No.5
「進捗はどうだ?」
大佐は教授のもとへ訪れた。
教授はトゥインキーをかじりながら書類に向かっていた。
「これは大佐。いやはや、それがだね、待機状態から先へ進まんのだよ」
「トラブルか?」
「要は、そういうことになるのだろう」
「どういう状況なんだ?」
「システムの各部に異常はないんだが、なぜかうまく起動しない」
「なるほど、‘彼’の脳はまだ寝てるんじゃないのか? 目覚まし時計の音でも聞かせてやったらどうだ?」
教授は軽く笑って答えた。「アドバイスをどうも」
「まあ、それで、今何をしているんだ」
「私は仕様書やなにやら書類を見直している。エンジニアたちも機械を今一度チェックしている。もしかするとシステムの接続具合や順序でなにか干渉が起きているのかもしれない」
「時間はたっぷりある。じっくり腰を据えて取り組むといいさ」
「それより、大佐」
「なんだね?」
「‘彼’にはなにか名前を付けないのか?」
そう言われた大佐は、少々考え込んだ様子だった。
「生前の名前で呼ぶのもまずいだろう?」
「それはそうだ」
大佐は考え込んだ。「レギオン、というのはどうかな?」
その言葉に教授は眉をひそめた。
「これまでの、君の研究と多くの技術の集大成だろう?」
「まあ、構わないだろう。他にいい名前が見つかるまではそういうことにしよう」
「あるいは、ジョン・ドウとでも呼ぶか?」
教授は書類に向かったまま、大佐の冗談を鼻で笑った。「それなら、レギオンと呼ぶ方がマシだろうね」
「じゃあ、決まりだな」
大佐はそれだけ言うと部屋を後にした。
スターファイター計画が再始動する一方で、大佐は“XX”が訓練中に起こした事故の調査にも加わらなければならなかった。
「今のところは、はっきりした原因が分からないんだな?」
「ええ、予想されるにはプログラムのバグが潜んでいるのか、極めて限定的な条件で予測不能な動作を行うのか、」
報告に来た部下も難しい顔をしていた。
「まあ、エンジニアに任せようじゃないか。急がせる必要はあるが。まさか、AIがやっかみを起こして体当たりしたわけじゃないだろう」
「そんなことはありえないですよ」
「いずれにしても、議会はまた槍玉にあげる気だろうな」
「おそらくはそうでしょう」
ともかく、高価なテスト機とF‐22が一機、“パイロット一名”が失われたのは事実だった。
議会にはAI兵器の開発に予算を使い過ぎだという声も上がっていた。この事態にもさっそく、手厳しい意見が投げかけられていた。ある参謀などは「高価なAI制御システムを乗せた戦闘機をカミカゼ攻撃に使う気か?」などという言葉を放ったと噂されていた。
そんななか、大佐の元へ部下の一人が最新の報告を持ってきた。
「原因はセンサーと上空の気流です。おそらくは」
「つまり、少なくともAI本体やプログラムではなく、機器的な原因ということか?」
「ええ、ですがプログラムの方も今、システムエンジニアがすべてチェックをしている最中です」
それから持っていた書類を差し出して続けた。「ただ、搭載しているセンサーの一部は、要求基準を満たしていないものが納品されていたことが分かったんです」
「つまり、欠陥品が取り付けられていたということか?」
「いえ、欠陥品ではありません。つまり、精度の問題ですよ。こちらの要求した検出精度を持たない、民生向けのものが納品されていたんです」
「分かりやすく言うと、どうなんだ?」
大佐は疑問の面持ちだった。
「例えるなら、メートル表記の定規を注文したのに、実はインチしか測れない定規が届いていたという感じですかね。正確な測定が難しい状態というとこでしょうか」
「なるほど、それなら問題が起こるわけだ」
大佐は腕組みをしてため息をついた。「昔、NASAが同じようなことをやらかした話があったな」
「もっとも、当時の上空がどういった状況かを完璧に知るすべもありませんので、推測でしかありませんが、センサーの精度が悪かったために機体角度の修正が過多、あるいは不足して、そのはずみで近くの機体に衝突する結果となった。というところでしょう」
「ちなみに、その部品の納品元はどこだ? 当時の責任者を呼ぶことはできるのか?」
「それが、その企業はアイバーエレクトリックシステムズというところでしたが、現在は事業撤退。会社の跡地は更地になってましたよ」
「いずれにせよ、飛行テストの前には分からなかったんだな?」
「ええ、そういうことですね」