No.7
しばらくは機体各部の調整やシステムプログラムの修正など、細々した作業に忙殺される日々が続いた。そうして〈レギオン〉はシステムとしての動作安定性が、想定される規定値に収まった。よって、文字入力によるコミュニケーションから一段先へ進められることになった。双方向の音声入力音声出力による、つまり普通に人が会話するようなかたちへ移行することになった。ただ、サンチェス教授としては一つの懸念もあった。機体のいくつかには好感度集音マイクも備え付けてあるが、近くの作業員や訪問者の会話が盗み聞きされるようなことは避けたかった。
今朝も作業員たちは機体のチェックに余念がなかった。
サンチェス教授とオペレーターたちは、コントロール室で様子を見ながら通信のチェックを行なっていた。
「よし、」
教授は専用インカムでの会話に問題がないと判断すると、一度電源を切った。
「それで、機体各部の集音マイクはひとまずオフになっているか?」
「はい。ですが先頭部の一カ所だけは、機体制御系と関係があるので切れません」
「それは分かってる。とりあえずはそれでいい」
準備は粛々と進められた。
その日の午後、久方ぶりにトンプソン大佐が教授のもとを訪れた。
「どうも教授。どうだ調子は?」
コントロール室のパソコンに向かっている教授に声を掛けると、横に並んだ。
「これは大佐殿。久しぶりだね。まあそれなりだな」
教授はまたキーボードでなにかを打ち込むと、やれやれと言った様子で椅子から立ち上がった。
「ちょうどこれから、飛行テストをしようというところだ」
「それはどういう意味だ?」
大佐は格納庫内に置かれ、各種ケーブルが接続されたままの機体にちらりと視線を向けた。「どうも準備がまだできていないようだが、となりに風洞実験装置でも作ったのか?」
「違うよ。シミュレーターだ」
「なるほど、そういうことかい。だが、彼はもともとプロフェッショナルだ。さほど心配はいらないだろう」
「しかし、記憶処理はどこまで影響を与えているか分からないからな。こういうのは慎重さが肝心だ。ぶっつけ本番で挑む理由はどこにもない」
「慎重さが肝心か……」
シミュレーターでの訓練は順を追って一つずつ行われた。エンジンの始動や停止、タキシング、地上オペレーターによる手動操縦への切換え等々……。この日はまだ離着陸の課程までは進まなかった。
「どうだ? レギオン、多少は感覚がつかめたかね?」
作業終了後に教授は尋ねた。
「はい。ずっと前から、操縦を知っていたような気分です」
その返事に教授と大佐は顔を見合わせた。
「それは、よかったな。しばらくすれば実際に空を飛ぶことになる」
「分かりました」
その日の作業はそこまでだった。
実際に屋外での飛行テスト二回目の時であった。基地上空を巡航速度で旋回中、機体が突然降下し始めた。と同時に、モニターで監視にあたっているエンジニアが声を上げた。
「バイタルに異常!」
「何が起きた?」
「分かりません、脳波計からみるに異常に興奮した状態に陥ってます!」
「制御を地上オペレーターに切り替えろ!」
「すでにやってます」
「液温急上昇! 緊急冷却」
〈レギオン〉直系の制御はすぐさま遮断され、機体の操縦は地上オペレーターに切り替えられた。それから間もなく機体は上空で安定を取り戻した。
「すぐに機体を基地に戻してくれ」
事態を逐一観察していた教授は、落ち着かない様子だった。
「了解しました」
「いったい何が起きたんでしょう?」エンジニアの一人が尋ねた。
「おそらく、なにか発作をおこした可能性がある」
それから格納庫内放送用のカフを上げた。「医療班はすぐに動けるように待機してくれ」
そうこうしているうちに機体は滑走路へと降り立った。エンジンはすぐに停止されて、牽引車で格納庫へ運ばれた。
「バイタルはどうなっている?」
「現在、安定状態に戻ったようです。ただ、脳波計からみるには気を失っている状態です」
「少なくともショック死なんてことにはなってないわけだ」
「原因は不明です。今各種数値を出力してます」
「分かった。この目で直接確認するよ」
結局その日はずっと〈レギオン〉は気を失ったままの状態であった。バイタルも含め、その他の把握できる限りのデータをみても異常は確認できなかった。
大佐や教授がすぐに気づくはずもないが、リアム・ミラーは、自分という意識を思い出していた。
だが、自分が現在どのような状況に置かれているのか、とっさには理解できなかった。深呼吸をしようにも、呼吸という感覚が得られなかった。手足を動かそうにも、まったく感覚が感じられなかった。
いったい、ここは? どうなっているんだ……