1.
タイトルもよく決まってない
ある晴れた日の事。夏を過ぎた日差しは、秋風の肌寒さを感じさせないほど、ギラギラと照っていた。
俺の名前は、猫宮 彰人。普通の男子高校生だ。強いて言えば猫好きってとこ。
さて、実はいま、ちょっと大変な事になっている。なんでも、正にいま俺は道路に手を広げて飛び込んでいる真っ最中だからだ。
周りはスローモーションのようにゆっくりと時間が流れるように感じる。なぜこんな事になっているかというと、大したことではない。
そこに猫がいた。
それだけである。…いや、わかりにくいな。簡単に言うと、猫がトラックに轢かれそうだったので、飛び出した。
どれだけ猫が好きなんだと言われれば、無意識で身を投げ出すほどには好きなのだ。可愛いは正義。だがゆっくりと流れる時間も終わりを迎える。
「ぷギュッ――」
もうなんかなんとも言えない声を出しながら、凄い衝撃に弾き飛ばされる。ギリギリ猫は庇うことができた。俺というクッションで致命傷にはならないだろう。
だがクッションとなった俺は、思い切りアスファルトの上を跳ね、転がり、引きずられた。
全身が痛い。意識が朧げ。身体中から血が流れるのがなんとなくわかる。
かばった猫が、だらしなく力の抜けていく俺の前まで駆け寄ってきた。猫は好きだが、流石に初めて会う猫の表情までは読めないぞ。
「……はや、く……おうちに、おかえ……ごひゅっ……」
道路は危ない。俺みたいになる。だから早く逃げろ……そう伝えたいのだが、体が限界だ。
次第に視界は暗くなり――俺は息を引き取った。
*
「はずなんだよなぁ」
眼前に広がるのは、広大な草原。どういうことだろうか。
「死んだよなあ俺。なんで足あるんだ?というか草原!住宅街にいた筈なんだけど!」
あまり都会とはいえない住宅街。俺は学校からの帰り道で事故に遭ったんだ。自分から突っ込んでったけど。
まあつまりは死んだ筈……あ、死後の世界かこれ!
だからこんな不思議な状況になったわけだ!……て、死後の世界ってこんなに自然豊かなわけ?
振り返って後ろを見れば、その先には森が見える。パッと見ただけだが、都会にはまず無い森だ。山じゃないのに木がこんなにもある。
「どうしよう」
どこを見ても木か草しかない。村とか、人がいそうなところがあればよかったのだが、全くない。
「というか俺どうなったんだマジで」
体をペタペタと触ってみるが、外傷は全くなし。それどころか服だって元に戻っている。御丁寧に制服だ。
「カバンは流石にないか…携帯!」
いつもそこにある、現代人のお供である携帯電話…スマートフォンだが。ちゃんとあった。
「使えるか!?」
電源ボタンを押す。時計と画像が表示された。無事に使えるようだが…圏外だ。
「圏外ってことは…GPSみてーな現在位置は出ないよな…」
地図アプリなどを起動してみるが、ダメだった。
圏外状態で、できることなどたかが知れている…時計を見るくらいか?ともかく使えるようなものではない。
「くっそー…とにかく移動してみるか…。だだっ広い草原でも何かあるかも知れないしな!」
某炭鉱夫的なものを祈って歩く事にした。それだと爆発するやつとか、ゾンビとか、骸骨がいる事になるが…自分で考えておきながら嫌な予感がしてきたぜ。
手ごろな木の棒があれば、拾っておこうと心に刻んだ。
*
あれから数時間、ひたすらに歩き続けているが、村なんて全く見つからない。
見つかったのは、見上げるほどでかい大樹くらいだ。ちょうど影にもなっているので、そこで座って休む事にした。
ちなみに、大樹の枝なのかはわからないが、良い感じの木の棒があったので拾っておく…修学旅行で買った木刀くらいの木の棒だ。
「…なんなんだろうな、ここ」
数時間歩いて、敵対するようなものには出会わなかった。もちろん味方になるようなものにもだ。
ただ、空には何度か鳥が飛んでいるのをみた。生物がいない世界というわけじゃなさそうだ。
「けど…やっぱおかしいよな」
一度だけ、見上げていた鳥と鳥が重なった時があった。
一瞬だけ重なり、後は普通に飛んでいったのだが……ひょっとして、鳥同士の高度は違ったのだろうと推測する。
なぜこんなにも悩むのかというと、鳥の大きさが同じだったのだ。
どちらかの高度が高ければ高いほど、見える分の大きさは変わる筈なのだが、先ほど見た鳥は大きさは同じくらいだった。
