No.9
リアム・ミラーは夜の海に浮かんでいた。ほとんど明かりがない。これは夢だな……と彼はおぼろげに思った。それから海は消えて、なんだか浮遊しているような感覚に陥った。それから、どこからか声が聞こえた。
トンプソン大佐は朝早くから基地を訪れていた。
「リアムの状態は?」
「脳波異常なし」オペレーターは淡々と答えた。「やや、まどろんでいるような状態でしょう」
大佐は時計をちらりと見た。時刻は午前八時になろうとしていていた。
「よし。じゃあ、通信をオンにしてくれ」
リアムの意識はまだどこか、ぼんやりとしていた。自分を呼ぶ声が聞こえた。それから勢いよく揺さぶられるかのような気分になると昨日のことを思い出した。それから、呼び声が聞き覚えのあるトンプソン大佐のものだと気が付いた。
「リアム? 聞こえるか?」
「はい! 大佐殿。おはようございます」
「気分はどうだね?」
「ええ、まだなんというか。ぼんやりとしている感じです」
「そうか……」
「大佐、昨日のお話は事実ですか? 何度もお聞きするのは不本意かと」
「事実だ」
「父か母、でなければ弟のマシューと話をさせてください」
「すまないが、無理だ」
「なぜです?」
「君は既に亡くなっていて。葬儀も終わっているのだ」
「そんな……」
「それに現在、君の存在は機密指定されたのだ。それから軍の上層部の案で、君はパイロットとしての任務を全うしてもらうことになるだろう」
「トンプソン大佐、それは本気ですか?」
「驚くのも無理はないだろう。私としては、そんなことより事態解明を研究するべきではないかと思っているが、無人戦闘機〈XX〉計画が見直しとなったことを理由に、君をシステムとして利用しようという話が上層部で出た。無論、こうなったのは私の一存ではない」
「そんな話がありますか?」
「ああ……だが、酷なことを言うようだが、今の君は人間ですらないのだ。それを自覚してもらいたい」
「ですが、無茶苦茶ではないですか!」
リアムの口調からは混乱と憤りが感じられた。
「君の気持ちは分かるが、もちろん、出来る限りの支援はする。必要ならカウンセラーを手配できるか掛け合ってみよう」
それからしばらく通信用マイクは沈黙したが、弱弱しい返事があった。
「分かりました……」
「よろしい。いったん通信を切るぞ」
大佐はそう言って通信をオフにした。
その翌日、コントロール室に入ってきたサンチェス教授は、やれやれといった表情を見せていた。
「おはよう、大佐殿」
「ああ、おはよう」
教授は通信機の載っているテーブルに構えている大佐と、部屋の窓から見える格納庫の機体と、交互に視線をやった。
「それで、どうだね? リアム・ミラー君の様子は」
「なんとか説得してる。混乱してるのは、まあ無理もないだろう」
「厄介なことになったものだ」
教授はその太っている腹を、何気ない様子でポンポンと軽く叩いた。
「どのみち教授にも、彼の相手をしてもらう必要がある。私だって頻繁に、ここへ訪れるわけにもいかないからな」
「だが私に、君ほどの演技ができるかな? 私は嘘が上手な方ではないのでね」
「無理に嘘をつく必要はないさ。余計なことを、喋らないようすればいい」
「うむ。しかし、あれこれ聞かれることにはなるのではなかろうか? リアム君は詮索好きかね?」
「職務上の都合だとか、機密事項を理由に、こちらは最後までだんまりを決めるしかない」
「分かったよ。仕事の最中は不愛想に、無口でいればいいということだ。なら、これまで通りだよ」
「それなら、結構!」
大佐はまた通信機に向かった。「これから、教授にも自己紹介してもらう」