No.2
マシュー・ミラーは一人、車を猛スピードで走らせて軍の病院へ向かった。
タイヤをきしませながら駐車場へ滑り込ませ、飛び出すように車を降りると駆け足で院内の受付に向かった。
「リアムはどこです?」
「リアム? リアム・ミラーさんですか?」
「そうだよ、リアム・ミラー。今日ここへ運ばれたはずだ」
焦りを隠せないマシューとは対照的に、受付のスタッフは落ち着いた様子だった。
「まだ、ICUの中です」パソコンの画面を確認してスタッフは答えた。
マシューはリアムの弟だった。仕事中だったが、連絡を受けて急いで駆けつけたのだった。
「おい、マシューじゃないか」
突然声をかけられて彼は振り向いた。そこにはリアムの相棒であるジムの姿があった。彼も病院へ駆けつけたところのようだった。
「ああ、ジムじゃないですか。兄さんは」
「まだ詳しいことは分からないんだ」
「何が起きたんです?」
「事故だ」
「どんな事故です?機体トラブルですか?」
マシューは兄リアムと同じく、空軍に勤めていた。兄と違い、地上で機体の整備士、つまりエンジニアとして活躍していた。稀に兄の乗る機体の整備も受け持つことだってあった。
「いや、機体同士の接触だ。訓練のときに」
マシューは大きく深呼吸した。「それで、兄さんは」
「まだICUのなからしい。でもどれほどの容体なのか、まだわからないんだ」
リアム・ミラーは全身に包帯が巻かれた状態で、喉元には人工呼吸機の管がつながれていた。
「彼の復帰は絶望的だな」
ガラス張りの外から、ICUの中を覗いている人物は残念そうにつぶやいた。彼はリアムの所属する部隊を指揮している、ヘンリー・トンプソン大佐であった。
そしてその横には、病院の医師が一人立っていた。
「まだ手術の必要があります。ですが、容体がもう少し安定しないことには、なんとも」
「そうか、」
「全身火傷、頭部骨折、脊椎骨折、手足にいたっては複雑骨折の個所も。いまのところは小康状態ですが、かなり厳しい状況です」
「生きているだけで奇跡とでもいうのか?」
「できる限りの手は尽くします。しかし、危険な状況に変わりありません。ご家族には連絡をしておくべきでしょう」
それだけ言うと医師は、またどこかへ行ってしまった。
大佐は周囲を一瞥すると、携帯電話を取り出して電話をかけた。しかし、相手先はマシューの家族ではなかった。
「やあ、私だ。教授、例の計画はどうなっている?」
「ん……大佐じゃないか、どうした? 突然に」
「もしかすると、システムの中身の都合が付きそうでね」
その言葉に相手は束の間、沈黙した。
「ふーん。まあ、いずれにしても機体はすでに準備が終わってる。それに一時保留が決定してからも、装置の方は常に待機状態にしてある。再開はすぐできるぞ。スタッフを今一度呼び戻してくれたらね」
「それは良かった。人員はすぐにそっちに寄こすさ」
「ああ、だがね。相変わらず生命維持システムと機体本体のシステムとのリンクで、問題がいくつか残っている」
「だが、装置自体は問題ないだろう?」
「そりゃ、そうだ」
「じゃあ、頼んだよ。計画は再開だ」
大佐はそれだけ言うと電話を切った。そして今度は、マシューの両親が暮らす自宅電話の番号を押した。
事故から三日が経とうとしていた。両親と弟マシューは代わる代わる、ICUの外で待ち続けていた。時折、相棒のジム・アダムスもやってきた。母親はずっと祈っていた。
しかし、ある晩、リアム・ミラーの容体は急変した。医師や看護師が駆けつけて、周囲は騒がしくなった。医師たちは懸命に処置にあたったが、リアムはその生命活動を停止した。
「残念ですが、」現れた医師は首を振りながらそう告げた
彼らのもとに訪れた大佐は、リアムの両親と弟マシューに声をかけた。
「お悔やみを」
「ええ」
「彼は優秀なパイロットだった。我が軍にとっても大きなもの失った」
それから、リアムの乗っているベッドが運ばれていった。
「その、兄の、遺体はどこへ運ばれるんです?」
マシューは思わず大佐に尋ねた。
「遺体は一度検死解剖をすることになっている」
「本当ですか?まさか、なにか事件性があるとでも」
「それは誤解だよ。規則に基づくものだ。それに、大きな事故だった。軍としてもだ、詳細な記録を残す必要がある。君なら分かるだろう」
「ええ、」
「私も辛いよ。君達は家族も同然だ」
だがリアムの遺体は、検死室ではなくオペ室へと運ばれた。
極限られた人たちだけでオペと作業は進められていった。秘密を守るには人員は少なければ少ないほどいい。二つ並ぶオペ室の片方には、すでに大掛かりな装置類が運び込まれていた。みたところ作業員は設備メンテナンスの業者にしか見えなった。が、実際は軍のエンジニアや医師たちであった。