どんだけ巨大な鳥が空を飛んでいるのか…絶対に人を襲う獰猛なタイプだ。
「…怪鳥とか、そういうの?ハンターの世界に帰れよな…」
某怪物狩りのゲームを思い出す。あれも大きな敵と戦っていた。
そもそも今の状況でモンスターなんか現れたら、速攻で殺される自信がある。いやもう死んでるけど。
大樹にもたれかかるように座る。物凄くデカいが、他にもこんな木があるのだろうか。周りを見渡しても近くには原っぱしかないがな。
「…中身を切り抜けば住めそうだよな」
よくある、妖精たちの家といえばいいのか。だがそれができれば、住む事くらいは容易いほど大きいのだ。某クラフターのゲームも大木を切り抜いて家にしてしまう事もできるしな。
問題は水だろうか。ここまで歩いてきたけど、水場は見つからなかった。
穏やかな気候なので、雨が降っていないというのは考えにくい。どこかに池などができているとは思うのだが。
「…流石に飲めないよな」
飲み水として活用するのは避けたかった。簡易的なろ過装置さえない状況で、池の水を飲むのは、衛生的にも精神的にも難しい。絶対何か混じってそうだし。
つまるところ、早く人が住んでいる所を見つけなければ、このまま飢え死か枯れ果ててしまうのが目に見えているのだ。
「よし、休憩終了」
そう考えると、休んでいる暇なんてない。むしろ焦りすら感じる。
とっとと先へ進んでみようと立ち上がったところ、死角となっていた、大樹の浮き上がった根っこの影から何かが現れた。
「ん?」
そいつは緑色の肌をし、こちらを見つめているはずが、空虚を見ているように感じる瞳を持っている。身につけているものはボロボロの服。破れていない所を探すのが難しいほど損傷している。
しばらく互いに沈黙をしたあと、向こうが動いた。
「GAAAAA!」
「うおおお!?」
手に持っていた棍棒で殴りかかってきた。咄嗟に手に持っていた木の枝を目の前に構えた。
ガッ!と音がしたが、手に持つ感触は変わらない。見てみると、力一杯振り下ろされた棍棒よりも、遥かに耐久力があるようだ。
「GIGIGIIIIII!」
そういえばこの緑の肌をした異形…棍棒も持っていたし、なんとなく思い当たるのはゴブリンだ。だいたい人を襲って喰うか、性的に喰う役割。
俺が男である以上、性的に喰われるとは思えない……物理的に喰われるのか。それは……
「それは…流石に嫌だわ!」
棍棒を力一杯弾き返す。
ゴブリンが無防備な状態になると同時に、俺は木の棒を引き、構えていた。
剣道とか喧嘩とかやった事ないが、体が勝手に動く。木の棒の先端は折れた後なのか鋭く尖っている。
「おっらあああああッ!」
関節であり急所でもある喉元を思い切り貫いた。
ゴブリンが呻き声を上げると同時に痙攣を起こす。そのまま動かなくなったのを見て、木の棒を引き抜いた。
「……うぇ」
あっさりと突き刺すことのできる木の棒にも驚きだが、それよりも突き刺した感触への不快感の方が勝っていた。
貫かれたゴブリンも顔こそは反対を向いていて見えないが、力無く倒れ、赤黒い血が止めどなく流れている。木の棒にもべったりと血が付着していて、ハッキリ言ってグロい。
「ヤダなぁ……こういう存在もいるのかぁ」
少なくとも、襲ってきたということは友好的な存在ではないだろう。意思の疎通も無理そうだったし、話の通じない敵がいるというのはわかった。
そしてなんとなく予想がついていたのだが、ここは死後の世界じゃないな、て事だ。
現にゴブリンを殺したわけだし……。
「おっ?」
しゅぅ、と音がすると思いきや、ゴブリンが黒い霧となっていった。流れていた血液まで同じように空気に溶けている。
ゲームみたいに消えるようになっているようだ。
「不思議だなぁ」
ゴブリンの死体があった所を、木の棒で突いてみるが、何もなかった。ドロップアイテムとかはないようだ。
それとも剥ぎ取り方式なのだろうか。
「ん?」
どうなってるのか首を傾げていた時だ。頭上から眩しい光が降ってきた。なにかお迎え的なものか?
ぼう、っとその光を見つめていると、光の下から何かが降りてきた。そのまま目の前に降り立つ。
「……これは」
光り輝いているその存在は、わずかにだが形がわかった。4本で立ち、後ろに伸びる一つの線。これは……。
「猫!」
「ふぎゃっ!?」
光り輝いていても間違いない!触り心地は最高の毛並み。猫で間違いない!
