空欄の多い用紙を、ミコはこちらの声を掛ける間も無く持っていってしまった。

 彼女が離れると同時に、席を立ち始める柄の悪い男達。流石にこれは怖いと思いミコの下へ行こうとするが、


「どこ行く気だ?」


「相棒の下ですけど」


 阻まれた。しかも周りにも何人か寄って来ている。完全に囲まれ、逃げ道もなさそうだ。


「あのー、さっきからなんなんすかね。野郎に見られる趣味は無いんスけど」


「俺も野郎にそういう趣味はねえなあ」


 めっちゃ怖い。日本でも厳つい奴らに囲まれる状況なんてなかったぞ。しかも全員冒険者らしく武器を持ってる…こっち丸腰なんですけど!

 ただ目の前のこいつのおかげで、なんとなく狙いがわかった。


「んじゃあ自分はこの辺で」


「だからどこ行くんだ?」


 離れようと後ろに振り返っても、押し返された。


「兄ちゃんには恨みは…まあねえよ。けどまあ邪魔そうだからなあ」


 恨みちょっとありそうな間があったな。なんで?それに邪魔そうって何に対してだ。

 とは思いつつなんとなく予想はついてる。頭フル回転にさせてるってのもあるけど、こういうのってテンプレっぽいしね。


「…たぶん俺に何しようと、変わんねえと思うんスけど」


「やってから考えりゃいいだろ?」


 やる?…殺る?まじで?魔物どころかギルドの人間まで信用できない感じ?…たぶん殺すまでは行かないにしても痛めつけるのは普通にありそうだな。

 すーっと視線を動かして、周りを窺ってみる。手に武器を持ってるやつこそいないが、その気になれば抜けそうだ。どさくさに紛れて奪ってやり返す――こっちが悪者になりそうだな。


「取りあえず、死ねオラァ!」


「うひっ!?」


 容赦のない右ストレートを、頭を下げて躱す。拳とはいえモロに食らったら洒落にならない。


「ふんっ!」


「おごッ…!?」


 避けた直後、左腕のアッパーが腹に突き刺さった。綺麗な鳩尾に思わず吐きそうになるが耐える。


「よえーなおい」


 立ってもいられずその場に蹲る。周りからすげー笑われてるけど、そんな事気にする余裕もないほど痛い。…痛いけど思ったほどじゃない?

 なんというか、日本にいた頃と比べるとまだちょっとマシな感じがする。日本にいた頃でも鳩尾ぶん殴られたことなんて1回くらいしかないけど。


「オラ寝てんじゃねーぞ!」


「がふッ…!」


 追い討ちキックが背中に刺さる。顔に傷残すと厄介になると思ったのか避けられてるなこれ。

 鳩尾ほどじゃないけど背中も痛い。めっちゃ痛い。


「オラオラ!」


 更に追い討ち…腹を守ってるせいか背中ばっかりだ。でもこれ利用できそうってか痛え!


「オラ…ぐお!?」


 次の蹴りのタイミングでちょっと前に進み、タイミングをずらす。更に反転して間合いの内側に入り、一気に体を起こして肘で打ち上げた。

 ガァンッ、と男の股間に全力の肘が入るが……


「……。」


「…いっ…た…!?」


 男は不敵に睨み、俺の肘は悲鳴を上げた。股間にプロテクターがあったのか、ものすごく硬い。


「残念だったなあ!」

「うわ、ちょっ!ってて…」


 腕の振り下ろしを転がって避ける。というか肘がまじで痛い。骨に罅いっててもおかしくない。

 しかしこうなると明確な弱点が無くなってしまった。現状の対抗手段は無い。


「死ね!」

「っ!」


 また全力の右ストレート。次も顔狙いだ。

 今度は横に動いて躱す。そのまま腕を掴み、もう一方の手で男の体を持ち上げる。


「でりゃああああ!」


 背負い投げ…に近いがあいにく柔道経験はない。下に向けず、そのまま放り投げるように腕を伸ばした。


「なぁっ!?」


 投げられなす術もない男は、同じように周りを囲んでいた男達を巻き込んで、派手な音と共に机や椅子をぶち壊していった。

 ……これ俺がやったんですかね?イキリオタクテンプレートみたいなことになってますけど。


「ちょっと何事!?」


 流石に騒ぎすぎたのか、ミコと店員が駆けてきた。そしてこの惨状を見て、どちらも苦労を隠さないため息をついた。

アキト「人型になった時の眩い光ってなんだあれ」

ミコ「演出」

アキト「あ、そう…」

ミコ「万が一戦ってる途中に光ったらウザったらしいでしょ」

アキト「たしかに。…目眩しに利用できそうじゃね」

ミコ「ふむ…くらえ『神様閃光!』」

アキト「眩しいわアホ!というか今思ったけど太陽拳だなそれ」

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