No.4
スターファイター計画
スターファイターという名称……それは一九六〇年代に開発された戦闘機F‐104から取られたものだった。当時、最後の有人戦闘機とも呼ばれていた。そしてこの計画で開発が進んでいる戦闘機は、ある意味で有人の究極ともいうべき代物だった。究極の有人戦闘機、そしてこれが、ある意味で最後の有人戦闘機になるかもしれないということから、スターファイター計画という仮名称がつけられた。いつしかそれは、そのまま公式の計画名として書類に記されることになった。
ようはただの洒落みたいな計画名だった。しかし、中身はとんでもなく高度な技術が要求される。そもそも制御システムに人の脳そのものを組み込むという、いささか倫理的には問題があると思われるような内容でもあった。まさしくこれは極秘計画だった。
大佐は教授の研究室へ訪れていた。報告書の束から最新の情報に目を通していた。
「スターファイター計画に類似した極秘計画は、何十年も前から存在したが、どれも上手くいかなかった」
「なるほど、ロシアがかつてソビエト連邦だった時代にも犬の頭をロボットにつなげるなんて、みょうちきりんなことをしていた」
「そうだな。だが、我々のスターファイター計画に比べれば、そんなのは子供のおもちゃみたいなもんだ」
「こっちのはさしずめ、水槽の中の脳だからね」
「いずれにせよ、やっとアイデアに時代が追いついた」
「それで、脳はどうだい?」
「ああ、ちゃんと生きてる。記憶処理も上手くいったようだ。ただ、まだ寝かせているよ。今のところ順調だ」
兵器の制御システムに人の脳を使うというアイデアは、もう何十年も昔からあった。しかし、当時は技術的な壁が立ちはだかっていた。それに倫理的問題。さらには被験者そのもに関する問題があった。つまり、極秘裏に実験をするとしても、死刑囚の脳や一般人の脳を使ったのでは、兵器の制御を行うのは難しいだろうということだった。もちろんシステム本体のテストだけならそれでもかまわなかった。だが、予備知識がない者に兵器を扱わせるのは論外だった。特に航空機であるなら、それに熟知した人間を使うのが望ましいということであった。だからといって、健康なパイロットを易々と実験の被験者にするのは、さすがの最高幹部たちともいえ難色を示していた。それが〈XX〉の開発の契機でもあったのだが……。
事故でパイロットが亡くなるというのは、軍にとっては大きな損失であり、いたたまれないことであった。だが、リアム・ミラーは優秀なパイロットだった。いずれにせよ、頓挫しかけていた計画を再開するには、またとないチャンスだった。
ネバダ州南部、グルーム・レイク空軍基地。
基地内にある格納庫の一つには、とっくの昔に退役したはずの〈F‐117〉が構えていた。かつてステルス攻撃機として開発され、空軍によって運用されていた機体だった。
近年の航空機と違って、角ばった形状が特徴的の機体である。今でこそ、設計ソフトで滑らかな形状を簡単にシミュレーションできるのは当たり前のことだが、当時の技術はそれほど高度なことができなかったためだった。
ともかく、今となっては旧式扱いとなり、部隊からも戦線からも身を引いた機体がそこにあった。いくつかの機体はスクラップとなったが、こうして研究開発のためのテスト機として残されているものがあった。もちろん、それらの事実が一般に公表されることはなかった。
こうした中古品を利用するにはメリットもあった。退役した機体なら、運用もメンテナンス作業も実績があり、トラブルが少なくて済む。また、わざわざ追加のシステムをテストするために、機体を一から作るほど手間のかかることはなかった。そして、その機体にはリアムの脳が収めれている制御装置が搭載されていた。さらには地上からのオペレータによるリモートコントロールもできるようになっていた。緊急時には強制的にシステムを切り替えて地上へ無地に下ろすための予備的な措置だった。
不測の事態で機体が失われるのは、いざとなれば問題ではないが、今回はその制御システムを失うわけにはいかなかった。
機体にはたくさんのケーブルが接続されていて、あたりに並べられたテーブルに乗せられているラプトップパソコンや機械類、モニターへ接続されていた。何人かのエンジニアや作業員が動き回っていた。そこには教授の姿もあった。
「さっそく問題発生か」
教授はパソコンの画面に向かって呟いた。それから、あたりに並んでいるモニターへ、順繰りと視線をやった。各部の配線状況、電圧、電流値に問題はなさそうだった。それから脳波計の各波長。こちらも問題はなかった。‘彼’の脳は、ちゃんと生きていると呼ぶにふさわしい状態だった。それとシステム同士のリンク状況。これも大丈夫そうだった。
エンジニアも頭を抱えていた。「各部分は、どれも問題が見当たりません。あるいはなにか未知の要素があるのか、脳そのものに問題が発生した可能性も」
「あまり考えたくないね。記憶処理に問題があったのだろうか?」
「しかし、各脳波に異常と思しきものは見当たりません」
機体に搭載されているシステムとのコンタクト用モニターは真っ暗なままだった。システムとオペレーターとのやり取りは音声と文字の両方で行なわれ、全て記録されることになっていた。
「困ったね。ひとまず、システムはスリープ状態に戻そう」
「了解です」
「今一度すべての個所を点検するか」
その間にもエンジニアたちは作業に取り掛かり始めた。
「私は、これまでの記録と書類の方を見直すよ」教授はため息をついた。