「まさか猫と出会えるとは!不思議な状況に巻き込まれ続けているけどこれだけで十分なくらいだぜうっへへ!」
「ちょ、ちょっと、やめ、いきなりなに、あっ、そこっ、そこいい!そこいいよ!もっとふへへへぇ」
……なんか喋ってる気がするけどまあいいや。とにかく一心不乱に撫で回す。猫にとって不快にならないように細心の注意を払って、全力で撫で回す。
「んんん、いい加減に、すとぉっぷ!」
「んがっ!?」
ゴッ!と額に強力な猫パンチを貰って、撫でるのをやめる。というか、普通に痛いというか、殴られたような感じがしたのだが?
「もう、初対面なのにこんなに撫でられるとは……」
しゅたっ、と着地した猫が、毛繕いをしながら何か呟いていた。
「は?え?喋ってる?」
「喋るわよ。私、本当は猫じゃなくて女神なんだから」
「……んん?」
女神ってなんだ。頭大丈夫か?…と言いそうになったが、そもそも猫が喋っている時点でおかしい。俺の頭もおかしくなりそう。
「というか、あなたね?私の邪魔したの!」
「邪魔?撫でまわしたのが不味かったのか?」
「そこじゃない。撫でるのは……まあ、気持ち良かったし許すけど。あなたが邪魔したっていうのは――っ!」
言葉の途中で、猫が素早く後ろへ振り向いた。何かあったのだろうか。
「……ゴブリンがいる。あなた倒せるかしら」
「1匹ならやったけど」
「たぶん3匹」
「無理ゲー」
あの1匹でも神経をすり減らしたんだ。3匹同時になんてできるわけがない。
「そうよね…でもやってもらうしかないわ」
「いやそんな事言われても」
「いい?私がまとめて吹っ飛ばすから、あなたには囮になってもらう。ゴブリン3匹をなるべく固めた状態でお願いね」
「囮って言いやがった」
「準備に時間はあまり掛けないわ!ほら、来るわよ!」
猫がそういうと、さっきと同じところから3匹のゴブリンが姿を見せた。この猫がどうやって気がついたのかわからないが、向こうもこちらに気がついた様子。
とにかく、さっきのようになるのは御免なので、腹を括って戦うことにしよう。
「GAAAAA!」
木の棒を持って突っ走る。向こうも迎撃しようと棍棒を構え出した。
馬鹿正直にそこへ行く必要もないので、急ブレーキをかけて止まる。足元に石を見つけたので、拾って投げておいた。
予想外の動きに硬直していたゴブリンの頭にあたる。
「GAAAAAAAAA!!」
ブチギレられた。そりゃそうだ。
3匹のゴブリンが一斉に襲ってくる。とにかくヘイトを集めることには成功したようだが、迫力がすごい。
考えてもみて欲しい。緑の人っぽいけど人ではない怖い顔をした存在が、3匹も殺意増し増しで迫ってくるのだ。
思わず背を向けて全力で逃げ出した。けど慌てすぎたのか、左足で自分の右足を蹴る――要するに躓いた。
「ぐえっ!?」
地面にマジでキスするのは免れたけど、思い切りこけた。ハッ、と後ろを見れば、3匹のゴブリンがニヤついた表情で追いかけて来ている。
ああ、なんだか不思議なとこに来て、不思議な存在にあっさりと殺されるのか……無念……。
「よくやったわ!裁け!ジャッジメントホーリー!」
カッ――と耳をつん裂くような音と共に、目を開けられないほどの光が降り注ぐ。
それは束となり、極太の光の柱となって、ゴブリンに降っていた。
「なんじゃあああああ!?」
強烈な爆発が起き、その爆風で吹き飛ばされる。何回か地面を転がり起き上がってみれば、一面は砂埃で何も見えなかった。
「は?は?何今の」
砂埃が晴れると、ゴブリン達がいた所は綺麗な穴ができていた。もちろんゴブリンは影も形もない。
「ふう、できるか怪しかったけど、問題なかったわね」
自慢げに猫が喋った。今できるか怪しいって言わなかったか?
「ああ、今のはジャッジメントホーリー。私が編み出した光魔法よ。火属性を持たずに純粋な光だけで焼き尽くす聖なる裁きよ!」
「誰が今の不思議現象の解説しろっつったよ?いや確かに今のも聞きたいけど、できるか怪しいって言ったよな!?」
「……さて、少し休みましょうか。話すこともあるし」
「なーにスルーしてんじゃテメェ!そもそも下手をすれば俺もアレにぶち当たってたし!」
「あーもう無事だし別にいいでしょ!?それよりもあなたが邪魔してくれたお陰で、ちょーっとだけ面倒なことになったのよ!」
「無事だったから別にいいわけでは無いし俺が邪魔したって意味わかんねえよ!」
「いいから黙って座れー!」
「ぎゃああああ!?」
めちゃくちゃ切れ味のいい爪が、俺の顔に3本の線を刻んだ。
一人称視点で書くのも大変ね…てか書けてるのかこれ??